第66話 代理人

 結局、次の日はカーネル王子のみがペーターさんと打ち合わせを行い、話の中身が中身だからということで監視を置く事を了承させるに終わり、俺は宿でずっとゴロゴロしていた。

 グローディアさんから「旦那様は自堕落ですが退屈で外に出たがる人間よりはマシかもしれませんな」と褒められたのか呆れられたのかわからない言葉を頂いた。


 翌日、ファロンさんとペーターさんに見送られ俺とカーネルさんとグローディアさんはそのままネプチューン領へと馬車を走らせる。


「向こうでマグネトランザ家長男のオズワルド殿とも個別で話をする形になった」

「そういや出向してるんですよね」

「立地的にも商売的にもマグネトランザはネプチューンを無視できないからな」

「恩も売れると」

「そういうことだ」


 そこから丸一日馬車を走らせ、ネプチューン領の領都アクシオンに到着したのは日も変わる頃であった。







「つまり、逃げられたと?」

「い、いえ、逃がしたわけではありません、ですが…」


 ネプチューン領都アクシオンの領主館。

 到着後、すぐに2人の夫婦の夫婦に引き合わされ、状況の説明を受けた後のカーネルさんの第一声がこれだ。

 明らかに機嫌が悪い。

 俺はカーネルさんの後ろで黙って立っている。


「これは失態だぞジョシュア、カーラ。レオンの確保は君たちの最重要任務だったはずだ」

「仰るとおりです、大変申し訳ございません」


 カーラと言われた女性がカーネルさんに向かって深々と頭を下げる。


「状況を整理しよう、ジョシュアが尋問をしていたレオンにスキを突かれ暴行された挙げ句脱走され、敷地外には逃さなかったとはいえ離れの館に立て籠もられた、ここまでは良いか?」

「相違ありません」


 顔に青あざを作り、包帯を撒いているジョシュアさんが答える。


「まさかまだあれに協力する人間がいたとはな…」

「父の破天荒ぶりは協力者がいなければ難しい部分もありましたので…まあその協力者も一緒に立て籠もっている人間以外全員捕縛しましたが」

「そこは幸いだな、引き続き炙り出しを進めるように」

「分かりました」

「して、向こうの要求は?立て籠もっているという事は当然あるのだろう?」

「はい。父はこれを…」


 ジョシュアさんは高級そうな羊皮紙をカーネル王子に差し出し、カーネル王子はそれを嫌な顔をして一瞥したあと俺にも見せて来た。

 羊皮紙には長々と、だが急いで書いたのかかなり汚い文字で文章が書かれている。

 ざっくりとまとめると文意はこうだ。


『家長に対しその態度は何事か、家督が欲しいのであればカードラプトで正々堂々と戦い引きずり下ろせ』


「ふむ……向こうも向こうで追い詰められてはいるようだな…」


 カーネル王子は一瞬思案し、自分の考えを述べる。


「そうなんですか?その…レオンはあまり強くないとか?」


 完全に置いていかれている俺は応じに質問を投げかける


「逆だ、歴代の家長の中で間違いなく一番強い」

「ええ…」

「そもそも彼が好き勝手出来てた要因としてカードラプトが強かったという理由もあるのだ、だがそんな彼がカードラプトの勝負で家督を決めるという話を持ち出す時点で彼にもう後がない、つまりこの脱走も誰かの手引がこの先あるわけではない、という事だ。まあ後々の調査で分かることではあるが、その場合ジョシュアの失点の部分が大きくなるのだがな」

