第74話 王国からの爆弾
時間は少し遡り、天馬が王子らと共和国側のカードを鑑賞していた頃。
王国側のカード展示ブースではちょっとした騒ぎが起きていた。
「なんと…」
「これは…」
共和国側の客は全員1枚のカードに釘付けになっている。
今回王国側が目くらましとして用意した<仙甲ゲンブ>である。
仙甲ゲンブ 6/4000/8000
[合体]
名前に<水>を含むユニット+コスト3以上のユニット
このユニットがフィールドに出現した時、味方フィールド上の自分以外のユニットのタフネスを+2000する
フィールド及びセメタリーに<仙炎スザク><仙虎ビャッコ><仙鱗セイリュウ><仙甲ゲンブ>が揃った時、フィールドに<キリン>を召喚する
シーズン4で登場した[合体]ユニットシリーズである四仙獣の1種。
単体で使用する分には割と強いが、<キリン>を呼び出そうとするとデッキが破綻してしまう上、<キリン>そのものがかなり弱い為所謂「デザインに失敗した」カードに分類される。
ちなみに1シーズン毎に1枚ずつ実装された特別枠のカードな為シーズンが進むにつれて発生するインフレのあおりを受けて四仙獣1枚1枚の強さの格差が酷いことになっているのも残念な点である。
共和国側では<仙炎スザク><仙虎ビャッコ><仙鱗セイリュウ>のみしか見つかっておらず、15年以上前に王国で発掘された時にその情報を掴んでいた王宮はすぐに接収し、王宮内に塩漬けにしていた。
だが天馬による「<キリン>めちゃくちゃ弱いので別に大丈夫ですよ」という助言の元、注目を天馬から逸らす為今回王宮から蔵出しすることになったのだ。
更に、共和国では[合体]カードが非常に多数出土している事もあり、カードラプトをプレイする人間の大半が[合体]について強い思い入れを持っている。
その為、無理にでもデッキに入れるという可能性はかなり高く、外貨を稼げる+デッキに入れてくれれば弱体化するのではないか…という理由もある。
そのようなカードが出品されたとなれば首相とウォーダンも天馬ではなく、<仙甲ゲンブ>に注目せざるを得ない。
「…国内の発見数は何枚だったか」
「<仙炎スザク>が8枚、<仙虎ビャッコ>が7枚、<仙鱗セイリュウ>が4枚です」
ハックマンの問にウォーダンが答える。
「そしてこの<仙甲ゲンブ>は1枚…か、まずいな」
「ええ」
これは王国側としては全くの予想外ではあったが、この四仙カードは王国側が想定しているよりも共和国では非常に重要なカードであり、この四仙の取り合いで複数の家同士や商会同士が険悪な仲になっているのだ。
「現状、3枚揃えている家はなく2枚揃えている家が3つ…放置したまま入札に入るとあとあと血が流れますよこれは」
共和国は大災害のどさくさで帝政を一定の武力を用いて破壊し、なし崩し的に共和制へ移行した関係上なにかと暴力が発生する確率が王国と比べ非常に高い。
要するに血の気が多いのだ。
長く続いた以前の帝政はそれなりに腐敗しており、それが崩れた結果既得権益がある程度リセットされるなど良くなった部分は多い。
だがその反動で新たな権力争いが勃発し治安が悪化した負の部分があることも否めず、かなりの年月が経過した今でも、というよりは情勢が安定し大勢が決した今だからこそ、その影響はあらゆる場面で噴出している。
「まったく…あの男のことでも頭が痛いのに今度は四仙か…」
「しかしこのカードを今出してくるというのは王国も嫌らしいですね、こちらの状況を知っているでしょうに」
今共和国は率直に言ってきな臭い。
誰がどう、とか何がどう、とかではなく全体的に火種が燻っているのだ。
共和国の首相は任期制であり、帝政打倒の中心となった四家が持ち回りで首相を務め、それが二巡した後に初めて他の家に首相の門戸が開かれる…という事になっている。
そして今は二巡目の三期。他家が首相になれるチャンスが具体的に出てきている時期なのだ。
既存の四家からは二家が外れ、新たに二家が追加されるという取り決めになっており、その二家は内々で既に決定済みだ。
本来ならこのような話は紛糾する所ではあるが、その実今の四家には「政治などやりたくない、こりごりだ」と思っている人間が多く、一度の会合で早々に二家の離脱が決まった。
