第63話 勲章
「これって…」
「まさか…」
小箱に入っていたのは小さなバッジ、だがそれを見て7人はおおいに驚く。
鉄のメンタルで好き勝手やってたリギルでさえ目を見開いている。
そのバッジには<緋紋機竜ミラエル>の片翼が小さく刻印されており、大きく緑色の縁取りがされている。
これはミラエル緋紋というミラエル王国の勲章で、緑色は勲五等である事を表している。
勲五等というのは基本的には平民も貰える可能性がある程度のものではあるが、あるとないとでは扱いに明確に差が出るものである。
天馬の元いた世界で言うと賞罰の欄に記載する官公庁からの感謝状に近い。
そしてこのミラエル緋紋は公の場に出る際に装着義務がある。
「私の独断ではないから安心してね」
この言葉に全員がビクっとする。
独断ではない、つまり親である国王もしくは兄である第一王子が絡んでいるという事だ。
「今日の迷惑料みたいなものよ、受け取って」
「し、しかし私達は何の功績も上げていません、理由もないのにこのような…」
「ええ、そうね。功績はね、これから上げて貰うの」
「え?」
ローラは意味が分からない、といった顔でカスミを見つめている。
「ローラ。カスミ様はね、僕たちにテンマ先生の露払いをしろと言っているんだよ」
カスミの意向を正しく汲み取ったファロンがローラに諭すように説明する。
それを見たカスミがうんうん、と頷いている。
そう、これがカスミが今回彼女らを呼び寄せたもう1つの目的。
女生徒に天馬を守らせる事だ。
カードラプト科に属する女性が一番接点があるのは間違いないが、他の科の生徒
が突撃してこないとも限らない。
その時に役に立つのがカードラプト科の女生徒達だ。
最大の敵でもあるが手懐けてしまえばこれほど心強いものもない。
彼女らが接近してくる女生徒を未然にガードしてくれれば問題ないし、手に余るようであれば連絡をくれるだけでも即応でき、更に7人がお互いを監視することで抜け駆けも防げる。
勲章は迷惑料とこの依頼料も込み、という事だ。
「明日首元にそれを付けて登校すれば今日の出来事は全て吹き飛ぶでしょう、茶々を入れてくる男性もいないはずです」
クレアがミルクティーを飲みつつそう言う。
確かに、ギアゴールドのアホあたりが絶対に何か言ってくるだろうからこの措置はありがたいと女生徒達は思った。
「しかし…1人の教師を守るためだけに王族の方々も動くなんて…テンマ先生は何者なのですか?」
勲章を授与され、暫くは女性同士で和気あいあいと過ごしていた中で、クロスモア
がぽつりと漏らす。
「まあ……当然の疑問よね」
きれいにカットされた林檎を食べながらカスミは言う。
「うーーーん、そうね……いずれわかる事だし、あなた達には色々と今後も付き合って貰うことになるし、ちょっとだけ話そっか」
そう言い、カスミはクロスモアの机の上に置かれた小箱を指差す。
「それの一番上のやつの名前、知ってる?」
「勲章の…?」
「そうそう」
「そりゃあ……特等白銀勲章でしょう」
特等白銀勲章。
国家崩壊の危機を救った人間や国を変えるほどの技術革新を齎した人間しか貰えない
超弩級の最強勲章である。
受勲者は謁見時に国王から先に頭を下げるという規定があるまさしく最強の勲章である。
過去に授与されたのは2例のみで、1つは団体に対しての授与となり、個人での授与例は1例のみ。
「そうね、それ貰えるぐらいの功績立ててるわ。王族関係者になっちゃったからあげることはできないんだけどね」
ブー!
