第78話 共和国より

「…」


 王国首都近郊にある屋敷の一室の急ごしらえで作られた教室。

 そこに3人の男女が緊張した面持ちで座っている。


「…なあ、ニコライ」

「さん、を付けなさい」

「…ニコライさん、そっちの待遇はどうだった?」

「…良かったよ、気持ち悪いぐらいにね」


 彼ら3人からすれば<仙甲ゲンブ>の事があったにせよどう考えても王国にとって自分たちはお荷物であり、厄介者であるという認識だった。

 同時に腐っても国対国の約束事だからそこまで粗末な扱いは受けないだろう、とも思ってはいたがそれでもやはり不安はあった。

 なにせ、共和国も王国も式典などがない限りは偉い人ほど国から出ないのでそこらへんの平民の商人のほうがよっぽど他国の事を知っているという有様だ。

 その為大袈裟ではあるが、人によっては遺書まで書いてこちらへ避難してきたのだ。

 だが実情は違った、思っていた以上に待遇が良いのだ。

 まず国境を渡り、一度ホールのような所に集められた後は王国の王子からねぎらいと謝罪の言葉をもらい、そのまま王国の馬車に荷物を載せ替えそのまま王都への旅路が始まった。

 移動途中の宿も豪華なものであったし、食事も上等なものを出された。

 王都に付いてからも貸し出された屋敷も使用人もちゃんとした教育を受けた人間であり、料理もできる限り共和国の物を再現したものが提供された。

 今は安全確保のため外出は禁止されているものの状況を見て徐々に解禁をするとまで言ってくれた。

 至れり尽くせり、という奴である。

 更に、到着翌日から3人には学校に通う際の補習も受けさせて貰えるらしい。

 これは彼ら3人にとって想定外であった。

 てっきりそのまま学校に放り込まれるものだと思っていたからだ。

 そして今、彼らはその補習の為に借り上げられた屋敷の中で教師を待っている。


「どんな人なんでしょうか…」

「そもそも、カードラプトの座学で補習など聞いたことがないですからね」


 共和国にも当然、学校がありカードラプトの授業もある。

 ただこちらも授業水準は天馬が来る前の王国と似たようなもので実技主体の授業となり座学はおざなりにされていた。


「まあ、せっかく我ら人質に授業してくださるんだ、真面目に受けねえと…な」

「そう…ですね」


 この教室は盗聴されていることが彼らもわかっている為、その為発言も怪しくないが意味が通じるものとなる。

 当たり障りなく会話をしているうちに扉がノックされて3人に緊張が走る。

 お出ましである。


「…ど、どうぞ」


 パフィが代表して入室を許可すると、静かに扉が開き、1人の男性が部屋に入ってくる。


(この人が…)

(これが…)

(こいつが…)


 3人の視線は新任教師に集中している。


(いかにも研究者って感じね)

(少しやつれているな)

(こいつが本当にダブルカードを?)


 心の中で3人が品評会を開く。

 そんな視線を感じながらも天馬は急ごしらえで用意された教壇に立つ。


「…全員揃っているようだね、僕が君たちのカードラプトの補習、そして通常の授業も担当させて貰う天馬だ、よろしく」


 そう言い、お互い小さく頭を下げる。


「さて、まずは共和国からご足労、そして色々と気苦労をかけてしまっていることを謝罪させて貰う、申し訳ない」


 そして、深く頭を下げる。

 これは天馬の独断である。


「いえ、こちらこそ王国に一時的にとはいえ受け入れていただき非常に感謝しています」


 ニコライと呼ばれた男が3人を代表して謝辞を述べる。

 このやりとりは相手を変えて何度も発生したため、3人は慣れっこである。


「と、形式ばったのはこのぐらいにして…あまり堅苦しいのもよくないね、3人にはまず自己紹介からしてもらおうかな」


 天馬はにっこりと笑って3人に自己紹介を促す。


「ニコライ、ニコライ=デッドバーンです、よろしくお願いします」

「…エニシダ=アンチノック、よろしく」

「パフィ=オーディガンです。暫くお世話になります、よろしくお願いします」



(<激作家デッドバーン>…<拒絶の剛腕アンチノック>…<楽園騎士オーディガン>…か)


「さて、どうしようかな、とりあえず今から資料を配るから…」

「待ってくれ」

「何かな…えっと、エニシダくん」

「先ほどの自己紹介時、家名がなかったようだが貴方は平民なのか?」

「ああ…申し訳ない、まだ家名が決まっていなくてね。もうすぐ決める予定なのだけど」

「なるほど、あともう1つ。座学をする意味とは?」


 エニシダがどんどんと天馬に話を突っ込んで行く。

 当然、これはウォーダンから言われた情報収集の一環でもあるが、エニシダ自体の興味という点もある。

 なにせカードラプトの授業の座学なんてのは共和国では入学後の初回授業ぐらいで、カード運用のイロハは各家庭での自己学習に一任されているからだ。


「カードラプトには皆が思っているより座学で学べる事がある、というだけだよ」

「王国の生徒はそれを受け入れているのか、思ったよりも聞き分けが良いのだな王国の貴族というのは」


 エニシダは嘲り混じりに笑いながら言う。

 とはいえ、これもエニシダの興味を引いたからこその話だ。

 王国貴族はプライドが高い、というのは共和国でも有名であり、そんな連中の子供が大人しく言うことを聞くなんて更々思わなかったからだ。

 別に共和国の名家の人間が偉そうではないというわけではないので、あしからず。


「あー…それかあ」


 天馬が少し達観したような、納得したような微妙な顔で少し遠くを見た後で、エニシダを見つめ、少しだけ口角を上げて言葉を発する。


「当然、批判はあったしまともに授業を受けないみたいな子はいたよ…全員僕が捻じ伏せて授業を受けさせたけどね」

「な…」


 3人は困惑した顔で天馬を見つめる。


「…君たちが僕に教わる事に納得しない、というのであれば相手をするよ」


 天馬は新しいデッキアームを見せつけながら挑発する。


「…いいだろう、こ…」

「立場わきまえろエニシダ…失礼しましたテンマ先生。そのまま授業を続けてください」


 何かを言おうとしたエニシダを右手で静止するニコライ。


「僕は別に良いのだけど…」

「僕らの立場を考えればいきなり先生噛みつくという行動はデメリットでしかないですから、当然年長者の僕としては止めます、ですが…」

「ですが?」

「それはそれとして、先生と戦ってみたい・戦っているところを見てみたいという気持ちは多分にあります」

「なるほど、ね……予定変更だ。一度僕の実力、見てもらおうかな」








 館の中庭。外からは視界を遮断されており密談にはぴったりだ…当然、戦いにも。


「ハンデをつけよう、僕のライフは30000、君は通常通り50000で良い、先攻も譲るよ」

「ずいぶんと自信があるのだな」

「教師だからね」


 天馬の前に対峙するのはエニシダ。

 3人で色々と話し合っていたようだが結局エニシダが戦うことになったようだ。


(しかし…)


 対峙して改めて天馬は感じたが、エニシダは若い、いや幼い。

 身長もナギより小さく、外見から察する年齢は中学生入りたてぐらいであろうか?


(多少煽ってみるか、口を滑らせてくれれば儲けものだ)


 共和国の3人が情報収集を求められているように、天馬も共和国の情報を収集するよう求められている。

 教室での挑発もその一環だ。


(とはいえ、本命は釣れなかったけど)


 天馬の本命は<楽園騎士オーディガン>を要するパティであった。

 これは天馬の好みという話ではなく、王国からの要請と天馬の知識の両面からの話。

 この3人の使用するであろうデッキの中だと<楽園騎士オーディガン>がダントツで強く、対策が必要な為だ。


 戦闘準備をするエニシダに対し2人がなにやら話をしている、助言か何かだろうか。



「では、お言葉に甘えて先攻を頂く…が、ターンを終了する」

「…僕もカードを引いてそのまま終了だ」


 1ターン目はお互い、有効札を引けずそのままターンを終える。


「俺は<ゲフュシュトライト>を召喚し、ターンを終える」

 ゲフュシュトライト 2/2000/2000

 このユニットがフィールドで戦闘により破壊された時、デッキからコスト2以下のユニットをランダムで手札に加える


「僕のターン、<シザーアンデッド>を召喚、召喚時効果によりセメタリーに手札を1枚送り、<ゲフュシュトライト>を破壊し、ターン終了」

 シザーアンデッド 1/2000/3000

 [不意打ち]

