第85話 悪魔のデッキ
強いデッキと好きなデッキが必ずしも一致するとは限らない。
だが勝つ為には拘りをかなぐり捨ててでも使いたくないデッキを使わなければならないこともある。
そして、大体の場合環境トップのデッキというのはなにかの"タガ"が外れているものである。
「私のターン、このターン何もしない」
「僕もこのターン、何もありません」
1ターン目はお互いに何もなし、1コストのカードが少なければ普通にあり得る展開ではある。
「私は<機械天使バロック>を召喚する」
機械天使バロック 2/1000/2000
このユニットが召喚された時、フィールド上のこのユニット以外の<機械天使>ユニットのアタックを1000上昇させる
「更に…デッキから<いたずら天使 ハッチ>を召喚し、攻撃する」
いたずら天使 ハッチ 1 2000/1000
ワースカード
[クイック]
フィールド上に<天使>カードが出た時に発動できる
デッキのこのカードはフィールドに召喚される
カードラプトの歴史上、一番強いカードは何か?と問われるとまず挙がるのがこのカードである。
このカードの最大の強みは何よりも「勝手に出てくる」事
たった1コストとはいえ、マナも支払わずデッキから飛び出して2000ダメージを与えるユニットが弱いはずもない。
更にテキスト上なんらかの方法でセメタリーからデッキに戻せば<天使>を出した瞬間に<いたずら天使 ハッチ>はまた出て来て2000ダメージを与える。
そしてカードの最大の強みは何よりもデッキが勝手に圧縮される事。
たった1枚の圧縮といえど、それだけキーカードを引き込む確率がわずかばかり上がるのだ、入れない余地はない。
そしてこのカードの最大の欠点である初期手札に来てしまうと強さが損なわれる点も、1コストという非常に軽い点がカバーしている。
単純に1コスト2000打点のポン出しできるカードとして使うだけで十分強いのだ。
その為、<天使>が絡むデッキには常に投入されるパワーカードとなっている。
(<いたずら天使 ハッチ>、ここまでとはね)
ヘンリエッタは最初<天翼大器ミラ>にばかり気を取られ、<いたずら天使 ハッチ>はそこまで注目しておらず、層の薄い1コストの選択肢が増えたのは悪くない、という印象であった。
だが実家に戻り模擬戦をしてみればとんでもない。<いたずら天使 ハッチ>は異常なまでの強さだったのだ。
とにかく序盤、3ターン目までに出てくれば明らかに優位が取れる。
ほぼ同格のデッキと対戦しても<いたずら天使 ハッチ>の有無で勝率が有意に変わってくる。
そして<いたずら天使 ハッチ>と<天翼大器ミラ>を使い込みながらヘンリエッタは思ったのだ、このようなカードを他人に譲渡できる人間の底が見たい、と。
「僕は2コストを使用し、<ゴブリンの運び屋>を召喚し、終了します」
ゴブリンの運び屋 2/1000/3000
[攻撃不可]
このユニットがダメージを受けた時、<クモ型爆弾>を1体召喚する
「私のターンだ、2コストで<天印の大戦鎚>を装備し…」
天印の大戦鎚 2
手札、セメタリー、フィールドのいずれかに<天使>の名の付くカードが存在する時使用できる
これをプレイヤーに[装備]する
装備したプレイヤーの攻撃を3000上げる
2回攻撃を行うとこの[装備]は破壊される
ここでヘンリエッタの言葉が止まる。
<ゴブリンの運び屋>を攻撃して良いものか考えているのだ。
(<クモ型爆弾>…どうせロクなもんじゃないだろうさ)
彼女の推察は当たっている。
「…私はプレイヤーに<機械天使バロック>と<いたずら天使 ハッチ>、更に<天印の大戦鎚>で攻撃する!」
2ターン目の時点で既に天馬のライフは42000まで減らされる。
しかしそれを分かっていた、と言わんばかりに天馬は無表情でカードを引く。
「僕は2コストで<愚鈍なゴブリン擲弾兵>を召喚する」
愚鈍なゴブリン擲弾兵 2/2000/2000
このユニットがフィールドに登場した時、全てのユニットに対し1000ダメージを与える
場に出た瞬間、凄まじい爆音と噴煙がフィールドを包みダメージを与える
煙が晴れた時に残っていたのは体力の削られた<ゴブリンの運び屋>、<愚鈍なゴブリン擲弾兵>に<機械天使バロック>の3体に加え、<クモ型爆弾>が1体。
クモ型爆弾 1/1000/1000
このユニットが破壊された時、爆弾を相手に投げつける
「更に1コストで<下っ端ゴブリンの盾持ち>を召喚する」
下っ端ゴブリンの盾持ち 1/1000/4000
[攻撃不可]
[盾持ち]
コスト比で規格外のスタッツを持つが攻撃が不可能なユニット。
カードラプトにおいては攻撃不可プロパティは非常に重く見られる傾向にあり、その中でもゴブリンは全体の4割ほどが[攻撃不可]であり、その代償に得られた特殊能力で戦うユニットが多い。
「私は<天使の旗振り役 リリン>を召喚しデッキからカードを1枚引き、その後更に<機械天使ゲシル>を召喚する!」
