第62話 女生徒からの評価

 貴族の女性によるお茶会。

 これは当然ながら和やかな雰囲気で友人同士の親睦を深めるためだとか、派閥の結束を確認したりするためのやや真面目なお茶会など、開催意図は多岐に渡る。

 そして実は意外と多いのが「警告の為の茶会」なのだ。

 例えば自分の婚約者に粉掛けたりだとか、色々と行動が目に余るような女性をお茶会に招待し、「調子乗んなよワレ」という言葉を極限までオブラートに包み、かつ確実に相手に伝える為に開催される威圧感バリバリのお茶会、それが警告のための茶会だ。


 女生徒7人、いや1人を除いて6人は天馬家に向かう大型馬車の中で己の不幸を呪っていた。

 その表情はさながら処刑台に連行される死刑囚である。

 表面上平静を装えてるクロスモアとファロン、顔色は悪いがギリギリなんとかなってるローラはまだ良い。

 テミッサとシシリーは頭を抱えたまま動かないし、アスターシャなどは既に半泣き状態だ。


「……クロスモアさん、何言ったの…?」

「普通に、あいつの事褒めただけだって!」


 少し頭を上げ非難するような目付きでシシリーがクロスモアに問いかけ、それに対しクロスモアが少し強めに反応する。

 そりゃそうだ、クロスモアは本当に天馬の事を褒めただけである、そこに特大の地雷が埋没しているなど思うはずもない。


「できる限り不自然にならないようにギリギリまで近寄って2人の会話を聞いていたが、クロスモアに落ち度はなかったと思う、だから余り考えたくはないが…最初から全員招待することが決まっていたんじゃないか」

「じゃ、じゃあ、ほんとに普通のお茶会…?」

「その可能性はまずないだろう、クロスモアだけ、リギルだけならまだ分からなかったが、7人全員集めてホームに引き込まれたのだから意図あっての事だ、婚約者が全員いないのであれば妊婦中に相手をするために愛人になれ、という可能性もあったが半数に婚約者がいる以上それはない」


 希望的観測をしたアスターシャの願いを理詰めで粉々に破壊するファロン、アスター者は再び泣き出してしまった。


 愛人に関しては本妻の妊婦中に旦那が外で悪さをしないように本妻が自ら用意することもあり、その人選は当然ながら息のかかった女性である。

 本妻からすると妊婦中に相手をしてもらえば外で種を撒くようなこともないし、自分の縁故の女性を押し込めて立場を確立できる為意外と理にかなっているのだ。

 ちなみに召喚貴族は愛人も作らない事が多い、愛人の子は基本的に継承権はないが、本妻の子より愛人の子のほうがカードラプトの腕が圧倒的に上だったりすると家内がとんでもなく荒れる為だ。

 結局、継承権のない愛人と継承権のある側室の差などよほどの事がない限りは当主の裁量でしかない為継承権がないから…と言った甘い考えで愛人を作るような事は殆どない。


 そして殆ど、という事はたまにあるということ。

 そして、そのたまにやった時ほど荒れるのだ。


 そういう意味でファロンの言動もかなりおかしいのだが、皆錯乱してしまっているので突っ込む人はいない。





「モアちゃん以外はテンマ先生に失礼な事はしてないはず…モアちゃん以外はお呼ばれしただけのはず…」


 ローラがブツブツと呟いている。

 冷静を装っているが目がかなりヤバい事になっており精神状態が伺える。


 何故皆がここまで狼狽してるかと言えば、警告の為のお茶会に呼ばれるというのは段階的には相当に危ういレベルであるからだ。

 最初は友人を通して軽く注意、それでもダメであれば肉親を通して、それでもダメならという最終手段の一歩手前の行為である。

 つまり、おおよその場合親に連絡が行く・もしくは事前に通達がある、そのぐらいの事態なのだ。

 今回の場合明らかに段階を飛び越えて呼び出されている為、1人を除いた6人の少女たちには何故そうなったかが皆目検討がつかない点が混乱に拍車をかけている。


 少女たちが悲観している間にも馬車は往く、それはさながら奴隷市場へ売られる奴隷のような様相であった。




 一方、テンマの嫁たちの馬車内は後続の女生徒達の馬車と違い

 和やかな雰囲気で会話が続いていた。


「…少し可愛そうな事をしてしまいましたね」


 言うのは別の馬車に乗っているトリッシュだ。

 7人の少女たちが連行されたのは教室に残っていた男子生徒も見ているし、正門で死んだ顔で犯罪者のような顔で馬車に連行されるのを他の生徒達も目撃している。

 下世話な想像をされているのは想像に難くない。


「仕方ないじゃない、他の子達はテンマに好意的ですよ、って言われちゃうと話をするしかないじゃない?」

「それは、そうなのですが…」


 前提として天馬は6人にぞっこんだ、依存しかけてるフシさえある。

 それには天馬を篭絡するためにシオンやクレアが得意とする性行為を含んだマッサージやリリやナギが主に担当のイメージプレイ等、飽きさせずかつ依存するような施策を施したのが大きい。

