第36話 偽聖水?
落とし穴に落ちた男性は出ることができず、途方に暮れていた。悪あがきすらしていなかった。
エドワードが手を貸し、落とし穴から出てきた男性は俺と同じか少し歳上に見える。
「悪かったな。しかし、誰がこんな所に穴を空けたんだ」
「わたく……」
「はは、誰でしょうね」
俺はノエルの言葉を遮って笑って誤魔化した。
ジェラルドの言うようにプライドの高い人だった場合、ホーンラビットから逃げていた様子を一部始終見ていたことを知られたくはないだろう。
「それより、どうしてこんな所に? 冒険者っぽくはないですけど」
そう、見た目は冒険者というより村人Aだ。簡素な服に武器などは一切持っていない。
「最近この山を荒らしている野盗を追い払おうとして返り討ちにあったんだ」
「野盗?」
「知らないのか?」
リアムなら知ってるかと思って目を向けるが、リアムは首を横に振った。
男性は親切に教えてくれた。
◇
彼の名はギル。俺の一つ歳下だった。
ギルが言うには、この山ではひと月程前から野盗がうろついているらしい。魔石を集めて山をおりようとしたところを狙われるのだとか。
それを知った新たな冒険者も野盗を退治しようと山に入るが、誰も勝てない。
そして、ひと月経った今ではほぼ誰も山に入らなくなった——。
「だから人がいなかったんだね」
リアムが納得していると、ギルは声を荒げながら言った。
「とにかく強いんだよ! だけど、オレの親父も兄貴もここの魔石で食い繋いできたから収入源なくなるし。今じゃ二人共、農業に明け暮れてるよ」
「農業も良いと思うけど」
「良くない!」
「そんなに大きな声出さなくても」
ジェラルドは荷物を背負い始めた。
「よし、早いとここの山から退散しようぜ。面倒事は懲り懲りだ」
「今の話聞いたら普通闘志燃やすんじゃないのか?」
「だって野盗強いんだろ? 無理無理。なぁ、オリヴァー?」
「う、うん……リアムはどう思う?」
俺の悪い癖だ。最近決断に困ったらリアムに聞いてしまう。それでもリアムはしっかり応えてくれる。
「今現在、誰も山に入ってないなら野盗は勝手に出てってくれると思うよ」
「確かに。ギル、その内いなくなるって。良かったね」
俺は安心させるようにギルの肩を叩くと、ギルは諦めたように言った。
「せめて聖水の謎だけでも調べて帰るか」
「は?」
「聖水がここにあるのですか?」
ノエルがギルにつめよった。ノエルの圧が凄い。
「最近、村で高値で売買されてるんだけど、どうやら野盗が持ってきてるらしいんだ。飲んだらたちまち病が治るらしい」
聖水は俺が創り出したもの。作った場所も誰にも言っていないので、勝手にそれを汲んで売り捌くことは困難だ。
「それ、本当に治ってるのか?」
「隣のばぁちゃんなんて毎日飲んでたら一週間で傷が治ったって喜んでたぞ」
「一週間もあれば傷くらい自然に治るだろ。偽物なんじゃね?」
ジェラルドが言えば、リアムとエドワードもそれに同意した。
「僕もそう思うよ」
「オリヴァーの聖水なら一瞬で治るはずだもんね」
「え、オリヴァー聖水持ってるの?」
「うん。持ってるって言うか、作るって言うか……」
ノエルが鞄から小瓶を取り出した。
「これですわ」
「ノエル、持ってたんだ」
「はい。他の方ならお兄様が治せますが、万が一お兄様が死にそうになった時は誰もお兄様を助けられませんからね」
ノエルにしては良い選択かもしれない。褒めようとすれば、ノエルに耳打ちされた。
「誰に飲ませて頂きたいですか? 御三方とも唇はプルップルなので、誰を選んで頂いても満足できるかと」
「え……唇? プルプル? それってまさか」
想像してしまった。聖水を三人に口移しされる様を。
「どうした?」
「顔が真っ赤だよ」
「熱でもあるんじゃない?」
「う……何でもないから!」
俺は三人から距離を取った。まともに三人の顔が見られなくなり、ノエルの持っていた聖水を取ってギルに手渡した。
「ギル、これ飲んでみて。傷治るから」
ギルが一口聖水を飲めば、擦り傷や切り傷、打撲痕が綺麗に消えた。
「うわ、凄ッ!」
「野盗を倒すかどうかは別として、聖水のことは見逃せない。俺の沽券にも関わる!」
「それって……」
ギルが俺の顔を期待の眼差しで見つめてきた。
「協力するよ」
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