第121話 ファーストキスの味
「言わんこっちゃない」
チェスターはメレディスと魔王によって呆気なく捕まった。早すぎて何が起こったのかは分からないが、今は気を失っているようだ。地面に転がって動かない。
馬に乗ったままの俺に、下からメレディスと魔王が手を差し伸べてきた。
「いつの間にか私の元からいなくなって心配したんだぞ」
「ペットなんぞではなく、妃にしてやろう。我と共に来い」
顔の良い二人が手を差し伸べる姿は、真夜中なのにキラキラと眩しく、目を細めてしまう程だ。俺が女だったなら、こんなシチュエーションは女冥利に尽きる所だが、俺は男だ。全くもって嬉しくない。
嬉しくはないが、今はドレス姿で動きにくい為、差し出された手を取って馬からおろしてもらった。
「我の手を取ったということは、そういうことで決まりだな」
「違うよ! それに、俺と魔王だったら妃じゃなくて親子なんじゃ……俺、グレースよりかなり歳下だし」
「確かにな。グレースと姉妹になり、そしてグレースには内緒で毎晩父と娘の禁断の愛を育む。悪くないな」
「悪いよ、悪すぎだよ」
女装姿はやはり碌なことにならない。早くドレスを脱ぎたいが、俺の服はヴァンパイアがいたあの場所に置いてきてしまった。
「そういえば、ヴァンパイアは?」
「オリヴァー、やはりヴァンパイアの誰かを妾に?」
メレディスが引き攣った笑みを浮かべた。
「ち、違うよ! 人に危害を加えてないか気になっただけだよ」
「安心しろ。今回は中止だ」
「え、中止?」
非常に有り難いが、何故だろうか。不思議に思っていると、魔王が言った。
「汝がヴァンパイア共を骨抜きにしおったからだ。言ったのだろう? 『自分以外の人間の血を吸ったら嫌いになる』と」
「あー、そんなこと言ったかも」
「汝が消えた後、自分達の任務を全うしろと命じたのだ。通常は功績を残そうと我先にと任務を遂行するものだが、互いに任務を押し付け合って一向に人間を襲いにいかんのだ」
「へー」
「むしろ汝の妾になる為、求愛しにいくと言って聞かんから即刻魔界へ帰らせた」
何はともあれ、ノエルの考案した『ヴァンパイアを恋に落とす作戦』は上手くいき、ヴァンパイアを撤退させることにも成功したようだ。一件落着。
「で、オリヴァー。こいつは何者だ?」
メレディスが気絶しているチェスターを見下ろした。
こっちの問題も二人のおかげで解決しそうだと、ひと安心していると、奴隷の首輪がギュッとキツく巻きついてきた。
「オリヴァー?」
「何だこの首飾りは? さっきとは違う物がついておる」
突然苦しみ出した俺を見て、魔王が奴隷の首輪に気付いた。ただ、奴隷の首輪は主人にしか外せない。きっと主人はチェスター。目が覚めたのかと思って下を見るが、気絶したままだ。
「アーネット……か」
やや離れた場所からこちらに向かって手を翳していた。
「チェスターを返せ! そして、その娘から離れろ。離れなければこのまま殺す」
アーネットが脅せば、メレディスと魔王はアーネットをギロリと睨んだ。
普通の人ならここでチェスターと俺から離れるのだろうが、何せ魔王とその側近だ。少し手を払う動作をするだけで、アーネットは思い切り吹き飛んだ。と、思ったら闇の何かに足を絡み取られ、そのまま地面に叩きつけられた。同時に奴隷の首輪も緩んだ。
「ゲホッ、ゴホッ、ゲホッ」
「オリヴァー、大丈夫か!?」
「うん、ありがとう……って、メレディス近いよ。何してんの?」
後ろに手をついて起きあがろうとすれば、メレディスが前から俺の首に手を回してゴソゴソ何かしているのだ。顔が至極近い。
「この首飾りを取ろうと思ってな。だが、中々外れないものだな」
「後ろから外してよ……。それ、一つはアーネットの手を使って外さないと外れないんだ。どっちがどっちか良くわかんないけど」
「よし」
魔力封じの首輪が外れたようだ。一気に魔力が溢れてくるのが分かった。
「ありがとう、奴隷の首輪は……ん?」
立ちあがろうと動いた拍子にメレディスの唇に俺のそれが触れてしまった。
これは事故だ。そう、事故。メレディスも予想外のことで目を丸くしている。今なら無かったことに……。
「んんッ」
離れようとしたのに、メレディスの大きな右手が俺の頭を後ろでしっかりと支えた。離れようにもメレディスが離してくれない。離れたと思ったら、角度を変えて再びキスされた。しかも、舌まで入ってきた。
綺麗な星空の下、そのロマンティックなムードのせいか、ついうっかり目を閉じて受け入れてしまったではないか。ハッと我に返り目を開けると、魔王がこちらを見下ろしていた。
「何だ? そんな誘うような目で見て、我も参戦して良いのか?」
魔王は俺とメレディスの横にしゃがみ込んだ。そして俺の金髪の長い横髪を耳にかけながら、チュッと耳にキスしてきた。
それを見たメレディスは俺から唇を離した。
「陛下は下がっていて下さい。夫婦の邪魔をするなんて無粋ですよ」
「此奴が誘ってきたのだ。致し方ないであろう」
「私の嫁がそんなはしたない事する訳ないでしょう」
メレディスと魔王の言い合いが始まったので、その隙に俺はメレディスから抜け出し、距離を取った。
「メレディス、ケーキでも食べてたのかな」
ファーストキスの味は甘い甘い生クリームのような味だった。
そんな事を考えながら、気絶しているアーネット親子が逃げないように闇魔法で縛っておいた。
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