第76話 その余波(中)

「我が国の恥を晒すようで非常に言いにくいのですが、共和国の成り立ちから言って所謂武闘派の家がかなり多いです、先程も言いましたが武闘派が武闘派同士で戦うのであれば我々としても良いのですが…」

「そうはならないな、確実に」

「はい、既に『四仙カードを持っているが入れ替えに興味のない家』に対する攻撃は始まっています」

「その家に落ち度がない以上、カードを手放せとも言えんしの」

「ええ、そして現段階で起こり得るであろう事件のうち最も可能性が高く、最も影響があるのが…」

「誘拐か」

「正解です、当主の配偶者や子息子女、そのあたりが間違いなく狙われるでしょう」

「しかしそれはそちらの国でも犯罪であろう?取り締まれば良いだけではないのか?」

「ええ、確かにその通りです。ですが今回はあまりにも同時多発的に事が起こりすぎていて人手が足りていないというのが実情で、我らにできるのはせいぜい狙われているであろう人物をまとめて国の建物で保護することぐらいなのです、ですが…国内での保護では正直限界があります」

「手引されれば終わりか」

「一箇所にまとめて管理する場合むしろ誘拐しやすくなるのもあるの」

「はい…ですから、あくまでも人道支援の一貫として留学生とその家族を受け入れて頂きたいのです」

「ううむ…」

「ふむ…」


 カーネルとガンデラ王は困ってしまった。

 確かに、イリアの言っている事は理解できる。

 直近の報告を見ても共和国内の治安はどこがどう、という訳ではなくうっすら全体的に悪い。

 そして誘拐に関しても「やる家はやるだろう」ぐらいの認識でいる。

 家族を一端こちらで預かる、という部分は別に良いとカーネルとガンデラ王は考えている。

 だが留学生となると貴族学園への入学させることになるし、そうなるとテンマと接触が避けられない。

 しかし適齢期の子供を学校にやらない、というのも流石にまずい。

 となると受け入れるのであれば通わせざるを得ないし、今回預かるのはその性質上カードを使う家の子どもたちになるわけで、どうあがいてもテンマが共和国側の人間との接点を持ってしまうのだ。


(それが目的の1つではあるだろうな)


 だが、王国側としてもおいそれと袖にするのは難しい。

 理由の1つとして今回の一件の引き金を引いたのは間違いなく王国である事。

 王国側が共和国を貶めるために投入したのだ、と言われるとそういう気持ちが無かった訳では無いだけに否定し辛い。

 王国と違い共和国は市民の世論で方針が変わることもあるという部分も見過ごせない点だ。


 そしてもう1つは人道支援という名目である。

 実際、起きている事は既に共和国首脳だけでは対応できない状況というのは理解できる。

 保護する人間を国外にやってしまったほうが楽だ、というのも。

 そして「罪のない人間の保護」というのは人道支援に当たるのも事実。

 仮にこれを突っぱねた場合今後こちらで災害や事故が起こった時に満足な対応をしてくれない可能性があるし、何よりも共和国側の王国のイメージの悪化する懸念がある。

 共和国が民意である程度動く国家である以上王国討つべし、という雰囲気にならないとも限らない。

 実際に行動に映される可能性は限りなく低くはあるが、少なくとも国内の一般市民からの評判を下げることは極力避けたいのが実際のことだ。

 そういった意味ではミラエル王国は国内世論よりも国外での評判を重視しなければならないジレンマを抱えているとも言える。




「…2日、考える時間を頂きたい。我らの一存では決めかねる」

「2日でまとまるほうが我が国としては驚きです、こちらとしてはなるべく早く回答が欲しいのでありがたくはありますが…」

「決まる間、王城に滞在していただこうと思うがどうだろうか?」

「ご厚意に甘えさせていただきます」


 ガンデラ王に対しイリアはそう言い、軽く頭を下げる。


「客室に案内しましょう。お付きの方々も別途ご用意させて頂くのでこちらへ…」


 そう言い、カーネルがイリアとお付きの人間を客間に案内してる間にガンデラ王のみとなった応接室内に何人かの人間が入ってきて、ごそごそとイリアの座っていた周辺や、お付きの人間が立っていた周囲を確認し始める。


