第5話 いらない情報
それから時は流れ、季節は冬へと移り変わった。
本日はノエル六歳の誕生日。この国では十歳を過ぎれば大々的にパーティーを開くが、それまでは家族だけで誕生日を祝うのが慣わしだ。
俺と両親は口々にお祝いのメッセージを並べた。
「おめでとう、ノエル」
「もう六歳か。早いな」
「おめでとう。言葉遣いも多少変ではありますが、よしと致しましょう」
「ありがとうございます」
母にも褒められ、満面の笑みで返すノエル。
「歯を出して笑わない！」
「はい！」
そしてすぐに怒られる。可哀想ではあるが母もノエルに立派な淑女になってもらいたいのだろう。
怒られたばかりだというのに、ノエルは目の前に出てきたケーキを見ながらはしゃぎ出した。
「わぁ。ケーキ大っきい！ そのまま食べてもよろしいですか？ 一度で良いからやってみたかったのですわ」
「駄目に決まっているでしょう。ノエルのは一番小さく切り分けてちょうだい」
「えー、わたくしの誕生日なのに」
口を尖らせながら不貞腐れているノエルに父は自身に切り分けられたケーキを差し出した。
「これも食べなさい」
「わぁ！ お父様大好き！」
「あなた、甘やかしすぎですよ」
「はーい」
父も母に度々怒られているが気にした素振りもない。ちなみに、ノエルと父は顔がそっくりだ。ピンクの髪にやや垂れ目で、歳を重ねているからか色気がすごい。
そして母は銀髪で顔立ちも整っており、見目麗しい。昔から男性に言い寄られていたのだとか。
俺のピンクの髪は父親譲りだが、顔はどっちにも似ていない。先日八歳になったばかりだが、幼い顔のままだ。いつかシュッと切れ長な目になったり、鼻筋が通ったりするのだろうか。楽しみだ。
「ノエル、父上もピンクの髪だよ？」
「確かに。そうですわね」
ちなみにノエルの『転生者ごっこ』はまだ継続中だ。中々ごっこ遊びが終わらないので、一度勇者を目指すのはやめたいと直球で言ったことがあるのだが、ノエルに至極落ち込まれて一日口を聞いてくれなくなった。
俺はシスコンなので、ノエルから口を聞いてもらえないだけで耐えられなかった。翌日にはノエルに謝罪し、再び表面上は勇者を目指して特訓中だ。
——そして俺は今、ピンク色の髪なのに勇者でも英雄でもなんでもない父親を例に出して、俺も父同様に脇役だよと遠回しに伝えようとしている。
「お父様もピンクですが、わたくしと同じで光魔法の使い手ではありませんもの。やはり、お兄様ですわ」
「あ、そう……」
「なんの話？」
父が俺とノエルを不思議そうな顔で見て聞いてきた。両親にはまだノエルが転生者云々の話は秘密なので何と応えようか考えているとノエルがニコリと笑って応えた。
「お兄様は素晴らしいというお話ですわ」
「そうね、オリヴァーは優秀ね。あなたやノエルと違って」
何故かこういう返しは上手いノエル。もっと他で発揮すれば母に怒られないのにとつくづく思う。
それでも家族仲は悪くないのでノエルの誕生日パーティーは終始賑わっていた。
◇◇◇◇
「お兄様、とても楽しかったですわね」
「そうだね。じゃあまた明日」
俺はノエルを部屋まで送って自室へ戻ろうとするとノエルに引き止められた。
「少々お時間宜しいですか？」
「うん」
ノエルの部屋に入ると、机の上が何かの資料で散乱していた。勉強を頑張っているんだなと感心しているとノエルが一冊のノートを持ってきた。
「この国について調べたのですが良い情報がありますわよ」
「良い情報？」
ノートを一頁ずつ捲っていくと、国の歴史や現国王、王太子について等事細かにこの国のことが書き記してあった。この国の人なら誰でも知っているような情報ばかりだが、良い情報とはどの情報のことだろうか。
ノエルがノートを二頁進めると、赤で大きく丸が付けられていた。
「これは……」
「凄いでしょう？ 国王陛下の許可さえあれば同性同士の結婚が認められるそうなのです！」
一番いらない情報だった。
「これでお兄様が気にしていたこともクリアですわ」
「そうだね……」
俺とジェラルドは恋愛関係ではないと何度も説明しているのだが、ノエルは俺の照れ隠しだと思って分かってもらえなかった。なので俺はノエルに言ったのだ。
『同性同士じゃ結婚できないから俺はジェラルド諦めるよ』
それを言ってからノエルの口からはＢＬというワードは出てこなかったから安心していたのだが、まさかこんなことを調べていたとは。
「いや、でも国王陛下の許可なんて下りないよ」
「わたくしにお任せ下さいませ。今度第二王子様の誕生日パーティーがあるのですが、そこで王子様と親しくなれば良いのですわ！ そうすれば自ずと国王陛下ともお近づきになれますわ」
「計画的だね……」
妹のごっこ遊びに付き合ってあげたい気持ちはある。あるのだが……流石に男同士の恋愛までは付き合いきれない。相手の気持ちもあるだろうし。
『わたし、お兄様と結婚する！』と言っていた四歳のノエルに戻ってくれないだろうか……。
「ノエルは俺と結婚したいんじゃなかったの？」
「兄妹で結婚できるわけないじゃないですか」
あー、何だか無性に苛々してきた。転生者や勇者、ＢＬ等非現実的なことばかり言っている妹に至極真っ当なことを言われてしまった。しかも真顔で。
そりゃ俺だって兄妹で結婚できないことくらい知っている。だけど、男同士で結婚するくらいなら妹と結婚したい。俺は間違ってるのだろうか。
「とにかく、二週間後のパーティーが楽しみですわね」
「はは、そうだね……」
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