第61話 授業参観
「[効果を全て消去する]というユニットは……後半に使えば使うほど相手に与える影響は大きいが……」
授業中の教室は異様な雰囲気に包まれている、授業を受けている生徒達も落ち着かないようだ。
俺もめちゃくちゃ緊張している。
ギスギスしているとかそういうのではなく、原因は教室の後方にいる6人の女性、そう、うちの嫁さん達だ。
何故こうなったか、話は昨夜に遡る。
「ねえテンマ、明日の授業って座学?」
風呂上がり、皆で微睡んでるとカスミがいきなり話を振ってきた。
「うん、そうだよ、そろそろ一通り終わるかな」
「そっかそっか、じゃあ見に行くね皆で。席はいらないから大丈夫よ」
「は?」
カスミの突然のブッコミに固まる俺。
「な、なんで?」
「なんでって、旦那様の働く姿を見たいと思わない妻はいないと思うのだけど……」
うんうん、と寝る準備をしていた他の5人も頷く。
「貴族学校にあまり良い思い出はないですが、懐かしさはありますから。後輩もまだ在籍してますし」
そう言うのはクレアだ。
「で、でもさ。リリはいいとしてカスミとかクレアはそれこそ今言ったみたいに後輩もいるだろう?そういうのってその……どうとも思わないの!?」
「男性とはあえて接点なく過ごしてたので特には…むしろ女性陣とは久々にお話をしたいですね」
クレアがぴしゃりと言い放つ。
「な、ナギとかもあんまりいい思い出ないだろうしさ……」
「気が進まないかと言われたらそうですけど、教師のお兄様は見てみたいなあと…」
俺のかなり苦しい言い分に対しナギはおねだりするかのような目で俺を見つめてくる。
どうも止める事はできないようだ。
頭を抱えていると横から肩を叩かれ、顔を上げると顔は笑っているけど目は笑っていないリリがにこやかに笑いながら口を開く。
「旦那様。少しお話が…」
その後にこやかな表情を崩さないリリにお説教を喰らい、なし崩し的に明日の授業を見学するという話が俺抜きでまとまった。
「おい、あれ……」
「なんだ?」
時間はお昼時、正門前で談笑していた生徒たちがざわつく。
一際豪華で大きな馬車が貴族学校に入ってきたからだ。
基本、大物貴族などが来る場合はあらかじめ生徒たちに一報が入る。
混乱防止という側面もあるし、同時におとなしく礼儀正しくしていろとの牽制の意味も含まれている。
もし事前に貴族が来ると通達されていた場合、いくら問題のある生徒でも正門前には近寄らない。
貴族間の上下関係をカサにえばるような生徒こそ通達が来るような貴族に逆らったり、目をつけられる危険性を痛感しているからだ。
しかし今日は前日に決まり、テンマも勤務開始ギリギリに校長に伝えた結果一切報告が広まらなかった為、生徒たちも普通に過ごしていてしまっていた。
生徒たちが遠巻きに見ている中、馬車から出てきたのは正装、とまでは言わないがそれなりに着飾った6人の見目麗しい淑女、更に内訳が近年で卒業したOB5人と超巨乳の女性1人ということもありそれなりの騒ぎとなる。
そしてその面子を見て大半の生徒はその目的も察してしまった。
旦那目当てだ、と。
「久しぶりねえ、なーんも変わってないわ」
白のブラウスにオレンジ色のワンピースのカスミがけらけらと笑う。
その姿は学生と言われてもおかしくない。
「カスミ様が卒業したのは2年前ですからね…私も3年前でたいした違いはないですが」
「私も去年ですからね」
男性用のフルグリップキュロットとジャケットを合わせて外見だけは男装の麗人っぽさを出したシオンと、こちらも珍しくパンツルックで合わせたクレアが相槌を打つ。
「私なんて半年前に退学ですから、こんな立場で来るとは思いませんでした」
ふわっとしたワンピースを着たナギが零す。
「今更ですけどこんな良い服を来て良いのでしょうか…」
「私達と同じ立場なのですから当然です。良くお似合いですよ」
「ですが、少し露出が…」
ナギのワンピースに似たシルエットを持ちながらも胸元の膨らみを強調させた服を来たリリが恥ずかしがりながらトリッシュに零す。
そのトリッシュはフレアスカートにブラウスというかなりオーソドックスな服装だが、胸元に明らかにお高めのブローチを付けて高級感を出している。
遠巻きに見つめる生徒が徐々に増え始めた所に、校長が慌てて駆け寄ってきた。
「突然すみません。ヴァディス校長」
カスミは頭を下げるがすみませんとは微塵と思っていない。
