第87話 アイリス先生も同種

 アイリス先生に結界の張り方を習う為、俺とジェラルド、ノエルはジェラルドの屋敷にやってきた。


「なのに、これはどういうこと?」


 俺の前にはジェラルドの父、ウェイト侯爵が満面の笑みで座っている。そして、机の上には養子縁組の契約書が。


「おじさん、俺、男だよ」


「知ってるよ」


「じゃあ、これ何?」


 そこには養子兼と記載されている。意味が分からない。


「ジェラルドから話は聞いたよ。ノエルちゃんからも肖像画を貰ってね。是非、我がウェイト家に来て欲しい。オリヴァー君の許可は本来いらないんだけど、本人の意思を無視するやり方は嫌いでね」


「肖像画って、もしかして……」


 ウェイト侯爵は眺めていた何かをこちらに向けた。言わずもがな、俺の女装姿の肖像画だ。


「君の両親にも話はつけてあるよ」


「は?」


「ジェラルドと交換することにした」


 何処から突っ込めば良いのか分からない。


「で、君の婚約者だが……」


「婚約者まで決まってるの!? おじさん、少し席を外します」


 俺はジェラルドとノエルを廊下に連れ出した——。


「ねぇ、どういうこと? 何でこんな事になってんの?」


「ノエルが珍しく良い案を出して来たんだよ」


 やはりノエルか。こんな突拍子もない発想はノエルしか思いつかない。


 ノエルを見ると得意気な顔で言った。


「ジェラルド様は兄妹プレイがお好みなようなので」


「それは知ってるけど、説明になってないから」


「お兄様が養女になればジェラルド様はお兄様を妹として愛でることが出来ますが、お父様の後継を気にされるでしょう? ですので、ジェラルド様がわたくしと結婚して婿になれば全て解決ですわ」


「交換ってそういうこと? 二人とも好き同士だったの?」


「別に好き同士って訳じゃねーけど、政略結婚なんてこんなもんだろ。なぁ?」


 ジェラルドがノエルに同意を求めれば、ノエルも淡々と言った。


「それに、わたくしがジェラルド様の子を二人産めば、一人はお兄様の養子に……その後の後継も気にする必要はございませんわ」


 何故、わざわざジェラルドとノエルの子を俺の養子にする必要があるのだろうか。


「もしかして、俺の婚約者って……リアム?」


「もちろんですわ。そして、リアム殿下が成り上がった暁には一夫多夫制にして頂くのですわ。そうすれば、キース様もエドワード様も皆様一緒にいられますわ」


 エドワードはノエルが好きなのだ。それなのにノエルがジェラルドと結婚してエドワードは俺と結婚なんて……不憫過ぎる。


「後は、メレディス様に刻印を消す決断をして頂くだけですわね」


 ニコッと笑うノエル。よくもまぁ、そんな逆ハーレムの仕方を考えだしたものだ。しかも、両親らも巻き込んで外堀から埋めてきた。


 メレディスに刻印を消す決断をしてもらう為、逆ハーレムに賛同はしたが本気で作るつもりはないのだが……。


「でも、リアムは俺と結婚したらウェイト家に入るんでしょ? 王になれないじゃん」


「確かに……」


 矛盾点を指摘されたノエルは困った顔を見せたが、ジェラルドは呑気に言った。


「まぁどうにかなるだろ。男はいっぱいいるんだから」


「男しかいないから変な話になってるんだけどね……」


 それにしても、こんなBL満載の話を聞いても何故ジェラルドは平然としていられるのだろうか。


「将来的に俺とお前の家を二世帯住宅ってやつにするんだってよ。そしたら、みんなで一緒に住めるらしいぞ。面白そうだよな」


「あ、そう」


 ジェラルドもノエルに上手いこと丸め込まれているようだ。呆れを通り越して、感心しているとノエルが耳打ちしてきた。


「ご安心ください。ジェラルド様とわたくしが結婚するのは形だけですので。子さえ授かれば、お二人の愛を存分に深め合って下さいませ」


「はは……ありがとう」


 俺が一人項垂れていると、応接室の扉が開いた。


「あ、やっぱりジェラルド君にオリヴァー君だ! いつまで待っても来ないんだもん。待ちくたびれちゃったよ」


 アイリス先生が痺れを切らして出てきたようだ。


 俺はこの訳のわからない逆ハーレムの話を切り上げるため、チャンスとばかりにアイリス先生の元に駆け寄った。


「先生、早速結界の……」


「ねぇねぇ、今話してたこと詳しく聞かせてよ」


「先生?」


 アイリス先生のこの瞳の輝きは……。


 俺は瞬時に理解した。ノエルとアイリス先生は同種だと。


「いつまで廊下でコソコソ話しているんだ?」


「おじさん」


 ウェイト侯爵まで出てきた。


「おじさんなんて、他人行儀だな。パパと呼びなさい」


「親父はパパって呼ばれたかったのか?」


「ジェラルド、お前は呼ぶなよ。お前にパパなんて呼ばれたら寒気がするわ」

 

「呼ばねーよ」


 駄目だ。収拾がつかなくなってきた。


「あの!」


 俺が大きな声を出すと、皆が一斉に俺を見た。


「あの、えっと……」


 断らなければ。養子兼養女の話を断れば済む話。済む……話。


 ノエルやウェイト侯爵、皆の期待の眼差しに圧倒されてしまった。


「その話は後日……ということで。時間もありませんし」


 悪い癖が出てしまった。先送りにするという、何の解決もしない最悪の選択肢。


 それにしても、人間界が侵略されようとしているのに、こんなノリで大丈夫なのだろうか。不安が募るばかりだ。

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