第67話 レオンという男

「いやはや、良く来たねジョシュア」

「…ええ、父上」


 その日の夕方、天馬を含むカーネル王子の一行がレオンが籠城している離れに入る。

 父さん、と呼ばれたこの男こそレオン=ネプチューン 通称悪童レオン。

 見かけはジョシュアに似ているが身長が少し低め、その顔は天馬の予想に反し柔和で落ち着いた紳士といった印象を受ける。

 そして何よりも声が非常に落ち着いており、優しい。

 その風体はとても悪童と名の付く人間とは思えない。


「カーネル王子にオズワルド君もまた来てくれたのか、どうかな?お茶でも…」

「結構だ、私は立会の為にここに来たまで」

「遠慮します」


 レオンの誘いをオズワルドとカーネルは即答で拒否。

 そしてレオンの興味は残った1人に移る。


「おや…君は…」

「今年度から貴族となった天馬です、家名はまだ決まっておりませんので名前のみの挨拶でご容赦願いします」


 天馬はそう言い、頭を下げる。


「おお…あのミラエルを呼び出したという…君がテンマくんか、なるほどなるほど!いやあ一度会いたかったんだよ!」


 そう言い、ずいっと近づいて手を取りぶんぶんと上下に振りながらレオンはからからと笑う。

 天馬は少し困惑している、この人が悪童レオンだって?

 どう見てもただのおじさんじゃないか、と。


「いやあ、君にはぜひお願いしたいことがあってねえ」


 しかしその天馬の抱いたイメージは次の一言で粉々に砕かれることになる。


「お嫁さん、交換しない?」

「はあ?」


 この発言で周りの雰囲気が凍った。


「いや、だからね、お嫁さんを交換しようって言ってるんだよ、テンマ君は6人もお嫁さんがいてよりどりみどりだろう?僕もストックしている女性がいてね、交換して楽しまないか?って話だよ。あの王女様の元お付きの子とかタケハヤの所のクールビューティとか…」

「父上!!」


 ジョシュアが流石に止めに入る。

 ちらりと天馬の顔を見れば怒りを通り越して能面のような無表情になっている。

 そう、レオンはこういう人間なのだ。

 腰は低くフレンドリーだが自分の欲望が第一であり、それを叶えることが史上。

 更に自分の持つ欲望が他人も全て持っていると思っており、更に受け入れると信じて疑わない。

 更に更にタチの悪い事に基本的な行動に悪気が殆どないのだ。

 その上で気分屋で権力を使う事もいとわず、カードラプトは強い。


「…申し訳ありません、私は妻たちを愛しておりますので、その要請はお受けすることはできません」


 天馬は絞り出すように答える、余りの発言に内心ブチギレてはいるが流石に顔には出さない。


(よく堪えた)


 カーネルは心の中で義弟に対し小さく拍手を送り、話題を切るように言葉を発する。


「話を進めさせてもらう、昨日もお互いに同意したように、『家督が欲しいのであればカードラプトで正々堂々と戦い引きずり下ろせ』とそちら側から出した文書に則りカードラプト勝負にて家督を決める、異存はないな?」

「ええ、ええ。問題ありません。ジョシュア、僕のデッキを持ってきてくれたかい?」

「…はい」


 ジョシュアはそう言い、デッキを手渡す。


「うん、中身も大丈夫だね、結構結構」

「領主のデッキを改変するなどということはしておりません」

「うんうん」


 レオンはニコニコとしてジョシュアを見つめる。

 腐ってもレオンはまだ領主であり、領主の権限というのはこと自分の領地に至っては王以上の権限がある。

 王家が家督争いに直接介入できないのはこの為だ。


「戦闘はこの離れのホールで行う、お互い召喚器をセットせよ」

「はいはい」


 ここで打ち合わせ通り天馬が前に出て召喚器をセットする。

 怪訝な顔で天馬のほうを見るレオン。


「ネプチューン領嫡男ジョシュア殿の怪我によるコンディション不調により、代理人である私テンマがお相手します」

「…ジョシュア、どういう事だい?」


 レオンの声が少しだけ、少しだけ上擦った。


「テンマ殿がおっしゃられた通りです、私の代理としてテンマ殿に戦っていただきます…そこに控える執事のお陰でこうなった訳ですし」

「そちらの提示した書類にはカードラプトで勝負を付ける、と書いてあったが、誰と誰、とは書いてなかったからな。当然この権利はレオン殿にも発生する故お望みならレオン殿も代役を立てると良い」

