第73話 グラトニゼーラ共和国

「お初にお目にかかります、私カーネルの第一夫人のクルハと申します、そしてこちらが嫡男のレットです」

「ご丁寧にどうもありがとうございます、テンマです」


 2歳ぐらい?の赤子を抱いたブラウンのショートヘアの女性に頭を下げられたので俺もそれにならう。


「第一夫人というと…他にも奥方が?」

「今はおらんよ、だがどうせ娶る事になるのでな…」


 カーネルさんはため息を付く。

 王族は長男相続がほぼ決まっている関係上、何人か嫁を取らねばならないというのは前にカスミから聞いたなそういえば。


「正直私にはクルハだけで手に余る故、あまり気は進まないのだが…」

「おだてても何も出ませんよ」


 こう見るとカーネル王子も人の子だな、ていうかクルハさんが強いのか。


「そういえば義弟殿は自分の肩書は覚えているかな?」

「え?えーと…貴族…で教師…ですよね?」

「もう1つあるだろう?」


 そんなものあったっけ?


「…王室付きのカードラプト講師だ」

「ああ!」


 やべー完全に忘れてた…そんなんあったわ…。


「当然だが、この子に教えて貰う事になる、今のうちに顔を覚えておけ」


 そう言いカーネルさんはクルハさんから受け取ったレットくんを両手に持って前に出し、俺にずいっと見せてくる。


「よ、よろしくね、レットくん」

「あう」


 うむうむ、とカーネルさんが頷いてレットくんをあやし、その様子を興味深そうに

 クルハさんが思わず口を開いた。


「アナタがそんなに男性と仲良くなるなんてウィルさん以来かしら」

「ああ…言われてみればそうかもしれんな…」

「失礼ですが、学生時代とかはどうだったので?」

「ふふふ、テンマさん、この人がこの性格で学校で学友とうまくコミュニケーションが取れると思いますか?」

「ええと…」


 そんなの答えられるわけないだろ!

 友達少なそうだなとは思うけど!


「回答は控えさせて頂きます」

「お前は本当に取り繕うのが下手だな」


 カーネルさんに呆れられつつ、そのまま昼前まで雑談に興じた。

 クルハさんからはいつでも来てくれと言われたが、あれ社交辞令じゃないだろうなあ…レットくんの教育係の1人だし…。









「えー…本日は両国の方々をお招き…」


 カーネルさんの家族と引き合わされてからやや1週間後。

 俺はオズワルドの付き人としてカーネルさんの家族と引き合わされた翌日には現地入りし、そのまま開会式に出ていた。


「昨今は王国、共和国双方において非常に情勢が安定しており…」


 壇上で喋っているのはなんか王国のデカい商会の会長らしい。

 実際に準備をするのは王族や向こうで言えば国家元首だが、あくまでも商売の為というていでやっているので王族だろうが貴族だろうが建前上参加者の1人という事になってるんだとか。


「双方の国家の発展と安寧を祈って…」

「長いな…」

「あの人はいつもあんな感じで…あんな感じだ、あの人はあれでやり手だ、口を慎め」


 おっと、今の俺はオズワルドの部下だった、あぶねえ。


「失礼しました、オズワルド様」

「分かれば良い」


 今の俺は髪の毛を染料で赤く染め、髪型も髪が伸びてきたのもありバッサリと短く切って教師の時の印象を消しつつ、執事服を装着していかにも一端の執事ですよというルックスになっている。