「異常ありません」

「そうか……もう出てきても良いぞ!」


 きい、と応接室の一角の壁が開き、隠された部屋から天馬が出てくる。


「委細聞いておったな?」

「はい…」


 天馬はばつが悪そうに答える。

 彼のキリン弱いですよという言葉が全ての引き金といえばそうなので、当事者として話を聞いてもらっていた、という事だ。

 そして天馬が出てきたタイミングでカーネルが部屋に戻って来たため、宰相を含む4人での会議が始まった。





「…今後の事や共和国内の世論形成を考えると、受け入れざるを得ないと思います」


 宰相は悔しそうに口を開く。


「むう…」

「…」


 ガンデラもカーネルも憮然とした顔で宰相を見つめる。


「家族の一次避難事態は問題ない、これは皆認識しておると思う」


 ガンデラの言葉に全員が頷く。


「問題は留学じゃの…」

「その通りです…間違いなく留学生は義弟に接触しに来るでしょう」

「でしょうね…」


 共和国には貴族は存在しないが所謂名家が貴族の代わりを担っている。

 貴族の子息子女が油断にならないように留学してくる子どもたちも当然、情報を仕入れようとしてくるだろう。


「そして我が娘婿が留学生に対しちゃんと対応できるかというと」

「難しいであろうな、義弟では」

「うう…」


 義兄と義父に断言され頭を垂れる天馬。


「…とはいえ、受け入れるとなれば入学させないという事はできない、いっそ暗殺されそうという方がよっぽど楽に受け入れができたわ」


 暗殺と比較して誘拐の難易度は桁違いに高い、国を跨いでいれば尚更だ。

 更に暗殺であれば防止名目で監禁も可能である。


「緊急的にどこかの館を借り上げて留学生組のみ隔離を…意味がないか」

「どちらにせよカードラプトの授業は受けさせないとまずいので…」

「むう…」


 テンマの信用のなさは折り紙付きである。


「授業内容を変えるのはどうでしょうか?当たり障りのないものにするとか…」

「それもまずい、我が国の生徒らのレベルを下げては本末転倒だ」

「それならば留学生の子達に補習をせねばなりません、今のままでは授業に付いて来る事ができないでしょうから…」

「そこが問題でな…」


 天馬とカーネルが頭を抱える。

 天馬の授業の補習をするイコール天馬が言語化したカードラプトのイロハが自動的に共和国の流出する、という事になるからだ。


「…テンマ殿の作ったカリキュラムもいつかは共和国に漏れてしまうものだと思います、時期が早まっただけと割り切るべきではないでしょうか?」

「ワシもそれしかないと思う、いくら考えても受け入れないという選択肢を取れる状況ではない」

「そうなってしまうか…」

「僕が聞く事ではないかもしれませんが、共和国からは何か見返りはあるのですか?それ次第でもあると思うのですが」

「それなのですが…」


 天馬の質問に宰相が困ったような顔で続ける。


「何も変わらないことが最大の報酬…と言いますか…」

「?????」

「私から説明しよう。これは向こうの…共和国の代表者と直接会話したことではないが、共和国側、例えば世論であるとか家から見た王国の評判…というよりは敵愾心だな、それを上げないように、もっといえば共和国首脳や加害者側に敵視をずらすように対応してくれるのが一番の報酬になると思われる」


 宰相の言葉をカーネルが引き継ぎ説明をする。


「すいません、いまいちピンと来なくて…」

「まあ無理もないか…まず、今回共和国側がこうなってしまった一番の理由はなんだと思う?」

「それは、<仙甲ゲンブ>が共和国の手に渡ったからでしょう」

「その通りだ、では<仙甲ゲンブ>を共和国に譲渡したのは?」

「それは…ああ…」


 なるほど、という顔をした後どんどん顔を青くする天馬。


「理解したようだな、今回の一件が更に大事になれば王国への批判は避けられないという事だ、心情的にはやりきれるものではないがな」

「そのあたりのコントロールを約束するというのが報酬ですか…」

「向こうは向こうで大変なのであろうということは理解できるのだが…」


 カーネルがため息を吐く。


「そういう事でしたら僕は反対できないですね、決定に従いますとしか…」

「他の貴族家からも突き上げはどうしたものか?」

「そこは共和国から金を出させて貴族にバラまいてある程度黙らせるのと、それでもダメなら予定外ではあるが召喚の呪文を教えるスケジュールを前倒しするしかないと思っています、父上からも何か宣言を出してもらう可能性があるかもしれません」