 このカードは手札を1枚セメタリーに送る事で手札から召喚することができる


 <シザーアンデッド>を呼んだ瞬間、観戦している2人がメモを取り出し急いでメモを始める。


「ニコライくん、パフィさん、後で使ったカードは見せて上げるからメモは取らなくても良いよ。今は観戦に集中しなさい」


 声をかけられた2人はびくん!と反応した後、バツが悪そうにいそいそとメモを懐の中に戻す。


「…太っ腹ですね、大丈夫なんですか?」

「このカードは生徒にも使っているからね、遅かれ早かれそちらの国にも出回る情報だ…なら別に隠す必要はないさ、それに…」

「君たちも、その後ろの人らも見たいだろうしね」

「…<ゲフュシュトライト>の効果で手札からカードを引く」

「では僕は残った1マナで<うごめく邪魂>を召喚し、そしてターンを終了、終了時に<うごめく邪魂>が<さまよう邪魂>を召喚する」

 <うごめく邪魂> 1/0/1000

 ターン終了時、<さまよう邪魂>を召喚する


 <さまよう邪魂> 1/0/1000


 天馬が使っているデッキはクロスモアとの勝負で使用した<不死王アンデッド>だが、このデッキは元々<不死王リッチー>以外にも多くのフィニッシャーを揃えており、相手によってサイドデッキからエースを交換しつつ戦うデッキである為、多少カードを変更したり追加することで動きに変化をつける事ができる柔軟なデッキなのだ。


「俺は<ミラーファンタズマ>を召喚する」

 ミラーファンタズマ 3/2000/4000

[魔法無効化]


「<ツーフェイスアンデッド>を召喚し、<シザーアンデッド>でプレイヤーを攻撃」

 ツーフェイスアンデッド 3/3000/4000

 このユニットが相手ユニットを破壊した時、続けてもう一度攻撃することができる


「ターン終了時、<うごめく邪魂>が<さまよう邪魂>を召喚する」




「あんなカード見たことがないぞ…」


 ニコライは思わずつぶやく。

 他国のカードの詳細は、基本的に共和国でも王国でも公開情報となっており誰でも閲覧できる。

 嘘を付くメリットも秘匿するメリットもないからだ。

 国全体での対抗となるため全員に認知して勝率が上がるほうが余程良い。

 そのため天馬がばらまいたこの世界にはなかったり、そもそも召喚できなかったカードの情報も、すでに共和国でも共有されている。

 共和国で特に警戒されているのが<天下三槍>と<覚醒せし美麗なる神風戦士タケハヤノミコト>であり、既に共和国内では二敗は覚悟しなければならないというほどの評価を受けている。


「やはりこの人が…」


 パフィは目を離すまいと試合をかぶりつくように観戦している。天馬の婚姻事情も当然共和国は掴んでおり、縁を結んだ家は尽く新しいカードで国内選抜を躍進している。

 その上で今目の前で見たことがないカードを振るっているのだ、当然ながら全ての元凶は目の前の男である、というのは誰だって想像が付く。


(ウォーダンさんからの任務、思っていたよりもずっとずっと重要なことなのかもしれない)


 ニコライはそう思い直し、眼前の戦いを真剣に見つめ、エニシダに対しとにかく時間を稼いでくれ、と念を送った。




「<大道迎人>を召喚し、効果で<シザーアンデッド>を破壊する」

 大道迎人 4/2000/3000

 このユニットがフィールドに出た時、相手ユニット1体に2000ダメージを与える


(やはりか)


 シーズン7までの[合体]というのはテーマとして独立しているものがかなり少なかった。

 エニシダの使う<拒絶の剛腕アンチノック>もせいぜいシリーズでみても5枚か6枚程度だ。

 となるとどうやってデッキを構成するのか。

 天馬が行き着いた結論の正しさは目の前のエニシダが証明していた。


 グッドスタッフ。

 とにかく汎用性の高く、強力なカードを詰め込む。


(これは共和国のほうが全体的に強いのも理解できるな)


 王国はテーマ重視、共和国はグッドスタッフ。

 シーズン7までの環境であれば共和国に軍配が上がるのも納得できる話である。

 そして天馬の最大の懸念。



「王国の方と刃を交わすのは初めてだ、せいぜい勉強させていただく…<ミラーファンタズマ>で<うごめく邪魂>をアタックし、破壊する」


 この子、ちょっと大人びすぎてやしないか?という所だ。

 大概こういう子は付き合うのも一苦労で、カードショップに来店する子供にもこのタイプはそこそこおり、得てしてこういう子はトラブルの元になったりするという認識が天馬にはあった。

 天馬が強権で生徒同士の諍いは押さえつけているとは言え、自国民同士の喧嘩とはわけが違う。

 そして彼らは自分の意に反してこちらへ渡ってきた避難民だ、対応を一歩間違えれば即国際問題になる。


(うちの生徒たちと混ぜた時が怖いなあ…うちのクラス火薬庫だし…)


 いつの間にか一般人ではなく、教師として人間を見るようになっていた天馬であった。



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