第16話 センチメンタル

「お兄様、何だか禁断の恋をしているようですわね」


「こういう時は、小さい頃に戻ったようですわね。だろ」


 結局、俺がノエルと同じ部屋で寝ることになった。なので、今はノエルと二人同じベッドの上だ。


 自動的にジェラルドとリアム、エドワードの三人が同じ部屋に。シングルベッドに男三人が寝ている姿は想像したくないが、ノエルはしっかり妄想を膨らませているようだ。


「お兄様を取り合う三人が一緒に寝るとどういう展開になるのかしら。明日が楽しみですわね」


「どうしてこんな子に育っちゃったんだ……」


 まずい、心の声が漏れてしまった。


「お兄様」


 ノエルが寂しそうな顔をしている。俺は決してノエルの成長を否定したい訳ではない。BLという変わった趣味を受け入れられないだけだ。


「ごめん。別にノエルが……」


「これはお兄様のせいではありませんわよ。前世のわたくしがBL好き、腐女子だっただけで、前世の記憶を取り戻さなければ普通の女子ですわ」


「ノエル」


 俺を励まそうとしているのだろうが、逆に不安が増してしまった。もうじき十二歳になる子が、まだ五歳の頃に始めたごっこ遊びを継続しているのだから。


「なので、お兄様。わたくしのことは妹であって妹でない。別の人間だと思って下さって結構ですわ。では、おやすみなさいませ」



 ◇



 三時間後。


「眠れない」


 隣ではノエルが気持ちよさそうに眠っている。その寝顔を見ながら、ふと思った。


 本当にノエルが転生者だったなら。


 ノエルが転生者で、さっきノエルが言っていたように妹ではなく別の人間だとするならば、今俺は誰と寝ているのだろうか。


 妹と寝ていると思うから何の抵抗もなく同じ布団の中に入ることもできる。手を繋いだりハグだって沢山してきた。しかし、これが妹ではなく別の誰かだと思ったら……。


 ダメだ。考えたらダメだ。ノエルは妹。ただの変わり者の妹。だって顔は似てないけれど、髪は同じピンクだし、ノエルが産まれる時だって俺はそばで見ていた……らしい。当時は二歳だったので覚えていないが、歴とした妹だ。


「おにぃ……様……」


「ノエル? ごめん、起こしちゃったかな」


 ノエルの顔を覗き込むと、すやすやと眠っていた。寝言だったようだ。布団をかけ直してやると、またノエルの口が小さく動いた。


「おにぃ様……だいすき」


 勘違いするな俺。これは妹。別人格の人間ではない。これは妹だ。今までだって大好きなんて言葉は互いに何度も言い合った。ただの兄妹愛で他の何物でもない。しかも今は寝言だ。ノエルの意思とは無関係。


 自問自答しながら俺はノエルが起きないように布団から出て部屋を出た。


「ノエルが変なこと言うから、変に意識してしまう」


 部屋から出たのは良いものの行くあてはない。仲間の部屋に行こうか悩んだが、夜中に起こしても悪いので廊下の端に座った。


 暫くするとやっと睡魔が押し寄せてきた。座ったまま眠りにつこうとすれば扉がキキィっと開く音が聞こえた。


「オリヴァー? こんな所で何してるの?」


「リアムか。眠れなくて」


「すごく眠そうだよ?」


 俺は既に船を漕ぎ始めている。


「リアムはどうしたの?」


「何だか嬉しくて眠れないんだ」


「嬉しい?」


 リアムも俺の横にストンと腰を下ろした。


「うん。外の世界なんて見れないと思ってたから。それにここにいる皆は僕のこと偏見の目でみないし」


「そっか……そう思ってくれるなら勇者も頑張れそうだ」


「でもさ」


 リアムの表情は儚げなものに変わった。


「僕って魔法も使えないし、剣も扱えない。腕力もないし正直みんなの足手纏いでしかないんだよね」


「そんなこと……」


「そんなことあるんだよ。だからさ、もし危険な局面にぶち当たった時は僕を最優先に切り捨ててね」


 リアムは本気で自分が犠牲に、死んでも良いとさえ思っている。そんなリアムに何と声をかけるのが正解なのか分からない。分からないなりに口を開いた。


「夜中ってさ、センチメンタルになるよね。何でかな」


「夜は副交感神経が優位になってるからね。不安が強くなるんだよ。反対に昼間は交感神経が優位になってるから心のバランスがとりやすい」


 さすがリアムだ。そんな教科書の模範解答が返ってくるとは思わなかった。


「じゃあさ、リアムは夜に一人になっちゃダメだよ」


 俺はいつかノエルにされたように右手の小指を出した。リアムがキョトンとした顔をしたので、リアムの左手の小指に自身の指を絡めた。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った」


「何それ」


「約束破ったら針千本飲まなきゃいけないんだって」


「何その恐ろしい拷問」


「だよね……あー、もう無理。眠たい」


 俺はリアムの肩に寄りかかって眠りについた。

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