第89話 宿題

 その日の晩。皆でまったりお茶をしている。


「最初の襲撃予定地は人口にしてざっと三百人。広い地域だから一箇所に集めるのは時間がかかるかもしれないけど、辺境地だからここは多分大丈夫だね」


「リアム? 大丈夫って?」


「辺境の地は元々、他国からの襲撃に備えて軍事力は十分に備わってるでしょ?」


「ああ、そっか」


 他国からの襲撃にも備えて訓練されているし、戦えない民もまた、いつでも避難出来るように訓練を受けている。首都中心部よりも実は戦闘に一番長けているのが辺境地なのだ。


「魔王の襲撃リストを見ても、初めから侵略する気はないみたいだし」


 リアムが襲撃リストを机の上に広げたので、皆で覗き込んだ。


 エドワードとジェラルドが口々に言った。


「そう言われてみればそうだね。こことここも騎士の育成が盛んな地域だ」


「それならここもだな。領主が魔法好きで、魔術師が沢山いるぞ」


「魔王は何がしたいんだろ」


 考えていると、キースの生暖かい視線が刺さった。


「ジェラルド、ここではやめようよ」


「じゃあどこでやるんだ?」


「どこって……」


 今、作戦会議をしながらジェラルドに手ずからチョコレートを食べさせてもらっているのだ。


 より大きく強固な結界を張る為、アイリス先生が俺とジェラルドの愛を深め合うように宿題を出してきた。そんな根拠のない宿題をこなす為、ジェラルドは俺を愛でている。もちろん妹として。


「髪だけでも付けてくれたら燃えるんだけどなぁ。なぁ、リアム」


「せっかくウェイト侯爵が色々準備してくれたんだから付ければ良いのに」


 そう、ジェラルドの父ウェイト侯爵が俺を養女に迎えるにあたって、様々な色の長髪のカツラを準備していたのだ。


 しかし、俺は断固として拒否をした。メレディスとの一件で女装は懲り懲りだ。更なるトラブルに巻き込まれかねない。


「あー、オリヴァーに食べせてもつまんねぇ」


「ジェラルド……」


 やっと分かってくれたのか。俺は妹なんかじゃないんだよ。


「結界はイメージで出来るんだから、こんなことしなくても普通に練習すればきっと……」


「よし、散歩でもするぞ」


 ジェラルドに手を取られて無理矢理立たされた。


「え、今から? もう寝ようよ」


「眠くなったら俺がおんぶでも抱っこでもしてやるよ」





 外は真っ暗だった。曇っているので月明かりや星の煌めきもない。そんな中、ジェラルドは俺の手を掴んだまま、引っ張るようにして前を歩いている。


 人はチラホラいるからか、手を繋いでいてもみーちゃんは出てこない。


「ジェラルド、散歩するんでしょ? 歩きにくいから手離してよ」


「何言ってんだよ。こんな夜道に何が起こるか分かんねーだろ」


「だったら、散歩なんてしないでよ」


「暗いとオリヴァーって分かんねーだろ? 妹といる気分になれて良いんだよ」


「そこまでして宿題こなさなくても」


「お前の結界が小さいせいだろ。民を守りきれなくて辛い思いをするのはお前だぞ」


「ジェラルド……」


 本心はそっちだったのか。親友を辛い境地に立たせないために、敢えて兄妹ごっこを。


 俺は立ち止まってジェラルドを見上げた。


「俺、頑張るよ! 兄妹ごっこで民が救えるなら、俺、妹でもなんにでもなるから」


「本当か!?」


「うん。だから俺、ジェラルドのこと……」


 バサッ。


 誰かが持っていた荷物を下に落としたようだ。光魔法で照らせば、そこには……。


「アーサー?」


 アーサーとお父さんがいた。


「いや、続けてくれ。おれ達のことは気にせず続けてくれ」


 動揺しながらも好奇の目で見てくるアーサー。そして、俺は道のど真ん中でジェラルドと手を繋いだまま向かい合っている。


「アーサー、いつからいたの?」


「『だから俺、ジェラルドのこと』からだ。おれのことは良いから、さぁ続けてくれ」


 完全に告白と勘違いされている。


「アーサー、違うからね。今のは……」


「いたぞ! こっちだ!」


 複数の男達がこちらに向かって走ってきた。


「やばッ」


 アーサーが焦って逃げようとすれば、反対側にも男がいて、二十人くらいの男に挟まれてしまった。


「アーサー、何かしたの?」


「いや、何も……」


 何か知っているような顔だ。


 事情は分からないが、俺達も自身の身を守らなければ。巻き添いは御免だ。


「兄貴の出番だな」


「ジェラルド……」


 ニコッと笑うジェラルドはいつもと変わらず格好良いが、俺は守られる側なのか? ジェラルドの気持ちも分かった今、更に親友として慕うことが出来そうだ。


「ジェラルド、試してみようよ。結界」


「おう」


 俺はジェラルドとしっかり手を繋ぎ直した。目を瞑り、結界をイメージ……。


「うわッ、ここに何かあるぞ?」


「進めねぇ」


「どうなってんだ?」


 男達の声からすると、成功したようだ。目を開けると光のベールが男達を遮っていた。


「やった! 昼間より大きい。でも、ジェラルドのは?」


 ジェラルドの結界が見当たらない。


 上を見上げれば、村を覆い尽くしているのではと思わせる程に大きい結界がそこにはあった。


「ジェラルド、あんな大きいの張ったら意味ないじゃん」


「まだ二回目なんだから仕方ねーだろ。制御の仕方分かんねぇよ」


「まぁ、確かに……でも、この後どうしよ」


 結界は成功したが、敵が入って来られない反面、俺達も身動きがとれない。戦いに出るか悩んでいると、アーサーとお父さんがヒソヒソと話をしていた。


「もうこの村にもいられませんね」


「そうだな。早めに移動しよう」


「アーサー、本当に何もしてないの?」


「してねーよ! おれは勇者だぞ!」


「どうせ自称だろ」


 ジェラルドの言葉が俺の胸にも鋭く突き刺さる。


「良くわかんないけど、追跡されても困るからこのまま逃げよう」


 アーサーやお父さんも一緒に俺達は宿まで転移した——。

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