「…あちゃあ、失敗したなあ」


 レオンは頭をぱしん、と叩いて


「はあ、仕方がない。よろしくお願いしますねテンマさん」


 落ち着いた声でレオンが握手を求めてくる。

 対応する天馬は能面のような顔を崩さず、小声で「よろしくお願いします」と言い握手に応じる。


「少し待っていただけるかな、ジョシュアが相手ではないとなるとデッキを調整したいのでね」


 そう言い、手持ちのカードを入れ替え始めるレオン。

 5分ほどで入れ替えが終わったらしく、お互いに位置に付きデュエルが始まった。




「私が先行です、1コストの<水神のしもべ クルオラ>を召喚します」

 水神のしもべ クルル 1/1000/3000

[盾持ち]

 このユニットは攻撃できない


 継承権を掛けた戦いにおいては、現領主が先攻とライフ最大値+5000を得る。

 これは必勝が要求される領主の勝負を挑まれるリスクがあまりにも高いための措置である。


「僕は<魔導師ファーナ>を召喚します」

 魔導師ファーナ 1/1000/2000

 相手がユニットをフィールドに出した時、一度だけ1000ダメージを与える



「ありゃ、いつも使うデッキではないのだね」


 当然ながら、レオンも天馬が使ったデッキは把握している。

 これはレオンに限った話ではなく天馬の使ったデッキに関しては現時点で概ね全ての貴族が把握している、情報源は子息子女であったり、マグネトランザ家と戦った時にいた貴族だったり、それこそ教員だったり様々だ。


「私は2コストで<水神の神官 ギングル>を召喚しましょう…ギングルはそちらの効果で1000ダメージを受けるようだね」

 水神の神官 ギングル 2/2000/2000

 このユニットがフィールドに出た時、フィールドに<水神>と名の付くカードが存在する時、プレイヤーに対し[バリア]を展開する。


 <水神>デッキ4投確実のユニット。

 ステータスは及第点であり[バリア]が非常に強い。

 このバリアは1枚しか貼れず、一度攻撃を喰らえば消えてしまうが

 ダメージが1000だろうが10000だろうが無効化してしまう。

 どの時間帯に出しても有用で、これが何枚残っているかを数えるのが対<水神>デッキのコツ。


「僕は<魔導士の研究室>を使用し…ユニットを引いた為相手ユニット1体に2000ダメージを与えます」

 魔導士の研究室 2

 カードを1枚ドローする

 ドローしたカードがユニットであればランダムな相手ユニット1体に2000ダメージを与える


 ドロー加速用カード。

 マナコスト的に2マナで1ドローは少し割に合わないが、おまけ効果が強さから投入される場面が多い。


「ふむ…」


 <魔導士の研究室>のダメージが<水神のしもべ クルオラ>に直撃したレオンは内心で少し焦っていた。


 実はジョシュアが誰か代理を連れてくる事はレオンの想定内であったのだ。

 レオンはこれで自分の強さにかなりの自信があるが、それはそれとしてジョシュアも強い。

 であればジョシュアを痛めつけ集中力を欠けさせれば勝つ確率は上がるし、代理として誰かが来るのであれば十中八九オズワルドが登板する、と思っていた。

 他の七傑が来る可能性も考慮したが、南部貴族とあまり接点もないのでまず呼ばれないだろう、という算段だ。

 そこに天馬が来たのだ、驚くのは無理もない。

 ただ天馬が来たのは非常に薄いながらも考慮の内ではあり、事前に使用されていた<爆音>と<冥王アンデッド>へのアンチ札も一応用意はしていた。

 だがここで<魔導士>を持ち込まれたのが本当の想定外であり、更に言うと天馬が今この国でぶっちぎりで一番強いというのも完全に考慮外だった。

 この世界情報の伝達スピードがそう早くもないのもあるが、最大の欠点として人づてでの伝言ゲームになりがちという部分がある。

 その人の強さというのは動画でもない限りは完璧に把握できないし、伝言ゲームになってしまうとどうしても取りこぼしが発生する。

 カードの性能だけ情報を貰っても相手の強さを想定するには限界があるし、なによりも天馬がデッキを40個以上(現時点で30個ほどに減ってはいるが)持っている事などこの世界の人間には想定すらできない。


「私は<大波小波>を使用し、<水神の神官 ギングル>でプレイヤーに攻撃しよう」

 大波小波 3

 <小波>を呼び出す

 手札に<水神>カードがある場合、追加で<大波>を呼び出す


 小波 1 1000/1000

[盾持ち]


