第79話 カカシ
アンチノック家は家の規模は小さいながらも商売で成り上がり、共和国内で有数の力を持つ家で、エニシダはその次男として産まれた。
アンチノック家は代々継承者争いをさせる事で有名な家であり、年齢的に長男と次男であるエニシダが争うことになっていたが、長男が抜きん出て優秀であり、なおかつエニシダが後継者というもの自体にまったく興味を示さなかった為、争うこともなく後継者が決まった。
この関係上兄弟仲は極めて良好で、兄が継いだ後は兄の邪魔にならない、かつそれなりのポストをもらい気楽に生きれるとエニシダは思っていた。
だが、その想定は王国から<仙甲ゲンブ>が渡ってきた事により大きく崩れた。
アンチノック家は商売で成功を納め、その到達の証としてある貴族家より<仙鱗セイリュウ>を極めて平和裏に買い受けた。
今その<仙鱗セイリュウ>をめぐり凄まじい争いが起こっている。
最初は正面からの購入の打診であった。
だが、値段などつけれるものではない、購入時も莫大なお金だけではなくいろいろなカードや利権を譲り渡した上での決着だ。
提示された金額や物品はその当時費やした資金と物資からみても物足りない数字であったため、アンチノック家は出された提案を尽く拒否。
結果、翌日より攻撃が始まった。
最初は、経営している店舗に馬車が接触したりだとかそういったことから始まり、輸送車の襲撃、強盗、未遂に終わったものの放火も発生した。
ここまで事態がエスカレートするのに1週間と経過していない。
これはアンチノック家が商売を大きくするのに腐心するばかりに、暴力に対抗する武力の拡充を疎かにしてしまっていた部分がある。
カードが複数存在する以上、できる限り弱い家から狙うのは自然な成り行きであり、アンチノック家はその点である意味でサンドバッグ状態になっているのだ。
こうなるとアンチノック家は厳しい、ある程度共和国政府からのバックアップが有るとはいえ、恫喝に屈してしまえば今後の商売や家同士の取引で間違いなく舐められるし、かといって今の状態で突っ張るのであれば活動規模を小さくして守りを固める他ない。
アンチノック家にとって商売規模の縮小は家の勢力の縮小と同義である。
そのような状況もあり、エニシダ以下アンチノック家の家族は王国への疎開を決めた。
エニシダは自分も残ると言って聞かなかったが、父と兄に「我らが死んだらお前が跡継ぎなのだ」と一喝され渋々王国へ渡ることとなる。
そもそも今回の事態を引き起こしたのは間接的に言えば王国であるし、敵地から逃された先がよりにもよって元凶の王国である、更に父と兄に正論で逃げろと丸め込まれた自分への不甲斐なさがないまぜになり、エニシダの王国への印象は最悪の一言に尽きる。
とはいえ、不甲斐ない自分と罪のない家族を受け入れてくれたのは事実。
そこの差し引きで精々売られた喧嘩は買う程度で済ませようとしていたのだが、早々に天馬に喧嘩を売られた為このような状況になっている。
(ウォーダンから言われたのもあるしな)
集めた情報に応じて報酬が貰える、というのはその実エニシダにとっては非常に魅力的な提案であった。
自分が帰った時、アンチノック家の状況が好転している可能性は極めて低い。
<仙鱗セイリュウ>を奪われ周りに低く見られているか、<仙鱗セイリュウ>は奪われないものの家の勢力が大きく弱体化されているかの二択だろう。
お優しい兄のことだ、恐らく俺は家の外に出されるだろう、その後の家の負債と苦労を俺に負わせることのないように。
そんなことをさせてやるものか、意地でもうちの家を盛り返してやる。
エニシダの心にあるのはそれだけだ。
そして帰った時に今後も政府に残るウォーダンとのパイプとその報酬は少なからず兄の役に立つだろう。
エニシダ=アンチノック 齢14。
その双肩にかかる重圧は少年を強制的に大人へと引き上げていた。
現在4ターン目後攻、天馬の手番。
天馬の場には<ツーフェイスアンデッド>と<さまよう邪魂>が2体、エニシダの場には<ミラーファンタズマ><大道迎人>が並んでいる。
「では僕は…<さまよう邪魂>を2体でダブル召喚を行う」
「何!?」
エニシダは思わず声を上げた。
観戦している2人も声こそ上げなかったが信じられないという顔で天馬を見ている。
ダブル召喚の召喚条件などの情報は既に共和国でも天馬が解読した経緯と合わせて広く知られている。
同じコストのユニットが2体以上必要なこと。
召喚には呪文が必要なこと。
その呪文を王国の研究チームと天馬が共同で発掘・解読を行いある程度の数が判明したこと。
「この世の全てを呪いし亡霊よ、その悲嘆の叫びにて敵を恐怖に陥れろ!<地縛霊フィルモア>召喚!」
「コスト1のダブル召喚だと!?そんなものが!?」
想定外であったのはコスト1のダブル召喚の存在で、[合体]であってもダブル召喚、ジョイント召喚のカードでも3コスト以上のカードしかないと思われていたからだ。
