第63話 血で繋がる

 目の前にはポカンと口を開けたミラがいる。


「ごめんミラ。騙してたわけじゃないんだ」


 女だと思っていた相手が男だったのだ。しかも同じ部屋で数日過ごした仲だ。人間不信に陥ってしまうかもしれない。


 ちなみに、ベンは孤児を保護したにも関わらず孤児を実験材料にし、殺害。また、国への申請にも相違があり助成金の虚偽受給が発覚。更には悪魔と契約しようとしたことで罪に問われた。


 そして、ベンに保護されていた子供達は、近隣の村や街に数名ずつ分かれて教会で保護される事になった。ミラも今から旅立つ孤児の一人。


「だから、たまに『俺』って言ってたんだね」


「俺って言ってた?」


「『何で俺だけ』って独り言言ってたよ。私達を守る為に潜入したって聞いたよ。ありがとう」


 ミラは女装していた俺の事を軽蔑の目では見ていないようだ。


「今度私のとこ遊びに来る時は、あの人も連れて来てね」


「あの人?」


 ミラの視線の先にはリアムがいた。


 もしや俺との別れの挨拶と言いながらリアムに会いたかっただけ? まぁ、何にせよ人間不信にはなっていなさそうで何よりだ。



 ◇



 ミラと別れの挨拶を済ませた俺は、宿の部屋で自身の首元にナイフをあてた。


「オリヴァー、早まるな」


「そうだよ。そんなことしなくたって」


 仲間が必死に止める中、俺は震える手にもう片方の手を添えて、しっかりとナイフを握った。


「みんなには分からないよ! こうでもしないと俺の人生が……俺の……」


 俺は自殺を図ろうとしているのではない。首筋にある刻印を削ぎ落とそうとしているだけだ。


 目を瞑って手元に集中した。


「大丈夫。切ったらすぐに治癒、切ったら治癒……切ったら治癒。よし!」


「何が『よし!』だ。そんなことをしても何も変わらん」


「ちょっとナイフ取らないでよ」


 メレディスにナイフを奪い取られてしまった。気配が全くしなかったので気付かなかった。


「変わらないってどういうこと?」


「削ぎ落としても、再び浮かび上がってくるはずだ。試した奴を見たことはないがな」


「試した人がいないなら出来るかもしれないじゃん」


 俺が駄々っ子のように言えば、メレディスは面倒臭そうに応えた。


「それはそもそも互いの血が混じり合ってつけられたものだ。その部分だけ削ぎ落としても、私の血が汝に入っている以上何度も浮かび上がってくる」


「俺とメレディスって血で繋がってるの?」


 俺がメレディスと話していると、仲間がコソコソと話をしているのに気が付いた。


「血で繋がるって、なんかエロいな」


「うん。夜伽よりエロいかも」


「常に一心同体って感じだよね」


「まぁ、夫婦だから仕方ないんじゃねーか?」


「皆様、例え血で繋がっていなくとも心で繋がっている方が、わたくしは良いと思いますわよ」


 俺自身、何もしていないのにこの言われよう。惨めになってきた。


 俯き加減に椅子に腰掛けると、ノエルがやってきて耳打ちしてきた。


「お兄様。年に一度夜伽をすれば良いだけですわ。皆様とも日替わりですれば良いだけです」


「……」


 呆れてものも言えないでいると、ショーンも慰めるように言った。


「若しくは六人でするかだよ」


「六人」


 もちろん俺一人に対して五人だろう。日替わりも嫌だが、六人でとなると体が持たない……。


「じゃなくて、もっと他の対策考えてよ!」


 声を荒げていると、リアムがメレディスに質問した。


「そもそも何で魔王しか消せないの? 何か条件があるから? それとも消す方法を魔王しか知らないから?」


 確かに。それが分かればこの状況も何か変わるかもしれない。


「両方だ。条件としては魔力が高いこと。そして、消す方法は王になった者しか入れない部屋に書き記されているらしい。あくまで噂だがな」


「噂でも何でも良いよ。とりあえず、その部屋にこっそり入って消し方だけでも……」


「無理だ」


「無理って、そんな決めつけなくても良いじゃん」


 立ち上がった瞬間、足に何かが絡みついた。


「え、何々?」


 そのまま俺は黒い何かに足を引っ張られ、宙吊りにされた。その黒い何かはメレディスの手から伸びていた。


「先日の戦いっぷりを見ていたが、汝らは人間の中では強い方かもしれん。だが、王は桁違いに強い。今のままでは部屋に入る前に捕まって死ぬのがオチだ」


「そんな」


「だが、一つだけ良い情報がある」


「良い情報?」


 逆さまになった俺の瞳を見ながらメレディスは言った。


「汝は私と同等の力が使える」

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