「お久しぶりでございます、カスミ王女。お話は今朝テンマ先生から聞きました、とりあえず中へご案内します」
校長に促され、5人は待合室に案内された。
「改めて、お久しぶりでございますカスミ王女様」
「お久しぶりです、ヴァディス校長」
お互いが頭を下げ、カスミに遅れて5人も頭を下げる。
「まあ、言わずとも目的はわかりますが一応…本日はどのようなご用向でしょうか?」
「ええ、夫の仕事ぶりを見てみたいな、と」
当然ながらこれは建前だ。
実際に仕事ぶりを見てみたいという気持ちは当然あるが、実際にやりたいのは"牽制"である。
まず女性陣から見て天馬は勝手に外で女を作って来るような人間ではない、という認識で一致している。
普段のやり取りなんかでそこは確信している部分だし、そうならぬよう夜は皆で頑張っている、そして何より天馬は嘘が下手なのだ、すぐバレる。
問題は女生徒もとい女性教師である、この学校で起こった過去の数々のスキャンダルを考えれば強硬手段に出る生徒や教師がいないとも限らない。
特に天馬は妻を6人抱えているとはいえ優良物件中の優良物件だ、生徒には少し強めに当たっているとは言っていたがそのぐらいで天馬の根底の善性、簡単にいえばおせっかい、情に深い点を隠せるとはカスミ達は思っていない。
その上で法服貴族なので土地を管理する手間もないしよっぽどの事がない限りは王都に一生在住でき、王家のバックアップも確実にあるので豊かな暮らしが期待できる。
ここまで好条件が揃えばバックに王家がいるとはいえ1人や2人強襲してくる女性がいないとも限らない。
現に、今回選抜で7傑に選ばれたネプチューン家の嫡男ジョシュアは天馬と同じレベルで女性に優しく、なおかつイケメンという優良物件で入学時に既に結婚相手が決まっていたが、その良く言えば博愛主義、悪く言えば人を信じすぎる部分が仇となり、在学中に多数の女性に強襲され、うち2人を側室として迎える事となっている。
そのうち1人が本妻の知り合いだったということもあり大きな騒動には発展はしなかった(本妻いわく、「絶対に増えると思っていた」との事)ものの、近年でもそういった事が起こっているのだ、警戒するのは当然と言える。
ヴァディス校長もその事を理解してはいるからこそ受け入れる。
過去このような事例は幾度となくあるし、このまま天馬と女生徒や教師との間に事が起これば学校は間違いなく管理責任を問われる。
女性陣から注意して、学校からも注意した上でやった、となれば学校の責任は相応に軽くなる訳だ。
そういう意味である程度歓迎すべき事でもある。
天馬の授業は基本的にその日の最後のコマに行われる。
これは練習スペースの確保と仮に教師へ質問する際の内容が多岐に渡るため、後ろの時間が詰まっていると難しいだろう、との配慮である。
「…はい、では出席を取ります、アスターシャさん…」
天馬の顔色は悪い。
少し遠目にある生徒たちの席からも気づけるほどだ。
「なんか先生顔色悪くない?」
「病気?」
出席中にこそこそと話す生徒たち。
今の天馬の大半の生徒たちの授業面での評価は「気に食わないが強いし言ってる事は有益」というポジションだ。
慕われるとは程遠いがあのギアゴールド家のリューズでさえ授業はちゃんと聞くようになっているので、認められていると言っても差し支えはないだろう。
「全員出席、と……今日の授業は[効果を全て消去する]ユニットの話だ、デッキに入れている人も多いだろう、その使い方のポイントについて説明をしていく」
こんこん
天馬が授業に入ろうとした瞬間に、教室の後ろの出入り口がノックされた。
それと同時に天馬がこの世の終わりみたいな顔になり、その顔にクロスモアやファロン、リューズやドライドが驚く、そんな顔ができたのかお前は、と。
「……ど、どうぞ…」
消え入りそうなか細い声で天馬が入室を促すと、着飾った女性陣がぞろぞろと部屋に入ってきた。
当然、教室はざわつく。
そして先頭にいたカスミの顔を見て全ての生徒が察する。
カスミは第三王女ながらかなり目立つ存在だ。
第一第二王女が既に嫁いでしまっている為、国政や式典に顔を出す事が多いというの理由もあるが、何よりもここ貴族学校での存在感が凄かったのだ。
本人は天馬に対してあまり目立った学校生活ではなかったと言っていたがとんでもない。
女生徒に対しマウントを取る男子生徒には力と口と権力で対抗してたし、カードラプトの授業外でも相応にやらかしていた。
王自ら玉体を運び、校長に謝罪をしたことも何度かある。
