第65話 マグネトランザ領
王族用なのかかなり広く作られた馬車内ではカーネルさんとファロンさんが談笑している。
基本的に馬車内での会話は立場が上の人間から話を振られない限りは口を開かないのがマナー…らしい。
主導権を常に相手に渡すのがコツだとか。
とはいえ急に話を振られることもあるので気が抜けるわけでもなく、割と気苦労のする状況だ。
「ファロン嬢は聡明だな、お父上の教育の賜物だろう」
「そ、そんな…」
…傍目から見ると口説いてるようにしか見えないなこれ…。
まあ、殿下にもマグネトランザ家を抱え込まないとだめだから当然、下心はあるんだろうけど。
マグネトランザ領は縦に細長く、領に入ってからと領都までの距離がそれなりに長い。ともあれそう暇があるわけでもないのでできるかぎり急いで馬車は領都を目指す。
途中馬を変える休憩中に別の馬車に乗車していた王子お付きのメイドより惣菜パンのようなものを全員に配布され、車内で頬張る。
「…王族だからといって毎食毎食豪華な食事を食べているわけではないぞ」
思っていた事を見事に当てられた俺は見事にむせる、毎度毎度エスパーかよこの人。
そんな俺を見て笑うカーネルさんとファロンさん。
「義弟殿は本当に隠し事が苦手よな」
「そんな分かりやすいですか…」
「ああ、そこな執事もお見通しだろうよ」
「コメントは控えさせて頂きます」
グローディアさんは少し笑いながらそう言った。
バレてんなあ…
「カードラプトの時は人が変わったようになるのですけどね、先生は」
「それが不思議なのだ、あの姿は本当に同一人物かと思うよ」
あれ?カーネルさんって俺がカードラプトで戦ってるところ見たことあったっけな?
そんな話をしつつ、道中の街の宿(勿論貸切)で一泊し翌日の昼過ぎにマグネトランザ領の中心都市であるリオスに到着した。
「マグネトランザ領の領主をしております、ペーター=マグネトランザと申します、お目にかかれて光栄でございます」
「ミラエル王国第一王子カーネルだ、こちらこそお初にお目にかかる」
マグネトランザ領リオスのやや南にある領主の館。
そこの応接室でペーターさんとその家臣団、そしてカーネル王子と俺、グローディアさんとファロンさんが向かい合う状態となり、前に進み出た2人はがっちりと握手をしている。
ペーターさんの顔はいつもと同じ微笑を称えているが、後ろに控えている家臣団の表情は芳しくない。
「テンマ殿も先日ぶりです、まさかこんなに早く再開できるとは」
「ええ、僕も話が来た時同じ事を考えましたよ」
続けて俺とペーターさんも握手をする。
「さて……歓迎会と行きたいところですが、少し聞かねばならぬ事がございますな」
「何でも申してくれて結構だ」
ペーターさんに対しカーネルさんは余裕を崩さず、挑発するような口調で返す。
後ろに控えている家臣の方々が少し強ばる。
「そこな控えている我が娘ファロンを連れだって我が領に来た事です、水先案内人が必要なのであれば他にもいたでしょう?何故我が娘を指定したのですかな?」
「特に他意はない」
「それはおかしい話です、娘への勲章授与に今回の一件と続いております、王子様であれば我が領の立ち位置というものをご存知でしょう」
「当然、承知している」
「我々から見れば、娘を通じて我が領をそちらに引きずり込もうとしているようにしか見えないのですが…どういうおつもりか、詳しくお聞きしたい」
ペーターさんは表情を変えず笑ったままだが、声は明らかに挨拶時よりも語気が強まり、攻めるようなものになっている。
まあ、王子の行動は傍から見れば娘を篭絡してマグネトランザ領に介入しようとしているようにしか見えないから当然といえば当然。
「ふむ…そうだな、少し長い話になるであろうから、この状態で会話するのは余り具合が良くないな、お互い腰を据えて話をしようと思うのだがどうだろうか?」
「いいでしょう、こちらへ」
そう促され、カーネル王子のみが誘導され別室に案内される。
「おっと、言い忘れていた、今回のその話し合いにはうちの義弟であるテンマも参加させてもらう」
「しかし彼は部外者…」
