第38話 オリヴァー、敵の手中に落ちる

 リアムの予想は的中した。


 俺達は十五人の野盗に囲まれ、交渉されている。


「悪い話じゃないだろ? オレ達に半分で良いから魔石を譲ってくれたら良いんだ。それだけで君達はタダで聖水が手に入る」


「聖水が本物だという証拠は?」


「こちらの聖人様が直々に作ったものだ。疑うと言うなら聖人様を愚弄することになるぞ」


 聖人様と呼ばれた男は、ギルの父の情報にピタリと当てはまった。ただ、年齢が……三十、いや四十代か? 


 リアムが笑いを堪えながら言った。


「聖人様は光魔法が使えるんだよね? ここで使って見せてよ。そしたら考えてあげる」


「くそ、生意気な……」


「良いだろう。見せてやろう」


 聖人様が前に出てきた。


「あの人本当に光魔法使えるのかな? まさか四人目?」


 この世界で光魔法の使い手は三人。その情報自体が間違っていたのかもしれない。


 皆が聖人様に注目した。聖人様が右手を前に出すと、その右手が光った。


「どうだ!」


「……」


 暫しの沈黙が流れ、皆が唖然と聖人様の右手を見ている中、ジェラルドが小声で聞いて来た。


「お前、あんなこと出来るのか?」


「いや、俺にあれは出来ない」


 聖人様は右手自体を光らせているのだ。俺が出来るのは自身を光らせるのではなく、体外に光を創り出すこと。


「これで信じただろう? 聖水は聖人様が作った本物だ」


「僕の知ってる光魔法とは違うけど、まぁ良いや」


「では、交渉成……」


「いや、まだだ。その聖水が本物かはまだ分からない。証明して見せてよ」


「証明? 今ので十分だろ」


 やや苛々し始めた野盗の頭にリアムは悪戯な笑みを見せた。


「不十分だよ。その剣で聖人様を斬ってよ」


「なッ! 何をふざけたことを」


「だって聖水があれば、どんな傷もたちまち治るんでしょ?」


 野盗の頭が聖人様をじっと見た。


「え、お頭、本気でやんないっすよね?」


 野盗の頭は悩んでいるようだ。短剣と聖人様を交互に見ている。聖人様の方が先に動いた。


「お頭……オレはもうこんな役おりるぜ」


「おい、待て!」


 聖人様が逃げ出した。


 すかさずリアムが指示を出した。


「逃がさないよ。ジェラルドお願い」


「任せろ! 凍てつく氷よ、敵の足場を凍らせよ氷結フリーズ


 聖人様の足元が凍り、聖人様は盛大に滑って転んだ。そこへエドワードが聖人様の首に剣を当てた。


 すると、聖人様は勝手に自供し始めた。


「だからこんなことしたくなかったんだ。オレはただ右手を光らせるスキルがあるだけで光魔法なんて使えねぇのによ」


 右手を光らせるスキル……どういう時に使うのだろうか。


「それに、このピンクの髪はなんだ? 趣味が悪い。本物はよくもこんなピンクの頭で歩いてられるな!」


 髪の毛はカツラだったようだ。聖人様はピンクの髪を投げ捨てた。ピンクの髪があった所に毛はなく、太陽の光を反射して輝いていた。


「おい、やっぱあいつ光魔法使えるんじゃね?」


「ジェラルド、それは普通に失礼だ」


 ピンクの髪を侮辱されたことに憤りを覚えているとギル親子にもそれは伝染していた。


「本物の聖人様を馬鹿にしたな?」


「ボクらが懲らしめてあげなきゃね」


「覚悟しろよ」


 エドワードは剣を離し、ギル親子が代わりに聖人様を縛り上げた。


 その様子を見ながらリアムが言った。


「交渉不成立だね。どうする?」


「どうもこうも、聖水のこともバレちまったんだ。ただで帰すわけにはいかなくなった。お前ら——」


「オリヴァー、今だ!」


 野盗の頭が合図をする前にリアムが指示を出した。


「聖なる光よ、この場を照らせ閃光フラッシュ


「何だ?」


「目が、目が……」


 野盗が蹲ったり、目を押さえたり、その場に立ち尽くしている。だが、この魔法は攻撃力はないただの光。今回は目眩し目的に使用。


 相手は十五人。こちらはノエルとリアムを除いて戦力は六人。ギル親子の実力は分からないが返り討ちに合う可能性は高い。

 

 卑怯と言われるかもしれないが、先制攻撃で敵の人数を減らす作戦だ。


「うぎゃッ」


「痛ッ」


「なんだこれ! どっからだ?」


 エドワードは近くにいる野盗を一人二人と急所を外しながら剣で斬りつけ、ジェラルドは敵の頭上に氷の礫を降らせた。


 俺も近くにいる野盗の腹部に拳を入れ、目が眩んでよろけている野盗の背中に蹴りを食らわした。


 攻撃を食らって地面に倒れている敵をギル親子が次々に縛りあげていった。復活されては困るので。


 あっという間に敵の数は減り、野盗の頭を含めて残り六人になった。


「お前ら何しやがった?」


「ちょっと数が多かったから減らしただけだよ。本物の光魔法はどうだった?」


 リアムが得意気に野盗の頭に言うが、さっきのは本当にただの光だ。そんな自慢気に話す代物ではない。


「まさか、お前が?」


 野盗達の視線が俺に集まった。咄嗟に俺はジェラルドの後ろに隠れた。


「何照れてんだよ」


「だって……」


 俺がジェラルドの後ろからヒョコッと顔を出すと、野盗の頭が叫んだ。


「お前ら、作戦変更だ! 本物の聖人様を捕まえろ!」


「ぅおおおお!」


 野盗が雄叫びを上げながらこちらに走ってきた。


「え、何で何で?」


「本物使って商売したいんだろ。そのまま俺の後ろに隠れてろ」


 ジェラルドは迫ってくる野盗に向かって詠唱した。


「凍える冷気よ、極寒の息吹でこの地を埋め尽くせ吹雪ブリザード


 ジェラルドの手から出てくる猛吹雪が野盗を押している。


「うッ、これじゃ凍え死ぬじゃねぇか」


「その前に吹き飛ばされちまうよ」


 野盗は地面に食らいつくので精一杯なようだ。吹き飛びそうになるのを必死に堪えている。


「仕方ない。子供相手だが、本気を出すか」


 野盗の頭は両手を広げ、ジェラルドの攻撃を真っ向から食らい始めた。すぐに吹雪に飲まれてしまいそうだ。


「あいつ、諦めたのかな?」


「この俺に恐れをなしたんだろ」


 案外簡単に勝てそうだと思ったその時、野盗の頭は両手をこちらに向けた。


「何で……?」


 野盗の頭の手からは、ジェラルド同様に雪が吹き出てきた。それは次第にジェラルドの攻撃を跳ね返し、俺達は皆、後ろに吹き飛んだ。


 ゴンッ。


 俺の後方には運悪く大きな岩があった。俺はそこに後頭部を打ち付けた。


「お頭のカウンターはやっぱ最強っすね! でもこいつ死んだんじゃ」


「いや、まだ息はある」


「意識が戻れば自分で治すだろ」


 意識が朦朧とする中、野盗の声だけが頭に響く。


 俺は野盗に担がれ、連れて行かれた——。

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