そしてカスミ在籍中に後輩だった生徒がまだ在籍している関係上、学園内でその逸話は語り継がれている。
「我々は見学者なのでお構いなく。椅子も不要です」
最後列で授業を聞いていたファロンが流石に立たせっぱなしはまずいと椅子を用意しようと動いたが、カスミはそれを拒否した。
「さ、続けてください、テンマ先生」
「は、はい!」
にっこり笑ったカスミにびしっと背筋を伸ばし、元気よく返答し授業に戻る天馬。
家庭での力関係の一端を見せつけられ、生徒たちは気の毒なような、いい気味なような、面白いような微妙な気持ちになっていた。
とはいえ、彼らは仮にも貴族であるからして表情には出さない。
そのまま授業は異様な雰囲気のまま坦々と進み、いつしか授業終了を告げる鐘が鳴り天馬にとって永遠とも思える授業が静かに終わった。
「お姉さま、お久しぶりです!」
天馬がそそくさと退室し、大多数の人間が後ろの女性陣に触れないように退室しようとしていた時、1人の女性がクレアに駆け寄り手を取った。
リギル=フォーミラである。
「リギルさん、久しぶりと言ってもこの前のお披露目パーティでも会ったではないですか…」
「あの時は全然会話する時間なかったですもの!」
そう言い、クレアは困った顔でリギルを構うが、その目は妹を見るような目で決して嫌がってる風には見えない。
「クロスモア=ヘルオードでございます、カスミ王女。先日はお世話になりました」
「クロスモアさん、こちらこそ」
クロスモアとカスミがお互いにお辞儀をする、この2人はヘンリエッタ経由で何度か面識があり、先日も天馬からカードを譲渡され、その見返りに以前から注目していたというストーリーを作るために王城へ向かった際に同行し、顔を合わせている。
「しかし何故こちらへ?」
「そりゃあ、旦那さまの仕事ぶりを見るためよ」
わかりきった事だが一応クロスモアは訪問理由を尋ね、カスミもそれに返す。
こういった建前のようなやり取りも重要なのだ。
「それと、最近ヘンリエッタさんが忙しいようだから、男子の監視というか威圧も含めて…ね」
「ああ……」
これはついでではあるが、割と重要な仕事だ。
ヘンリエッタが7傑に選出され、対外的には公表されていないが天馬からカードを譲渡された関係上デッキ構築のやり直しや練習試合を数多く行う必要があり学校へ抜き打ちで視察に来る回数は必然、減る。
そうなれば男子はすぐに図に乗る。
6人にヘンリエッタ程の威圧感はないがやらぬよりマシ、という感じだ。
「それでしたら大丈夫だと思いますよ、あいt…テンマ先生が赴任してからは皆おとなしいので」
「あら?そうなの?」
「ええ、何かやるとテンマ先生がカードラプトで勝負した上で叱責しますし、誰も勝てないので今はかなり落ち着いてますね…」
そう、天馬は何度か生徒同士のいざこざを仲裁し指導している。
指導といっても召喚貴族であればカードラプトでボコったあとに叱責するだけだが。
「正直私もここまで劇的とは思いませんでした、私は戦績的に絡まれる事はないですが他の子達は結構先生に好意的ですよ」
旦那の為のフォローのつもりで言ったクロスモアのこの言葉。
だがそれを聞いたカスミには正しい意味で届かなかった。
「……なるほど、テンマ先生は人気なのね?」
「人気というか…強いですし、男女分け隔てないですし教える事はちゃんとしてるので評価が高いというか…」
真顔でクロスモアに詰問するような口調で喋りかけるカスミとどこで地雷踏んだか分からず内心泣きそうなクロスモアの会話が続く。
「なるほど…ではそうね、いい機会だし今から皆でお茶でもどう?クレアも後輩と話すこともあるだろうし…」
「み、みんなとは?」
「当然、いまいる女生徒全員よ、ちょうどよく皆残ってくれているし」
リギルとクロスモアの会話を見守っていた女性陣が1人を除いて硬直する。
リギルだけは非常に嬉しそうだ。
「ば、場所は校内のどこでやるのですか?」
「我が家に決まっているじゃない!当然皆さんご招待するわ!」
カスミは満面の笑みで言い放つ。
リギル以外の女生徒の魂が抜けた。
――――――――――――――――――――――――――――――
魔界戦記ディスガイア7をプレイ中のため更新がしばらく著しくスローペースになります
大変申し訳ありません。
気長に見守っていただけるとありがたいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます