第64話 南へ
天馬の今の教師の仕事は週1か2回勤務で後は休みである。
本来であれば商会とのコネ作りや会合に出席や貴族の仕事が色々とあるのだが、そもそも貴族としての出自が特殊な上にコネなどなくても金は余っているのが天馬家の状況なので、ひらたく言うとめちゃくちゃ暇なのだ。
昨晩も一番大事な仕事とも言える世継ぎ作りに精を出し、起きたのは朝の陽が照って結構な時間が経った頃、ダメ人間まっしぐらである。
「ネプチューン領で家督交代、領内政治が正常化へ、領民は歓迎…かぁ」
天馬は横になってリリを右手に抱き、豊満な双丘を頬で堪能しながら左手で新聞を読む。
今日の新聞の一面はネプチューン領のクーデターの話題一色であった。
「あの悪童レオンも軟禁状態のようですね」
「俺は具体的にその人の悪事を知らないけど、そう言われるって事はよっぽどなんだだろうね」
トリッシュが天馬の胸元に顔を寄せて抱きつく体勢で言う言葉に相槌を打つ。
「当主なのに非嫡出子が6人いるという事実だけでとんでもないことは分かっていただけるかと」
「うわー…」
「正妻は離縁し実家へ帰りましたしね。正妻側から離縁し実家に受け入れられるなんてよっぽどですよ、そしてその実家との縁が切れてないのは現当主のジョシュア様のおかげです」
「前から話題にちょくちょく上がるけどそのジョシュアって人はよっぽどしっかりした人なんだね」
「年はテンマさんより少し下ですが、文武両道、容姿端麗に加えて女性に優しいという感じですね。押しには弱いですが…」
「ヴァディス校長からそこらへんは少し聞いたよ、在学中に襲われたとかなんとか…」
「ええ、正妻のローラ様がとりなして大きな騒動にはなりませんでしたが、実家同士がちょっと揉めてましたね。テンマさんも気をつけてくださいね」
「まあ僕なんかが襲われる事はないだろうけど……」
あ、この人まだわかってないんだ。という気持ちをトリッシュは抱いたが何も言わない事にした。
「ちなみにネプチューン領へはカスミ様を含め私達は向かいませんのでご注意ください」
「あ、そうなの?」
「悪童レオンが軟禁中とはいえ、万が一脱走して最悪な事態が発生しないとも限りませんから。基本的にネプチューン領には妻帯しない不文律があるんですよ」
「そこまで…と思ったけど、そうなるに足る理由があったんだろうな」
「そういう事です。現時点で絶縁状態の家が7つあるあたりで察していただければと」
「なるほどな…」
「うちの家からはテンマさんとグローディアさん、王家からはカーネル第一王子が向かわれるそうです、そして道中のマグネトランザ家までテンマさんが受け持っているファロンさんが侍女扱いでついてくると」
「生徒を侍女か…ちょっとやりづらいな」
「普通の扱いでいいんですよ、メイドは別にいますから」
「そうは言ってもね…」
「気持ちはわかりますけどね」
そんな話をしていると、お風呂から上がったらしいカスミが部屋に入ってきた。
部屋の備え付けのお風呂の為恥じらいもなく全裸である。
そのまま出てくる方も出てくるほうだが、それを見ても驚かなくなった天馬も天馬である。
とはいえリリも天馬もトリッシュも全裸なのだが。
「おはようテンマ、そのネプチューン家についてだけど、明日カーネル兄さんが打ち合わせしたいそうだからお昼までにお城に行ってね」
「わかった、明日だね」
「多分、出発は向こうが落ち着く1週間か2週間後で時間的にたっぷり余裕はあるんだけど、なにせお兄様忙しいからねえ…」
「そういう事言われると今の俺の体勢が情けなくなっちゃうな」
そう言うとリリが頬にぐいぐいと胸部装甲を押し当ててきた。
この人も遠慮がなくなってきたな。
「まあ、そこは次期国王だから…とにかく明日お願いね、トリッシュが言ってた通り私たちはいけないから」
「ああ、わかったよ……そういえばクレアは?さっきからいないようだけど」
ナギは先日の学校訪問に思う所があったのかシオンと一緒に勉強中のようで、クレアだけその場にいないのだ。
「お兄さんのお嫁さん、キスティアさんのお産の準備の付き添いよ。そろそろだからって」
「あー…俺付き合わなくていいのかな…」
「お産は身内だけが鉄則よ。全て終わって落ち着いたらお祝い持って皆で押しかけるの」
「なるほどね」
「まあ、丁度前に言ってた書類もできたし、相談したい事もあるし…王子と話せるのは丁度いいな」
そう言って俺は手元から新聞を小さく放り投げる。
眼の前でカスミが今まさに飛びかかる準備をしている為だ。
トリッシュもリリも空気を読んで位置をずらしてくれており、俺はカスミを受け止める準備をする。
「というわけで、今日は存分にいちゃつきましょう!」
「いつもしてるじゃないか…」
