第75話 その余波(上)
「<仙甲ゲンブ>王国より襲来す」
「交換会最高落札価格」
「四仙所持家、警備を強化」
「首相が<仙甲ゲンブ>を国家にて管理を行うと明言」
交換会翌日、共和国の新聞はゲンブの話題一色となった。
「…まあ、こうなるか」
ハックマンは新聞をざっと見渡し、深くため息を漏らした。
「父からは適切な行動であった、と言質が取れました」
「彼ならそう言うであろうな」
目の下に隈を作ったウォーダンが答える、ハックマンもそうだが昨日は2人とも関係各所への連絡と協議に奔走され殆ど眠れていない。
「四家は良いが他の家の行動が些か想定外だな、こうも早く行動に移すとは…」
ハックマンは少なくとも国で抑えてしまえば暫くすれば大人しくはなるだろう、という目測で落札した。
だが実際に起こったのは「3枚揃えれば国管理の1枚と合わせてキリンを呼べる、3枚揃えていれば選挙での最大のアピール要素になる、それならばまず3枚を揃えよう」という動きだった。
特に2枚所有の家の動きは早く既に各所で小競り合いが発生しているようだ。
「とはいえ国が、精一杯妥協して政治に残る二家が今回のように落札しなければ事態はもっと深刻な事態を招いていたでしょう、お二人の行動は間違っていなかったと考えます」
そう言うのは金髪ロングのメガネを掛けた美人、共和国四家のうちの一家であり次期の離脱が確定しているルビーテンペスト家当主のイリア=ルビーテンペストである。
「現状は小競り合いで済んでいるが、もう少しすれば次期四家を決める選挙の公示が始まる、我らとしても初めての試みでどうなるか未知数だ」
帝制から共和制への急激な移行は政務に携わる人間からすれば生半可な苦労ではなく、特に制度設計はトライアンドエラーを何度も繰り返してやっと近年まとまったという状況だ。
そこに更に選挙という初めての大型行事が起ころうという時期にこの爆弾だ。
「あの王子はこれをすべて狙っていたのでしょうか?」
「多少は狙っていたとは思うが…ここまでの効果を上げるとは思ってなかったであろうな」
「隣国の過度な政情不安は向こうにとってもリスクですから」
隣国で事が起これば防衛に対する費用もかかるし、難民流入というリスクも抱える事になる。
王国も共和国もそれは避けたいからこそお互いに敵対しあっていてもある程度の手心は加えるものなのだ。
「それに、はっきり言ってトータルで見れば悪い話ではなかったからな。仮に<キリン>を呼べずともこのカード単体で国自体の戦力が上がるのは間違いない」
「本来お金で買える物ではないですからね」
「<仙甲ゲンブ>の召喚条件を見る限りですとディバノイド家のデッキにも投入できそうですしね」
ハックマンの発言にウォーダンとイリアも同意する。
そう、交換会単体で見れば21億を王国に支払ったとしても明らかに共和国が得をしているのだ。
その<キリン>が強ければの話なのだが。
「しかし…こう、実際に手に入ると<キリン>を呼んでみたいという欲が少しは湧いてくるものなのだな…あれらの気持ちも多少ながら理解できるというものよ」
厳重にパッキングされた<仙甲ゲンブ>を手に持って見つめながらハックマンは言う。
「国としては一度召喚をして確認をしておきたいですが、そういう訳にはいきませんからね…」
「召喚までの過程で何年かかるか、何回揉めるか…」
イリアとウォーダンがはあ、と肩を落とす。
「落札にかかった費用に関してはいくばくかはルビーテンペスト家からも出資します、独断ですが家内で文句を言う者はいないでしょう…負い目もありますからね」
ルビーテンペスト家は主に法律の整備に注力した家で、あまりの多忙さ故に家全体が疲弊してしまったが為に四家から降りる事になった。
法律を守る側も作る側も手探りだったせいで、ルビーテンペスト家にはあらゆる陳情が殺到したせいである。
「それと……元々の目的であったテンマの情報は手に入ったのですか?」
「分かってて言ってるでしょう?それ」
「聞くだけ聞きませんと」
「そんな時間はなかったよ、始まった瞬間に<仙甲ゲンブ>の対応しかしてなかったからね」
頭を軽く振っておどけながらウォーダンが答える。
「一度我が国にご招待したい所ですが…王国が許さないでしょうね」