天使の旗振り リリン 3/2000/3000
このカードがフィールドに出た時、デッキからコスト6以下の<天使>ユニットをランダムで1枚引く。
その後、手札のユニットのアタックとタフネスを1000ずつ上昇させる。
機械天使ゲシル 1/1000+1000/1000+1000
このカードが破壊された時、手札のランダムな<機械天使>と名の付くユニット1枚を対象に発動する。
そのカードのアタックとタフネスを1000アップさせる。
「<機械天使バロック>と<天印の大戦鎚>で<下っ端ゴブリンの盾持ち>を攻撃し、破壊する!」
「では僕のターンです…デッキ内のカードをセメタリーへ送り、<ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>を[装備]します 」
ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒 4
デッキ内のコスト5以上の<ゴブリン>を1枚セメタリーに送ると発動できる
これをプレイヤーに[装備]する
装備したプレイヤーの攻撃を2000上げる
3回攻撃を行うとこの[装備]は破壊される
このカードを[装備]して攻撃を行った時、相手のデッキのランダムな位置に<不発弾>カードを挿入する
「ほお…」
ヘンリエッタが思わず声を上げる。
ヘルオード家は[装備]カードコレクターとしても知られており、大概の[装備]カードは手元に保有してある、それこそ<天翼大器ミラ>が例外中の例外であったほどだ。
そしてこの、<ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>はそのヘルオード家ですら把握していない武器。
つまりはそれは未来の[武器]である事にほかならない。
「ゴブリン…ですか…」
「そのようですね」
イハンは少しばかり期待外れのような声で呟き、それに対しクロスモアも同じような心証なのであろう、少し呆れのニュアンスで返答する。
この世界、というよりはシーズン6までのゴブリンは弱いカードの象徴みたいな部分があり、種類はそれなりにあるがごくごく一部に強いカードが有る、程度の認識が一般的である。
「あれが本気というのだ、嘘はないだろうし今暫く見守るべきであろう…見慣れぬ武器も持っている事だしな」
カーネル王子がそう言い、視線は再び天馬に向けられる。
「<ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>で、<天使の旗振り役 リリン>を攻撃」
普段棍棒どころか武器というものを持たない為ぎこちない動きでスタスタと歩いていき、<天使の旗振り役 リリン>を手持ちの棍棒で殴りつける。
半泣きでこちらを見るリリンに対し申し訳ないと言う気持ちを頂きつつぽこん、と殴る。
その瞬間。<ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>からカードが1枚、射出され、ヘンリエッタのデッキにそのまま突き刺さる。
「…何をした?」
「いずれ、分かります」
凄まじい形相で睨みつけるヘンリエッタに対し、あくまでも無表情で答える天馬。
相手のデッキにカードを挿入する。
その恐ろしさが実感できるまで、もう少し。
「更に、<天使の旗振り役 リリン>を<クモ型爆弾>で攻撃」
<天使の旗振り役 リリン>と<クモ型爆弾>が相打ちとなり、お互いが光に消える瞬間、<クモ型爆弾>から何かが射出され、それがヘンリエッタに直撃した。
「ぬっ!?」
流石に面食らったのか手で顔を隠し少しだけ仰け反るヘンリエッタ。
「残念。できれば<機械天使ゲシル>か<機械天使バロック>に当たってほしかったんですが」
「なるほど、な」
<クモ型爆弾>は破壊されると1000~3000ダメージを与える爆弾をランダムな相手に投擲する。
今の攻撃でヘンリエッタのライフは47000となった。
「私は4コストを使用し、<天使の番犬サーラメーヤ>を召喚する」
天使の番犬サーラメーヤ 4/3000/3000
[不意打ち]
このユニットは戦闘で破壊された時のみ、タフネス1000で[蘇生]する
このカードの効果で[蘇生]した場合、[不意打ち]は削除される
ユニット排除に特化したユニット。
[蘇生]後は不意打ちがなくなる為2回攻撃ができるわけではない。
「坊主、1つ質問だ」
「なんでしょうか?」
「その<ゴブリンの運び屋>、そいつを<天使の番犬サーラメーヤ>で攻撃して破壊した場合、それは[ダメージを受けた時]に勘定されるか?これはルールに関する問いの為正当な行為であると私は認識している」
「…されません。<天使の番犬サーラメーヤ>で破壊された場合<クモ型爆弾>を呼ばず、そのまま破壊されます」
「そうか、答えて頂き感謝する」
裁定確認。
カードラプトに限らずカードゲームではよくあること。