飲んでいた紅茶を盛大に吹き出すファロンとローラ、手に持っていたフォークを取り落とすアスターシャ、明らかに硬直するクロスモアとテミッサとシシリー、マイペースにぶどうを一房を皿に置いて毟りながら食べているリギル。
「ちなみにクロスモアさんのお母様は概ね事情は把握しているわ」
「どおりで…」
母が従っておけと言うわけだ。
母親の反応に納得がいったクロスモアは軽く天を仰いだ。
「そういうことであれば、あの強さで対抗戦に出ないのも理解できます。土地もないですしことさら功績を稼ぐ必要もないのですね」
「少なくとも私達の代ではそうね」
メイドから借りたタオルで口元を拭きながらファロンが言う。
功績を稼ぐ必要のない貴族など誰もが憧れる存在である。
功を積む必要もなく、王家からの覚えも良く、少なくとも性格は良い。
(そりゃあカスミ様もこういう反応になるわけだ)
「でも、そんな功績を上げられた方に対してその…私達がさっきファロンが言ったなことを思っているのは…大丈夫なのですか?色々と…」
アスターシャがオブラートに包んだ微妙に落ち着かない言い方でカスミに問う。
ようはロリコンって思ってるって宣言しちゃったが大丈夫かということだ。
「それは怒らないって言ったし、そう思って女性に避けられたほうが都合が良いからね」
「これ以上女性が増えては旦那様の体力が持たないという現実的な問題もありますので」
カスミとシオンが答える。
「話を戻しましょう、あなた達のこれからの貢献如何によっては個人にも、家にも恩恵があるわ、特にファロンさんにはもう少ししたらテンマと一緒に行動してもらうことになるし」
「はえ!?」
ファロンは心底驚き、思わず変な声が出た。
「二人きりって訳じゃないから安心して。テンマが近々南部のネプチューン家に訪問する予定があるの。それでマグネトランザ領が通り道にあるでしょ?今回の一件、親御さんにも言うつもりだから」
「な、なるほど」
「当然だけど周りには勘違いされないようちゃんと動くから、なんたってお兄様も行くし」
「お、お兄様というとまさか…」
「そ、カーネル第一王子」
ファロンの口から魂が抜けた。
天馬は割と何の気なしに気のいい兄貴分のような気持ちで接しているが、対外的に見ると次期国王である。
マグネトランザ家がいかに貴族で、カードラプトの腕が良いとはいえ規模や立場的には中堅どころと言わざるを得ず、その上中央と特に関わりがあるわけではない。
そんな家の子女が同行するなどということは本来あり得ない事なのだ。
クロスモア以下5名が気の毒な目でファロンを見ている。
リギルはいつの間にかクレアの横に移動し昔話に花を咲かせている。
「というわけだから、予定が決まったら親御さん経由から連絡するから待ってね」
カスミがにっこりと笑ってファロンにそう言うが、当のファロンは未だ放心状態だ。
「とんでもないことになっちゃったねえ」
ローラが言う。
夕日が少し入る帰りの馬車の中、行きとは違い和やかな、しかし疲労感が滲みでた雰囲気で女生徒達が歓談している。
「まさか王家の使いっぱしりになっちゃうなんて…お父様にどう説明しよう」
実家が貴族派のテミッサが愚痴を零す。
学生の間に勲章が貰えるなど本来あり得ない事で、しかも今回のお茶会で貰った事が確定したのであれば王家に対しなんらかの貢献を行ったという何よりの証拠となる。
王家に取り込まれたと見る事も可能なため貴族派からすると面白い話ではない、だが勲章を授与されるということはそれはそれとしてとても名誉なことのため、怒る事もできないという事情もある。
「テミッサはまだいいよ、僕なんて実家は中立だったのにこれでめでたく王家の狗だ、実家で絞られるぞこれは…」
第一王子との旅に未婚の淑女が帯同する。
これは婚約者のいないテミッサにとっては一歩間違えれば第一王子の側室か愛人と認定されたと思われかねれない行動である。
当然、そんなことはないようにするとカスミは言っていたが、マグネトランザ家が今後中立を謳うことはほぼ不可能となった。
当然ながら、カスミは成否はともかく全て狙って行動している。
バックに王家がいるので当然ではあるが。
「ネプチューン家と王都の中間だもんねえファロンちゃんの実家」
「しかもネプチューン家嫡男がクーデターを起こすとかいう話まで聞いてしまった、親に言っても良いとも言われたがもう後戻りできないぞこれは…」
そう、カスミはネプチューン家でクーデターが起こることまで彼女たちに話してしまった。
しかも家族に言って良いという。
話した理由は今回の一件から足抜けできないようにする為と、クーデターそのものが今日の昼には既に発生していて現在進行系であるため、教えたとしても何もできない為だ。
恐らく今日の夜には王都まで情報が届くだろう。
「ジョシュアさんがクーデターねえ…そんなガラじゃないけど」
クロスモアが胸に装着した勲章を指で弄りながらぽつりと漏らす。
彼女が「さん」をつけるあたりネプチューン家嫡男ジョシュアの性格の良さが
