第41話 偽聖水?

 俺は落とし穴の中を覗いた。


「あのー、大丈夫ですか?」


「ごめん。何処の誰か知らないけど助けてくれ」


 中にいた男性は出ることができず、途方に暮れていた。悪あがきすらしていなかった。俺は男性に手を差し伸べた。


「ごめん、エドワード代わって」


 落とし穴は思ったより深く、俺では手が届かなかった。


「しっかり捕まっててね」


 エドワードがヒョイっと男性の腕を引っ張ると、そのまま持ち上がった。さすがエドワードだ。


 遠目から見たら分からなかったが、男性は俺と同じか少し歳上くらいに見える。


「悪かったな。しかし、誰がこんな所に穴を空けたんだ」


「あ、わたく……」


「はは、誰でしょうね」


 俺はノエルの言葉を遮って笑って誤魔化した。


 ジェラルドの言うようにプライドの高い人だった場合、ホーンラビットから逃げていた様子を一部始終見ていたことを知られたくはないだろう。


「それより、どうしてこんなところに? 冒険者っぽくはないですけど」


 そう、見た目は冒険者というより村人Aだ。簡素な服に武器などは一切持っていない。


「ああ、最近この山を荒らしている野盗を追い払おうとして返り討ちに遭ったんだ」


「野盗?」


「知らないのか?」


 リアムなら知ってるかなと思って目を向けるが、リアムは首を横に振った。


 男性は溜め息を吐きながら教えてくれた。


◇◇◇◇


 彼の名前はギル。まさかの俺の一つ歳下だった。


 ギルが言うには、この山ではひと月程前から野盗がうろついているらしい。冒険者や出稼ぎの為にこの山に訪れた者が、魔石を集めて山をおりようとしたところを狙われるのだとか。


 リベンジして山に入っても同じ目に遭い、魔石だけでなく身ぐるみ全て剥がされる為、次第に山に入ることすら出来なくなった。


 それを知った新たな冒険者達も野盗を退治しようと山に入るが、誰も勝てない。


 そして、ひと月経った今ではほぼ誰も山に入らなくなった——。


「だから人がいなかったんだね」


 リアムが納得していると、ギルは声を荒げながら言った。


「とにかく強いんだよ! だけど、オレの親父も兄貴もここの魔石で食い繋いできたから収入源なくなるし。今じゃ二人共、農業に明け暮れてるよ」


「農業も良いと思うけど……」


「良くない!」


「そんなに大きな声出さなくても……」


 それにしてもそんなに強いのか。自分で魔物倒して魔石を集めた方が早そうだが。まぁ、本人達のいないところで考えても仕方ないか。


 ジェラルドは荷物を背負いながら言った。


「じゃあ、早いとここの山から退散しようぜ。面倒事は懲り懲りだ」


「え、助けてくれないのか?」


「だって野盗強いんだろ? 無理無理。なぁ、オリヴァー?」


「う、うん……リアムはどう思う?」


 俺の悪い癖だ。最近決断に困ったらリアムに聞いてしまう。それでもリアムはしっかり応えてくれる。


「今現在、誰も山に入っていないなら野盗は勝手に出てってくれると思うよ」


「確かに。ギル、その内いなくなるって。良かったな」


 俺は安心させるようにギルの肩を叩くと、ギルは諦めたように言った。


「人任せにしたオレが悪いよな。せめて聖水の謎だけでも調べて帰るよ」


「は?」


 聞き間違いだろうか。『聖水』って聞こえたような。


「聖水とは聖なる水のことですか? ここにあるのですか?」


 ノエルがギルにつめよった。ノエルの圧に押されながらギルは応えた。


「最近、村で高値で売買されているんだけど、どうやら野盗が持ってきてるらしいんだ。飲んだらたちまち病が治るらしい」


「それ、本当に治ってるのか?」


 聖水は俺が創り出したものだ。ククル村では湖の、ミミック村では噴水の水で作ったので、それを汲んで売り捌けば本物ではあるが……そこに作ったことは誰にも言っていない。


 それに効力がそれぞれ違うのだ。ククル村では解毒作用のある聖水。ミミック村では、精気を与える聖水。共通して言えるのは傷が癒えることくらいか。つまり、全病気に万能というわけではない。多分。


「隣のばぁちゃんなんて毎日飲んでたら一週間で傷が治ったって喜んでたぞ」


「一週間もあれば傷くらい自然に治るだろ。偽物なんじゃね?」


「違ッ……」


 ジェラルドが呆れたように言えば、ギルはムッとして言い返そうとした。しかし、リアムとエドワードはギルの言葉を遮るようにジェラルドの意見に同意した。


「僕もそう思うよ」


「オリヴァーの聖水なら一瞬で治るはずだよ」


「え、オリヴァー聖水持ってるの?」


「うん。持ってるって言うか、作るって言うか……」


 ノエルが鞄から小さな小瓶を出してきた。


「これですわ」


「ノエル、持ってたんだ」


「はい! 他の方ならお兄様が治せますが、万が一お兄様が死にそうになった時は誰もお兄様を助けられませんからね」


 なるほど。ノエルにしては良い選択かもしれない。褒めようとすれば、ノエルに耳打ちされた。


「誰に飲ませて頂きたいですか? 御三方とも唇はプルップルなので、誰を選んで頂いても満足できるかと」


「え……唇? プルプル? それってまさか……」


 想像してしまった。聖水を三人に口移しされる様を。


「オリヴァー?」


「顔が真っ赤だよ」


「熱でもあるんじゃない?」


「う……何でもないから!」


 俺は三人から距離を取った。まともに三人の顔が見られなくなり、ノエルの持っていた聖水を取ってギルに手渡した。


「ギル、これ飲んでみて。傷治るから」


「うん」


 ギルが一口聖水を飲めば、擦り傷や切り傷、打撲痕が綺麗に消えた。


「うわ、凄ッ!」


「野盗を倒すかどうかは別として、聖水のことは見逃せない。俺の沽券にも関わる!」


「それって……」


 ギルが俺の顔を期待の眼差しで見つめてきた。


「付いていくよ!」

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