第115話 ヴァンパイア

 襲撃当日の夜。


 賑わっていた街並みもシンと静まり返り、月明かりだけが辺りを照らしていた。そんな街の中心部からやや離れた場所にある聖堂の中に俺はいる。


 実は今回の襲撃は昼間ではなく夜なのだ。


「真夜中の敵って何が出てくるんだろう」


 俺の呟きにアーサーが応えた。


「アンデッドとかじゃねーの?」


「ジェラルド大丈夫かな」


「あら、お兄様がお兄様の心配をされていますわ。アーサー様、教えて差し上げたらジェラルド様が喜びますわよ」


「そうだな。攻撃力アップしそうだもんな」


「そんなの報告しなくて良いから。それより、何で今回は俺も結界内なの?」


 そう、今俺はノエルらと結界内にいる。


「今回の敵は魔族だけじゃないからね。戦ってる最中にあの親子に攫われちゃったらどうすんの?」


「そうだけど、転移で逃げれば……」


「転移は使えねーかもしんねーぞ。チェスターの奴、魔力封じの首輪持ってんだよ」


「そんなのあるんだ」


 この世には俺の知らない物が沢山あるな、と感心しながら、お父さんの近くにチョコンと座っていたショーンの隣に膝を三角に折って並んで座った。


 ショーンとの間に暫しの沈黙が流れ、ショーンが口を開いた。


「ねぇ、知ってる? 最近兄ちゃんが君のこと目で追う回数増えたの」


「キースが?」


 増えたも何も、キースが俺の事を目で追っていたことさえ知らなかった。


「気のせいじゃない?」


「気のせいじゃないよ。オリヴァーが最近ジェラルドやリアムと接近し過ぎてるから嫉妬してるんだよ。兄ちゃんとも仲良くしてあげてよ。ただでさえ一人歳が離れてるから遠慮して前に出られないんだから」


「まぁ、それはあるかも……」


 キースだけ大人で、しかも平民だからか一歩後ろから見守っている気がする。それに、何でも俺達を最優先にして自分は残り物で我慢みたいな事が多々ある。


 そんな会話をしていたら街の方から悲鳴が聞こえてきた。


「キャー!」


 俺が立ち上がるとリアムとアーサーが隣に来た。


「来たね」


「今回は何だろうな……」


 アーサーが耳を澄ませるように両手を耳の後ろに当てた。その姿を皆が息を呑んで見つめた——。


 数分後、アーサーがパッと目を開けて言った。


「ヴァンパイアだ」


「ヴァンパイアってあの……?」


「人の血を吸って生きるっていう吸血鬼。次々に人間が血を吸われてるっぽい。噛まれてないやつを避難させようにも、みんな寝てるからおれの声が聞こえてねぇ」


「これは、まずいね……」


 リアムが俺の顔をチラリと見て視線を逸らした。


「リアム?」


「ヤバい、三人共攻撃出来ずに行き詰まってるぞ。リアム、どうする? オリヴァーに行ってもらうか?」


 アーサーが焦ったようにリアムに指示を仰いだ。


「……」


「何で黙ってるの? 何で攻撃出来ないの? そんなに強いってこと? 早く血を吸われた人を助けにいかないと死ぬんじゃないの?」


 俺がリアムを質問攻めにしていると、リアムは一呼吸して口を開いた。


「ヴァンパイア自体には攻撃出来ると思う。だけど、今三人が相手にしてるのは人間なんだよ」


「人間?」


「ヴァンパイア化した操られた人間。生き血を吸う量を調整することで殺すことも操ることもできるんだ」


 操られた人間相手に剣も魔法も使う訳にはいかないということか。


「でもどうしたら良いの? 血を吸われた人を元に戻す方法は? ヴァンパイアを倒せば戻るの?」


「戻し方は分からない。けど、戻す方法があるとするなら……」


 リアムが言い淀んでいると、ノエルが応えた。


「お兄様ですわね」


「ノエル、それは……」


「リアム、何で隠すの? 人類の危機だよ! 俺の力でどうにかなるなら早く行かないと。俺行ってくる」


 転移しようとすれば、リアムに手を掴まれた。


「僕、人類の危機より君の方が大事なんだよ」


「リアム」


「ごめん……幻滅したよね」


 リアムがパッと手を離したので、その手を俺はしっかりと掴んだ。


「俺だって世界中の知らない人より、リアムの方が大事だよ」


「オリヴァー」


「だから俺、世界中の人を守ってリアムを幸せにするから!」


 アーサーが呆れた顔で手を叩いた。


「あー、ハイハイ。そういうの良いから早く行ったら? あの三人まで操り人形にされちゃうよ」


「そうだった。リアム行ってくるね!」


「うん。多分、浄化して精気与えたら元に戻ると思う。ただ、血を吸われてるから今回は結界まで移動してもらうのはやめた方が良いかも。安静にさせないと」


「じゃあ、どうすれば……」


 助けてもまた血を吸われて今度は死に至る可能性もある。


「お兄様、こちらを。食品庫を漁って参りましたわ」


「漁ったのはオレ達だけどな」


「こんなん効くのか?」


 メガネとマッチョが箱に大量のニンニクを持って現れた。そして、奥の扉からお父さんも出てきた。


「奥の机に沢山あったぞ」


 お父さんの持っている袋の中を覗いてみると……。


「十字架?」


 ペンダントにする用だろうか。小さな十字架が沢山袋に入っていた。勝手に持ち出して怒られないだろうか。


「これ、どうするの?」


「元に戻った人達に渡してあげて下さい。ヴァンパイアといえば十字架とニンニクですわ」


「そうなの? それもRPG情報?」


「RPGって言うより常識だよな。いつの間にか子供でも知ってるような常識」

 

 アーサーが言えばノエルも頷いた。


「何故か物心ついた頃には知っていましたわね」


「俺、知らないんだけど。非常識なのかな」


「オリヴァー、大丈夫。僕もそこまで知らないから」

 

 リアムとボソッと話をして、ニンニクと十字架と共に街の中心部に転移した。


 ——そして、ノエルとアーサーの言うことは正しかった。転移した瞬間、ヴァンパイア本体はいなかったが、操られた人々がニンニクと十字架を見て苦しみ始めた。

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