第65話 闇魔法の扱いは難しい

「こんな時間にどこ行くの?」


「良いから、良いから。リアムはただ付いて来てくれたら良いから」


 俺は夜更けにリアムを外に連れ出した。


 外は静寂に包まれ、まるでこの世界には俺とリアムしかいないのではないかと思わせる程だ。


「ここって……」


「入りたそうにしてたでしょ? 温泉」


「でも……」


 リアムが躊躇っていると、脱衣場からキースが出て来た。


「やっと来たな。あいつら先に入ってるぞ」


 リアムは体にある虐待の痕を他人に見られるのが嫌で、本当は入りたい温泉も入れないでいた。


 こんな夜更けに温泉に入る人は少ないだろうが、キースらに人払いを任せておいたのだ。


「俺も一人で入る方が良いって思ってたけど、みんなで入るのも悪くないなって。だから、一緒に入ろうよ」


「安心しろ。誰も入れないように女神様が入浴中だって言っとくから」


「キース、女神様が男湯占領してるのおかしいから」


 ノエルも丁度女湯から出て来て、にっこり笑って言った。


「メレディス様が入ったことで亀裂が生じたかと思いましたが、安心致しましたわ。皆様の愛情、素晴らしいですわ」


「ノエル、愛情じゃなくて友情ね。とにかく、こんな暗いんだし、俺らだけだから入ろうよ」


 俺が手を差し出せば、リアムがその手を取った。



 ◇



 翌朝。


「温泉も堪能したことだし、これからどうする?」


 孤児を助けたり、ゾンビを倒したり、夫婦の刻印を付けられたり色々あったが、この村には温泉に入りにきただけなのだ。


「どうするも何も、お前のソレどうにかしろよ」


「はは……だよね」


 メレディスの力(以下闇魔法と呼ぶ)を手に入れたのは良いが、全く使いこなせない。自ら力を出そうとした時には発動しないのに、ふとした拍子に発動し、皆を攻撃してしまう。昨晩何事もなく温泉に浸かれたのが奇跡だ。


 今も何もしていないのに俺の周りには闇のシールドが張られている。


 エドワードが心配そうに聞いて来た。


「光と闇って相反するって聞くけど、体は大丈夫なの?」


「うん。体は特に変わりないかな。でも、これが出てる間は光魔法が使えないみたい」


「そっか。それにしてもメレディスが魔王の側近だったなんてね」


 そう、メレディスは魔王の側近だったのだ。その側近に向かって魔王を倒すだの何だの言ってしまった。


「先に襲撃食らったりして」


「それはないと思うよ」


 リアムが即答した。


「どうして分かるの?」


「今回のゾンビ事件はメレディスがオリヴァーに一目惚れして、嬉しさのあまりやったことだとしても」


「一目惚れって……」


「ベンとの契約のことは魔王の暇つぶしみたいだし、ショーンを猫にしたり遊び心満載の魔王だ。君達が強くなるのを待ってから迎え撃つと思うよ」


「なるほど」


「そもそも報告自体しない可能性が高いよね」


「何で?」


「夫婦の刻印を男に付けたなんて知られたら良い笑い者でしょ。それに、オリヴァーが死ねばメレディスも死ぬんだよ。わざわざ報告しないよ。まぁ、今頃メレディスは悩んでるんじゃない?」


「悩む?」


「オリヴァーを殺すわけにもいかないし、かと言って魔王討伐に手を貸すわけにもいかない……良い駒が手に入ったよね」


 キースの次はメレディスを駒扱いとは。俺のことも、友人ではなく一つの駒としか見られていないのではと疑いたくなる。


「とにかく、刻印が消えれば闇魔法が使えなくなる可能性高いから、刻印消すのも魔王倒してからね」


「これ後回しなの?」


 てっきり刻印を消してから魔王に挑んで、負ければ死ぬ前に帰ろうかと思っていたのに。


「そういえば、ノエルとショーンは? さっき部屋行ってもいなかったけど」


「二人なら教会に行ったよ」


 エドワードが言えば、キースは慌てて立ち上がった。


「あの二人まさか……」


「子供達に絵本の読み聞かせするんだって」


「読み聞かせ? 何でまた」


 キースの誤解は解かれたようだ。椅子に座り直した。


「子供達が今回のゾンビ襲撃で精神的に不安定になってるだろうからって」


 何て優しい妹なんだ。これは両親に報告できそうだ。


「だからか、俺に確認とってきたんだよ。『絵本にジェラルド様の絵も入れて宜しいですか?』って。後ろ姿なら許可しといた」


「あ、僕は横顔なら可にしといたよ」


「え、リアムも? それより、ノエルは自分で絵本作って、それを読み聞かせしてるってこと?」


 エドワードがにっこり笑って言った。


「良い子だよね。子供達の精神状態も考えながら『女神様の正体は、か弱い少女じゃなくて、強い勇者様なんだよ』って、オリヴァーの誤解も解くつもりらしいよ」


「は?」 


 ジェラルドとリアムが笑いを堪えている。


「ジェラルドもリアムも知ってたの? 知ってて放置してたの?」


「いや、そこまでは俺も初耳だ」


「僕も、ただ女神様がゾンビを浄化する場面を描いて完結だと思ってたから」


 今度こそ村人に変態扱いされてしまう。絵本まで残されたら、それこそ誤解しか生まれない。


「急いでノエルを止めにいこう。で、絵本は回収して早く村から出るよ」


 シュッ。


 俺達は教会の中にいた。そして、絵本を広げているノエルが隣にいる。どうやら知らぬ間に転移したようだ。


「あら、お兄様。丁度良いところに」


「……?」


「皆様、こちらが今説明した、この村を救った女神様で勇者様のわたくしの自慢のお兄様ですわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る