第20話 暗殺者っぽい人
翌朝、俺はリアムとノエルと共に工場へ潜入した。そして、ジェラルドとエドワードがアンの母の護衛についた。
「思ったより大きい工場ですわね」
「今日中に見つかるかな」
不安げに言えば、リアムがポケットから小さな紙切れを出してきた。
「それなら問題ないよ。工場のあらかたの見取り図は確認済みだから」
「いつの間に。でも、何で工場の中じゃなくて外を探してるの?」
「アンの母親が最後に働いてた環境がこっちなんだって。これもオリヴァーが喋れるまでに回復させてくれたおかげだよ」
リアムに褒められた。照れを隠す為、俺はリアムの前から後ろに移動した。
「行く場所の目星がついてるならリアムが前歩いて」
するとノエルが嬉しそうに言った。
「こっちも良いですわね! お兄様、そこでリアム殿下の服の裾を持って下さいませ」
「え、こう?」
「そうですわ。そして、切な気な表情でリアム殿下を見上げて下さいませ」
ついノエルに言われるがまま実行に移していると、リアムが振り返って目が合った。
「何してるの?」
「え、何してるんだろう」
我に返った俺は、掴んでいたリアムの服の裾をパッと離した。ノエルを見ると真剣な表情で何かを描いている。
あれはまさか……ノエルの妄想、バラの世界を描いているに違いない。
「リ、リアム、こっちに行けば良いの? 早く行ってちゃちゃっと終わらせちゃお」
リアムがノエルの手元を覗き込もうとしたので、急いでリアムを進路に戻した。
「オリヴァー、そんなに焦っちゃってどうしたの?」
「何でもないよ」
リアムの背中を押して歩いていると、木の陰からスーツをピシッと着こなした長身の男が現れた。
「君たち、何してるんだい? ここは危ないよ」
親切そうな笑顔を見せてくるが、こんな工場の裏手にスーツの男なんて怪しさ満点だ。
「うちの猫がこっちに迷いこんじゃって」
リアムが平然と嘘を吐いた。
「猫? こっちには来ていないよ」
「そんなはずないですよ。確かにこっちに行ったので」
「ここから先は誰も通せないんだ。諦めてくれ」
男は俺とリアムの肩を持って門前払いしようとした。そこへリアムが目で合図をしてきたので、俺は男の腕を掴んだ。そのまま捻りあげようとしたが、男は勘付いたようで、俺達から距離を取った。
「君、何者だい?」
そう言って男はどこからともなくナイフを取り出した。
「お兄様! あのナイフは暗殺者の使用するものですわ」
「わ、ノエル。黙ってて」
男の標的が俺からノエルへと変わった。男はノエルにそのナイフの切っ先を向けた。
「聖なる光よ、全ての障害を避ける壁となれ
ノエルの前にシールドを張ると、男は感心したように言った。
「君、魔法が使えるんだ。貴族?」
「関係ないだろ。ノエルに手を出すな」
「そんなにあのお嬢ちゃんが大事なんだ」
男は笑って姿を消した。
「え?」
跡形もなくその場から消えている。辺りを見渡すが男の姿は見えない。
「お兄様……」
「ノエル?」
振り返ると、男がノエルの背後に回って先程のナイフとは別のナイフをノエルの首筋に当てていた。
「いつの間に……ノエルを離せ!」
「何が起こったのか分からない顔してるね。私だって、いたいけな少女を殺したくはない。ここで帰るなら見逃してあげるよ」
「くッ」
ノエルを人質にされた俺は手も足も出ない。リアムの方に目線だけ向ければ、一旦引こうという合図が見てとれた。
「分かっ……」
「ふふ。あなた人質にする相手を間違えましたわね」
俺の言葉はノエルによって遮られた。
「私如きが人質になったからってお兄様には効果ありませんわよ」
「ノエル、馬鹿、喋るな」
「お嬢ちゃん状況分かってる?」
ノエルは首筋のナイフを気にもしていないように手に持っていた本を男に見せた。
「これを見て下さいませ」
「これは……」
「わたくしなんかよりも愛していらっしゃる方がいますもの。お兄様のあの顔を見て下さいませ。わたくしの方が人質になったので安堵している顔ですわ」
ノエルに言われて男は俺の顔を見た。
「そう言われるとそんな気も……」
いやいやいや、安堵した顔なんてしていないし、妹が人質にされて何とも思わない兄がいたら俺は軽蔑する。
突っ込みを入れたいところだが、男はナイフの切っ先をノエルから離した。
「まさかそっちの趣味だとは、人間見た目によらないね」
ノエルと男のやり取りから、男の次のターゲットが誰だか分かった。何故って、男はきっとノエルの絵を見せられたのだ。まるで俺とリアムが恋人のように愛し合っているようなそんな絵を。
俺は男がノエルから離れた瞬間、リアムに向かって詠唱した。
「聖なる光よ、全ての障害を避ける壁となれ
リアムにドーム状のシールドを張ると、男はそれ以上近付けなくなった。すぐノエルにも同様の魔法をかけた。
「これで誰も人質に出来ないだろ」
「せっかくチャンスを与えたのに余程死にたいようだね」
男は再び姿を消した。
「痛ッ」
突如腕に痛みが生じ、見ると服に血が滲んでいた。
「どこからの攻撃だ」
それからも同様の攻撃を無数に受けた。傷は浅いが、服は血塗れだ。
「見えないのは怖いよな。いつ止めを刺されるか分からない恐怖で怯えると良いよ」
耳元で男の声がしたので、振り返って剣を振るうが誰もいない。
どこからともなく攻撃され続けていると、リアムが叫んだ。
「オリヴァー、敵のスキルは恐らく隠密だ。姿は見えないけど、きっと君の近くにはいるはずだよ」
平民は魔法が使えない。代わりにスキルと呼ばれる特別な力が一つだけ与えられるのだとか。リアムはそのスキルすら与えられなかったらしいが……。
それにしても隠密とは暗殺者にはもってこいのスキルだ。だが、それが分かったところで姿が見えないと太刀打ちできない。
そんな時、ヒューゴの言葉を思い出した。
『目の見えない騎士もいるんだぞ』
『どうやって戦うんですか?』
『気配で察知するんだ。そいつは目が見える騎士なんかより圧倒的に強い』
俺は目を瞑った。まだ敵の攻撃が続く中、痛みに耐えながら気配を読み取ることに集中した。
「無理無理無理! 分かるわけないじゃん!」
「お兄様なら大丈夫ですわ。なんたって主人公ですもの」
主人公云々は置いておいて、こんな冒険初っ端から負けるわけにはいかない。攻撃されながらも、俺は再び目を瞑って気配を感じた。
カキンッ!
俺の剣は敵にこそ当たらなかったが、ナイフを弾いたようだ。急にナイフが現れて飛んでいった。
「中々やるじゃないか。私の攻撃を跳ね返した奴は君で六人目だ」
六人目……結構いるな。初めてだ、とか言われたら嬉しかったが六人目か……。
複雑な心境だが、厄介な敵に変わりない。俺は再び目を瞑った。
それから何度かナイフを弾き飛ばし、七回目の攻撃で敵に剣が当たった。
「うッ」
男は姿を現し、男の腕からは血が流れていた。
「こいつ……遊びはここまでだ。とどめを刺してあげるよ」
すぐにまた姿を消すのかと思ったが、男はそのまま攻撃してきた。ダメージを受けると、すぐにスキルが使えないのかもしれない。再び姿を消される前に倒さなければ。
男の攻撃をかわしながら、素早く男の懐に入った。そして、剣を斜め下から上に思い切り振り上げた。
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