第56話 死者の蘇生

 俺達は村外れにある墓に向かった。


 道中、キースとエドワードが心配そうに言った。


「オリヴァーは宿で待機してた方が良いんじゃないか?」


「そうだよ。僕らでどうにかするからさ」


「でも子供達の命が危ないし……」


 ベンの執着心は異常だ。逃げ出した事が判明すれば怒り狂って監禁どころでは済まないかもしれない。


 隠れて仲間に対処してもらうのが一番かもしれないが、リアムの見解では孤児を使って悪魔と契約を交わすのではないかということだ。


 ——リアムの見解はこうだ。


 まず、二年前にベンの妻と娘が不慮の事故で他界。悲しみに明け暮れたベンは死者の蘇生について調べた。


 孤児を受け入れたのが蘇生方法を調べる前か後かは不明だが、とにかく何らかの手段でベンは禁書を手に入れた。そして、孤児の命と引き換えに娘と妻を蘇生しようと試みた。


 それが禁書に書かれている錬金術だ。


『錬金術って人も生き返らせることが出来るの?』


『理論上は不可能ではないんだ。成功した例は聞いたことがないけどね』


 ベンも俺を娘として迎え入れたということは、失敗を重ねていった訳だが……。


 ちなみに、ベンの屋敷で雄叫びが聞こえていたのは、蘇生に失敗した孤児のものだろう。


『でも一年前から雄叫びが聞こえなくなったっていうのはどうして?』


『恐らく、蘇生に失敗した孤児を土に埋めてたんだろうね』


 土に埋める為に穴を掘る……。


『まさか穴掘ってたら、たまたま温泉引いちゃった感じ?』


『多分ね。温泉引き当ててからは整備で人の出入りも激しくなるから自粛してたんじゃない? ここに材料の条件として心身ともに健康的な身体とも書いてあるし』


『なるほど。だから怖いくらいに優しかったのか。大事な蘇生材料だから』


 そして最後に、妻の蘇生。これを今からベンはやろうとしているのだが、どうも今までとは様子が違う。


 屋敷から雄叫びが聞こえていたということは、今までは屋敷でやっていたはず。だが、ベンは準備の為に屋敷を空けた。更には孤児までもが誰一人屋敷内にいない。


 『力を貸してくれる人』これが仮に悪魔だとするならば。


 悪魔は力を与える代わりに対価を要求する。それは内臓だったり体の一部だったりするが、命は特に強い力を与えてくれると聞く。それが複数ともなれば尚更だ。


 つまり、自身の命の代わりに不要になった孤児の命を全て悪魔に捧げ、妻の魂を呼び戻そうとしている——。


 そして今、墓を目指しているのもベンが今晩の決行は『ママの所』と言っていたからだ。死んだ人間の所など、思い出の場所、若しくは墓くらいしかない。


 生き返らせるつもりなら、自ずと答えは『墓』になる。


「リアムはあの禁書を見る前からベンが何をしようとしてたのか分かってたみたいだけど、どうして?」


「領主に問い合わせたんだ。あいつが何人孤児を保護してるか。国からの補助を受けてるなら申請してるはずだから」


「なるほど……数が違ったのか」


 俺を入れても孤児は十二人、きっとそれより多かったのだろう。受け入れる時は申請するが、死んだ事までは申告していなかったに違いない。


「で、村の人にあいつの娘の容姿を聞いたらオリヴァーそっくりだし。態度や行動から考えて、これはもしかしたらって」


「あの肖像画の子より、お前の方が可愛いけどな」


「なっ、女の子に失礼だよ」


 俺もジェラルドと同じことを思ったことは秘密だ。


「でも、何で俺このままの格好じゃなきゃ駄目なの? 戦いにくそうなんだけど」


 俺はまだ女装姿のまま。ついでに首輪も思った以上に頑丈でまだ取れていない。


 一旦宿に剣を取りに戻ったので着替えようとしたところ、今回はこのままの姿で行こうとリアムとジェラルドに提案されたのだ。


「そんなの、こっちの方が可愛いからに決まってんだろ」


「え、本当にそんな理由? 他に何か理由があるんだよね? ねぇ、リアム?」


「あ、そうだ。ノエルもキースの剣を取りに行くっていう大役を一人でこなしたんだよ」


 リアムが話を逸らした。


 つまり、この女装は何の意味もない? この二人をただ喜ばせているだけ?


「お姉様、子供たちが知らない男性ばかりに助け出されたら怯えますわ。一人くらい知り合いの女性がいませんと」


 ノエルがまともな事を言っている。


「ノエル、落ちてる物を食べちゃダメだよ」


「落ちているものも三秒以内なら平気ですわ。それに、わたくしもたまには女の子を描きたいですわ」


 そっちが本心か。そして、三秒以内なら平気ということは、落ちたものを食べているのか……。


 しかし、ノエルの言うように孤児のことを考えると、この格好のままの方が良いのかもしれない。


 ——まさかこの女装姿のせいで、俺の人生が本格的にBLまっしぐらになっていくなんて誰も予想していない。

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