 当然ながら6人の女性陣も天馬を愛している。

 ここに嘘偽りはない。

 だが同時にそれ以外の面、カードラプトの強さやカード資産、今の貴族としての立ち位置を見て結婚している、というのもまた事実なのだ。

 嫁が増えれば当然、1人あたりに回ってくる天馬との時間は当然減る。

 嫌な言い方をすれば将来の取り分も減るし今いる6人と仲良くできる補償もない。

 リリは途中参加とはいえ、もとからカスミの付き人であるから立場は弁えているし、愛人という立ち位置的にも常に一歩引く事を忘れない人間という事が予め分かっているからこそ受け入れられたという経緯もある。


 今は家族内が非常に安定しており、その安定を脅かすような者がいれば排除しなければならない。

 この点において天馬は役に立たないし、学校で四六時中見張るというのも無理だ。

 天馬に非がなくとも人を疑う事をそもそもあまりしない天馬が薬を盛られる可能性はそれなりにある。

 だからこそ弁当も飲料も家から持たせているし、追加が必要な場合は校長経由で手配することになっている。

 これは天馬が特別という訳ではなく頼めばどの教師にもやってくれるサービスだ。


 ただ、慕われている女生徒からクッキーなりケーキなりを差し入れされて、天馬が断れるか、というとそれは全員はっきりとNOと答える。

 そこに関して天馬は信用されていない。

 人の好意を素直に受け取ってしまう、元の世界の一般人として当然の感情の動きを女性陣は非常に好ましく思ってはいるが、同時に危ういとも思われている。

 近年でネプチューン家の嫡男が側室を娶るきっかけとなったのも飲料に混ぜられた薬が原因だった。


 そう考えれば取れる手段は1つ、誰かがやる前に止める。

 これしかない。

 だからこそ7人には少し可愛そうだがカスミは先制攻撃をする事を決めた訳だ。


「私が言うのもおこがましい事ですが、これ以上増えるのは避けたいですからね」

「そこは皆一致していると思います」


 リリとシオンが頷きながら言う。


「尋問は私とクレアがするので、他の皆は笑ってくれてれば大丈夫」


 そう言いつつカスミはニコッと笑う

 尋問、という単語が出る時点で大丈夫ではないのだが。


「カスミ様、現段階で証拠があるわけではありませんので、あくまでも優しく。です」

「分かってる分かってる」


 トリッシュが流石にカスミに忠告をする。

 既に優しくはないのは気にしない事にしたようだ。









「そう固くならなくて大丈夫よ」

「は、はい……」


 大きな机に一同に13名が介す。

 卓上には色々なお菓子やフルーツが配膳され、取り分けるメイドまで配備されている。

 カスミがサーブされた紅茶を一口飲み、女生徒に向かってにこりと、あくまでも優しく言った。

 他の女性陣も各々が自由にとりわけ、食事を楽しんでいる。


 しかしリギルを除く6人にはその顔が魔王の微笑みにしか見えない。

 当然食事や飲み物なぞ喉を通るはずもなく、かといって下を向いてるのは招待頂いた身として不敬にあたる。

 冷や汗をかきながら前を向いてカスミを見つめる。

 リギルは何も気にすることなくメイドにガンガンフルーツを盛って貰っている。


「……ほ、本日は一体どのようなご用向で私達をご招待頂けたのでしょうか」


 ファロンが意を決して話を切り出す。


「そうね、クロスモアさん以外からも聞いたほうが良いかもしれないわ」

「はあ……」


 この瞬間ファロンは声を上げたことを激しく後悔した。


「座ったままで結構よ。テンマ先生のこと、どう思っているの?」

「どう、とは…?」


 思ったのと違う質問が来て首を傾げるファロン。

 カスミは想定済とばかりに次の質問を投げかける。


「教師として、人間として、と言うことよ」


 ファロンは敏い、というよりは貴族子女は感情の機微に敏い。

 そうでなければ貴族同士の付き合いなどやってられないからだ。

 この言葉を聞いた段階でファロン以下6人はカスミの言いたい事を察した。

 リギルは紅茶のおかわりを貰っている。

 ファロンは両隣にいる女生徒達を見渡し、目で合図を送る。

 大体言いたいことは同じのようだ


「……まず、テンマ先生や奥様がたに対し非常に失礼な物言いになる可能性があります、我々の総意とまではいきませんが……今回この席は非常に重要な場であると認識しておりますので、正妻であるカスミ第三王女様にその発言に対する保証をいただきたいのですが」


 ファロンが勢いに任せまくしたてるように喋る。

 喉はもうカラカラだ、手元のやや温くなった紅茶をぐいっと煽った。

 他の女生徒達も固唾を呑んで見守っている。


「…わかりました、カスミ第三王女の名において今からの発言に対しなんら罪に問わぬ事を約束します」

「ありがとうございます」


 表面上和やかであった他のテンマの妻たちも刺すような視線で注目する中ファロンは覚悟を決め、一度深呼吸をして話し始める。




「テンマ先生は……教師としては非常に尊敬すべき男性です。まずカードラプトが誰よりも強い事と、授業の内容さ人当たり等も今まで見てきた先生の中で一番であると自信を持って言えます」


