第77話 その余波(下)

「…つまりそれはスパイ活動をしろという事でよろしいのでしょうか」

「…そうなるね」


パフィの質問に対しウォーダンは言い切った。


「ふざけんなよ!勝手に俺らを敵地に送っておいて捨て駒扱いか!?」


がたんと立ち上がってウォーダンを睨みつける赤い瞳と黒い髪の毛が特徴的な、ややガラの悪い男の子が吠える。

先程ウォーダンをフォローしていた長髪の男性も思うところがあるのか、何も言わない。


「すまない、言い方が悪かった」


そう言い、ウォーダンが仕切り直して話し始める。


「詳しい事は話せない、というよりは話せるほど情報がないというのが本当の所なのだが…君たちは王国で今ダブル召喚やジョイント召喚が復活しているという話は知っているよね?」


この言葉に3人は小さく頷く。


「それで、君らが向こうの学園でカードラプトの授業の担任がその立役者であるテンマという男性になる確率が極めて高いんだよ」

「なるほど…」

「何も本格的な諜報活動をしろなどとは言わないし求めていない、ただ単純にその担当となった男性の言う事・授業内容・性格…なんでも良い、3人で内容が重複しても構わない、怪しまれるようなことをする必要もない、単純にその男性から貰える情報をそのまま提供して欲しいんだ」

「つまりそいつから教わる授業の内容をそのまま教えれば良いって事か?」

「そういうこと。むしろ怪しまれるような行動はしてほしくないんだ、君たちの立場もあるしこれを口実に学園から追い出されたらそれこそまずい」


今回の<仙甲ゲンブ>を巡る一件で共和国は得たものも大きかったが代償としてそれなりに大きな打撃を受けている。

その影響は諜報部門が特に顕著で、国内治安を安定させるために王国に潜入させているスパイの大半を引き上げさせることになった。

天馬が国内選抜の開催以降中々表舞台に姿を表さないのも合わさり、とにかく少しでも情報が欲しい共和国が考えた一手が留学生だ。

王国からすれば人道支援の名目で送り込まれた留学生を無碍に扱う訳にもいかないし、スパイだと決めつける訳にも喧伝するわけにもいかない。

それこそ家族の誰かがどう見ても怪しい動きでもしていればしょっぴくのは可能ではあるが、お行儀よくしていれば追い出す理由もないし追い出せない。

そして共和国からすれば接触して、話を聞くだけでも今までの状況からすれば大きな進歩なのだ、それ以上を望むまでもない。

共和国首脳陣の理想としてはパフィが天馬のお手つきとなり、そこから交流していくことを望んでいるのだが、それは本当に上手くいったらの話であり期待はしていない、だが妻が5人いるほどの好色となるともしかしたら…という下世話な気持ちもある。


「再度言うが、君たちには普通に過ごして普通に暮らして貰う以上の事は求めない。恐らく用意される屋敷には盗聴器があるだろうから家庭内でも積極的に話はしなくても良い、全ての報告は帰国後で構わない…そうだね、授業の板書は頑張ってほしいかな?」

「な、なるほど…」

「そういう事であれば…」

「当然だが帰国後に報奨は出すつもりだ、だから君たちは授業をきちんと受ければお小遣いが貰える…ぐらいに思って貰えば良い。そのぐらいの気持ちのほう君たちもやりやすいだろうから」