[合体]カードにも少数ではあるが口上を唱えないと召喚できないものが存在し、共和国内で死蔵されているカードがいくつかあり、共和国側が天馬の話を聞いた時に最初に思い浮かんだのはその事であった。
結局机上の空論で終わったが、拉致計画が大真面目に議論されたぐらいには共和国は天馬を重要視しているのだ。
「今回のように国境沿い、最悪緩衝地帯の真ん中で幕を張って会合してでも一度話をしたい所なのだが、今のところ交渉の糸口すら見つからんのが現実だ」
ハックマンは酒を口に付けながら零すように言う。
「今思いついたのですが、王国に留学生をねじ込むのはどうでしょうか?」
「留学生?王国が首を縦に振るとはとても思わんぞ、受け入れる理由もないし…」
「いえ、理由は今できましたよ」
「何?」
「今、王国のおかげでとても困っている事態に直面しているではないですか、私達は」
イリア=ルビーテンペストはメガネをくいっと持ち上げながらそう言った。
「カーネル王子、南部の貴族派より連名で抗議が…」
「対応するから置いておいてくれ」
「ヘルオード家より経緯説明を要求されています」
「義弟がOKと言ったと返せ、彼女ならばそれで納得する」
交換会から日が経つこと3日。
王城の一角でカーネル王子を囲んで天馬・オズワルド・ウィルが飛び込んでくる伝令を捌きながらひたすら事務作業に没頭していた。
理由は当然、先の<仙甲ゲンブ>である。
莫大な落札価格とカードそのものがもたらした影響は共和国だけではなく王国でもそれなりに大きく、混乱が発生していた。
まず一番多いのが「あのような値段のつくカードを共和国に売っても良かったのか」という意見である。
通常1億程度で終わる交換会での最高落札価格が21億まで跳ね上がったというのは非常にインパクトがあり、貴族に限らず平民からも共和国へカードが渡ることへの懸念を示した人間が多かった。
出品を決断したカーネル王子も10億程度までは行くだろうという見方はしていたが、流石にその2倍の金額となったのは予想外であった為、その予想外からはみ出た部分の対応に追われている。
これは天馬のカード類を見過ぎてカード性能に関して麻痺していた、というのも一因であるとカーネル王子は見ており、その点から天馬にも責任が一端があるとして書類仕事を手伝わされている。
完璧なる八つ当たりではあるがそれに対し何か言うものはいない。
「カーネル王子!」
地獄の作業中、急に宰相が部屋に飛び込んできた。
「お前がそんな取り乱すとは、何かあったのか?」
「そ、それが…共和国の、共和国のルビーテンペスト家の当主が会談を希望しています!」
「…何だと!」
「今、国境の街におり王城で可及的速やかに会談を行いたい、と…」
「ここで、だと?国境付近ではなく?聞き間違いではないのか?」
「はい、確かにミラエル王国の王城で、と…」
「ウィル、ルビーテンペストって何?」
「…共和国を実質的に動かしている家の1つだよ、先々代の国王様みたいなものかな。万が一があってはまずいから、と基本的に国のトップが会談する場合は緩衝地帯に仮設の建物を作ってそこで会談をするんだ、お互いの為にね」
「じゃあ王城を訪れるっていうのは…」
「国家対抗戦の時ぐらいだね、それ以外だとまずない」
「はあー…何か嫌な予感がするな」
「テンマじゃなくても感じてるよ」
ウィルの言葉にオズワルドがうんうん、と頷いた。
「…今日は一端解散とする、やることができた」
ひとしきり宰相から報告を受けたカーネル王子はそう言い、走るようにして部屋を出る。
「…それはそれとしてこのへん全部片付けておかないと王子は怒るんだよね」
「やっぱり?」
「まあ王子いないってことは飛び込みは多分来ないだろうから…頑張ろうか、2人共」
ウィルの向けた乾いた笑いに対し死にかけの笑顔で返し、3人は再び作業に戻った。
3人が死にながら作業していた日から2日後、王城の応接室にはカーネルとガンデラ王、その向かいにイリア=ルビーテンペストが対峙していた。
「まずはミラエル王国に対し急なご提案に際し会談の機会を儲けて頂き感謝の意を」
そう言い、イリアは深く頭を下げる。
「そして、お久しぶりです、ガンデラ様、カーネル様」
「う、うむ…息災のようで何より」
ガンデラ王は少し気圧されている、訪問理由がまるで分からないからだ。
