第55話 男の目的

 どうやら、俺は厄介な男に目を付けられたらしい。


 ベンは女装した俺と娘のリリーを重ねている。百歩譲って重ねるだけならまだ良い。だが、その執着心が異常すぎる。


 さて、どうやってここから逃げよう。


 鎖は魔法で切れるだろうか。ベンは一瞬で気絶してくれるだろうか。攻撃方法も色々と考えてみるが、確実に脱出しなければ今より拘束レベルは上がるだろう。


 ベンが何処かに行っている内に鎖が切れるか試したいが……。


「パパ、お仕事行かなくて大丈夫?」


 普段通り喋れば怒られるだけなので、女の子のように演技をしてみる。


「リリーはそんな事心配しなくて良いんだよ」


 駄目か。


「ミラに会いたいんだけど」


「今は皆寝てるから……あ、そうだ。リリーもママに会いたいだろう?」


「ママ? ママがいるの?」


 ベンは二年前に妻と娘を事故で亡くしてから独り身なはず。


「もうすぐ帰って来るんだよ。二年も離れ離れだったからね、ご馳走を作ってお祝いしないと」


 二年離れ離れ……つまりそれは、死んだベンの妻? 俺が無理矢理娘を演じさせられているように、他の誰かも被害にあっているのだろうか。


「パパ」


「何だい?」


「死んだ人は帰って来ないんだよ」


 そう言った瞬間、ベンの顔が曇った。ベンは立ち上がり、無表情でベンに見下ろされた。俺は手に汗を握りながらベンを見上げた。


「リリー」


 ベンは無表情のまま右手をあげた。


 叩かれる! そう思って身構えたが、ベンは俺の頭を優しく撫でた。表情はいつもの優しそうなベンに戻っている。


「失敗続きだったけど、力を貸してくれる人が現れたんだ。今度はきっと上手く行くよ」


「それはどういう……?」


 自らベンの犠牲になりたいという志願者が現れたのだろうか。


「今晩決行するから一緒にママの所へ行こう。パパは準備してくるから、それまでゆっくり休んでるんだよ」


 ベンは俺の頭から手を離し、ゆっくりと部屋から出て行った。そして、カチャリと鍵を閉められた。


「何だったんだ……?」


 良く分からないが、逃げるなら今がチャンスだ。


「聖なる光よ、対象を切る刃となれ光刃ライトブレード


 詠唱すれば、鎖はシャリンと音を立てて切れた。


「案外あっさり切れたな」


 机の引き出しを開けて、首輪の鍵を探すがそれらしき物は見当たらない。


「まぁ、外に出ればどうにでもなるか」


 俺は扉から距離を取って立った。呼吸を整え、扉に向かって走り、思い切り飛び蹴りを食らわ……せられなかった。


「え、え!?」


 扉が突然開いたのだ。しかし、勢いは止まらない。そのまま俺は何かを蹴り飛ばした。


「痛て……」


「兄ちゃん大丈夫!?」


 俺が蹴りを食らわせたのはキースだった。そして、隣にはリアムとショーンの姿もあった。


「お前、そんな小さい体でよくこんな威力の蹴りが出せるな」


「ごめん、まさかいると思わなくて。でも何でここに?」


「説明は後でするよ。ちょっと待ってて」


 リアムは部屋の中に足を踏み入れると、すぐに本棚へと向かった。


 本のタイトルを一通り眺め、目星の物が無かったのか、リアムは次に机の引き出しを漁り始めた。


「何してんの? 早く行かないとベンが戻って来ちゃうよ」


「あの男ならさっき出てったよ」


「そうなの?」


 リアムは付箋が沢山付いている本を手に取って開いた。


「ああ、やっぱりだ」


「やっぱりって?」


「あの男、人を生き返らせようとしてる」


「え……?」


 『ママがもうすぐ帰って来る』これは別の誰かを死んだベンの妻に仕立て上げるのではなく、本物を生き返らせるという意味だったのか。


「そんなこと出来るの? 誰かが力を貸してくれるみたいな事は言ってたけど」


「力を……?」


 リアムは顎に手を当てて考え始めた。


 すると、廊下から誰かが走って来る音が聞こえた。


「あいつが戻って来たんじゃない? とにかくここ出ようよ。変な薬使われたら厄介だし」


 俺が一人慌てていると、キースとショーンは落ち着いた様子で言った。


「この足音は大丈夫だ」


「うん。ジェラルドとエドワードだね」


「え、分かるの?」


「野盗やってたからな。野生の感ってやつかな」


 ニコッと笑うキースの後ろから、ジェラルドとエドワードが走って来た。


「やっぱりここだったんだ。ショーンが一緒に潜入してくれたおかげだね」


 エドワードがショーンを褒めると、照れたようにショーンは後ろ足で頭を掻いた。


「それよりこの屋敷、俺ら以外誰もいないぞ。もぬけの殻だ」


「子供達は? みんな寝てるって聞いたけど」


「こんな昼間から全員寝ないだろ」


 今は昼なのか。買い物に連れて行くにもベンが連れて出るのは二人まで。謎は深まるばかりだ。


「リアム、他にも何か分かった?」


「ベンは悪魔と契約しようとしてるのかも」

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