そして最大の問題として新たな二家の選抜の際に限定的ながら市民の投票が絡む事である。
今のこの世界の教育水準と情報伝達の遅さからすれば、首相を選ぶ基準などそう多くない。
つまり、この<仙甲ゲンブ>を手に入れ、キリンを召喚すれば新たな四家に近づく…と考える人間がいてもおかしくない。
この<仙甲ゲンブ>は燻っている共和国の情勢に火薬をぶち撒けるようなもので、統治者としてはかなり頭の痛い喫緊の問題となってしまった。
「国で用意できる額で落札できれば良いのだが…」
「また無駄遣いと責められますね」
「言わせておけば良い、一度できる限りの参加者を集めて話をしておきたいが難しいか」
「一応、声掛けだけでもしておくべきだとは思います」
「…そうだな」
ウォーダンとハックマンはお互いに頷いた後逆方向に走り出す。
この時点で2人の頭からは天馬の事など消え去っていた。
「それでは…<仙甲ゲンブ>の入札を開始します…3000から…」
司会の声がやや上擦っている。
無理もない、王国側の出物の入札が始まって以降共和国側の人間から漂う殺気が凄まじいのだ。
入札が始まった瞬間、ほぼ全ての共和国の人間が札を上げる。
「14000…14500…」
どんどん値段はつり上がっていくも、誰も札を降ろさない。
(やはり無理だったか)
ハックマンとウォーダンはあれから有力な家の人間に声を掛けて回ったが、手応えはなかった。
「王国は良くこのカードの出品を許したものだ」
「しかし首相、このままでは…」
「ああ…任期延長を覚悟しなければならんかもしれんな…」
そうハックマンが呟く間にもどんどん値段が上がっていく。
グラトニゼーラ共和国首相の任期延長の条件。
それは後任がなんらかの理由で決まらない場合か、内乱内紛内戦の類が起こっている場合である。
「18000…18200…」
どんどん値段は上がっていく、だが誰も札を降ろさない。
「王子…」
「ううむ…」
オークション会場の後ろから眺めていたウィルとカーネルは少し後悔していた。
明らかに状況が加熱し過ぎているからだ。
「多少、あちらが混乱すれば良いという軽い気持ちだったがこれは…」
「想像以上の火種となりそうですね」
当然王国側も四仙カードが共和国では重宝されているという情報は掴んでいた。
だが政争の道具になりそうだという事までは流石に想定していなかった。
「しかしこうなると共和国の事は暫く放っておいても良いかもしれんな」
「ええ」
現在の王国の対外的な懸念は共和国がいつ物理的な喧嘩をふっかけてくるかに尽きる。
現在はお互い今回の交換会のような催しを行い友好を保っているが、あくまでも表面上の話であって入出国にお互い厳しい審査がある等、仮想敵国であるというスタンスは両国変わりがない。
王国も共和国に負けじと大量のスパイを送り込んではいるが、政治中枢まで接近できているものは皆無で、なかなか政情の動きを正確に把握するという事はできていない。
王国から見ればどさくさとはいえ「武力革命」を成し遂げた共和国の四家が政情が安定すれば王国に対し牙を向く可能性を考えないほうがおかしいとも言える。
なので内部で争ってくれるのであればそれは歓迎すべきことではあるのだ。
「カード1枚で外貨と年単位の平和を買えるなら安いものか」
「そうですね」
「な、72200…72400…」
司会の顔面は既に青くなっており、声も先程よりも上擦り言葉に詰まる事も増えてきた。
金額は異常な領域に突入しているのにまだ半分以上の人間が札を上げているからだ。
カードの値段に関しては基本的にオークションの司会進行を円滑に進めるために、末尾の「万」の数字は省略されており、現在の価格は7億2400万となっている。
普段の交換会ではそれこそ1億を超えれば凄いと言うような程度の額で収まるあたり、今回の金額の異常さが伺える。
裏を返せばそのぐらいのカードしかお互い出さないという事であるが。
とはいえ彼らが誰かが落札した<仙甲ゲンブ>を共和国内で改めて買おうとすればお金では絶対買えない。
自分の資産や土地、果ては家族まで差し出しても所有者は首を縦には振らないだろう。
お金で買えるカードは安いのだ。
「89000…」
この金額となっても未だ3割ほどの人間が札を上げている。