 ちなみに嫁さん達にはその姿がたいそう評判で、これが終わり次第この格好でもてなすことが既に決まっている。


「さて、そろそろ交換会開始といきましょう…皆々様、盛大な拍手をお願い致します」


 おっと、そろそろ始まるらしい。




「お久しぶりです、カーネル王子」

「こちらこそ、ハックマン殿」


 まずはカーネルさんとウィル・オズワルドと一緒に挨拶回り。

 この人はグラトニゼーラ共和国の現首相のハックマン=ディバノイド。

 この交換会は王国主催の場合は共和国の首相が訪れを次期国王がもてなし、共和国主催の場合は王国の国王が訪れ副首相がもてなすという伝統がある。

 見た限りでは四十代ほどであろうか、カーネル王子より一回り年を重ねた感じ。

 長髪を後ろで三つ編みでまとめているのが印象的。


「紹介させていただきます、こちらマグネトランザ領嫡男オズワルドと、前回も随伴させましたハルモニア家嫡男ウィルです」


 紹介されオズワルドが恭しく頭を下げる後ろで俺は直立不動の姿勢を取る。

 オズワルドのみ紹介されたのでここで俺も一緒に頭を下げるのは不敬に当たる…らしい。


「ではこちらも…ウォーダン=バグラング、バグラング家を来年継承する期待の男子です」


 ウォーダンと紹介された男性はいかつそうな名前に似合わず俺よりも頭1つ小さく、華奢な体躯と男性にこんな事を言うのは失礼だが、まるで女性のような顔立ちだ。

 男子、と強調したのはそのせいであろう。


「カーネル殿、例の…テンマ…殿と言いましたか、彼は本日は来られてはないので?」


 ぎくっ


「申し訳ありません、彼は家がまだ落ち着いていないのもあり今回は参加が叶わず…」

「そうですか…一度是非お話をお伺いしたいと思っていたのですが」

「またこちらで機会を作ります故、今回は何卒ご容赦を…」


 後ろにいるんですよね…。

 俺は怪しまれぬようとにかく平常心でオズワルドの後ろで直立不動の姿勢を取る。

 ちなみに、グローディアさんも王子の護衛として随伴している。

 彼女は共和国でも有名らしく、護衛の身ながらカーネル王子の次に声を掛けられる機会が多い。


「では後ほど、そちらの品目を楽しませていただきますよ」

「お互い楽しみましょう」


 固く握手をし、そのままハックマン首相と分かれる


「よし、ではこちらも共和国側の出物を見に行くぞ」

「「了解です」」


 ウィルとオズワルドが答え、俺は無言でそれに続く。

 しかしカーネルさん凄いな、俺の事本当にいないものとして扱ってら。

 ああいうのができないと王様なんてなれないんだろう、そう考えると向こうの首相も…とんだ曲者なんだろうなあ…。













「ウォーダン、どうか?」

「無茶言わないでください、私だって本物を眼の前で見たわけではないのですよ」

「むう…」


 カーネルと挨拶をした後、共和国側の2人はこっそりと会場を抜け出し、自前の馬車内で密談を行っていた。


「あのテンマとかいう人間をカーネルが連れてこない等有りえん、となるとお付きの執事が怪しいと思ったのだが」


 当然だが共和国だって馬鹿ではないし節穴でもない、天馬という人間の存在が確認できた時点で山盛りのスパイを送り込んだ。

 ウォーダンもその1人だ。

 彼はまごうことなき男性だが、その華奢な体躯と女性と見紛う顔を生かしてスパイとしてちょくちょく王国へ潜入していた。

 首元をスカーフで隠し、手袋をし、ウィッグを付け化粧をすれば立派な商家の娘である。

 当然、王国側もそうなることを見越して天馬を公の場に顔を出させたのは選抜の開会式と観戦の時のみ。

 学園は部外者は卒業生のみしか入れないし、他国の来客は応接室でストップされ教室は基本見れない。

 通勤も馬車を使い降りる時も遮蔽物で顔が見えなくしている徹底ぶり。

 天馬は特に意識はしていないが、受け入れる側のさりげない配慮により機密性が高まっているのだ。

 特に観戦はダブル召喚が出現した関係上多くのスパイが試合を確認する方を優先せざるを得ず、更に関係者席で見ていた為多くの人間が遠目でしか見れなかったという現実がある。

 授業の内容にしても漏れているのは漏れているが、その情報を共有しているのは王国内の貴族に限られておりその実践的な内容故に自然と貴族家が他に漏らさぬように現段階では管理している為、幸運にも現段階では共和国側は情報を掴めていない。

 あくまでも授業がとても上手くカードの知識もある、という所までだ。


「あのウィルとオズワルド…でしたっけ、あれの後ろの執事が怪しいといえば怪しいのですが…」

「確証に至らず、か」


 ウィルの執事兼護衛も今回のためだけに選抜された天馬と背格好と顔の印象が似ている者で、


「別室に待機させている可能性もあります、私の意見を鵜呑みにしないようにお願いします」

「ああ、ああわかってる、それも探らせている最中だ」


 当然の話ではあるが、このぐらいの探りは王国側も勿論やっている。

 彼らだけが卑怯であるということは決して無いのだ。

 ある意味で「お互い様」という奇妙な状態である。


「ウォーダン、本当に連れてきていない…という可能性はどのぐらいあると思う?」

「私の見立てではかなり低いとは思います、次の対抗戦のことを考えれば彼のような知識人は絶対に連れてくるはずです」


 カードに詳しい人間をこの交換会に連れてきて購入の助言を貰う、というのは王族に限らず貴族も商人もやっている事で、あまりカードは強くないが助言の顧問料で糊口をしのいでいる貴族家もある。

