第70話 囚われたお姫様

 だだっ広くて机や椅子、壁に装飾すら何もない部屋に俺はいる。


「メレディス、ここどこ?」


「城の中の誰も立ち寄らない所だ。それより、何故こんな所にいる? 襲撃には少々早いのではないか? 力を付けろと言っただろう? 死にたいのか?」


 メレディスに質問攻めにされて圧倒されるが、何故だろうか。至極安心する。


「襲撃しに来たんじゃないよ。ついうっかり転移しちゃったみたいで」


「うっかりでこんな所まで来られたら困る」


 メレディスは頭を掻きながら本当に困った顔を見せた。


「ごめん。みんなの所に戻りたいけど、転移できないんだ」


「人間界に転移できる程の魔力が残っていないからだ。一週間もあれば戻れるはずだ」


「一週間!? じゃぁ、メレディスが送ってってよ」


「無理だ」


「何で? メレディスなら自由に行き来出来るんでしょ?」


 俺が不安に駆られていると、メレディスは服を脱ぎ始めた。


「メレディス?」


「見ろ」


 メレディスは背中を見せてきた。その大きな背中に黒い大きな翼が生えた。


「これどうしたの?」


 その翼は片方負傷しており、根本のあたりでかろうじてくっ付いていた。痛々しい。


「今朝方、やられてしまってな。私たち悪魔はここを負傷すると、魔力が中々回復しないんだ」


「この傷が治ったら良いの?」


「まぁ、傷が完治すれば一晩寝れば魔力は回復するが、いくら再生能力が高い私でも一週間は……」


「治ったよ」


「は?」


 光魔法が苦手な悪魔でも、治癒魔法は有効らしい。傷は綺麗に治った。


 メレディスは驚いた様子で、翼をパタパタさせた。


「さすが私の嫁だ。明日にでも送り届けてやろう」


「それでも明日か」


 魔界で一人とは、何とも不安だ。そして何処で何をして時間を潰せば良いのやら。


「メレディス」


 不安げに名前を呼びながら羽の先っぽをピッピっと引っ張ってみた。


「んんッ」


 メレディスが小さく声をあげると共に、頬がやや赤く染まった。その顔を見ると、何故か夫婦の刻印が疼いた。


「や、やめんか。羽は敏感なんだ」


「ごめん。だけど、メレディス……」


 不安そうにメレディスを見上げれば、メレディスに頭をクシャッと撫でられた。


「ったく、寂しがりやの嫁だな。早めに迎えにくるから、ここでじっとしてろ」


「どのくらい?」


「日暮れまでには切り上げる。陛下は私の嫁に会いたがってるから、絶対にさっきの部屋には来るなよ」


「分かった」


「絶対だぞ。私が男と夫婦になったなんて知られたら……」


 リアムの言っていた通り、メレディスは魔王に男と夫婦になったとは報告していないようだ。


「ここから出ずにメレディスの帰りを待ってるよ」



 ◇



 数時間後。


 ここから一歩も出ないと決めたのに、生理現象には勝てないようだ。


「トイレ行きたくなってきちゃった」


 メレディスが戻ってくる日暮れまでは、もう暫くある。


 俺は静かに扉を開けて顔だけヒョコッと出した。


 廊下はとても長く広い。壁には高そうな装飾があり、我が国の王城とあまり変わらない印象を受ける。


 俺は誰もいない廊下を警戒しながら歩いた。


「リアムの家だったら確かトイレはこういう所に……あった!」


 ——用を済ませると、俺は再び先程の部屋に戻るため再度周囲を警戒しながら廊下を歩いた。


 コツコツ、コツコツ。


 複数の足音が進行方向から聞こえて来た。しかも、早い。走っているのだろうか。


「魔王女殿下! お待ち下さいませ!」


 魔王女? 魔王の次の次くらいに会ったらいけない人だ。


 急いで隠れようと焦れば焦るほど、どうして良いか分からなくなる。咄嗟に一番近くの部屋の扉を開いて入った。


「良かった」


 運良く部屋には誰もいなかった。扉を背にホッと一息付いていると、突然扉が開いた。


 ガンッ!


「痛ッ!」


 後頭部を思い切り扉にぶつけ、屈んで頭を押さえていると、頭上から声が聞こえてきた。


「お前は……」


「すみません、怪しいものじゃ。メレディスを待ってるだけで」


「その格好は勇者か? わらわを迎えに来てくれたのか?」


「は?」


 顔を上げると、年齢はノエルと同じくらいだろうか。黄色の長い髪に黒い瞳をした、ややキツめの印象を与える少女が立っていた。


「わらわを助けてくれ! 追われておるのじゃ」


「もしかして魔王に捕まったの?」


「そ、そんなところじゃ。勇者なら、わらわを助け出してくれるのであろう?」


 俺もメレディスに助け出してもらう予定だが、魔王に囚われた少女を一人には出来ない。


「何処に行ったのでしょう」


「逃げても無駄ですよ! 早くお戻り下さい!」


「全く、魔王様に叱られるの私達なんですよ」


 扉の向こうで声がする中、俺は少女の手を取った。


「一緒に逃げよう。日暮れには俺の……」


 メレディスは俺の何だ? 仲間……でもないし。夫……とは言いたくないし。


「俺の知り合いが来てくれるから、それまで逃げ切ろう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る