「わかった、いつでもできるように用意はしておく」


 その後も喧々諤々の会議が行われ、何度かの休憩を挟みつつ空が白む頃には大体話がまとまり、長きに渡る会議も終わりを迎えた。


「では、留学生は受け入れるという事で共和国側には通達する、その他の交渉はこちらでやるのでお前は留学生への特別授業の準備を頼む、さきほども言ったが我が国の生徒に施したのと同等の授業を頼む」

「わかりました」


 そこで解散となり、天馬はそのまま猛烈な睡魔と闘いつつ馬車で帰宅し、帰り着いたその場で倒れ込むように眠ってしまい妻たちを驚かせる事となった。







 王国と共和国が秘密裏に留学について合意してから1週間が経過した。

 共和国では小競り合いは一旦収束したように見えたが、全て未遂に終わったもののイリアの予想通り誘拐事件が発生し、家同士はかなりの緊張状態となっていた。



「お父様…お兄様…」

「パフィ、お母さんと伯母さんを守ってくれな」

「何かあったらいつでも連絡してきなさい」


 共和国首都ガリムステンの中心部にほど近い元王城を改装した共和国首脳本部、ここでは保護された3家の家族が集まり、留学という名の疎開について政府関係者から説明を受けている。

 そしてその説明に使われている大きなホールの入口付近でピンク色の髪の毛を緩くカールさせた青い眼の少女が涙を流しながら男性2人にしがみついている。


「泣くなパフィ、向こうで家を背負う君がそんなんでどうする」

「それにパフィは1人じゃない。他にも一緒にいく家もあるし何より家族が一緒なんだ、頑張りなさい」

「はい…」


 パフィ=オーディガン。

 <楽園騎士オーディガン>を要する名門オーディガン家の次女。

 この家は共和国内に4枚しかない<仙鱗セイリュウ>を所持している関係で複数の家から水面下で交渉と脅迫と暴力の3面からの攻撃を受け、いかに名門といえど全ては防ぎきれなくなっていた所に共和国からの打診がありそれに乗った形になる。

 避難するのは現当主とその長男以外全員。

 その為王国へ避難した際の家の代表が直系であり後継者の資格もある(現実的には長男が継ぐのが決まってはいるのだが)パフィとなっているのだ。


 父と兄との別れを涙ぐみながら惜しんでいると、職員が気まずそうに声をかけてきた。



「申し訳ありませんが、向こうで学校に通う予定のパフィ様に対し個別でお話がありますので、そろそろ…」

「おお、そうか…ではパフィ、元気でな。なあに、すぐ戻ってこれるさ」

「はい…お元気で…」


 そう言い、別れを済ませたパフィは別室に案内された。


「揃ったね」


 案内された部屋にはウォーダン=バグラングと対面するように2人の男性が座っており、ウォーダンに男性がいる側に座るように促される。


「…まず、我が四家のせいで君らに不便をかけてしまい、真に申し訳なく思う。本当にすまない」


 ウォーダンはそう言い、深々と頭を下げた。


「いえ、ウォーダン様が悪いわけでは!」


 茶色の髪を腰まで伸ばし、1つにくくった、身長がやや高いな男性が慌ててフォローを入れる。

 パフィは俯いて下を向いたままだし、もう1人の男性…というよりは男の子は憮然とした、納得のいかない表情のままだ。


「それで、だ。そんな君達には重ねて申し訳ないのだが、向こうの学校でやってもらいたい事がある」


 ウォーダンがそう言うと3人が一斉に顔を上げる。


「恐らく君たちが王国へ到着した後、しばらくは3人だけで授業を受ける形になる、その時カードラプトの授業もあるはずなのだが…」



「その際に担当になるであろう教員、テンマに関する情報を集めて欲しい、質は問わないし量も問わない。とにかく集めれる限り情報が欲しいんだ」



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