この状況、ハックマンは札を上げ続けながらもかなり焦っていた。
(15億を超えれば下手をすれば内戦が起こるぞ…)
今の共和国は治安は悪いながらも政情は極めて安定をしている。
だがそれは帝政からの以降後、良くも悪くも家の序列が固まってきている証でもあり、ある意味で「諦めている」家が多い証でもある。
だが<仙甲ゲンブ>はそういった諦めた者たちを再び奮い立たせる可能性がある。
いざとなれば実力行使や私兵での恫喝、侵略を厭わない家はハックマンが少し思案するだけでも10はくだらない。
そしてそういう家は基本的にスキあらば戦争をやりたがるような家なのだ。
この地域の政治はカードラプト中心で動いており、それを快く思わない家も当然ながら存在する。
これは共和国に限った話ではなく王国でもそうだ。
王国と共和国との最大の違いは成り立ちが武力革命か否かであり、武力行使のハードルは必然的に共和国側のほうが格段に低くなる。
更に共和国には帝政復活を訴えている団体や家が少なからず存在し、こういった勢力は武力によって事を打開しようとする可能性が極めて高い。
そういった武力の矛先が外に向かうのならば良い、とハックマンは考えている。
ガス抜きとして中立地帯へ攻撃を仕掛けるなんてことは10年周期ぐらいでお互いのにやっているからだ。
そしてその場合相手は国であり規模も大きい、所謂武闘派連中も落とし所を考えて行動するだろう。
だが敵がミラエル王国なんかよりもずっと小さい国内の家であったとしたら?
武力行使により家が潰れる、等ということが起こってしまったら?
ハックマンが何よりも恐れているのはそこである。
「…ウォーダン、札を下ろして私に金を貸してくれ」
「…」
ウォーダンは下ろさない、彼とて家の代表である。
しかも彼は度重なるスパイ活動が貢献著しいとして兄を押しのけて次期当主となったのだ、実質的な上司の命とはいえここで簡単におもねる事はできない。
共和国四家の1つであるバグラング家の家督を継承するまでは1つのミスも許されないのだ。
「頼む、君の父や兄には私や他の二家からもフォローを入れさせる」
ハックマンは懇願した。
そうしている間にもどんどん値段はつり上がっていく。
ウォーダンはしばし目を伏せ、大きなため息を吐き札を降ろした。
「…恨みますよ」
小さな声でそう呟いた。
ウォーダンとて内戦は御免被るという気持ちは当然あるし、<仙甲ゲンブ>が国の管理となれば少なくともバグラング家には得がある。
他二家からの覚えが明るくなるというのはハックマンの独断であろうが、当主の性格的にそういった話を取り付けるのは容易いであろう。
後の問題は父は良いとして兄だ。
この点に関してもせいぜい眼の前のおっさんをこき使ってやろうとウォーダンは考えた。
「…213200…もう…いらっしゃいませんか…?」
司会がおそるおそる、といった様子で確認をする。
「えー…では…213200で…ハックマン=ディバノイド様、ご落札です!この数字は歴代最高額となります!皆様!大きな拍手をお願いします!」
無理くりテンションを上げた司会と対象的に観客の反応は鈍い。
ハックマンが立ち上がりお辞儀をするもまばらに手を叩かれるのみ。
本来であれば万雷の拍手で祝福されるはずだが、何人かは憤怒の表情でハックマンを睨みつけている。
(やれやれ、なんとか…なったか)
そんな雰囲気とは対象的にハックマンは安堵していた。
少なくとも国で管理することになればおいそれと他の家は手出しができないからだ。
4枚揃うという目処が立たないのならばそう波風は立つこともないだろう、とも思っている。
支払った代償はあまりにも大きかったが内戦の芽を摘めたと考えれば安いものであろう。
(とはいえ、今後は大変だ)
自分の任期はこの一件の後始末で終わるだろうな、とハックマンはその場から立ち去りながら肩を落とし、1人ため息を付いた。
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本来の共和制とはシステムがかなり違いますがご愛嬌ということで…
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