こういう話を生徒たちにしていると向こうも想定しているだろうけどね、とウォーダンは付け足す。


「…一応聞いておくが、そのテンマという担任と戦えるようなら戦うべきなのか?」


声の主である赤い瞳の男の子は相変わらず警戒した眼で睨みつつ質問する。


「我々政府としては積極的に戦ってほしいけど判断はお任せするよ」

「こちらの手の内を明かすとしてもか?俺ら3人にとっては王国に情報を与えるだけでデメリットでしかないんだが、俺らにその負債も全部被せるつもりか?」

「…もう一度言う、判断はお任せするよ。たださっきも言ったけど帰国後に報奨を出すという事だけ覚えておいて欲しいかな」

「…分かった」

「こちらからは以上だよ、質問は他にあるかな………無い、みたいだね、そしたら家族のもとに戻って準備をお願いね」



この会議から2日後、彼ら3家族は王国へ向けて出発した。









「ウィル、そしてキスティアさんこの度はおめでとうございます、そして訪問が遅れて申し訳ありません」

「テンマくんにカスミ様、トリッシュちゃんにシオンちゃん、ナギちゃんとクレアちゃん、ありがとうね…」

「僕からもお礼を言わせてもらうよ、本当にありがとう」


俺は家族を連れ立って王都のハルモニア家の屋敷にキスティアさんの見舞いに来ていた。


「テンマ、よりによって赤ちゃん生まれてから急に忙しくなったものねえ」

「学校の授業も3週間近くやってないんだよね…」

「まあ仕方ないさ、ネプチューン領の平定と交換会は流石に外せないよ」

「いいのいいの、3日ぐらい前までこの家お客さんで溢れてたもの、このぐらい開けてくれたほうが気楽ってものよ」


そう、ここ数週間本当に忙しかったのだ。

というか今日以降も留学生受け入れなんかでかなり忙しい。


「ほーら、アフェリアちゃん、おじさんですよー」


キスティアさんが俺にアフェリアちゃんを渡してきたのでおっかなびっくり受け取る。

子供なんて抱いたの15年とかそこらぶりかもしれないな、親戚付き合いもあんまりしてなかったし…


「あはは、うまいうまい。子育ての才能あるんじゃない?」


おっかなびっくり赤ちゃんを抱いている俺を見てキスティアさんはけらけらと笑う。

俺の腕の中にいるアフェリアちゃんは特に泣く事もなく笑っている。

うーん図太い。


「テンマ、こっちにも貸して!」

「ああ、慎重にね」


一応、キスティアさんのほうを見て大丈夫か確認してからカスミに渡す。

女性陣はきゃいきゃい言いながらアフェリアちゃんで遊んでいる。


「テンマ、ちょっと良いかな」

「ん?ああ」


ウィルに呼ばれ少し離れた所にある椅子に腰掛ける。


「なんだ?」

「新しいデッキアームを作らないかい?」

「ん?デッキアーム?」


デッキアームとは、カードラプトをプレイする時に付ける装置である。

カードラプトのプレイ方法は2種類。

テーブルを挟んで座ってプレイするか立ってデッキアームを使ってプレイするかだ。

元の世界では見栄え重視でデッキアームでのプレイが主であったがこちらの世界でも同じようだ。


「前々から言おうと思ってたんだけど君のデッキアームってすっごい目立つんだよね」


確かに、俺のデッキアームは目立つ。

この世界のデッキアームは基本職人が作る一点物であり、家紋が入ったり、おしゃれな意匠がついたりと所有者の個性が出るものとなっている。

そこを行くと俺のデッキアームはプロ用とはいえ元の世界の量産品を使っているのだが、明らかにこちらの世界と比較するとフォルムが未来過ぎて浮いてしまっているのは正直気になっていた。


「今度相手にする留学生もそうだけど、テンマも今後人前で戦う機会も増えるだろうからね、新しいの作っておいたほうが良いよ、というよりもう作ってるから」

「ええ…」

「お金は王家から出てるから大丈夫だよ、王家からしてもネプチューン領での負い目があるだろうしね」

「ああ…あったなあ」


ウィルから勧められた酒をぐびりと口に含みつつ思い出したくもない人物の顔を思い出して少し苦い顔をする。


「あの一件でネプチューン家も君に頭が上がらなくなったし、結婚式のお祝いは期待しても良いと思うよ」

「結婚式…かあ」


結婚式の話は着々と進んでおり、あと3ヶ月ぐらい先には開催できそう、という予定が組み上がっている。


「それと、だ…もう1つ。君の家名はどうするんだい?」

「…忘れてた」

「やっぱりね」


家名。

基本的に召喚貴族の場合はデッキのエース、例えばハルモニア家ならば<光響聖騎士ハルモニア>から拝借する…というのが一般的である。

普通エースカードは1枚、多くとも2枚なのでこういうものはすぐ決まるのだが、こと天馬においては難しい。

手持ちデッキが多すぎてどうするか決まらないのだ。

基本<魔導師>を使っているが一番好きなのは<ゴブリン爆破>だし、誰にも見せてはいないがこちらに来てからデッキを数個バラして組んだ凶悪なデッキもある。

それのどれから名前を取るべきか…という、この世界においては最高に贅沢な悩みを天馬は抱えているのだ。


「少なくとも結婚式の1ヶ月前までには決めておいてくれよ、招待状もそれで書くんだから」

「ああ、分かったよ。あとそうだ…こっちからも聞きたいことが有るんだが…」

「何だい?」

「…この国で俺が[合体]デッキを使うとマズいか?」


少し小声で俺が言った瞬間、ウィルが真顔になる。


「…少し場所を移そう」


そう言い、ウィルはキスティアさんに目配せして俺を別室に連れて行った。





「ちょっと配慮が足りなかったな」


別室でウィルに頭を下げる俺。


「まあ、大袈裟かもしれないけど一応ね。あそこは君の事情も知らないメイドもいるし…」

「で、実際どうなんだ?」

「まずいね、かなりまずい」

「やっぱりか…そうなると家名に使うのは…」

「論外だね」

「だよな」

「まず、[合体]というシステムに関しては別に嫌っている人がいるって訳じゃないんだ、ただね…」

「ただ?」

「我が国で[合体]を使っている貴族家は2つのみで、その家は帝国…今は共和国だね、そこから亡命してきた家なんだ、これを意味する所は君ならどういう事か分かるよね?」

「…帝国からの亡命者に見られる?」

「その通り。ただこれで混乱するのはどっちかっていうと共和国の方だ。何せルーツの分からない[合体]デッキを持った人間が突然王国に生えてきたんだから」

「となるとウィルと出会った時に[合体]デッキ使わなかったのは良かったんだなあ、一応候補にあったんだよ」

「やってたら今の状況はなかったね、十中八九共和国のお偉い人の息子だかなんだかと思われてたはずだ…それに、共和国もその状況を利用するだろうね。適当に出自をでっち上げて共和国の人間だ、と声高に叫んでこちらに引き渡しを要求していたはずだ。王国からしても簡単に引き渡す訳にはいかないからそれなりの火種になっただろうね」