「いつもならのらりくらりとかわしてカードで勝負なぞせずに逃げるでしょうからね」


 ちくちく攻撃を忘れないカーネルさんに補足するカーラさん。

 その横でうなだれるジョシュアさん。


「それに、彼の言う事は今の状況では正しいのだ、元々クーデターではあるし未だ当主はレオンだからな。裁判に持ち込まれると負けるのはジョシュアだ」

「なるほど……」

「ジョシュア、いくつか質問だ、家督が欲しいのであればカードラプトで勝負をしろ。この文章は一字一句正しいか?渡された時に別枠の書類等を渡されたりはしていないか?」

「していません」

「この籠城が外部に事情は漏れている可能性は?」

「今の所はありません、長引くと厳しいですが……」

「最後の質問だ、<水神ネプチューン>をデッキに入れたとして、レオンに今のコンディションで絶対に勝てる保証はあるか?」

「…ありません」

「そうか」


 この状況でありませんって言えるこの人すげえな。

 本当に人間できてるし冷静だわ。

 ん?この流れもしかして…。


「テンマ、命令だ。レオンを倒せ」

「「「ええ!?」」」


 俺も驚くがそれ以上にジョシュアさんとカーラさんが驚く。


「ジョシュアが負ける可能性がある以上は仕方ない。お前ならば確実に勝てるであろう?」

「それはまあ。ですが、相手は納得しますかねそれ?」

「そこは問題ない、これを見てくれ」


 カーネルさんは羊皮紙を左手ではたきながら続ける。


「この羊皮紙は字の汚さはともかく、ちゃんとした形式に則ったもので公文書と成り得る、そしてここには『家督が欲しいのであればカードラプトで正々堂々と戦い引きずり下ろせ』と記載されている。あやつは焦っていたのであろう、とても大事な単語である『誰が』戦わなければならないかが記載されていないのだ」

「「「!!」」」

「だから、お前がジョシュアの代理人として戦えば良い、それで勝てば家督はジョシュアの物、何の問題もない話だ」

「しかしそのレオンでしたっけ…軟禁状態からも脱走するような奴です、僕が出張って妻たちになにか危害を加えられる事があれば…」


 俺は必死に抗弁する、はっきり言ってそんなめちゃくちゃなやつに関わりたくはないし恨みも買いたくはない。


「そこも問題ない、レオンは家督を継承したあと隠居することになっている」

「ですが隠居では…」

「何度も言わせるな、隠居することになっている」


 ん?と思い、夫妻の方を見ると明らかに察してくれ、という顔になっている。

 ……そういう事か。


「…分かりました、お受けします」

「助かる。早ければ明日にでも戦うことになるだろうから今日はもう休んでくれ」

「客室にご案内します」


 カーラさんにそう言われ、夫妻の後をついていく。








「テンマ様、誠に申し訳ありません」


 部屋に通されしばらくすると、ジョシュアさんとカーラさん、そして2人の女性が部屋に訪ねて来て開口一番に謝られ、深々と頭も下げられた。


「非常時とはいえ自己紹介もできぬまま大役を押し付けてしまいました、私はこのネプチューン領の領主のジョシュア=ネプチューンと申します」


 ライトブルーの髪色にウルフカットで身長は俺よりちょっと高め、顔はウィルに匹敵する超イケメン、だが頬にアザがあり頭には包帯を巻き、痛々しい状態になっている。


「正妻でありますカーラです」


 こちらは真っピンクの髪色で髪型はふわっとしたロングヘアで、髪色とは対象的に目付きは鋭く、身長もジョシュアさんとあまり変わらずややきつめな印象を受ける。



「側室のティナです」

「同じく側室のミナです」


 こちらは恐らく双子なのであろう、ほぼ同じボブカット髪色も2人ともきれいなオレンジ色の女性が頭を下げてきた。


「天馬です、こちらこそ改めてよろしくお願いします、しかし手酷くやられましたね…」


 俺はジョシュアさんと握手をし、顔の傷の話題に振れる。

 あんまり聞きたい話ではないが、対峙する相手の情報はある程度収集しなければならない。


「ええ、王子からも言われましたが私の不覚です、まさか尋問時に同席した執事の1人が父と繋がっていたとは…接点のないものを選抜したはずだったのですが」

「今は再度炙り出しを行っている状況です、ここの警備は王子の兵をお借りしておりますので問題ありません」


 カーラさんが補足する。


「テンマさんの話は概ねカーネル王子から聞いております。王子が太鼓判を押すのであれば私からは何も言う事はありませんし、今の状況的に貴方にお願いするしかない事も理解しています、ですからお願いします……勝ってください」


 そう言い、再び俺に向かってジョシュアさんが土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。


「私とティナとミナは申し訳ありませんが、今から別領に避難されていただきます……テンマ様を信用をしていない訳ではないですが、万が一がありますので」

「話を聞く限りはその方が良いと思います、お気になさらず」


 3人の女性たちは申し訳なさそうに頭を下げ、退室する。


「……恥ずかしい話ですよ、自分の父すらまともに制御できず、妻たちに不便を強いている。父の排除だって妻に言われてやっと考えたぐらいです。その上でこのザマですよ」


 ジョシュアさんは自分の頭を指さして自嘲気味に笑う。


「僕も貴族としては新米も良い所ですが、色々な人からお話を聞く限りはできるのであれば決着を付けておくべきだ、と思いましたからね、後処理さえキチンとしていただければ…」

