第103話 避難

 襲撃初日。


 雲一つない青空を眺めながらポツリと呟いた。


「結界、あれで大丈夫かな」


 アーネット公爵邸で絡みあった結界を張れたのは偶然だったようだ。結局、大きな結界は張れるようにはなったが、何度練習を重ねてもジェラルドのそれと絡み合わない。


 そして今、俺とキース、エドワードとジェラルドの二手に分かれて周囲の様子を窺っている。

 

「何アレ」


 空が歪んだ。その歪みからゴミのように何かが大量に降って来た。そのまま下に落ちるものもいれば、鳥のように上空を飛び回るものもいる。


 その様子をキースと眺め、二人で冷や汗を流した。


「魔王が送り込んできたのってアレかな?」


「だろうな」


「あっちはジェラルド達が待機してる方角だね。俺達も移動しよう」


 皆で一箇所に固まるのは効率が悪い。ジェラルドらとで敵を挟み撃ちにする形で俺はキースを連れて転移した。



 ◇



 落ちてきた大量の何かは全て魔物だった。数え切れない程の魔物が人間を襲っていた。


「キャー!」


「何でこんな所に魔物が!?」


「おい、大丈夫か? 早く立て!」


 冷静な判断を失った民は右往左往しながら逃げ惑っている。街中大混乱だ。

 

 そんな時、アーサーの声がした。


『教会に逃げろ! 魔物は教会に入ってこられない』


「なるほど、みんな教会だ!」


 ここから教会までは距離があるが、教会に辿り着く必要はない。結界はかなり大きなものを張っている為、この場所からなら二百メートルも走れば結界内に入ることができる。


 ちなみに、アーサーのスキルはテレパシー。他者の脳内に直接語りかけることが出来るのだ。反対に他者の考えも聞き取る事が出来てしまう為、煩いのでほぼスキルは発動しないのだとか。


 人を押し避けながら我先にと教会に向かうのかと思いきや、逃げる場所が特定されたことによって民の動きが変わった。男性陣は女性や子供を優先的に教会へ避難させ、自身の家から鍬や斧など武器になりそうな物を取って来た。


「騎士様達が来るまでワシらで守るぞ!」


「「「おお!」」」


 そして、襲ってくる魔物目掛けて武器を振るった。


 キースは転んだ女性に襲いかかる狼型の魔物を剣で斬りながら言った。


「これは随分と戦力になるな」


「だね」


 辺境伯領を守る騎士らも今後戦闘に加わることを考えれば、今回の襲撃はどうにかなりそうな気がしてきた。


 そう思ったのも束の間、近くで負傷者が次々と現れた。それもそのはず、魔物は雑魚ばかりではない。トロールやゴーレム、オルトロスなど様々な魔物が、それはもう数え切れないくらいにいるのだ。


『負傷者も教会に向かえ! どんな深い傷もたちまち治ると言われている聖水があるらしいぞ』


「あの噂の聖水がここに?」


「じゃあ、この傷も……」


「でも、この足じゃ教会に辿り着く前に魔物にやられちまう」


 以前、聖水の噂を流しておいたので、聖水の効果を期待する者は多い。しかし、これだけの数の魔物を前に半ば逃げることを諦めている者もいる。


 魔物の数が多すぎる為、聖水を飲ませにノエル達が結界外に出るのは危険だ。俺も治癒に専念というわけにもいかない……どうしたものかと悩んでいたら、アーサーが語りかけてきた。


『オリヴァー、女神様の時にやったやつを使えって』


「女神様のって?」


 トロールの股の間をくぐって後ろから闇の魔力を込めた聖剣で叩ききれば、トロールは闇に呑まれるように消えた。


「魔物は光に浄化されるのと闇に呑まれるのどっちが良いんだろ」


『オリヴァー聞いてる?』


「ああ、ごめん。女神様って、お祈りポーズでゾンビ浄化したやつ?」


『それだ』


「でもあれって既に倒したゾンビだったから浄化できただけだよ。しかも、魔力切れで倒れたし」


 俺の言葉をリアムに届けているのだろう。アーサーの言葉が一時聞こえなくなった。そして、再びアーサーの声がした。


『全部を倒さなくて良いから、教会までの一筋の道を作れば良いんだってよ。ただ、閃光だと人間まで巻き込むから、魔物だけが消滅する浄化にしろって』


「それなら魔力切れは起こらないか」


 ただ、生きている元気な魔物を浄化できるか。


『心配するな。お前は主人公だから大丈夫だ。ってノエルが言ってるぞ』


「またテキトーなことを」


 しかし、リアムもやれと言っていることは出来る見込みがあるということ。


 俺は聖剣を鞘に収め、両手を前に組んで目を瞑った。


『おい、ここに女神様兼勇者が来てるらしいぞ』


「それは本当か?」


「救世主だ! 女神様は何処だ?」


「男なのに女の子みたいな顔してるんだってよ」


 集中出来ない。しかも、何故女神の噂がこんな辺境の地まで伝わっているのだ。


 ノエルとリアムのにっこり笑顔が頭に浮かんだ。


「今はそれどころじゃない」


 俺は頭をブンブン振って雑念を払った。


 教会までの一筋を浄化……浄化。


「何だ?」


「キラキラして……遂にワシは死んでしまったか」


「馬鹿、お前はまだ生きてるよ」


「でも、これは死者の道では?」


 どうやら成功したようだ。目を開けると、横幅三メートルくらいの一本の道が出来ていた。距離は分からないが、かなり遠くの方まで見える。


 魔物は浄化されるのが怖いのか、キラキラ光っている道には足を踏み入れようとしなかった。


 しかし、それも時間の問題だろう。アーサーが民を急かした。


『女神様が道を切り開いてくれたぞ。皆急げ!』


「そうだ。女神様のお導きだ! 御厚意を無碍にするな!」


「お前、歩けないんだろう? 捕まれ!」


 アーサーの言葉に、負傷者だけでなく無傷の民も一緒に教会に走った。そして、その場には屈強な男性が数人残っているだけだ。


「やっぱリアムは凄いな」


 民を意図も簡単に避難させるとは。他の場所にどれ程の民が残っているのかは分からないが、リアム達に任せれば大丈夫だろう。何かあればアーサーを通して連絡が来るはず。


 俺は一体一体確実に魔物を討伐していった。

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