第107話 信じてくれない王様

 馬車に揺られること三日。次はローレンス伯爵領までやってきた。


「エリオットのおかげで今回も騎士が動いてくれるから良かったね」


 人間界侵略の情報が事実だったこともあり、エリオットがローレンス伯爵に事情を説明してくれたのだ。


 そのおかげで、既に騎士と育成中の騎士見習いもまた領地を守るべく動き始めている。なので、今回はあらかじめ民を避難させることになっている。


 そして何より、ここは騎士の育成に力を入れており、前回以上に戦力が期待出来そうなのだ。


「でも、ヒューゴ師匠も随分と僕らのこと自慢して回ってるみたいだね」


 エドワードが照れたように言い、俺も困った顔で返した。


「でも、今回はそれが裏目に出たね」


 エリオットはヒューゴの事を尊敬の対象として見ていた為、そのヒューゴ自身が自慢する弟子の俺とエドワードの事も信頼してくれた。


 しかし、今回は真逆。ここの騎士団長とヒューゴは犬猿の仲。俺達のことを全くもって信用していない。


『騎士にもなっていないこんな子供が戦力に? 邪魔だから君達も避難しなさい』


 反論の余地はなく団長に蛇のように睨まれて俺達は追い出された——。


 俺が肩を落として歩いていると、キースが慰めるように言った。


「まぁ、避難する場所も分かってることだし、勝手に結界張って戦おうぜ」


「そうだね」


「ところで結界の方はどうなの? やっぱ絡み合わないの?」


 リアムに言われて、ジェラルドの方を見ればジェラルドもまた俺を見た。


「もう少しって感じはするんだけどね」


「ただ、何かが足りねーよな」


「やはり、あの時のように物理的な絡み合いが足りないのでは?」


「ノ、ノエル、何度も言うけどアレはしないよ」


 ノエルに何度も提案されるのだ。以前絡み合った時の再現をすべきだと。そして、あの時の事をリアムに打ち明けてからは、リアムまでもが同意見だ。


 リアムも言うならきっと再現することで結界は完成するのだろう。しかし、断固として拒否している。だって再現するにしても、みーちゃんが出てこないように数十人が見ている中でジェラルドと物理的に絡み合わなければならない。


「お兄様」


「な、何? そんな真剣な顔して」


 歩いていたらノエルが目の前に来た。


「二人きりでが良いのは分かりますが、一番恥ずかしい思いをしていらっしゃるのはジェラルド様ですわよ」


「た、確かに……」


「それなのにそんなに拒むなんて、ジェラルド様を見て下さいませ」


 ノエルに言われて再びジェラルドを見た。


「あれから何度もお兄様に拒まれ続け、酷く落ち込まれていますでしょう?」


「え……そうなの?」


 俺にはいつもの呑気なジェラルドに見えるのだが。


「お兄様は、国中……いえ世界中の人の命と、自己保身どちらが大事なのですか?」


「自己保身って……」


 多少使い方が違うような気もするが、世界中の人の命を天秤にかけられたら拒めないではないか。


「ならせめて、観客少なめでも出来るソフトな奴にシナリオ変えてよ」


「善処致しますわ」


「あ、そうだ。オリヴァー、結界張る前に僕の部屋に連れてってくれない?」


「リアムの? 良いけど、国王陛下に報告?」


「まぁ、そんなとこかな」


 襲撃を受けたことはアルフォード辺境伯が報告済みだろうが、リアムからも伝える方が良いのかもしれない。国王も流石にリアムの言う事を信じて動き出す可能性も高い。国王の出方を見ておきたいのだろう。



 ◇



 そう思っていたのに……。


「もう帰るの? 用事は?」


「うん。終わったよ」


 王城まで来たのに、拍子抜けするほど早く退散するようだ。


「リアム殿下、こちらもお借りしても?」


「良いよ。好きなの持っていって」


 ちなみにノエルも付いてきている。リアムの部屋に遊びに来ただけのような形になっている。


「国王陛下に挨拶は? 報告は?」


「面倒だから良いよ」

 

「面倒って……」


「侍従達に見つかる前に戻ろう」


 トントントン——。


「あーあ、オリヴァーが早くしないから見つかっちゃったじゃん」


「もう、お兄様ったら」


 何故か俺が責められ、部屋に侍従が入ってきた。


「殿下、国王陛下がお呼びです」


「はいはい。行くから待たせといて」


「良いの? 待たせても。怒られるんじゃ……」


「良いよ。今は怒らせとくくらいが丁度良いんだから」


 そう言ってリアムは侍従を下がらせた。


 ——数十分後。


「そろそろ行った方が良いんじゃ……」


「心配性だなぁ。僕に負けるのが怖いの?」


「いや、それもあるけど」


「じゃあ、終わりにしてあげる。チェックメイト」


「うわ、また負けた」


 そう、国王陛下に呼ばれているにも関わらずチェスをして遊んでいたのだ。不敬罪で罰せられないか心配でしょうがない。


「オリヴァーが呼ばれた訳じゃないから大丈夫だよ。それより、僕が勝ったんだから何でも言う事聞いてよ」


「うん、今度は何?」


 カッカッカッカッカッ——。


 廊下から乱暴な足音が聞こえてきた。


「良かったね。こっちから出向かなくても、あっちから来たよ」


「え? まさかこの足音って……」


 扉がパッと開き、そこには国王の姿があった。


「リアム! 戻ってきたなら一番に挨拶に来るのが礼儀だろう」


「私、礼儀作法など習っておりません故。王がそのように眉間に皺を寄せていては国民が怯えますよ」


 皮肉たっぷりにリアムが言えば、国王は俺とノエルを一瞥して咳払いした。


「辺境伯から事情は聞いた。目立つような事は避けんか。わざわざ隠していた意味が無かろう」


「では、民を見捨てろと?」


「そうは言っておらんが……」


「それより、先日の話、信じて頂けましたか?」


「魔物が湧き出る事などよくある事だ。偶然であろう」


 魔物が湧き出ることはあっても、さすがに今回のは桁が違いすぎる気がするのだが……俺は毎度の事ながら怯んでしまって、国王には反論出来ない。


「私も偶然だと良いと願っていますよ。話はそれだけですか? 次の襲撃予定は明日なので、私達はこれで失礼致します」


「おい、話はまだ……」


 リアムが目で合図をしてきたので、俺とノエルは国王に一礼して転移した。

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