基本はジャッジに判断を委ねるが、ジャッジがいない野良試合などでは手元にスマホでwikiを確認したり、それこそ対面の人間や周りの人間に聞くこともままある。
この世界では基本審判に問うことになるが、それでも分からない場合は使用者に直接問うのが一般的で、そのカードを使用している人間に聞けば間違いがないだろうというスタンスだ。
当然ながら質問を受けた側が嘘を言う場合もある為、虚偽の説明をした場合も罰則も存在する。
そのため、基本どんな人間でも質問には答え、答えて貰えば感謝をする、というやりとりが一般的になっている。
「では、<天使の番犬サーラメーヤ>で<ゴブリンの運び屋>を破壊、<機械天使バロック>で<愚鈍なゴブリン擲弾兵>を破壊、更に<機械天使ゲシル>でプレイヤーを攻撃する」
これで天馬の場は一度空となり、盤面で見るとヘンリエッタが有利の状態となる
「僕はここで<ゴブリンのぽんこつ爆弾職人>を召喚する」
ゴブリンのぽんこつ爆弾職人 3/1000/3000
このカードがフィールドに出た時、相手プレイヤーのデッキのランダムな位置に<小型爆弾>を3枚混ぜる
<ゴブリンのぽんこつ爆弾職人>が場に出た瞬間、3枚のカードがゴブリンの手の中に出現しヘンリエッタのデッキに吸い込まれる。
それを訝しげに眺めるヘンリエッタとギャラリー。
「更に、2コストを使用し、<ゴブリンの催眠術師>を召喚、<機械天使ゲシル>のコントロールを奪取します」
「何!?」
ゴブリンの催眠術師 2/1000/1000
[攻撃不可]
このユニットはデッキに30枚以上<ゴブリン>と名の付くカードが存在しない場合、召喚できない
このユニットがフィールドに登場した時、相手フィールド上のアタック2000以下のユニットを選択して効果を発動する
そのユニットのコントロールを得る
コントロールを得たユニットはそのターン、アタックすることができない
対低コスト用のコントロール奪取カード。
攻撃不可という点が厳しいものの、相手のシステムクリーチャーを奪取すれば一気に形勢が傾く。
「その上でプレイヤーへ<ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>で…プレイヤーへ直接攻撃を行…行います…」
再度スタスタとヘンリエッタの眼の前まで歩いていき、ものすごい形相で仁王立ちしているヘンリエッタを控えめに、控えめに殴りつけ、急いで所定の位置まで戻る天馬
戻っている最中に<ゴブリン特製不発弾巻き付き棍棒>から再度カードが1枚射出され、ヘンリエッタのデッキに格納される。
「これで5枚目…ですかね」
「そうですね」
ナギの発言にクレアが同意する。
「クレアさん、貴方の伴侶であれば彼のデッキの事、知っているのではなくて?」
紫色の髪をショートポニーにまとめ、クロスモアよりは母親の血が濃そうなキツめの目元をした女性、ヘルオード家次女ベルジュが声を掛けてきた。
「申し訳ありません、旦那様のカードに関しては私共も詳しくは知らされてないのです」
「あら、そう…」
ベルジュは素直に引き下がる、「私共」と言われた為だ。
他の人間に聞いても意味がない、と認識したのだ。
「しかし、相手のデッキにカードを入れるなんて効果は聞いたことがないわね、ドローを阻害する目的かしら…」
「それにしては悠長過ぎるというか、本気と謳うデッキにしてはカードが弱すぎるような…」
そう、本気のデッキというにはユニットが弱すぎるのだ。
コントロールが奪取されたのは少し驚いたが、それにしたって奪われたのはアタック2000のユニットで、奪ったユニットなんかはアタックもタフネスも1000だ。
現状ライフは5ターン目でヘンリエッタが47000に対し天馬は38000とやや離されており、盤面的にも小粒のユニットしか残っていない天馬に対し<天使の番犬サーラメーヤ>が生き残っている状況でヘンリエッタにターンが回った。
これが本気か?と言われると首を傾げざるを得ないのが見ている側の正直な所だ。
「爆弾が挿入されたんだろう?ドローしたら爆発するとか…」
ドカン!
イハンが少し笑いながらそう言った瞬間、ヘンリエッタを中心に小さな爆発が起こった。
観衆の注目は当然、音が出た方に集中する。
「~~ッ!…そういうことか…!」
ヘンリエッタも流石に想定していなかったのか、爆発を直接見てしまった右目を瞑りながら左目で今引いたカードを確認した。
小型爆弾 0
[強制詠唱](自動で発動する)
このカードをドローしたプレイヤーは2000ダメージを受ける
カードを1枚ドローする
このカードはセメタリーへ行かず、デリートされる。
<ゴブリン爆殺>
それは相手のデッキにカードを継続的に挿入し続け、ドロー時のダメージで間接的に相手のライフを削っていく悪魔のデッキである。
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