「あいにくと部外者ではなくてね、今回の話に必要な人材なのだよ、なあ?」
そう言い、こちらを見て笑いかけてくるカーネルさんに対し俺は愛想笑いに徹する。
「カーネル様ならまだしも…」
「新興の貴族家が何を…」
後ろの家臣団から文句が聞こえているが、意外とその声は少なく2割か3割といったところだろうか、殆どの家臣は口をつぐんで俺を注視している。
「ふむ…でしたらこちらも増員をさせていただきますがよろしいですかな?」
「構わないが、呼ぶのは肉親か主計長、執事長のような家臣の中でも高位の者に限らせて頂く」
「いや…それは…」
「それほどまでの話と言うことだ」
カーネル王子は引かない。
普通の貴族であれば言い返す事もできるだろうがそこは次期国王、突っ張る力が貴族の比ではない。
この横暴とも取れる態度に流石にざわざわとしだした家臣団と対象的に立場がないとばかりに下を向いているファロンさん。
少しばかりお互い無言の時間が続いたところでペーターさんが口を開いた。
「まあ…良いでしょう、ここはわざわざ来訪いただいた王子の顔を立てるということで」
「配慮いただき感謝する」
口では感謝は述べるが頭は下げない、次期国王の礼はそう安くないのだ。
応接室ではカーネルさんと俺、対面にはペーターさんと服装的に執事長?と何故かファロンさんが座っている。
「長男が事後処理の関係でネプチューン領に出張っておりましてな、妻でもと思ったのですが今回の場合娘に聞く権利があると思いまして」
俺は一応王子に目配せしたが黙って頷くのみ、構わないという意味だろう。
「では単刀直入に言わせて頂く、王家に忠誠を誓って頂きたい」
王家への忠誠。
この言葉には2つの意味がある。
1つは式典や謁見の際に形式として、臣下としての言葉。
もう1つはこのようなオフレコや密室で交わされる言葉、平たく言うと王室派になれ、または鞍替えしろという意味。
対面の3名の反応は様々だ。
微笑を崩していないが目尻が鋭くなって明らかに警戒しているペーターさん、やっぱりかという顔のファロンさん、顔が真っ赤で今にも破裂しそうな執事長。
「…本来であればこの執事長のような表情になるのが土地持ち貴族としては正当なのでしょうが、まあ一応話を聴きましょう」
「理由としては王室派が増えれば我々にとって利がある事が1つ、もう1つはネプチューン家が王室派に正式に鞍替えすることが決まったからだ」
あ、言っちゃうんだそれ。
執事長とファロンさんの表情が一瞬強張り、どちらかというと困惑の色を浮かべるがペーターさんの表情は変わらない。
「証拠がありませんな」
「そうだな、だがいずれ分かる事だ。それに長年2つの領に挟まれてどちらをも見てきたペーター殿なら鞍替えする理由も理解できると思うが、どうか」
「ふむ……」
事前打ち合わせの時に軽く聞いたが、ここ15年、詳しくいえば悪童レオンが政治をしてた時期はやることなすこと基本とんでもないやらかしを定期的に行い、かと思えば急にまともな采配をしたりととにかく振れ幅が激しい上に女性関係が破滅的な状態だったため、まともな南部の商人が徐々に逃げていき昔はお互いの領主の仲が悪いとはいえバランス良く人の行き来があり経済面では共栄共存といった状態であったが、今では経済的にも影響力的にもスルト領が優勢な状況なんだそうだ。
そのような状況であれば、王家から相応の見返りがあるのであれば貴族派だろうが中立だろうが鞍替えしたくなるのが人情ではある。
「まあ、百歩譲ってその言が真実としましょう、ですが我らもそれに倣う理由にはなりますまい」
「その通りだ」
カーネルさんはきっぱりと言い切る。
自分で言っておいてそれか?という気持ちになるのは当然で目の前の3人が怪訝な目で見ている。
「だが、当然ながらこちらも相応の手土産を用意している、きっとペーター殿も気に入ってくれるものと認識している」
「ほう?」
ペーターさんが興味深そうにカーネルさんを見る、執事長とファロンさんも同様のようだ。
皆目見当が付かない、といった様子である。
「<磁力覇王マグネトランザ>の召喚呪文だ」
「「「!?」」」
がたん!
