第3話 特訓開始

 俺は走らされている。物凄い長距離を。


「剣を扱うにしてもまずは体力作りだ!」


「はぃ……」


「声が小さい!」


「はい!」


 スパルタ特訓をしている剣術の師匠はヒューゴ・グローヴァー、騎士団の副団長。ガッチリとした体型で、男の中の男って感じの人だ。


 そんな師匠から稽古をつけてもらっているのは俺だけではない。カリーヌの兄のエドワード・アルベールと騎士を目指すその他大勢だ。


「よし、休憩だ。よく頑張ったな」


「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」


「お疲れ様」


「ありが……はぁ……とう」


 エドワードが水を持ってきてくれたが、息が上がりすぎてお礼が上手く言えない。


 俺より一つ歳上のエドワードは、ヒューゴから教わり始めて半年が経つという。同じだけ走っているのに爽やかな笑顔を見せている。


 しかも、筋力トレーニングもしているはずなのに、服を着れば全く鍛えているようには見えないシュッとした体型をしている。そんなエドワードが俺の横に座って言った。


「始めて一週間、よく持ってるね」


「え?」


「大体一日か長くて三日でみんな脱落していくんだ」


「うそ。脱落して良いの……?」


 早く言ってよ。転生者ごっこが終わるまでと思ったけど、ハード過ぎてついていけない。皆脱落するならノエルも許してくれるはずだ。


 よし、今からやめてこよう!


 俺が立ちあがろうとすれば、エドワードは満面の笑みで言った。


「オリヴァー、これからも一緒に頑張ろう! 剣を持てるのはもう少し先だろうけど、この特訓の成果は必ず将来の糧になるはずだ」


「う、うん……」


「貴族が勇者なんて馬鹿げていると思っていたけど、勇者も騎士も人を守る為に戦うのは同じだ。僕は君を同志として認めるよ!」


「あ、ありがとう」


 爽やかな見た目に似合わず、エドワードは熱血なようだ。そして、貴族が勇者なんて馬鹿げていると思うなら何故特訓が始まる前に反対意見を言ってくれないのか。俺はこんな過酷な試練を経て勇者などなりたくないのだ。


 それにだ、同志と認められてエドワードと握手までしてしまったではないか。早々にやめたいなんて言えなくなってしまった。


「勇者になれるかな……」


「なれるさ!」


 ああ……勇者なんてなりたくないな。ノエルの『転生者ごっこ』さえ終われば……。


 そうだ。ジェラルドに少し愚痴をきいてもらおう。毎日のヒューゴの特訓がハードすぎて身体的にも精神的にも滅入りそうだ。


「はい。休憩終わり。後半もビシバシ扱いていくからな!」


「オリヴァー行こう」


「……うん」


 ひとまず筋肉を極限まで痛めつけてから幼馴染のジェラルドに会いに行くことにした。


◇◇◇◇


 そして、特訓が終わって自分の屋敷ではなく、ジェラルドの屋敷までやってきた。


「おい。来て早々、人のベッドに寝るなよ」


「だって足が、腕が、全身がパンパンなんだよ。立ってるのがやっとだったんだ」


「お前は騎士を目指すのか? そういうの嫌いじゃなかったか?」


「嫌いだよ。出来れば座って勉強してたいよ」


 ジェラルドが俺の足を指圧し始めた。しかも手に冷気を纏いながら。氷魔法とはアイシングもできるのか。


「うわー、気持ち良い……」


「こんなこと侯爵令息にやらせてるのお前くらいだからな。感謝しろよ」


「するする。自室に肖像画飾って毎日祈りを捧げるよ。だから、腕もお願い」


「はいはい……ったく、またノエルだろ。お前ノエルに甘すぎるんだよ」


「だって可愛い妹なんだから」


 ノエルを無下にはできない。ノエル自らが『勇者? それは何ですの?』『わたくしったら馬鹿でしたわ』くらいなノリにならなければ。俺はノエルの悲しむ顔は見たくないのだ。


 俺はジェラルドに腕をマッサージされながら、質問をしてみた。


「ジェラルド」


「なんだ?」


「ピンクの髪に光属性と言えば?」


「は? 何言ってんだ?」


「良いから。ピンクの髪に光属性と言えば?」


「お前だろ」


 まぁ、そうなるか。言い方が悪かったな。


「そんな俺は、どんな職種が似合うと思う?」


「うーん……まぁ後継関係なしで光魔法だけで言うなら医者かな。後は聖職者かな」


「だよね」


 やはり俺と同意見だ。最近ノエルだけでなくカリーヌやエドワードまで勇者勇者言ってくるので騙されそうになる。自分がおかしいのではないかとさえ思ってしまう。ジェラルドと話していると安心する……。はぁ、マッサージも気持ちいいし……。


「おい、オリヴァー……? オリヴァー?」


 疲労困憊なのとジェラルドのマッサージが気持ち良すぎて俺はそのまま眠りについた。


◇◇◇◇


 翌朝。


「はぁ……よく寝た」


 トントントン。


「はぁい」


「お兄様! お迎えに上がりまし……まぁ!」


「ノエル?」


 ノエルが固まったかと思えば頬をピンクに染めて早口で呟き始めた。


「まさかジェラルド様と? お兄様はカリーヌ様が好きなのだとばかり思っていたけれど……まぁ、赤ちゃんの頃から裸の付き合いをしていたし、あり得ないことではないわね。どっちが攻めでどっちが受けかしら。外見で言えばお兄様が受け? あ、もしやここはお兄様が主人公のBLの世界だったり?」


「ノエル? 大丈夫?」


 俺の呼びかけでノエルがハッと我に返った。


「失礼致しました。わたくしとしたことが。お兄様とジェラルド様の門出を祝って本日はお祝いを致しましょう」


「は? 門出?」


「んんー、朝からうるさいなぁ」


 ん? 隣からジェラルドの声がする。


 顔を横に向けると、紺色の髪が見えた。そこにはしっかりといた。ジェラルドが。そしてよく見るとここは俺の部屋ではなくジェラルドの部屋だ。


「あー、ジェラルドごめん。昨日そのまま寝ちゃったのか」


「良いよ、疲れてたんだろ。朝食もとっていけよ」


「うん。ありがとう」


 俺とジェラルドが何気ない会話をベッドの上でしていると、ノエルはキラキラした瞳で俺とジェラルドを交互に見た。


「良いですわね! 例えここがBLの世界だったとしてもわたくしはお兄様を応援致しますわ!」


 ジェラルドがノエルを見て怪訝そうに聞いてきた。


「オリヴァー、びーえるって何?」


「さぁ?」


「ノエルの喋り方も変じゃない?」


「最近変なんだよ」 


 言葉の意味は分からないが、ノエルの頭の中は妙な妄想が繰り広げられていることだけは分かった。

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