第132話 恋愛成就の泉①

 舟を漕ぐこと十分。周りは霧に囲まれ、景色はほぼ見えない。


「ガキの頃はよく乗ったよな」


「どっちが早く漕げるか競争したよね」


「俺も久々に漕いでみようかな。場所変わろうぜ」


「良いけど、あんまり揺らさないでよ」


 俺は舟が揺れないようにゆっくりと立ち上がった。


「お前、いつも落ちてたよな」


「あれはジェラルドがぶつかってくるから」


 今回は二人で乗っているので、ふざけて落とされる心配はない。そう思っていたら、突然舟が大きく揺れた。


「わッ」


 俺は体勢を崩し、ジェラルドの胸にダイブした。


「大丈夫か?」


「うん、ごめん」


 ジェラルドから離れようとすれば、ジェラルドの俺を包む腕にギュッと力が加わったのが分かった。


「ジェラルド……?」


「お前が王女様に婚約申し込まれた時に、何だか妙に寂しくなったんだ。もう会えなくなるんだなって……」


「でもあれ、リアムとジェラルドが断ったんだよ」


 そう、余命一年だと思い込んだシンシアに婚約を申し込まれたのだ。一年だけでも何かしてあげたい……と。


 初めての人間の女性からの婚約の申し出。それはとても嬉しかった。結婚について前向きに考えていたら、リアムとジェラルドが『既に婚約者がいるから』と丁重にお断りしていた。


「ジェラルド、そろそろ離れないとみんなに見られるよ?」


「霧が深いから見えねーだろ」


 ジェラルドにそっと抱き上げられ、対面のままジェラルドの足の上に跨るように座らされた。同じ目線になり、照れてしまう。目を逸らしていると顎をクイッと持ち上げられた。


「最近、こうしてる時間長いだろ」


「まぁ、そうしないと結界が融合しないもんね」


「その先をしたくなるんだよ」


「その先って……?」


 ジェラルドに唇をなぞられた。


「お前が女になったらキスして良いか?」


「うん…………は?」


 ジェラルドがあまりにも真剣に、そして切なそうにして言うものだから、つい頷いてしまった。


「違ッ、違うからね。女になる気もないし、今のはつい……んんッ」


 ジェラルドの唇が俺のそれを塞いだ。みーちゃんが出て来ない。ジェラルドの行為とみーちゃんが出て来ない理由、様々な疑問が頭の中をぐるぐる回る。


「悪い、やっぱ我慢出来なかった」


 ジェラルドの唇が離れたと思ったら、そのままゆっくりと狭い舟の中に押し倒された。


「これつけてたら、龍は出て来られねーんだろ?」


「いつの間に」


 俺の首には魔力封じの首輪がついていた。こんな使い方をされるとは思っていなかった。


 メレディスを呼んだら外しては貰えるが、修羅場は確定だろう。そして何よりここは天界、浄化させられてしまいそうだ。


「ジェラルド、俺、男だから」


「分かってる、分かってるんだ……親友だって、あくまでも可愛い妹の設定だったんだ……」


「そっか。ジェラルドは結界張るのにノエルにエロい演技ばっかやらされてるもんね。年頃の男の子がそんなことやらされたら続きがしたくなるのも分かるよ。うん」


 無理矢理自分に納得させていると、ジェラルドの顔が一瞬悲しそうな表情に変わった。そして、いつものように冗談混じりに笑った。


「悪い、そんなとこだ。お前のファーストキス奪っちまったな……って、オリヴァー?」


「え、何? 初めてだよ。誰ともしてないよ」


 メレディスとファーストキスを済ませてしまったとは言えない。それこそ笑い者にされる。そう思って誤魔化すが、ジェラルドは疑いの目で俺をまっすぐに見下ろした。


「ジェラルド、怖いよ?」


「お前知ってるか? 嘘吐く時にする癖があるの」


「え、どんな癖?」


「教えねー。で、キスしたのか?」


「し、してないよ。キスなんて」


 平常を装ってみる。しかし、ジェラルドは嘘を見抜いたようだ。


「相手は誰だよ」


「だから、してないって」


「この前聞いた時はしてなかったし、最近だろ? いつした? あの王女様か?」


「婚約もしてないのに王女様とキスなんて出来ないよ。それにジェラルドには関係ないじゃん」


「関係……ない?」


 ジェラルドが怒っている。ジェラルドが俺の嘘を見抜けるように、俺もまたジェラルドのことは良く分かっている。故に、相当怒っていることが分かる。


「ジェラルド、ごめ……んんッ」


 謝っても時既に遅し。ジェラルドが俺の口を再び塞いだ。言わずもがな、ジェラルドの口で。


「んんッ、ジェラルドごめんって」


「抵抗したら舟がひっくり返るぞ」


「何でこんなこと……」


「分かんねーけど、腹立つんだよ」


 そう言って、ジェラルドの顔が横に逸れた。


「ああ! 耳はダメ……」


「お前、ここ弱いよな。まさか、その顔もそいつに見せたんじゃないだろうな」


 ジェラルドの舌が耳の中まで入ってきた。抵抗したくても舟は揺れるし、頭は痺れるしで抵抗出来ない。


「俺以外にその顔見せんなって言ったよな?」


「ハァ……ハァ……ジェ、ジェラルド……それは……結界張る時の……」


「演技で言ったセリフでも、実際にその顔を誰かに見られたと思うと腹立つんだよ。誰か白状するまで、やめねーから」


「あぁ……ダメッ」


 音を立てながら貪るように耳を舐められて、頭が真っ白になっていく。


「ダメなら早く言うんだな」


「言う、言うから……許して」


 そう言うと、ジェラルドの舌が耳から離れ、真剣な眼差しで見下ろされた。


「誰だ?」


「メ、メレディ……」


「あいつか。しっかり上書きしといてやるから安心しろ」


「上書きって……んんッ」


 ジェラルドに再びキスされた。しかも舌まで入ってきて、口の中を探るようにキスされた。


「ぷはッ、言ったらやめるって」


「お前、あいつは良いのに、俺じゃ嫌なのか?」


「良いも悪いも……ジェラルド、どうしちゃったの?」


「分かんねーよ。分かんねーけど、お前は昔も今もこれからも、ずっと俺のモノだ。分かったか」


「……」


「分かったか?」


「うん」


 頷けば、もう一度チュッと軽いキスをされてジェラルドが起き上がった。そして、俺も呆然としながら舟に座り直し、岸へと戻った。


 ——この泉には舟を乗る前に見た看板とは別に、もう一つ看板があった。そこには『恋愛成就の泉。好きな相手を舟に乗せ、舟を漕いでやれば、あなたによっぽどの嫌悪感を抱いていない限りは恋愛は成就します。急に積極的になるから頑張って!』と書いてあった。


 そんなことを露程も知らない俺は、次はリアムとも舟に乗ることに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る