第12話 嫁入り前の旅行
「カスミ=ミラエルです!よろしくね!」
歓迎の宴といっても表向きは王家とハルモニア家、もっというと元気よく今あいさつしてくれたカスミ第三王女とクレアが特別親しくしている(貴族学校時代の先輩後輩らしい)ので遊びに来たついでにという食事でも、という体裁なので思っていたよりは規模感の小さいものだった、それでも鳥の丸焼きが4羽出てきたけど…。
カスミ王女の印象としてはthe淑女という感じのクレアとは対象的に茶髪のミディアムショートでとにかく明るく元気一杯という感じ。
そしてクレアと同じく距離が近い、性格のせいなのかクレアより更に近い。
気が付けばクレアさんとカスミ王女で両手の花状態でめちゃくちゃテンパってる、王様もウィルも笑って止めないしどうなってんだ本当に。
「そんな事で緊張してたらダメだよテンマ、カスミ王女も貴族家周りについて来るんだから」
「え?なんで?」
理由が一切わからず素で答えてしまった。
「今回の貴族家巡りは名目上カスミ第三王女殿下とクレアの嫁入り前の最後の旅行って体裁でやるからね、僕らはその付き添い。そうでもないと貴族の跡取りと令嬢があちこち領を回るなんて怪しすぎるでしょ?」
「まー観光地も回るから旅行みたいなものではあるのよね」
ウィルに続けてカスミ王女も言う。
そういや20歳になる前に嫁ぐのが習わしって言ってたな、卒業旅行みたいなものか。
「というわけで、一緒についていくのであらためてよろしくね!テンマくん!」
「よ、よろしくお願いします」
手を取ってぶんぶん振りながらニカって笑いかけるカスミ王女、可愛すぎて流石に表情が緩む、年下なのに主導権完璧に握られちゃってるよ。
そんな俺を見てるウィルの視線が生暖かい、クレアさんはずっとニコニコしてるし分からん…。
「あらあら、もう仲良くなって。うちのカスミをよろしくお願いしますね」
王妃様まで乗っかって来た、完全に遊ばれてるわこれ。
これはダメだ、話題を変えよう
「よ、嫁入り前の旅行とのことですが王女殿下は嫁ぐ先は決まっているのですか?」
言っておいて我ながらデリカシーがない発言だ…。
「決まってるよー」
「ちなみに私も決まっていますよ」
それにさらっと返す2人、まあどっちも名門のお嬢様だもんな、ちょっと残念。
流石に相手を聞くほどの恥知らずではない、言われてもわからないだろうし…。
「そこらへんは全てが決まったら話すよ、用意もあるからね」
ウィルが微笑みながら言う、結婚式に友人代表みたいな形で出席になるのかね。
そんなこんなでクレアと王女様が常時隣に座っている状態のまま宴会は終了。
客室に戻る通路をウィルと歩く。
「テンマ」
「何?」
「君、自分が思ってるよりもずっと重要な人間になってるからね。これから色々あるけど頑張ってね、僕も協力するから」
「う、うん」
「明日は朝から領に帰って、一泊してから別の領に向かうから、結構忙しいよ。じゃあおやすみ」
そう言って自分の部屋へ入っていった。
ずっと重要な人物、ね…。
奮発しすぎたかな、でも生かす事に理を持ってもらうにはあれぐらいはなあ…。
そんなことをぐるぐると考えながら、今後の身の振り方も込みでベッドで考えそのまま眠った。
カスミ王女殿下の私室。
ここではクレアとカスミがテンマの事を話し合っていた。
「テンマさんはどうでした?先輩」
カスミはクレアの1年先輩にあたり大変仲が良かった、そのため2人きりだと口調がややくだけたものになる。
「うん!合格!」
カスミは笑顔で答える。
「謁見のときも隠し部屋から見てたけどパパ相手にビビらずちゃんとしてたし、さっきの対応も紳士的で良かったよ!私達の同年代の男ってロクなのいないからね!まともなのはとっくの昔に売約済だし…」
「学校でもいっそ共和国に嫁ぐかって話が冗談でもでるぐらいでしたからね…」
貴族の子供の数はデッキの数までという話があったが、王族は例外だ。
代々長男相続が続いており、ミラエルが1枚しかない関係もあり<紋章>デッキを相続できるのは原則長男のみ。
それでも<紋章>デッキ以外の4個用意されているのだが、上記の理由からどうしても男児に優先して貸与されることになってしまう。
更に女性は基本的に嫁ぐ立場である関係上、嫁入りに際してデッキを持たせて貰う事はできず、逆に嫁にもらって頂くという状態なので王女であっても学校での立場もそこまで高くないのだ。
これで嫡男よりカードラプトが上手い、ということであればまた話は色々と変わってくるのだが、カスミ王女の腕前は残念ながら人よりちょっと強い、という程度で落ち着いた。
クレアもそうで、今でこそ自分の<光響>デッキを持ってはいるが、仮に他の貴族へ嫁ぐ際には他領へ流出させぬようデッキを持たせられることはないので、同じく立場が良いとは言えない。
相手がハルモニア家に婿入りするという可能性もあるにはあったが、その場合どうしても人選を慎重にせねばならず候補は早い段階で全滅した。
そしてそういう立場だということを理解した上で他貴族家の嫡男やデッキ相続権のある次男以降が女性に対してモーションをかけてくるのだ、貴族子息に幻滅する理由には十分だ。
もう1つの問題としてデッキを用意するコストの高さがある。
なにせカードは高い、現代日本でストレージに入って1枚5円や10円のカードですら日本円で1枚7000円はくだらない。
有用なカードや貴族の使うカード、例えば<光響>なんかが発掘されれば、性能の高いものは100万や1000万単位の値段となる。
それでも王族ではあるから安いカードでデッキを組むことは容易い、だが王族としての見栄がある為おいそれと弱いデッキは組めないというジレンマがあり、更にそもそも強いカードが物理的に市場存在しない場合が多く、金を積んで手に入るのなら楽、といったレベルだ。
カスミ王女やクレアがテンマに嫁ぐことになったのも、嫁にならばカードを譲るだろう、という下世話な理由も多分にあった。
「ちょっと年上で余裕があるのもありますが、私達をちゃんと敬ってくれる時点でポイント高いんですよね。実際」
「ほんとそれよねー、後輩にも年上狙え!って連絡しとこうかしら」
天馬自身は現代日本の常識に則った女性の扱いをしているが、それがこの時代の女性には非常に誠実な態度に映るのだ。
ちなみにウィルは素でテンマよりも女性に優しいので学生時代馬鹿みたいにモテた。
「あの方は押しに弱いのですがあまり押せ押せで行くと引かれる可能性もあります、暫くは今の距離感を維持でいいのではないでしょうか」
「そだね、ちなみにクレアちゃんにテンマくんの先輩として聞くけど手綱握れそう?」
「カードラプト以外の事であれば多分大丈夫かと」
「そっかそっか、じゃあ2人で頑張ろうね!いい感じに操縦しちゃおう!」
「「おー!」」
外堀は着々と埋まっていく、本人は未だに気づかない。
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