執事長とファロンさんが思わず立ち上がりその顔は今日一番の驚愕に染まり、ペーターさんも完全にいつもの微笑が崩れ口をパッカーンと開けて固まっている。
カーネルさんは俺のほうに顔を向けて言葉を続ける。
「うちの義弟は非常に研究熱心でね、授業がない日は自宅や王城で研究をしているのだよ」
嘘です、嫁さん達と一生ちちくりあってます。
「それで、今回ある程度の確証を得た呪文がいくつか解読できてね、ネプチューン家へ私がわざわざ足を運ぶのは<水神ネプチューン>の呪文も解読できたからなのだよ」
カーネルさんは更に爆弾をぶっこむ。
「な…そんな話…信じれるわけが…」
執事長が呻くように反論する。
「信じられぬのも無理はない、だが真実だ」
「解せませんな」
表情を戻したペーターさんがそう言い、そのまま続ける。
「その呪文が正しいかどうか確認できない以上、少なくとも<水神ネプチューン>に関する情報は我々に開示する必要はないはずです」
「今回開示したのは<水神ネプチューン>のお披露目を近日中にネプチューン家主導で行うからでもあるのだ、既に準備を初めているしこのタイミングで漏れようと何の支障もない、一般市民にも公布する内容であるからな」
「仮に…仮にその要請を断った場合はどうなるのですか?」
「ファロン!」
語気を荒げたペーターさんにファロンさんがビクっとし、そのまま口をつぐんだ。
「…当然だが、<磁力覇王マグネトランザ>の呪文を今日教えるわけにはいかなくなるな、それと」
カーネルさんはそう言いながら俺の側に尻を浮かせて寄ってきて、俺の背中を右手でぽんぽんと叩く。
「呪文伝授する場合、責任者兼当事者として彼を連れて行く事になっているのだ。彼の多忙さを考えれば次こちらに訪れるのは何年後になるのやら…といった所だな」
カーネルさんは俺の背中を叩きつつ悪い笑顔でペーターさんを見ながらニヤニヤと笑う。
悪いわーこの人、もともとこの領と接点がなかったから次いつ来るかの確約できないのはそのとおりだし。
「ううむ…」
カーネルさんは唸る、執事長も難しい顔をしている。
「<水神ネプチューン>の諸々が片付くまで保留、ということはできませんか?」
「それはできない相談だな」
執事長の言葉をぴしゃりと拒否する。
「こちらもこの会話を行うのにかなりのリスクを伴っている事は理解して頂きたい、ネプチューン領の話はともかく<磁力覇王マグネトランザ>の話に関しては君らを信用に足る人物だと評価して明かしたのだ」
「過分な評価を頂き誠に光栄です、ですがこの話を一方的に持ちかけてきたのはカーネル様のほうではないでしょうか、家内調整、少なくとも次期家長である長男には話を通さねばなりません」
「ふむ……」
カーネルさんは一つ、思案する。
「そちらの言い分にも一理ある、私の動きがやや拙速だったのも認める。ネプチューン領から戻るまでの間で決めて頂く事としよう」
「ありがとうございます」
「ただし、この話を広めるのはごく近しい肉親…そうだな、ペーター殿から見て妻と子まで、更に家臣は主計長までとして欲しい」
「それは…仕方がないですな」
「では、色良い返事を待っている」
そう言いカーネルさんとペーターさんは再び握手をし、会談は終了した。
宿に戻る馬車の中、俺とカーネルさんは反省会をしている。
「あれで良かったのですか?聞いていた話からかなり違っていたようですが」
最初の話だとこの2日で決着を付けるって感じだった気がするが。
「あれはあくまで理想論だ、さっきの会話の序盤で反応が悪いと見て次善の策に切り替えたまでよ、もともと無理難題を言っている自覚は私にもあるからな」
まあ、いきなり乗り込んできて確証も取れていない呪文の供与の代わりにこっちに転べと言われて転ぶ奴はそういないわな。
「まあ始終強気に出たおかげで相談できる相手を限定できたし、機密保持を名目に彼らに監視を付ける口実もできたし結果はまあまあと言った所だろう。暴論を言っていると自覚しているとしてもそれを突っ張ることも交渉事には必要なテクニックなのだ、<水神ネプチューン>を実際に召喚すれば向こうの態度も変わってくるだろう、家のシンボルを召喚したくない者などいないからな」
向こうさん達がかなり心が動いてたのは俺でもわかった、まだ何の確証もないのにだ。
まあそこらへんは王族がホラ吹くわけないだろうというのもあるのだろうけども。
「ともあれ、ここで今できることは終わった、明日は1日休んでネプチューン領へ出発するぞ」
「わかりました」
さて、明日からも大変だ。
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