 少し、テンマの妻たちの雰囲気が緩む。

 旦那を褒められて悪い気になる女性はいない。


「ですが…人間、男性としては…申し訳ないですが……論外と言わざるを得ません」


 瞬間、カスミ以外の5人の殺気が膨れ上がった。

 特にシオンとクレアは凄まじい形相で睨みつけている。

 それらを手で静止し、カスミが口を開く。


「まずは、理由を聞いてからよ」


 カスミの声はあくまで理性的なものであったが、目は座っている。

 ファロンの内心はとっくに限界であったし、シシリーやアスターシャなど気絶寸前だ。

 あの気丈なクロスモアでさえ半泣きである。

 リギルも流石にこの雰囲気には面食らったようで、手元のぶどうをフォークでいじいじするに努めていた。


「先に聞いておくけど、その発言は7人のおおよその総意と捉えて構わないかしら?」

「……一応は」

「では、理由を」


 カスミはぱしん、といつの間にか手に持った扇子で口元を隠し。反応を待つ。


「理由は…ナギ様にあります」


 ファロンがナギに目線を向けて告げた。


「え?わたし?」


 いっちょ前に殺気を放っていたナギが虚を突かれ、いつものかわいらしい少女の顔に戻る。

 他の面子も意外な言葉に少し警戒が緩む。


「続けて」


 口元を隠したカスミが促す。


「ナギ様、貴女に対しとても失礼な質問をおふたつ行いますがお許しください、ナギ様は今おいくつでしょうか」

「14…です、もう少しで15になります」

「それはおめでとうございます、誕生日には必ずお祝いをさせていただきます」


 ファロンは座りながら小さく一礼し、話を続けた。


「大変プライベートな質問となりますが重ねてお許しください……テンマ様とその…夜の営みは……ございますか?」

「は、はあ!?何を言って…」


 凄まじい質問にナギは顔を赤くして立ち上がり、ファロンに対し怒りをあらわにするも、カスミに静止される。


「ナギに変わって私が答えるわ、あります」


 いつの間にか扇子を閉じ、目元も通常モードに戻ったカスミが言う。

 気付けばナギ以外の女性陣も殺気が消えてほのぼのとしたいつもの雰囲気に戻っている。


「それが理由にございます」

「なるほどね、理解したわ。ごめんなさいね」

「いえ、テンマ先生のお立場を考えれば危惧するのは当然の事と思います、誤解が解けたようで何よりです」


妻側はあきらかに安堵した表情になったし、女生徒側も急速に精気を取り戻している。

理解できぬのはナギのみ。


「では皆さん、仕切り直して存分にお茶会を楽しみましょう」


 カスミの号令と共に女生徒達の雰囲気も一気に明るくなり、場は和やかな雰囲気に包まれた。



「カスミ様、一体どういうことですか!?私なにか悪いのですか!?」

「変な事に突き合わせてごめんねナギちゃん、大丈夫。そしてあの子を許してあげて、彼女は勇気を出して泥を被ったの、今の質問は必要だったのよ」

「?????」



 この世界において14歳との婚姻も、性交渉も罪には問われない。

 完全なる合法である。

 だが合法であることと、その行為が好まれるかどうかは話が別だ。

 この世界でもロリコンは歓迎される性癖ではない、当事者となり得る女性からすれば尚更だ。

 男子生徒や普通の貴族からすれば多少やっかみを言われるぐらいで収まる範疇ではある。

 女性でも歳を重ねれば仕方がない、という気持ちの比重が増えとやかく言わなくなる。

 だが女生徒は違う、彼女らは思春期まっさかりであり、多感な時期だ。

 そんな女生徒から見ると教師以外のテンマの評価は「自分より年下の女性を孕ませようとしているヤバいロリコン」という、とんでもない男としか映らないのだ。

 見えるというより実際その通りなのだが。

 つまり、学園の大多数の女生徒から見たテンマの評価は総評すれば「バカみたいに強くて頭が切れるロリコン」である。

 これに加えて王家も介入している状態で恋愛対象に見ろ、というのはかなりハードルが高い。

 親がやれと言っても余程追い詰められてなければ拒否するぐらいだ。

 これはカスミも少しだけ思う所があり、ナギとテンマが逢瀬を重ねている時にパパだのお兄様だの呼ばせてる部分はちょっとどうかと思っている部分なのだ。


 先程までとはうってかわって和やかな雰囲気でお茶会は進み、女生徒とテンマの妻たちとの間でも和やかに会話が成立するぐらいになっていた。


「貴方達には迷惑をかけたわ、そういう訳でこれをプレゼントするわね」


 カスミはそう切り出し、7つの小箱をメイドに持ってこさせ、1つずつ配らせた。


「これは…?」

「開けていいわよ」


 おそるおそる、といった様子で小箱を各々が空ける。

 そこにあったのは小さなバッジであった。


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 魔界戦記ディスガイア7をプレイ中のため更新がしばらく著しくスローペースになります

 大変申し訳ありません。


 気長に見守っていただけるとありがたいです。




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