<仙甲ゲンブ>に関しては既に代金を支払ってもらっており今更値段に関して何かを言うとは思えない。
まさか亡命かという話であればこんな単身乗り込んではこない。
ミラエル王国の王城に来たということは間違いなく四家が承知しており、もし独断で行こうものなら間違いなく入国前に止められるからだ。
「イリア様、失礼ですが本日こちらにいらっしゃった理由をお聞かせ願いたい、我らとしても皆目見当が付かずいささか混乱しております」
カーネルの強めの詰問に対しイリアは涼しい顔でこう答えた。
「では、単刀直入に……ミラエル王国に対し、留学生を受け入れて欲しいのです」
「留学生…ですか?」
意外な申し出にカーネルもガンデラ王もきょとん、となる。
「ええ、留学生です。とりあえず喫緊で3人ほど。もしかしたらまた増えるかもしれません」
「お、お待ち下さい!勝手にそのような話を進められてもこちらも困る!まずは理由の説明が先でしょう!」
ぐいぐいと押してくるイリアに対し珍しくタジタジのカーネル。
無理もない、このようなことを言ってくるとは露とも思っていなかったし、そもそもその理由もわからない。
「おっと失礼…ですが今回の留学生の件は貴国も関係あるのですよ、もっと言えば先日の交換会で頂いた<仙甲ゲンブ>が、です」
そう言い、イリアはニヤリと笑いつつメガネを指でかちゃりと掛け直した。
「事実として、共和国の治安は残念ながらあまり良くありません」
これに関しては王国もかなり昔から掴んでいた為、特に驚きはない。
そして近年まで特に目立った改善がないことも。
「そして<仙甲ゲンブ>が国内に入った結果、更に困ったことが起こりました」
イリアは大袈裟にため息を吐きながら続ける。
「…王国の方もご存知ではあると思いますが、<仙甲ゲンブ>には他に3枚のカードがあり、それを揃えた者は<キリン>というユニットを呼び出す事ができます」
「我らもそれを理解した上でそちらに売却を行った」
「ええ、そうでしょうとも。そしてご存知の通り<仙甲ゲンブ>は共和国自体が落札する、という形で落ち着きました」
「そうだ、だからこの話はそこで終わっている、と認識している」
「ええ、その通りです。我々もそう思っていました。ですが…」
「…」
カーネルは黙ってイリアを睨む。
彼からすれば既に終わっている話だ、ただでさえ想定外の落札価格で国内からの突き上げが酷い時期にこんな話をしている暇などないのだ。
「今年、共和国で指導者の四家の入れ替えがあるのはご存知ですよね?」
「ああ、承知している」
王国側からすると考えられない話ではあるが、共和国は指導者を一定周期で交代するシステムを採用しており、更に来年以降は指導者すらも一部在野の家と交代する政策を取っている。
この国においては選挙、という言葉自体馴染みがないのだ。
「そして、指導者四家に入りたい家はこのようなことを考え始めたのです、国の管理している<仙甲ゲンブ>以外の四仙カードを全て集めればその入れ替えの時に有力な武器になるのではないか、と」
「それは…そうなっても不思議ではない…とは思うがの」
ガンデラ王が相槌を打つ。
「交換会が終わって今日で5日足らずですが、既にどの家も動き出しています…ただ、貴国の貴族同士の諍いでもよくあると思いますが…当然、武力も動きます」
「我々の国でも良くあるわけではないが…まあ、そうなるであろうな」
「それでもまあ、家同士でドンパチやる分には我々としても行き過ぎなければ介入することもないのです」
「それはこちらも一緒だ」
お家騒動はもちろんだが、貴族同士の小競り合いに関しても規模が小競り合いで済むのであれば王国でも王室は基本ノータッチだ。
そこまで管理していられないという実務的な問題もある。
「ですが今回は少し毛色が違いまして、問題というのが『四仙カードを持っているが入れ替えに興味のない家』に対する攻撃なのです」
「ふむ…?」
今一つ要領を得ないという顔でイリアを見つめるカーネルに対し、イリアはそのまま続ける。
「今回留学生として受け入れて頂きたいのはその『四仙カードを持っているが入れ替えに興味のない家』の子どもたちなのですよ」
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