第119話 ハニートラップ

 やはりというか、さすがと言うべきか……ノエルの思惑通りとなった。良いのか悪いのか、ヴァンパイア六体は俺に夢中になってしまった。


 真っ赤なドレスに靴。そして金髪長髪で見た目は完全に女の子。そんな俺は真夜中の寒空の下、一体のヴァンパイアに膝抱っこされている。他の五体もそれを囲むように座ったり跪いたりして、俺の手足や顔に触れている。とにかく、逆ハーレム状態の末恐ろしい光景だ。


「ねぇ、本当に男の子なの?」


「肌がすべすべだね」


「噛みたいなぁ」


「けど、メレディス様が相手じゃな」


 実はこのヴァンパイア達、メレディスを知っているらしい。


 俺がメレディスの嫁だと気付いてからというもの、俺の血を吸いたくて涎を垂らされるが噛みつかれはしない。


 それにしても、男と知っていながら男に求愛してくる心理が分からない。しかも、俺は女装以外何もしていない。恋愛未経験の俺はアーサーに聞いた。


『具体的に何すれば良いの?』


『普段通りにしてれば大丈夫だろ』


 つまり、俺は思った事を思ったまま言って、思ったまま行動をしただけ。


「オレを妾にどう?」


「街の人達を元に戻してくれたら考えるよ」


「本当か? そんなこと言って考えるだけじゃないだろうな?」


 バレている。


「あ、一番に元に戻してくれた人を妾に……」


「よし、オレだな」


「私が先だった」


「いや、俺様が先だ」


 ヴァンパイアはチョロかった。皆、元に戻してくれたようだ。負傷者はアーサーらが聖水を配って回ると言っていたので、きっと大丈夫。後は時間稼ぎをして明後日の日が昇るのを待つだけ。


「で、妾にしてくれるんだよな?」


「う、メレディスにも聞いてみないと。それに、誰が一番だったか……」


 誤魔化そうとすれば六体の瞳が赤く光った。怯んでいると、お腹がグゥと鳴った。


「腹減ってんのか?」


 運良く妾の話から食事の話に切り替わった。


「オレも物足りねーんだよ」


「よし、飯にしようぜ。俺様、今度は若いの狙うぜ。年寄りのはまずかった」


 ヴァンパイアらは次々と立ち上がり、俺も手を引かれて自然と立ち上がった。


 運良くと言ったが、前言撤回だ。聞かずとも分かる。ヴァンパイアの食事、それすなわち人間の生き血。


「ダメダメ! 俺以外の人の血を吸ったら嫌いになるから!」


「そんなこと言ったって、君はメレディス様のもの。血が吸えん」


「それでも! もし他の人の血を吸ったら口も聞かないし顔も見たくない!」


 プイッとそっぽを向けば、それぞれ困惑したような顔で俺を見た。


 我ながら無茶な事を言っているのは分かっている。これで愛想を尽かされ人間を襲いに行くようであれば、その時はその時だ。そう思っていたら。


「案ずるな。私は君以外の人間の血になど興味ない」


「オレもだ」


「トマトジュースで我慢してやろう」


「良いの……?」


 キョトンとした顔でヴァンパイアらを順番に見上げれば、口元を手で隠して目を逸らされたり、蹲る者まで出てきた。


「え、大丈夫? トマトジュース買って来ようか? それとも気分悪い? 水の方が良いかな?」


 一人困惑しながら蹲っていたヴァンパイアの顔を覗き込めば、ガシッと腕を掴まれた。


「もしかして、緊急を要する感じ?」


「ああ、緊急自体だ」


「どっち? トマトジュース? 水? 急いで探してくるよ」


 立ちあがろうとすると、掴まれている腕を思い切り引っ張られた。体勢を崩した俺は、そのままヴァンパイアの胸にダイブした。


「もう我慢出来ん」


 これは非常にまずいかもしれない。多分このヴァンパイアを怒らせた。このヴァンパイアは俺以外の血を吸うなと言った時、何も応えていなかった。無茶を言う俺に愛想を尽かした一体に違いない。


「お前、抜け駆けすんなよ」


「それは私のモノだ。離れろ」


「嫌だね。こんなにも胸の高鳴りを感じたのは初めてだ」


 首筋に顔を埋められ、思い切り匂いを嗅がれたのが分かった。


「なッ、先を越されてたまるか!」


「それは私とつがいになるのだ」


「いや、俺様だ」


「え……」


 俺を見下ろしているヴァンパイアら五体の目の色が変わった。そして、再び全員に手足や頬などを触られた。ただ、先程と違うことが……。


「あ、やめ……ひゃッ」


 触り方が非常にゆっくりとねっとりとしているのだ。しかもドレスの下から手が入り、エロい手つきで触られる。


「可愛いな」


「血が吸えない分、別の方法で愛でてやるからな」


「妾に選んでくれたら、もっと気持ち良いこと沢山してあげられるよ」


「あ、やめ……メレディスに……」


 メレディスの名前を出したらやめてくれると思ったのにやめてくれない。


「知ってる? 刻印があっても、二人きりじゃなかったらこんなことしても大丈夫なんだよ」


 知ってはいるが、何故なのだろうか。この際聞いてみることにした。


「……何で?」


「他の者にもチャンスを与える為だよ」


「チャンス?」


「出会った時期が遅くて、運命のつがいを逃したなんて奴らが暴れ回ったんだ。だったら、それが本当に運命かどうか確かめてこいって先々代の魔王様が刻印の制限を緩くしたんだ」


「最初は愛を囁く程度の制限の緩和だったんだぜ。けど、先代の魔王様が『愛を囁くだけじゃつまらん』って更に緩和されたんだ」


 これは、先代の魔王のせいだったのか。


「でも、ここまでやらせてくれる女……男は珍しいよな」


「運命を感じている証だな」


 いや、俺だってやらせたくないよ。だけど、やめてと言ってもやめてくれないし、今は攻撃出来ないし……というより、攻撃したら最上級の合意の仕方だとメレディスが言っていた。皆、どうやって拒んでいるのだろうか。


「あぁ! そこ……ダメ!」


「ここが気持ち良いのか?」


「ああ……ダメだって」


「どうやら私の勝ちのようだな」


「いや、見てみろ。オレの首にギュッと絡みついて喘いでいるのだ。オレが好きな証拠だ」


「違ッ、ああ……本当……やめて」


 こんなの明後日の朝までなんて持たない。


 仲間はハニートラップが成功したのを見守った後、操られた人々の対処に向かった。


 アーネット親子に攫われないように誰か一人くらいは残ってくれると思っていたのに、ヴァンパイアがいる内は大丈夫だろうと俺一人ここに残された。皆の読み通りアーネット親子は傍観しているだけで何もしない。


 つまり、ヴァンパイアを止めてくれる人は誰もいない。


「メレディス……助けて」


 ボンッ。


 目の前にキョトンとしたメレディスが現れた。

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