第67話 無詠唱のスイッチ

 目隠しのおかげか、俺は闇の球を出すことに成功した。


「見てみて」


 俺は上機嫌に岩場に座っているジェラルドに闇の球を見せた。ジェラルドは俺を一瞥し、海を眺めた。


「良かったな」


「ジェラルド、元気ないね」


 不思議そうにジェラルドの顔を見ていると、エドワードに肩をトントンと叩かれた。


「夜中に三時間も歩かされたら流石に疲れるよ」


「え、三時間? ジェラルド何してたの?」


 キースが呆れた様子で教えてくれた。


「お前、夜中にジェラルドと一緒に転移したんだよ」


「いつの間に」


「で、ジェラルド放置してお前だけ一人で転移で戻って来たんだ。ジェラルドはお前が急にいなくなったって、探し回りながら戻ってきたらテントでスヤスヤ寝てるだろ。今日はゆっくり休ませてやれよ」


 無意識ではあるが、それは完全に俺が悪い。


「ジェラルドごめん」


「……」


「今日は一人でやるから、ゆっくり休んで」


 ジェラルドは冷めた視線を俺に向け、手を翳してきた。


「え、待って、待って。怒らせたのは悪いと思ってるけど、こんな至近距離で攻撃は……」


「俺にも無詠唱の仕方教えてくれ」


「え?」


 ジェラルドは俺に向けていた手を引っ込めて、自身の手の平を見つめながら静かに言った。


「お前ばっか成長してずるいだろ」


「成長? 俺より随分と成長してると思うけど」


 身長だって冒険する前より更に高くなっているような……。


「そっちじゃねーよ。能力的なこと。聖水作ったり魔物浄化させたり光魔法で色々出来るようになっただろ? 無詠唱で魔法発動できるし、闇魔法だって使える」


「闇魔法は、たまたま……」


「たまたまでも使えることに代わりないんだ。赤ん坊の頃から一緒に育って同じように成長してると思ってたのに、どんどん置いていかれてさ」


 ジェラルドはそのままでも強いし、冒険だってノエルの思いつきで付き合わされているだけだ。そんなことを考えていたなんて知らなかった。


「いつの間にか結婚までしてるしなぁ」


「け、結婚って……それは」


「冗談だよ。とにかく夜中に歩きながら考えたんだ。お前と同じ場所に立つには、まずは無詠唱かなって」


 夜はジェラルドでさえセンチメンタルになるようだ。


 闇魔法が勝手に発動する今、暫くこの海辺に滞在する予定なので皆で強くなろう。そう心に決めた。



 ◇



 十分後。


「だから、こうしてこうなんだって」


「何をどうしたらどうなるんだよ!」


 心に決めた決意は砕け散ろうとしている。


 だって、魔法の扱い方を他人に教えるのは難しいのだ。しかも無詠唱なんてほぼ感覚でやっている。何をどう教えたら良いのか分からない。


 メレディスの教え方を批判したが、今まさに自分がその教え方でジェラルドに教えている。


 そんな時、ノエルが提案した。


「ここは、お兄様が無詠唱で出来るようになった場面を再現するのが一番では?」


「確かにな。再現してみるか」


「再現って、あの時は……」 


 メレディスに首筋を噛まれそうになって……いや、実際噛まれたか。とりあえず殺されると思って魔法が発動したのだ。


「ほら、やろうぜ。首出せば良いのか?」


 ジェラルドが首を差し出して来た。俺はその首筋をじっと見た。


 俺はこれを噛むのか……?


「いや……あれはそもそも死にたくないという強い思いから出来たことであって、噛むことに意味はないって」


 俺は噛むことを拒むが、ノエルはどうしても俺がジェラルドの首筋を噛む様をみたいらしい。


「いいえ、きっと首を噛むのがスイッチか何かになっているのですわ。噛めば無詠唱で魔法が発動するはず」


「そんなスイッチ聞いたことないよ」


 ジェラルドは半ば諦めたように言った。


「お前の教え方じゃ全然分かんねーし、やれること全部試してみようぜ」


 俺が噛みやすいようにと、ジェラルドは俺をヒョイっと岩の上に立たせた。目線が同じ高さになり、俺はジェラルドと見つめ合った。


「一回だけだよ」


「おう」


 覚悟を決めて、ジェラルドの首筋を噛もうとしたその時——。


「うわッ」


 突如黒い龍がジェラルドを襲った。その龍はジェラルドの氷のシールドに阻まれて、その場にふよふよと浮いている。


「何これ……?」


「今までの闇魔法の攻撃とはちょっと違うな。こいつ、殺気が凄まじい」


「殺気?」


 俺には全く感じないが、一つだけ気付いたことが……。


「ジェラルド、詠唱してなかったよ」


「あ、本当だ」


 ノエルが嬉しそうに近付いてきた。


「やはり噛むことがスイッチなのですわ」


 やや違う気もするが、今回ばかりは何も言い返せない。


 少し離れた場所で剣を交えていたキースとエドワードも龍の存在に気付いたようで、こちらにやってきた。


「これ、何だ?」


「離れた場所からでも凄い圧を感じたよ」


「何なんだろ……」


 黒い龍はジェラルドを見下ろしたまま、そこに漂って消える気配がない。そして何故かジェラルド以外の人に対しては、敵意は向いていないようだ。


 どうすれば良いのか分からない時、タイミング良くリアムとショーンが情報収集から戻ってきた。


「みんな、どうしたの?」


「実はね————」


 先程の出来事を説明すると、リアムは暫く龍を見て、夫婦の刻印を触った。


「恐らく、これのせいだよ」

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