そう言いつつ、カスミが胸に飛び込んできた。
その翌日、王城へ上り応接室でしばらく待っているとカーネルさんが宰相さんを伴って入室してきた。
「すまん、待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
俺は立ち上がって頭を下げる。
こういったマナーもやっと身についてきた。
「時間もそこまで余裕がない、本題に入ろう。ネプチューン家の平定と掌握がほぼ完了した」
ソファに座ったカーネルさんが開口一番にそう言った。
「例の悪童レオンの所ですね」
「そうだ、もともと中枢は息子のジョシュアが掌握してたとはいえ、少しまだ混乱しているし継承問題もある、そのあたりを落ち着くの待つ必要があるので出発は約2週間後となる、日程はまた変わるかもしれないので対応できるようにしておいてくれ」
「わかりました」
「それと、だ。途中でマグネトランザ家に立ち寄る話はカスミから聞いたと思うんだが」
「はい」
なんか嫌な予感がしてきたぞ。
「あそこに<磁力覇王マグネトランザ>の呪文をついでに伝授して欲しい」
あ、そっちか。
「…お前はまだ顔に出るな、意外か?」
「てっきりファロンさんを嫁に取れと言うのかと」
「それも考えたのだがな」
考えたんかい。
「まず結婚式が終わってないのに更に増やすというのは流石にな」
「それはまあ…そうですね」
「それとだ、今回のこの対応にはお前も要因として絡んでいるのだ」
「というと…?」
「そこを話す前にまずはネプチューン家の継承問題に秘密裏とはいえ我々が介入した理由から説明せねばならん。まず、南部はスルト家・ネプチューン家の二大貴族家が幅を効かせており、更にスルト家は貴族派の重鎮であるし、ネプチューン家は家長がとんでもない人間である関係上王家の力があまり及ばない地域であった。しかし、ここ数十年で少しずつバランスが崩れスルト家有利な状況になっていっていた、理由はわかるな?」
「ええ」
まあ、ネプチューン家の家長のせいであろう。
「でだ、対抗戦の2ヶ月ほど前、お前が来てすぐぐらいだったか、そのぐらいにネプチューン家のジョシュアの正妻であるローラとその実家から秘密裏に打診があった、頭をすげ替えるから協力して貰えないか、とな」
「はあ」
「あの男はいい加減我々としてもなんとかしたかったのでな、それに協力してくれるのであれば王家とはもっと良い関係を結びたいとも」
「それって王家が継承問題に介入することになるのでは?」
「そうだな、だがバレなければ良いのだ」
「そういうものですか…」
「そういうものだ、それに協力といっても資金と交通の融通、更に後処理に関するものだからな、バレようがなかったのもある」
「なるほど…」
「それで、だ」
カーネルさんは地図を取り出し、地図の左下を指さして続ける。
「見ての通りネプチューン領は王都からやや南東にずれた場所に位置しており、真南から南西にはスルト領がある、そしてマグネトランザ家は…ここだ」
指をずらして動かした先はスルト領とネプチューン領の間に楔のような細長い領地で描かれているやや小さめの一帯があった。
「あー…なるほど」
「流石にわかるか」
俺でもわかる、間違いなくこの位置は南部の交通の要所だ。
「この位置関係もありマグネトランザ家は長らく王家から距離を置いていたのだが、今回方針として一気に取り込むことになってな、布石としてカスミがお茶会に呼んだりもしていたのだ」
ああ、あのお茶会はそういう理由もあったのか。
「ファロン嬢が我々に帯同する事は伝えたが、その事をペーター殿以下家臣団は快く思わないはず、そこで一気に懐柔する為に<磁力覇王マグネトランザ>が必要、というわけだ」
「要点はわかりました、僕としては問題ないと思います」
もともと断る理由もないしね。
「こちらからは以上だ、特に質問がなければ…」
「ああ、これを」
俺はそう言ってメイドに預けていたカバンから書類を取り出し、カーネルさんに渡す。
「む…ああ、例の資料か」
「完成しましたので、お渡しします」
「ちょうどよい、ネプチューン領にこれも持っていくか」
カーネルさんはチラチラと眺めた後、宰相に渡し指示出しをし、それを受けた宰相が書類を持って退席する。
今が丁度いいか。
「それとですね、人を貸して欲しいのですが」
「人を?」
「ええ、絶対に機密を漏らさない、信用できる書類の扱いに長けた人間が1人欲しいのです」
「…何をさせる気だ?」
「秘密です、王家に不利益がない事だけは約束します」
ちょっとここは強気に突っ張る。
俺がその人にやらせたいのは複写だ。
俺の手元にはジャッジ用のルールブックがある。
この本は全ユニットの召喚口上が記載されている、この世界ではまだウィルにしか見せてない俺の切り札の1つだ。
