第9話 呪われた子

 リアムが帰ったのは日が暮れてからだった。


 ノエルは頬を膨らませながらステーキを切り分けている。


「随分と親しくなったようで何よりですわ」


「そんな不貞腐れるなよ」


「そうよ。ノエルが変なことしなければオリヴァーだって追い出したりしなかったわよ」


 母は俺がノエルを追い出したことで、それ以上のトラブルはなく、むしろ機嫌良く帰っていったリアムを見て上機嫌だ。


「それにしてもリアムは策士だったよ。結局一回も勝てなかった」


「こら、オリヴァー、本人がいなくても殿下を付けるのを忘れないようにしなさい」


 母に数年ぶりに怒られてしまった。少しノエルの気持ちが分かった気がした。ややムキになって母に言い返した。


「だって、リアムが言ったんだ。俺が負けたら様や殿下を付けるなって。他にも敬語で話すなとか、週一回は手紙でやり取りしようとか。他にも……」


「はいはい、分かりましたわ。きちんとした言い分があるのなら問題はありません。あら、あなたどうかなさったの?」


 父が何も喋らないと思ったら、やや複雑そうな表情で考え事をしていた。


「いやな、殿下と仲良くなるのは良いのだが、あまり良い噂を聞かんのだ」


「側室の子だから?」


「それもあるが、何でも『呪われた子』らしい」


「呪われた子?」


「我が国では魔力を持たない王家の子供を裏でそう呼ぶんだ。通常王家が一番魔力量が多い。国民より弱い者が上に立っても誰も付いていきたくないだろう?」


「確かに」


「つまり、呪われた子は王家にとったら恥なのだ。だからといって殺すわけにも追い出すわけにもいかない。人の目に付かないように表には出さず、邪険に扱われて、ただただ生涯を王城で過ごすことになるはずだ」


「そんな……」


 魔力がないだけでそんな不当な扱いを受けるだなんて。


「だからな、そんな子と仲良くしていると思われればオリヴァーは奇異な目で見られる。今は良いが学園に入ってからや大人になってから、孤立して嫌がらせに合うことだってあるかもしれない」


「やめなさい! オリヴァー、そんな子と仲良くなるのなんてやめなさい!」


 父の話を聞いた母が、すごい剣幕で俺に言ってきた。一瞬ビクッとしたが、手のひらを返したように態度が変わった母を見て、怒りが湧いてきた。言い返そうとすると、ノエルが横で嬉しそうに話し出した。


「良いですわね! 物語らしくなってきましたわ。闇を抱えた王子様。それを救うお兄様。ついでにリアム殿下を次期国王になんてしてしまえば、今まで邪険に扱っていた人たちをざまぁできますわ」


「ノエル、あなたは何を訳のわからないことを言っているの? 先程のお父様の話を聞いていなかったの? リアム殿下が国王になどなるはずないでしょう」


 母は青筋を立ててノエルに怒っているが、ノエルは気にした様子もなく自信満々に応えた。


「いいえ、きっとなりますわ。お兄様がお友達になったんですもの。もし国王にならなかったとしても、それ相応の地位にはつくはずですわ」


「母上、リアムが国王になるかは知らないけど、俺はそんな不当な理由で距離を置くことなんて出来ない」


「オリヴァー、良く言った! それでこそ、うちの子だ」


「あなたまで……もうどうなっても知りませんからね」


◇◇◇◇


 夕食後、俺はノエルの部屋で寛いでいる。ノエルは以前描いた相関図を取り出してリアムの情報を書き足した。


「まさかリアムにそんな事情があったなんて知らなかったよ」


「そうですわね。さて、どうやって救うかですわね」


「それ、本気だったの?」


「もちろんですわ! きっとこれはお兄様に課せられた使命ですわ」


 救いたいという気持ちは無くはない。しかし、そんな大それたことがこの俺に出来るのだろうか。友達になって心の拠り所を作ってあげるくらいにしか考えていなかった。


 ノエルは閃いた! と言わんばかりに声のトーンを上げて言った。


「リアム殿下には軍師になって頂きましょう」


「軍師? 王子様に兵士にでもなれって言うの?」


「違いますわ。リアム殿下には黒田官兵衛役をやって頂こうかと。さしずめ、お兄様が織田信長といったところでしょうか」


「え、だれ?」


「リアム殿下は策略家なのでしょう? きっと冒険の時に役に立つはずですわ。そして、お兄様が勇者として名声を上げれば、自ずとリアム殿下も表に出てきますわ」


 げっ、リアムまで巻き込む気か。ノエルの理屈は間違ってはいない。ただ一つ間違いがあるとするならば、俺が勇者として名声を上げるということくらいだ。


「民を救った勇者の仲間がまさか王子様だったなんて……国民の支持はリアム殿下に集まりますわ。いけますわ、リアム殿下が国王になるまでの成り上がりストーリーが出来上がりましたわ」


「それってさ、リアムが主人公の世界ってことで良いんじゃない?」


 そうすれば俺は一気にお役御免だ。勇者としての剣術や魔法の特訓から解放される。


「確かに……赤髪の『呪われた子』なんて異名を付けられた王子様。主人公にはなれそうですわね」


 よし、ノエルが食いついた。


「でしょ? きっとそうなんだよ。ここはリアムが主人公の世界だよ。さしずめ、俺はモブってとこかな」


「視点を変えてみればそうですわね。ですが、どちらにしろお兄様が勇者にならなければ進まない話ですわ! 主人公がどちらなのかは、今後の展開で判断していきましょう」


「あ、そう……」


「それに、リアム殿下が国王になれば、ジェラルド様との結婚も許しを頂ける可能性大ですわ。はっ! もしや、リアム殿下とジェラルド様がお兄様を取り合う修羅場もあったりなんかして」


 ないないない。そんな修羅場見たくないから。


 ノエルの妙な妄想が始まったので、俺はそこにあった男女が愛し合う純愛ラブストーリーの小説に目をやった。

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