 ウォーダンやその他のスパイが持ち帰った情報を統合すれば間違いなくあの王子は天馬を連れてくるのではないか、というのが共和国側の見立てだ。


「首相、そろそろ戻らねば怪しまれます」

「そうだな、王国が出品しているアレも確認しなければならん」


 天馬の預かり知らぬ所で国同士の攻防戦が繰り広げられている。

 知らぬは本人ばかりなりである。







 俺たちは一通り共和国側のカードを見て回り、改めて1枚ずつ精査している状況だ。

 共和国側から提示されたカードが22枚、ウィルによると例年並みらしい。


「ウィル、これはどうだ?」

「ふむ…」


 偵察機械ゲトリマー 4/3000/1000

 このユニットが破壊された時、<偵察ビーコン>を2体召喚する。

 この<偵察ビーコン>は[合体]の素材にはできない。


 シーズン11では禁止カードに指定されている超パワーカード。

 何がまずいのかというと、まずこの<偵察ビーコン>の性能が4/1000/1000

 という点である。

 このカードが出てきたのはシーズン3であり、まだ[合体]以外には[進化]しか召喚法が存在しなかった為テキストもこの書き方で問題がなかった。

 だがダブル召喚、ジョイント召喚が出現して潮目が変わる。

 テキスト通りの挙動として、[合体]以外の召喚方法では自由に使える為当然ながらダブル召喚やジョイント召喚に当然のように使い倒され、その結果あえなく禁止指定を食らった。


「ああっ」


 後ろで見ていた俺はわざと手帳を落とす。


「…何をしている、子供ではないのだぞ」


 それに気付いたオズワルドが振り向き注意をする。

 それに対し深々とお辞儀をする俺。


 当然ながらこれは俺とカーネルさんが考えた符丁だ。

 俺が物を落とす、俺が靴のつま先でコツコツコツ、と3回、あたかも履き心地の調整をしているかのようなフリをする。

 その他、オズワルドに「お前はどう思う?」と振られたら特定の答えを返すなど色々。

 最初は重要度別に符丁を変えるかという話にもなったがカーネル王子からしてみればそれを全部購入するだけであるから、とにかく不自然に見られないように同じ行動をするな、と言い含められた。



「王子、この<白き暴虎>はどうでしょう?」

「効果は…」

「お前はこのカードをどう思う?」

「はい、不勉強故的外れかもしれませんが非常に強いのではないかと…」


 そんな感じで商品の物色は進み、結局こちら側で購入するものは3品目5枚という形になった。





「それでは入札を開始いたします、まずは共和国の出品を…」


 主催の会長の眠くなる声が会場内に響く。

 入札は単純なオークション形式で、司会がどんどん金額を上げていく中で手元の札を最後まで上げ続けた者が落札となる。

 このイベント、名目上交換会なのだが、カードはそもそも価値が人によって違いすぎる為交換すること自体が難しいという事でこのようなオークションが主流となった経緯がある。


「おめでとうございます!共和国出品の<滅びの塔>、フェイブル=エメシア様が落札となりました」


 誰かが落札すれば拍手、そして落札した人はお辞儀をして場を離れる。

 そう、このオークションで落とせるのは原則として1人1品までなのである。

 これは1人や2人が商品が独占してしまうと単純にオークションそのものが盛り上がらない、という純粋な理由でそうなっている。

 当然ながら事前に代わりに落札してもらう約束をしてはいけないなどの規則もないため、有名無実となっている感は否めないが、こういうものは建前が大事なのだ。


「では次…<偵察機械ゲトリマー>の2枚セット…3000から」


 お目当てのものの出品が始まった瞬間、ウィルとカーネルさんが同時に札を上げる、


「4400…4600…4800」


 ウィルとカーネルさん以外の札が下がっても2人は下ろそうとしない。


「8000…8200」


 ここでウィルが札を降ろした。


「おめでとうございます!共和国出品の<偵察機械ゲトリマー>2枚セット、カーネル=ミラエル様が落札でございます!」


 一際大きな拍手が会場を包み、カーネル王子が一礼し退席する。


 当然ながらこれは言わばやらせ、茶番だ。

 主催側のトップである人間はカードの何か1種類、それも高い値段で落札する。

 これが暗黙の了解として存在する。

 ホストなのだから盛り上げる義務があるというロジックだ。


 ただ原理上1人で値段を釣り上げる事はできないため、協力者が必要であり

 その協力者というのは一般的に王子や首相の腹心が担当し、この行動そのものが腹心の紹介と宣伝も兼ねているという訳だ。

 そしてこの値段の吊り上げ方も難しい、あまりに安ければ侮辱と取られるし、高すぎても浪費家のように思われる。

 そういう絶妙な値段に調整できるかどうかも腕の見せ所らしい。

 …ここまで全部ウィルの受け売りである。


 その後も順調に入札は進み、共和国側のオークションは終了した。

 3枚全部俺たちのグループで落札しては怪しまれるので、3枚中1枚は別で用意した貴族に代理で落札をしてもらった。


 さて、次はいよいよこちら側のターンだ。


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