 大波 3 3000/2000


 ユニットを生成する魔法カード。

 <小波>だけ呼び出してもほぼ意味がない為、実質的に<水神>専用カードとなっている。

 <水神>で使うのであればマナコストは良好。


「僕は3マナを支払い、<天災の魔導師ディアドラ>を召喚し、効果を発動しマナ最大値が1増加する」

 天災の魔導師ディアドラ 3/2000/4000

 このカードが召喚された時 以下の3つの効果を順番に発動する

 1,カードを2枚ドローし、その2枚を相手に見せる

 2.選んだカードのどちらか1枚をセメタリーに送る

 3.デッキのユニットがすべて[魔導師]の場合、マナの最大値が1増加する

 このカードがセメタリーに送られた時、2の効果でセメタリーに送られたカードを手札に戻す

 セメタリーにそのカードが無い場合、<天災の魔導師ディアドラ>以外の<魔導師>ユニットカードをセメタリーから手札に戻すことができる


「…!」


 レオンは一瞬だけ目を見開いたが、天馬がレオンに対しドローした<魔導士の彫像>と<黒の魔導士ゴフェル>のカードを提示し、それを手元の召喚器で確認する。

 魔導士の彫像 3

 2/0/4000の彫像トークンを2体呼び出す


 黒の魔導士ゴフェル 3/2000/2000

 このユニットがフィールドに出た時、墓地に<魔導士>カードが存在するのであれば、タフネスが2000アップする




「なんだありゃあ…」


 オズワルドが呆れたように呟く。

 当然だ、<天災の魔導師ディアドラ>はシーズン11で見ても3コストとしては卒倒するレベルのオーバースペックである。

 オズワルドやジョシュアも「天馬が強い」という話自体は知っており、特にオズワルドは父親が戦ったのもあり確度の高い情報を掴んでいた。

 だからこそ代理人に選ばれた時に人選自体に反対はしなかったのだ。


「あれが義弟の本気だ、といっても自己申告だから本当のところはわからんがな」


 カーネルも天馬がまだまだ自分の手札を隠している事は承知している、とはいえそれを咎める気はない。

 本気を出さないでも勝てるのであればそれに越したことはないし、まだ知り合って1年も経過していないのにそこまで話すのはそれはそれでおかしい、と納得しているからである。


「あの<天災の魔導師ディアドラ>というカード、あれも彼が発掘したので?」

「さあな、何せ義弟のデッキは戦うたびに新しいが出てくるのでな」


 ジョシュアの質問に対しさらっと答えるカーネル。

 しかしその返答の内容はこの世界の人間の想像を絶するものであり、オズワルドとジョシュアは息を呑む

 普通1人で別系統のデッキを2つ持っており、どちらも強いというのだけでも物語の主人公か何かか?という感じなのに、更に謎の3つ目が出てきたのだ。


「オズワルド殿には昨日話したように義弟は完全に王室派で父に忠誠を誓っている。我らと志を同じくしてくれるようであれば接触を止めることはない」


 このカーネルの言はつまり王室派にならなければ接触させないという事だ。

 天馬が嫁を取った五家の躍進を見れば彼と接触できる恩恵は計り知れない。

 彼自身ちゃんとした人間であるというのは1日ほどしか付き合いのないオズワルドでも分かるし、友人となるだけでもメリットが大きいというのは誰でも理解ができる。

 今は無理だがそれこそオズワルドの娘でも生まれれば10年ほどして最悪でも愛人として嫁がせれば更に利があるかもしれない。

 やるにせよやらないにせよ、門が開けられているのと閉じられているのではその自由度に天と地の差がある。

 更に言えば、親友であるジョシュアは既に王室派に与することが決まっているため、今後の付き合い方に制限が入るかもしれない、というのもオズワルドにとって頭の痛い問題であった。


「<磁力覇王マグネトランザ>に加えて…か」


 磁力覇王マグネトランザの呪文の話はオズワルドにも伝えており、これに加えて+αで天馬とのツテができる、と考えれば悪い話ではないが、マグネトランザ領は領地が狭い上に耕作できる土地が少ないという立地上の問題があり、収益の大部分を商売によって立てて為スルトとネプチューンの両方の機嫌を損ねる訳にもいかず中立として動いてた実情もあり、ペーターが踏ん切りがつかない理由もここにある。


「まあ、君が結論を出したとしてもペーター殿次第ではあるし、今は義弟の強さを確認すると良い、また何かやるようだぞ」


 そう言い、カーネルは2人に試合に集中するよう促した。


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 出張が入りますので、次回更新まで少しお時間を頂きます。

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