「それは…ええ」


 これはまぎれもなく俺の本心だ。

 仮にジョシュアさんが戦って負けた場合間違いなくジョシュアさんはこの領から出ていかざるを得なくなるだろう、3人の妻が退避したのがその証拠だ。

 そうなればレオンのフォローをするものが存在しなくなりこのネプチューン領は完全に終わってしまう可能性が高い。

 そうすれば俺だけになにか実害があるのならまだ良いが、うちの女性陣に影響が出る可能性も否定できないしそうなったときに正気でいられる自信はない。

 そう考えればここで潰しておくほうが良い、というのはある。


「ともあれ、僕としては自分が戦う事に異論はないですので、あまり気にしないで貰えると」

「ありがとうございます…」


 そう言い、ジョシュアさんは恐縮しながら出ていった。

 明日は荒れそうだし、早めに休もう。








 翌日、眠ってる俺を起こしたのはカーネル王子だった。


「気持ちよく眠っている所申し訳ないが、試合の日取りが決まった。今日の夕方だ」

「早いですね」

「向こうに考える時間を与えたくないのでな、昨日あれからすぐジョシュアと私、そしてこちらにいるマグネトランザ家のオズワルド殿が立会人として離れに出向いて設定してきた」

「オズワルド=マグネトランザです、よろしく」


 そう言い、黒髪のボウズ頭に近いいかにもスポーツマンといった感じの男性が握手を求めてくる。

 この人がマグネトランザのとこの長男か。


「して、どのようなデッキで戦うのだ?」


 カーネルさんは期待半分興味半分といった感じで聞いてくる。


「それなんですが…ジョシュアさん、一つ質問いいですか?」

「なんですか?」

「僕がレオンを倒した後、彼が何らかの方法で抵抗する可能性は?」

「すると思います」


 やっぱするのかー。


「なるほど、そうですか。なら使うデッキは決まりました」

「よし、ならば試合前に軽く打ち合わせをしよう、それまで寝ておけ」


 カーネルさんはそう言い、2人を連れて出ていった、忙しい人だ。

 とはいえ、体力を温存できるのは助かる。

 起きていたら余計なことを考えてしまうからな。







「…自分が負けるとは微塵も思ってないのだな、あの人は」


 廊下を歩くオズワルドがぽつりと漏らす。

 彼はジョシュアとの諸々の今後の交渉のためにネプチューン家に詰めていた為、今回の一件を事故的に知ってしまい、部外者ということもあり内通が疑われた為カーネル王子の到着当時は軟禁をされていた。

 それに対し正式に不満を表明しようとしたところでカーネル王子が出てきた為、文句を付けるのが難しくなってしまったのと、立場的に丁度良いということでなし崩しに今回の一件の立会人として選ばれてしまったのだ。


「ああ、義弟は何があっても負けん、勝つ前提で計算が立てれる。ありがたいことだ」


 カーネルは対外的に彼を意図的に「テンマ殿」ではなく「義弟」と呼んでいる。

 これは天馬を守る為でもあると同時に王族の関係者であると喧伝するためである。


「しかしですねカーネル様、仮にも7傑に選ばれたジョッシュよりも間違いなく強いんですよあのクソ親父は。それよりも強いって一体何を根拠に言っているのですか」


 オズワルドはジョシュアとは親友とも言っていい間柄で、親しみを込めてジョッシュと呼んでおり、更にジョシュアの父親のレオンには何度も迷惑を掛けられた身だ。

 それだけに今回の騒動には一も二もなく手を貸した、だからこそ今回の天馬が代理人を務めるという話を受け入れる事は難しい。


「すまないオズ、僕が万全であれば…」

「ジョシュア、君は勘違いをしている。奥方がいる手前あのような言い方になったが仮に君が万全であっても私はテンマに戦わせただろう」

「!?」


 ジョシュアとオズワルドが思わず立ち止まる。


「…私の強さが信用できないという訳ですか?」


 ジョシュアがカーネルの背中を睨みつける。

 ジョシュアの怪我は見かけよりも酷い、今も少し頭に力を入れるだけでズキズキと痛む。

 その上今回の戦いはできる限り不安要素を取り除く必要があり、だからこそ助け舟を出されたとジョシュアは認識していたからだ。


「そうではない、君の強さは信用している」

「では何故!」

「……義弟がもし、7傑と本気で戦ったとして、彼は特に何事もなく7人全員から勝利をもぎ取る、そういう人間なのだ」

「いやいや、失礼ですが冗談でしょうそれは」


 オズワルドは呆れながら呟く。

 それに対しカーネルはひとしきり笑ってこう行った。


「2人は本当に運が良い、義弟の本気の戦いが見れるのだからな」




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