「って事は封印かあ…結構数あるんだよな[合体]デッキ」

「王子に相談しても多分同じ返答になると思う」

「はぁ、そっかあ…」


面白いデッキあるんだけどなあ。


「こればっかりはどうしても…待てよ…」

「ん?」

「…いや、なんでもない。ともかく、[合体]デッキを持っているという事を知られる事そのものがテンマのウィークポイントになってしまうから、現時点では封印しておくべきだと思う。あと一応王家にも話を通しておくと良いよ」

「そうかー…分かった、やっておく」

「さて、そろそろ戻ろうか。今日の主役は君じゃないからね、おもてなしを続けないと」

「違いない」


その後、アフェリアちゃんを総出でめちゃくちゃに可愛がり、ウィル邸を後にした。







「はあ、なんかやっと落ち着いた感じがする」


家に戻って夕食を食べた後、久しぶりに7人での雑談タイムを楽しんでいる。

ほんと最近忙しかったからな。


「テンマさんずっと出ずっぱりでしたからねえ…交換会といいネプチューン領といい」

「留学生対応も今週から始めると聞きました」

「まあ今まで暇だったから文句を言うべきじゃないんだろうけども…まあ疲れるよね」


そう、既に共和国からの避難者は入国済みなのだ。

明日には王都へ到着し館の引き渡しと説明会を行うらしい。

そしてその翌日にはすぐ授業を始めるようにと王子に言われている。


「流石に授業開始早すぎない?とも思ったんだけど…共和国側たっての希望らしくてね」

「テンマ、分かってるだろうけど…」

「ああ、必要以上に情報は渡さない、カードも見せない、だろう?」

「よろしい」


さんざ王子や王からも言われたからな。

まあ<爆音>と<不死王アンデッド>の2つあれば勝てるだろうし、そこは問題ない。


「カスミ様、そろそろ…」

「そうね」


クレアがカスミに耳打ちしたかと思うと、カスミ・ミミ・シオンが俺の前に横一列で並び始めた。

え、何?


「えー、テンマくんにご報告です、この度我々カスミ・ミミ・シオンの3名が無事懐妊と相成りました!」

「えっ」


カスミのいきなりの爆弾発言に完全に硬直する。


「…マジ?」

「まじまじ」

「まあ、あれだけ愛されていれば自然の摂理ではあるかと」

「そうですね、本当に元気で…」


俺が父親?本気で?

…そうかぁ、ついにかぁ…。

そう思っていると女性陣は不満げであり不安げな顔でこちらを見ている。

あっこれヤバい。


「…ごめん、なんだか実感が沸かなくて…でも嬉しくないとかじゃ決して無いから!」


そう言ってやや強引に3人を順番に抱きしめる。

妊婦中の対応はミスると一生恨まれるとウィルに言われたばかりだ。

ここは大袈裟にでもフォローしなければ!


「ごめんね、実は1週間ぐらい前から判明していたんだけど忙しそうだったから…」


最後にカスミを抱きしめた時、俺の胸の中でぽろりと言葉を零した。


「いや、正解だったよ、これ知って交換会行ってたら多分気になりすぎて大ミスしてただろうから」


これは本心からの言葉だ、明後日から始まる留学生の補習に正常な精神状態で望めるか不安になってきたからな。


「みんな、親御さんには伝えたのかい?」

「テンマ様に伝えてから、と示し合わせていたので今からですね」


シオンが答える。


「じゃあ一刻もはやく伝えて上げないとだな…」

「多分うちのパパは知ってると思うけどね。ともあれもう三家には先触れは出しているわ」

「そっか…そうかあ…父親かあ…実感が沸かないな…」


いやあ、本当に自分でもびっくりするぐらい実感がない。


「男親はそういった感情が沸くのは実際に生まれてからだ、と父は前に言っていましたよ」


そうクレアがフォローしてくれる。


「そんなもんなのかな…」

「で…旦那様。我々も3人に続きたいので…今日はよろしくお願いします、ね?」


そう言ってまだ妊婦していないクレア・ナギ・トリッシュが横から俺の腕をがしっと掴んでくる。


「妻が複数いるとなると妊婦するしないは家庭円満にも親戚付き合いにおいても死活問題よ。テンマ、頑張ってね!」


カスミがぐっと親指を上げてミミとシオンを連れて別室へ。

後から聞いたが貴族家は妻が妊婦した瞬間に家自体が母体完全保護モードに入るため、セックスなどもっての他らしい。

そして俺はまだ懐妊していない3名のほうを振り向くと3人とも表面上笑顔ではあるが目が一切笑っていない。

これは…明日の朝日が拝めないかもしれないな…。


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年度末による仕事量の増大のせいで暫く更新ペースが落ちます。

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