2体の<さまよう邪魂>が光玉となり回転しながら合体し、青色の光を散らしながら女性のシルエットを形作る、そして光が消え実体が見えてきたその瞬間。
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
女性の金切り声が中庭に響く。
地縛霊フィルモア 3/0/3000
このユニットはアタックされない
このユニットは魔法の対象にならない
OU2
ユニット1体を選択し、効果を無効化する
極めて処理し辛い相手の能力を無効化するユニット。
欠点としては戦局に影響を及ぼさないので呼ぶタイミングを間違えるとあまり役に立たない事と、召喚時の叫び声がめちゃくちゃうるさい所が上げられる。
「さて、僕は続けて<グラップルアンデッド>を召喚、<ツーフェイスアンデッド>で<ミラーファンタズマ>を破壊、更に追加攻撃で<大道迎人>を破壊する」
グラップルアンデッド 3/4000/2000
このユニットがフィールドから戦闘以外の方法でセメタリーへ送られた時、一度だけタフネス1000で復活する
「あれがダブル召喚か…」
「こちらから破壊することができないのは厄介ですね」
「攻撃できず、魔法の対象にできず…全体攻撃魔法や効果で破壊するしかないか、厄介極まりないね」
ニコライとパフィが冷静に状況を解析する。
「面白いものを見せてもらい感謝する、テンマ…先生」
「生徒にそう言われるのは光栄だよ」
「精々ついていけるように足掻かせてもらう、俺は3コストを支払い<断罪の鉄拳 バロング>を召喚し、手札の<ガルファニア剣兵>を[合体]させ、<破城の剛腕ガイアノック>を召喚する!」
断罪の鉄拳バロング 3/3000/3000
このユニットが[合体]の素材になった時、デッキから[鉄拳]と名のついたカードをランダムで1枚手札に加え、手札を1枚セメタリーへ送る
破城の剛腕ガイアノック 5/4000/4000
名称に[の鉄拳]と付くカード+コスト2以上のカード
[クイック]
このユニットはユニットとの戦闘時のみ、アタックが+4000される
このユニットはユニットとの戦闘時のみ、受けるダメージが2000軽減される
シーズン6で登場した鉄拳・剛腕シリーズのうちの1枚
この時期としてはかなり使いやすい[合体]カードで、<拒絶の剛腕アンチノック>よりも出番が多い。
[クイック]が付いている為速攻で攻撃が可能な点が何よりもアドバンテージ。
[合体]ユニットはルールとして、合体するユニットの主体となるユニット、今回の<破城の剛腕ガイアノック>でいえば<断罪の鉄拳バロング>がフィールドに存在しなければ召喚することができない。
また、[クイック]の処理も独特で、そのカードが召喚直後であった場合は[クイック]で攻撃できるが、既に召喚元となるカードがアタック済みであると攻撃できない。
シンプルに2回攻撃はさせない仕様になっている、と考えると分かりやすい。
とはいえ、現代のカードラプトだと平気でこの縛りを突破する連中がいるのだが。
「<断罪の鉄拳 バロング>の効果でカードを1枚引き、セメタリーへカードを1枚送る、更に<破城の剛腕ガイアノック>でプレイヤーを攻撃!」
「これで先生のライフは26000、エニシダさんのライフは48000、状況的には圧倒的にエニシダさんが有利ですが…」
「あんなに自信満々なんだ、間違いなく何かあるだろうね」
パフィとニコライの懸念はこの後すぐ的中することとなる
「まず僕は<グラップルアンデッド>でプレイヤーへ攻撃を行い、5コストを使用し、<不死王の側近 リンドカッヘル>を召喚する!」
不死王の側近 リンドカッヘル 5 2000/3000
このユニットがフィールドに出た時、味方フィールド上のユニット1体と、敵フィールド上のコスト7以下のユニット1体を指定しても良い
そのカードを破壊する
<不死王>デッキの除去役として非常に優秀なユニット
スタッツこそ劣悪なものの味方と敵の1:1交換を強制できるのは非常に凶悪。
「<不死王の側近 リンドカッヘル>の効果で<破城の剛腕ガイアノック>と<グラップルアンデッド>を破壊!更に<グラップルアンデッド>はタフネス1000でセメタリーから復活する!」
(想定以上だ)
エニシダの胸中は穏やかではない。
ウォーダンから貰った情報で「カードラプトがとても上手い」というのは認識していた、だが偉業を達成した人間に対するおべっかや持ち上げている部分もあるだろう、と心の中で勝手に判断していた。
とんでもない、眼の前の男はありえないほど強い。
<破城の剛腕ガイアノック>が殴り返しに強いというのもあり、エニシダはどんなに相手が強くとも5ターン目開始のタイミングでフィールドが空にされるという事をほとんど経験したことがなかった。
(この男が次から対抗戦に出てくるのか?こんなやつが?)
