第54話 女装させる理由

「やっと普通の格好に戻れたよ」


「はは、災難だったね」

 

 今日はエドワードと同室なので良かった。ジェラルドかリアムなら夜中まで女装を強要されかねない。まさか、二人共そんなに妹が欲しかったなんて。


 エドワードはベッドに寝転がって言った。


「捜索依頼とか出てなかったから良かったね」


「だね。孤児を探すメリットなんてないもんね。灯り消すよ?」


 俺は灯りを消すと、布団に潜った。


 ——そして時は経過し、宿泊者が皆寝静まったであろう時間帯。


「眠れない」


 昼寝をし過ぎて一向に睡魔が押し寄せてこない。目を瞑って寝返りを打つと、シンとした部屋に甘い匂いが漂っていることに気が付いた。


 匂いの正体を考えていると、僅かではあるが足音が聞こえた。その足音はゆっくりと確実にこちらに向かって来ている。


 俺は警戒し、隣で寝ているエドワードを起こした。


「エドワード、起きて」


「んん……」


 寝ぼけたような声を出すエドワードだったが、こちらに向かってくる何かの気配を察知し、完全に覚醒したようだ。ベッドサイドに置いてある剣に手をかけた。


 何かが近づいて来るにつれ、甘い匂いは強くなってくる。


 あれ、頭がボーッとする。


 カタンッ。


 エドワードが剣を落とした。


「オリヴァー、これ、嗅いじゃダメだ」


 エドワードは袖で口元と鼻を押さえるが、既に剣も持ち上げられない程に力が入っていない。俺も力が入らず、起き上がれない。


「リリー、あれ程男の子の部屋に入ったらいけないと教えたのに。それに、こんな男みたいな格好をして」


 この声はベンだ。何故ここに?


「頭がぼーっとするんだろう? 無理に喋らなくて良いから。さぁ、帰るよ」


 ベンはそう言って俺を抱き抱えた。


「待て、オリヴァーを何処へ……」


 エドワードが俺のシャツを掴んだ。しかし、その手に力は殆ど入っていない。ベンによって軽く払われた。


「汚い手でリリーに触るな。さぁ、もう大丈夫だよ」


 狂気的な笑みを浮かべたベンを見ながら、俺は意識を手放した——。



 ◇



 ビリビリビリ、ビリビリ。


 薄っすらと目を開けると、見覚えのない天井が目に入った。視線を音のする方へ移すと、そこにはベンがいた。


 俺は宿での出来事を思い出した。俺はどうやらベンに連れ戻された。いや、誘拐された? どっちにせよ、ベンの元にいるようだ。


「あ、それ」


 ベンが俺の服を手で引き裂いていた。ビリビリという音は、衣服が引き裂かれている音だった。


「リリー、起きたのかい?」


「何で?」


 俺の引き裂かれた服をベンは乱暴にゴミ箱に突っ込んだ。


「こんなのいらないだろ? リリーは女の子なんだから」


 俺は自身が着ている服を見た。そして髪を触った。


 またか……。


「俺をどうしたいんだ?」


「ダメじゃないか。俺なんて。ちゃんと教えただろう?」


 ベンは張り付けたような笑みを見せてきた。


 内部調査も終わったし、もうベンの変な趣味に付き合う必要はない。帰らせてもらおうと起き上がると、カチャッと金属の音が聞こえた。


「何これ」


 よく見ると、俺の首には首輪が付けられ、鎖で繋がれていた。鎖の先はベッド柵に繋がっていた。そして、部屋に窓はない。完全に監禁されている。


「リリーがまた攫われないようにだよ。こうしてたら、誰も連れていけないだろう」


「いや、あれは……」


 攫われたのではないと言おうとした時、壁にかけられた肖像画が目に入った。


 ベンは俺の視線の先に気付いたようだ。優しい口調で言った。


「覚えてるかい? これは家族旅行に行った時に描いてもらったやつだよ」


 覚えてるも何も、ベンとは数日前に知り合ったばかりだ。


 それよりも、そこに描かれている黒髪の女の子の服、今俺が着ている服と同じだ。顔も似ているような似ていないような……俺の方が可愛く見える。


 いや、決して自分の顔に自信があるというわけではなく、素直な感想……じゃなくて、きっと絵のせいだ。この肖像画を描いた人が下手だったのだろう。ノエルが描けばもっと可愛いお姫様になるはず。


 後半どうでも良いことを考えてしまったが、俺は恐る恐るベンに質問してみた。


「えっと、その子の名前は?」


「自分の名前も忘れたのかい?」


 嫌な予感が胸をよぎる。


「リリーだよ」

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