第142話 第二王子からの挑戦状

「お兄様、良かったですわね」


「うん。やっぱ男の方が落ち着く」


 俺は無事に男に戻ることが出来た。


「人間界侵略も無くなったし、リアムも表舞台に立てるようになったから計画も大成功だね」


 王家から邪険に扱われていたリアムも冒険したおかげで国民からの支持率が爆上がりした。隠そうにも隠しようがないのだ。今も王城のパーティーで沢山の人に囲まれている。


 ちなみにこのパーティーは、人間界侵略を阻止出来たことのお祝い。他国の王家も招いて祝っている。


 リアムの話を信じずに他国の信頼を失うところだった我が国王が、国交を途絶えさせない為に交流の場を設けただけなのだが。


「何が大成功だ。お前、この私と勝負しろ」


 喧嘩でも始まったのだろうか。王家主催のパーティーで喧嘩するとは不敬で罰せられたいのだろうか。


「おい。聞いているのか?」


「ノエル、そのパイ美味しい?」


「はい。絶品ですわ! お兄様も是非」


 ノエルがパイを皿に取り分け、渡してくれた。パクッと食べようとしたら……。


「あれ? パイがない」


 辺りを見渡すと、パイが地面に落ちていた。


「何であんな所に」


 冒険中は自分のことは自分でする生活だった。礼儀作法的にはアウトだが、その癖で自然と拾おうとすれば、目の前でパイがグシャッと踏みつけられた。


「あーあ」


 落ちた物を食べようとは思わないが、勿体無いと思ってしまう自分がいる。


 そして靴は大丈夫だろうか。相当高級な物に見える。靴の持ち主が誰か視線を上に向ければ……。


「イ、イアン殿下?」


 イアンはリアムの兄、第二王子にあたる。イアンが何故こんな所に? リアムは他国の王と話をしているし、国王や第一王子も一緒だ。


「あの、イアン殿下。下にパイが……早く洗わないと」


 一人あわあわしていると、イアンが不機嫌そうにパイを更にグシャッと踏みつけた。


「私と勝負しろと言っているのが聞こえないのか?」


 この声、さっきの……。


「まさか俺に話しかけていたんですか?」


「気付かなかったのか。全く失礼な奴め」


「申し訳ございません」


 謝罪をすれば、俺とイアンを囲うように円形に人が集まって来た。


「何だ何だ? 喧嘩か?」


「違うわよ。殿下に貴族の子供が不敬な事しちゃったらしいわよ」


「一家没落だな。息子の躾はしっかりしないとな」


 言いたい放題言われていると、挨拶回りに行っていた父が戻ってきた。


「イアン殿下、申し訳ございません。愚息が……」


「お兄様は何も悪いことはしておりませんわ。悪いのはお兄様のパイを踏みつけたイアン殿下ですわ!」


「ノエル、黙ってて」


 ノエルの言いたいことは分かるが、俺がイアンに話しかけられた事に気付かなかったことがそもそもの原因だ。俺が悪い。


 再度謝罪をしようと頭を下げれば、野次馬の間に通り道が出来た。


「僕の将来の妃に、なに喧嘩ふっかけているんですか。兄上」


 俺を庇うようにリアムが前に立った。


「オリヴァー、ごめんね。気付くのが遅くなって」

 

 ショーンを腕に抱いているので、ショーンが知らせてくれたようだ。


「ハッ、将来の妃って、お前とうとう頭までおかしくなったのか?」


「兄上よりはマシかと」


「なッ、私を愚弄する気か。それより、そいつだろう? 聖人やら女神やらふざけた通り名のピンク頭のガキは」


「だったら何です?」


「どんな手を使って国民をたぶらかしたのか知らないが、この国で一番強いのは王家だ」


「と、昔は言われていましたね」


 リアムが小馬鹿にしたように言うものだから、イアンの怒りは頂点に達したようだ。イアンの周りに風が吹き荒れた。


 そして、俺にピシッと指をさしてきた。


「私と勝負しろ! そこでお前が負けたらリアムに王位継承権を放棄してもらう。良いな」


「いや、俺に言われても……リアムの人生なので」


「オリヴァー、僕の人生は君に委ねるよ」


「え、負けたらどうすんの!?」


「そうですよ。うちの息子のせいでリアム殿下の人生が台無しになってしまわれたら……」


 父と二人で困惑していると、リアムは自信満々に言った。


「僕を今の地位にしてくれたのはオリヴァーだよ。オリヴァーが負けたら喜んで放棄するよ。もっとも、負けないけどね」


「チッ、言わせておけば……風よ、我に」


「まさか兄上、こんな大勢人がいる中で戦う気ではありませんよね?」


 そのつもりだったのだろう。イアンはバツが悪そうに吐き捨てた。


「そ、そんな訳ないだろう。訓練場に連れて来い」


 イアンが立ち去ろうとすれば、国王と第一王子もやってきた。


「せっかくだから、皆に見てもらえば良いではないか。闘技場を貸し切って明日対戦するのはどうかな?」


「それは良い案ですね、父上。我が国の王家の強さを他国の者にも見て頂けるチャンスですよ」


「そうだな。そこらの一介の貴族、しかも子供と一緒にされては困るからな。格の違いを見せつけるチャンスだ」


 俺だって王家と同等の力を持っているとは思わない。ただ、何故だろうか、苛々してきた。顔に出さないように堪えていると、リアムが耳打ちしてきた。


「他国の王らが皆揃って君達の話ばかりするものだから、父上もどうにか挽回したいみたい。あれ、見てごらん」


 リアムに言われて他国の貴客席を見れば、皆がニコッと笑って手を振って来た。


 その中にはクレアとシンシアの姿もあった。ブライアーズ王国の王らは俺の女装姿の肖像画をこちらに向けてガッツポーズをしてみせた。


「やはりお兄様は主人公ですわね! 相関図が描ききれなくなっていますわよ」


 いつの間にやら他国にも人脈を作っていたようだ。


「とにかく明日頑張ってね」


 リアムが俺の額にチュッとキスを落とせば、周りの人達の頬が薔薇色に染まった。


「なッ、こんな大勢の前でやめてよ」


「じゃあ今から僕の部屋来る?」


「い、行かないよ」

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