共和国は王国と違い、当主=対抗戦出場者、という訳では無く、出場者と当主が別枠で存在することが許される雰囲気がある。
これは政治情勢が不安定な時期が長らく続いたせいもあり、共和国全体が代理出場をなし崩し的に認めてきた経緯があるためだ。
その為エニシダがアンチノック家に戻った際善意で家から出される未来もかなり可能性が高い事例として予想されるが、同時に父と兄が家の立て直しに集中するためにエニシダが代わりにアンチノック家代表として選抜に出場する可能性もそれなりにあるのだ。
(仮に選抜を抜けたとして俺や兄さんは勝てるのか?何をすれば勝てるんだ?)
エニシダは自問自答しながらも勝機を見出す為に必死に手札を確認し、最善手を考える。
「俺は4コスト支払い、<光速の鉄拳 タキオン>を召喚し、効果で<地縛霊フィルモア>を破壊する!」
光速の鉄拳 タキオン 4/3000/4000
このユニットがフィールドに出た時、相手ユニットの1体選択する
選択したユニットとこのユニットのタフネスを比較する。
このユニットのタフネスの方が高い場合、対象のユニットを破壊する
このユニットのタフネスの方が低い場合、このユニットのアタックは+2000される
鉄拳・剛腕ユニットの1種。
効果は非常に強力だが、素のスタッツが貧弱なのと、発動しなければならない効果の為相手フィールドにユニットがいないと召喚すらできない為、やや使いづらい。
<地縛霊フィルモア>が<光速の鉄拳 タキオン>が飛ばした衝撃波で破壊される。
「大袈裟な登場の割には何もなかったですね先生…ターンを終了します」
「そうかもしれないね」
エニシダの揶揄を天馬は上手くかわす。
(上手い…)
エニシダとは対象的にパフィは天馬の狙いを正確に読み取っていた。
(先生が<地縛霊フィルモア>を召喚するのに使用したコストはたった1,その1に対してエニシダくんはコスト4の<光速の鉄拳 タキオン>の効果を使ってまで処理した、この行動自体は正しい。でもこれを<不死王の側近 リンドカッヘル>にぶつけれていたら次ターンからの盤面はもっともっと有利だったはず、でもそれをするには<地縛霊フィルモア>の効果は怖すぎる)
そう、天馬にとって見れば<地縛霊フィルモア>はカカシでしかない。
結局のところ勝手に沸いた<うごめく魂>を使って召喚したもので破壊されたらわざわざコストを割いて対処してくれてラッキーだし、破壊されないまま後半に突入すればOUで敵の効果を消して妨害できる。
マナの数は有限で打てる対策もカードの枚数だけで無限にあるわけではない。
そういったアドバンテージの積み重ねが勝敗を分けるのがこのゲームだ
<光速の鉄拳 タキオン>で処理を強要した時点で天馬の勝ち、とパフィは判断した。
まあ、そもそもデッキの質に大人と子供ほどの違いがあるのだが、その考えに至れというのは酷である。
「僕は<不死王の番龍>を召喚し、<グラップルアンデッド>と<不死王の側近 リンドカッヘル>でプレイヤーを攻撃する」
不死王の番龍 5/5000/6000
このユニットの登場時、デッキの上から2枚のカードをセメタリーに送る。
このユニットが破壊された時、デッキからコスト6以上の<不死王>ユニットをデッキから手札に加えても良い
「さて、ここからだよエニシダくん」
「…何がだ?」
「ハンデを付け、大見得を切った手前僕も負けるわけにはいかないからね…観戦しているパフィさんとニコライくんも良く見ておきなさい、先生の闘い方を」
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