伺える。
「あのジョシュア先輩がやらざるを得ない状況って事なんだろうね、あの悪童レオンは」
悪童レオン。
本名レオン=ネプチューン。
性格は破滅していると言っても過言ではなく、腰は低く温厚だが極度のめんどうくさがりで絶対に自分を曲げず、やらかす行動は毎回洒落にならない。
行動原理が子供としか思えないためついたあだ名が悪童レオン。
ここ数年は特に行動が酷く、領内の管理はほぼジョシュアとレオンの取り巻きによって運営され、ジョシュアは主に後始末に奔走していた。
「ジョシュア先輩の本妻のカーラさんが前に襲われかけた事があるって話もあるぐらいだから…」
「息子の嫁に手を出すなんて神経疑うわ」
ローラの言葉にアスターシャがうげっとした顔で返答する。
「…リギル、食べ過ぎよ?」
リギルがお土産でしこたま貰ったフルーツとお菓子をパクついており、クロスモアがそれを嗜める。
「大丈夫大丈夫、私太らないから」
「全く貴方は…根性太いわ本当」
「だって今日怒られる事ないの分かってたし」
「「「「「「は?」」」」」」
リギル以外の6人の声がハモる。
「だってうちのママから話なかったもの、怒られる時絶対まずママから話あるのに、今日はなかったからああこれは怒られないなって」
リギルの母親はハルモニア家当主キャニスの妹である。
クレアがリギルに対して叱責するのであればまず間違いなく先にキャニス経由で連絡が入る、という事。
貴族が貴族に対しデメリットが発生する何かを行う時には、予め周りに根回ししておかないとめちゃくちゃ揉めるのだ。
それがないということは叱責ではなく、自分だけで完結できることである、とリギルは判断したのだ。
「…そういう事は早く言ってくれ…」
「余裕なはずね…」
ファロンとクロスモアがげんなりした顔で納得する。
「…今日は帰ってすぐ寝よう」
「そうだね…」
少女たちの長い1日がようやく終わった。
「ただいま」
少女たちとほぼ入れ替わりで天馬が帰宅した。
「おかえりなさいませ」
「おかえりテンマ」
ちょうど少女たちを見送る為に玄関にいたリリとカスミが出迎える。
「…今日は疲れたよ、先生たちにからかわれてさあ」
「いいじゃない、言わせておけば」
そう言いながら荷物や上着をメイドに渡す。
天馬もこのような貴族しぐさも慣れたものという感じで自然に行動できるようになっていた。
「そういえばうちの生徒たち連れ出してたけど…何かあったの?」
天馬は今回の一件を詳しく知らされていない。
教室ではあまりの恥ずかしさにすぐ退室してしまったし、自分の部屋で書類作業中に事後報告で職員からカスミが生徒を家に招待していたのを聞かされただけ。
「後輩もいたからね、ちょっと昔話でもと思って。男の子達への牽制になるしね」
「なるほど、最近はおとなしいものだとヴァディス先生も言っていたけど…」
基本的にカスミの方針として天馬に余計な事を耳にいれないほうが良い、という事になっている。
これは天馬を騙している、という訳ではなく心の問題である。
天馬はカードが関わらないの場面ではまだただの気の小さい一般男性にすぎない。
当然、将来的にそのままでは困るのだが、今の今そうなれ、と言われてもなかなか難しい。
そういう意味でそもそも耳に入る情報を制限しよう、という事になったのだ。
徐々に判断させることを増やし子供が大きくなるぐらいに一人前になってくれれば良い、という考えだ。
「そういえば、ネプチューン家への訪問の日程が固まりそうだから、学校に言っておいてね」
「ネプチューンってああ…クーデターの」
「そ、予定通りなら今もうやってるから、明日の新聞楽しみね」
「今やってるんだ…」
王都にも新聞があり、朝刊がある。
こういった貴族の衆愚は庶民にもいい話の種なのだ。
記事になる前に握りつぶされてしまうものも多いが利害関係者が多数いるような対立、例えば御家騒動なんかは大きく報じられる。
「クーデター終わって落ち着き次第第一王子を連れ立って訪問して後継者を確定させるから。あと結構遠いから途中マグネトランザ領に数日滞在するわ」
「マグネトランザ…ああ、ファロンさんの」
「彼女から聞いたわよ、当主を負かしたそうじゃない」
「あの人結構強かったなあ、社交辞令でいつかお伺いしますって言ったけどまさかこんな早く実現するとは」
「多分向こうもそう思ってるんじゃない?」
そりゃそうだ、とカスミと二人で笑う。
「まあ、とにかくお仕事お疲れ様、今日もたっぷり私達の相手をしてもらうからね」
「御手柔らかにお願いします…」
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魔界戦記ディスガイア7をプレイ中のため更新がしばらく著しくスローペースになります
大変申し訳ありません。
気長に見守っていただけるとありがたいです。
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