第143話 決闘

 イアンとの決闘まで残りわずか。


 闘技場には我が国の民が全員集まっているのではないかと思わせる程に席は満員だった。


 俺は裏手に隠れて深呼吸をした。


「緊張する……負けたらどうしよ。けど、もし俺が勝ってイアン殿下に恥を晒す形になってしまったら……」 


 どっちにしろ俺の人生……いや、負けたらリアムの人生か。とにかく、俺達の人生危ういのでは、と不安で胸がいっぱいになっていると、ジェラルドが言った。


「恥晒してやれよ。どうせリアムが王になるんだし」


「その通りですわ。魔王様が途中で襲撃をやめてしまわれたので王家ものうのうと生きていますが、本来はリアム殿下に頭が上がらない程に打ちのめす予定でしたので、今がチャンスですわ」


「ノ、ノエル。そんなの誰かに聞かれたら……」


「僕がいるから大丈夫だよ。僕の代わりに懲らしめてきてね」


「リアム」


 随分とイアンを恨んでいるのか、笑顔の裏にドス黒い何かを秘めているのが分かった。


「ほら、これで一人じゃないよ」


 エドワードが聖剣に魔力を込めて、ジェラルドに手渡した。ジェラルドも同様に魔力を込めれば二色の聖剣になった。


「ほらよ。いざとなったら魔王降臨させても良いしな。俺達が参戦するのはアレだけど、魔王なら問題ないだろ」


「いや、それはそれで問題大アリな気が……」


「それくらい気楽に行けって事だよ」


 ジェラルドに背中を押されて気分がスッとしたのが分かった。


「オレだけ魔力ないからハグさせてくれ」


「あ、ずるい。僕だって魔力ないんだから」


 キースにギュッと抱擁され、次にリアムにも抱擁された。それを見たジェラルドとエドワードも順番に並んだ。


「次、俺な」


「僕もね」


「俺、これから決闘なんだけど……」


 冷めた目で二人を見れば、エドワードが至極嬉しそうに言った。


「良いね。その顔、興奮する」


「相変わらず気色悪りぃな。オリヴァーもエドワードだけはやめとけって言ってんだろ」


「そんなこと言ったって……」


 冷たくしたり、気持ち悪いと罵れば罵る程興奮するようで、勝手に一人で喜んでいるのだ。


 しかも、俺が人前でスキンシップをするのが苦手なのを分かって敢えてやってくる。怒られたり冷たくされたいから。自ずと愛が育まれていく。

 

「とにかく、俺達が付いてるから思い切りやってこい」


「うん」


 ジェラルドともギュッと抱擁し、安心感に包まれた。そっと互いの体が離れると、目を疑った。そこには上半身裸のエドワードが並んで待っていた。


「次、僕ね」


「……」


「オリヴァーは僕を喜ばせるの上手いよね」


「俺、行ってくる」


「待って待って、僕との抱擁は?」


「しないよ」


 冷ややかな目を向けたまま闘技場に足を向けると、エドワードが落胆の顔……ではなく、悦びに満ちた顔をしていた。


「はぁ……行ってくるね」



 ◇



 仲間の、特にエドワードのおかげで緊張感はいくらかマシになった。それでも闘技場の中心に立てば不安が押し寄せてくる。


「オリヴァー、頑張って!」


「お兄ちゃーん!」


「聖人様、応援しております!」


「アニキ! 負けるな!」


 声援が聞こえ、くるりと観客席を見渡すと、アンやギル、その他冒険中に出会った人々の姿があった。


『おれ達が知らせて回ったんだぜ。良い仕事しただろ』


「アーサー! でも一日でどうやって」


 アーサーのスキルでも国内全域に交信するのは難しいはず。


『左斜め後ろ見てみろ』


 言われて左斜め後ろを振り返った。すぐに納得した。


「メレディス! それに魔王にグレースまでいる」


 メレディスと魔王がいれば国内だけでなく国外だって一日で飛び回れる。


「あ、アデルもいたんだ」


 余談だが、先日ノエルの本の挿絵をどれにするか選んでいる際に、ショーンがアデルの肖像画を見つけた。その時に一目惚れしてしまったらしい。ショーンがアデルの落とし方を聞いてきた。


 もしかしたらショーンが人間に戻れる日もそう遠くないかもしれない。


『ほら、イアン来たぞ。ボサッとしてないで頑張れよ』


 皆の声援のおかげで気持ちが更に楽になった。歩いてくるイアンを目で追い、俺は覚悟を決めた。


「せいぜい国民の前で恥を晒す事だな」


「それはこちらのセリフですよ。恨みっこなしですからね」


 俺は聖剣に光と闇の魔力を込めた。聖剣は鞘に収め、御守りがわりにそれを背負い直した。


「何だ? 剣、使わないのか? 余裕だな」


「人殺しにはなりたくないので」


 いざという時には使う予定だが、魔物でもない人間相手に四種類もの魔力を込めた聖剣を使えばただではすまない。最終手段だ。


 観客席も静寂に包まれ、緊張感が漂った。そんな時、国王の合図と共に開始の音が鳴り響いた——。


「風よ、我に……」


 シュンッ。


 イアンが詠唱している途中に光の閃光を放った。


 ドガーン。


 威力は抑えたつもりだが、イアンに直撃したようだ。土煙が落ち着くと、イアンはその場に倒れていた。


「え……弱くない?」

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