それの紛失防止の為に少なくとも口上部分だけでも書き写して別に保存しておこうという腹積もりだ。
自分で書き写せば良いだろ?と思うかもしれない、当然それは俺も考えている。
だが王家からしても俺が全ての召喚口上を丸暗記しているなんて絶対に思っていないはずで、「なんらかの書物を持っている」というぐらいの見当はついているはず。
それならそれを利用させてもらおうという腹積もりだ。
これも原本を複写させるのではなく予め俺が書き写したものを正確に書き写し書類にしてもらう、当然、抜ける情報は抜いて渡す。
これならば選定された人間を介して複写が秘密裏に王宮に渡ろうが問題ない、完全版が手元にあるというのが重要なのだ。
これはカスミにも言われたのだ、安易になんでも国に見せないほうが良いと。
彼女は王家の人間だが同時に俺の嫁さんでもある。
彼女に王家と俺を天秤に掛けさせるなんて最悪な事はする気はない、というかそんなことをしたら多分排除されるんは俺のほうで、そのぐらいの分別と身の程は俺も知っている。
そしてカスミは俺が王家に逆らわない限りは俺の意向を最大限汲んでくれる事も知っている。
立場的に国の言う事を聞かないとダメだが言いなりとなるのはそれはそれとしてダメなのだ。
それが家を守るという事だ。
「…いいだろう、手配しよう。1人で良いのか?」
「ありがとうございます、1人で大丈夫です」
「…多少は成長したか」
フン、と鼻を鳴らして俺に笑いかける、7割がたバレてんなこれ。
まあ特に悪印象持ってなさそうだし、いいか。
「ではまた連絡を入れる、人間の選定は相応に時間がかかる故こちらも追って連絡をする」
「分かりました」
「では今日はこれで、予定が詰まっているのでね」
そう言い、退室していくカーネルさん。
なんとか乗り切ったなあ…俺も帰るか…。
その日から10日後、南部へ出発する日がやってきた、領地平定が予想以上に早く進んでいるため出発が早まったそうだ。
「テンマ、いってらっしゃい」
6人の女性が玄関前で見送りをしてくれる、その表情はかなり不安そうだ。
場所が場所だけに万が一ということもあるからだろう。
「ああ、いってくるよ。帰ってきたら皆でキスティアさんのお見舞いにいこう」
この10日の間でキスティアさんは無事に第一子を出産した、女の子だそうだ。
この出張が終わったら皆でお見舞いに行く事になっている。
「テンマ様は私が責任を持ってお守りします、ご安心あれ」
グローディアさんがそう言い、2人して馬車に乗る。
今回は自前ではなく王宮の馬車だ、待たせていた馬車に乗るとカーネルさんが乗っていた。
「おまたせしました」
「問題ない…仲良くやっているようだな」
「世話になりっぱなしです」
「そのぐらいで良いのだ」
「ですか」
カーネルさんもそうなんですか?と聴きたかったが流石に聞かない。
「私の妻に結婚式の際にでも引き合わせるとしよう、見たいのだろう?」
カーネルさんはにやりと笑って言う、バレてーら。
「このまま学園に寄りファロン嬢を拾ってマグネトランザ家へ向かう、そこで2日ほど休憩と情報収集という名目で滞在しその間に話を付ける」
「ファロンさんにその事は?」
「当然、伝えておらん」
「分かりました、僕も話を合わせます」
「頼む」
暫く馬車を走らせ、学園前に到着する。
校門前にめかしこんだファロンさんとヴァディス校長が立っており、俺とカーネルさん、グローディアさんが馬車から出て軽く挨拶をする。
学内ではちらほらこちらを見物に着ている生徒も多い。
「お、お初にお目にかかりますカーネル第一王子様、マグネトランザ家長女のファロンでございます」
緊張しつつカーテシーを行うファロンさん。
今日はいつものボーイッシュなパンツルックではなく薄い青のドレスを着ている。
こういうのも似合うのね、この子は。
「カーネルだ、今日はよろしく頼む、早速で悪いが出発したい、早めに着きたいのでな」
そう言い、俺たち2人が先に乗り込み、グローディアさんがファロンさんのエスコートをする。
馬車へエスコートする人物は実はかなり重要だ。
未婚の淑女の場合身内や同性以外がこれをやるとその人と良い関係である、と公言するようなもので、俺やカーネル王子がやるわけにはいかない。
なのでここはグローディアさんにお願いすることとなった。
こうして役者は揃い、マグネトランザ領へ俺たちは出発した。
――――――――――――――――――――――――――――――
よろしければコメントやフォロー、☆で評価して頂けると頂けると幸いです
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます