第71話 チャンス到来

 少女と日暮れまで逃げ通す為、元いた部屋に戻ろうとするが、部屋の前にメイドが立っていて入れない。


「こっちじゃ」


 少女に手を引かれ走っていると、階段が見えて来た。階段の向こう側には執事とメイドが話をしている。


「上がるぞ」


「うん」


 足音を立てないように、ゆっくり、そーっと階段を上った。何とかバレずに上がれたようだ。


「よし、次はこっちじゃ!」


「詳しいの?」


「何度も逃げ出そうとしたからのぉ。わ、またメイドじゃ。こっちにもおる」


 まだ気付かれてはいないようだが、両側にメイドがいる。更に上にあがろうにも上にも誰かいる。


 俺は辺りを見渡した。上に何か乗ってはいるが、白い布で覆われたカートがあった。


「こっち」


 俺は少女の手を取り、カートの下の部分に膝を折って二人並んで座った。


 こんなところに隠れられるなんて、小さくて良かったと初めて思った。


「ここで人がいなくなるのを待とう」


「ハラハラドキドキじゃな」


 少女は至極嬉しそうだ。


「わっ」


 カートが動き出したので、思わず声が出てしまった。両手で口を塞ぎ、息を殺した。


「ん? どこからか声がしたような」


「声ですか? あそこでメリー達が話しているからではないですか?」


「そうね」


 俺達の存在には気付かず、カートが動く。


「何だか今日は重たいわね」


「そうなんですか? わ、本当ですね。下に何か入っているのでしょうか?」


 そう言って、メイドの手が白い布を掴んだその時——。


「あなた達、魔王女様を見てない? またいなくなっちゃったのよ」


「こちらには来ていませんよ。私も探すのお手伝い致します」


 メイドは白い布から手を離し、去っていった。近くにいた者も次々と離れていくのが分かった。


 チラリと外の様子を覗いて、誰もいないことを確認してから少女と共にカートから出た。


「楽しいのぉ。刺激的じゃのぉ」


 少女はやはり楽しそうで、ノエルと一緒にいるような気分になる。


 楽しそうな少女の顔が突如、至極真面目なものに変わった。


「お前……」


「え、また誰か来た?」


 辺りを見渡すが、広い廊下に人の気配はしなかった。


「お前、メレディスと夫婦めおとなのか?」


「へ?」


「その刻印、メレディスと同じものであろう?」


 俺は刻印を触って苦笑した。


「ああ、これ。見るだけで分かっちゃうんだ?」


 それより少女はメレディスの事も知っているのか。


「俺の言ってた知り合いって、メレディスのこと……」


「わらわを助け出しに来てくれたのではないのか?」


 少女に不安そうな表情で詰め寄られた。


 そうか。メレディスとの刻印のせいで、魔王側の人間だと思われているのかもしれない。俺は安心させるように少女に優しく言った。


「俺は君の味方だよ。一緒に逃げよう」


「では、先にその刻印を消してもらわねば」


「でもこれ魔王じゃないと消せないみたいで」


「こっちじゃ。わらわの頼みなら聞いてくれるはずじゃ」


 少女に手を引かれ、俺は再び人に見つからないよう隠れながら走った。



 ◇



 少女と俺は大きな扉の前に立った。


 トントントン。


 少女は扉を叩き、大きな声で言った。


「お仕事中申し訳ございません。お父上様」


「え……父?」


 父親の仕事場? まさか父親は少女を人質に取られて無理矢理働かされている?


 疑問が募るが、聞く間もなく部屋の扉が開いた。


「魔王女殿下、陛下は今……」


「え?」


「な、何故此処に来たのだ。あれ程来るなと釘を刺しただろう」


 メレディスが慌てている。


 この部屋にメレディスがいるということは、ここは魔王の書斎。しかも、メレディスは少女の事をと呼んだ。まさか、この少女が皆が探している魔王女?


 慌てるメレディスと疑問でいっぱいの俺をよそに少女は俺の手を引いて扉の中に入った。


「お父上様!」


「おう、どうした? グレース。また城中走り回っていると聞いたが」


 少女の名はグレースと言うのか。今更ながら名前も聞き忘れていた。そして、目の前にいるのが魔王なのだろう。圧が凄い。しかし、見た目はメレディスと同じくらいで青年に見える。子供がいるようには見えない。


 魔王の視線の先がグレースから俺に変わった。


「汝はさっきの……メレディスの嫁か? 帰ったと聞いたが、それにその身なり……男か?」


「陛下、これには訳が」


 魔王が怪しい笑みを浮かべた。


「ほぅ、メレディス。貴様はこの男と夫婦になったのか? 可愛らしい女の子と言うのは?」


「……」


 メレディスの顔が青ざめている。メレディスが不憫に思えてきたので、心の中で謝罪しておいた。


 そんな中、グレースだけは堂々と魔王に言った。


「お父上様、この二人の刻印を消しては頂けぬか?」


「「え?」」


 俺とメレディスは目を見合わせた。

 

 これは、無謀な挑戦をすることなく、刻印を消すチャンスが訪れたかもしれない。

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