第72話 交換会の準備

「あらあら、寝ちゃったみたいね」

「今日は激しかったですねえ」


 カスミとトリッシュが困ったように顔を見合わせる。

 目の前にはシオンの胸に顔を埋めてバカみたいに爆睡する天馬がいた。



 マグネトランザ領から我が家に戻ったテンマは、こちらに来て初めて2週間ほど妻たちと離れ離れになっていたせいか、帰ってすぐ大運動会を開催した。


「なんか兄さんが言うにはレオンに私達についてなにか言われたんだってさ、それもあるかもね」


 天馬の頬をつんつん突きながらカスミが言う。


「ええ?」

「初耳ですが…」

「そんな事が…」


 トリッシュとシオン、更に布団を持ってきて天馬にかけていたクレアがカスミに対し驚きの視線を向ける。


「ちょっと前に王都内に凶悪犯が紛れ込んだって情報あるからしばらく外出しないでって言ったでしょ?それよ」

「警備も強化されてましたが、その為ですか…」

「まあそういう事、もうレオンも処理されちゃったみたいだけどまだ残党がいるかもしれないから、暫くは様子見ね」

「わかりました」


 離れでの試合当日、レオンのあの発言が出たタイミングでカーネルが気を利かせて王都に連絡し、天馬邸の警備を最大レベルに強化していたのだ。


「まああの人が私達について言う事なんて1つしかないからね、兄からの伝聞だけど凄まじく怒ってたみたいだから」


 そう言いながらえらいえらい、と寝ている天馬の頭を撫でるカスミ。


「正直新しいお嫁さんを連れて来るかもな、と思ってた部分は少なからずあったのでそこはホッとしました」


 クレアはお茶を入れつつそうぽつりと呟く。


「実際兄さんからはマグネトランザのはどうか、って言われたよ。突っぱねたけどね」

「やっぱりあったんですね…」

「結局王家筋で取り込むらしいからあの子今後大変そうだけどね」


 王家で取り込むというのは基本的に逃げ場などないという事と同義である。

 家そのものが難色を示しているという訳でなければ個人の感情など知ったことではないのだ。









「ふわあ…」


 既に時刻は昼過ぎ、昨日は久々に帰ってきたのと、レオンの発言に自分で思っていたよりフラストレーションというか、独占欲というものだろうか、そういうのが自分の中にあったらしく物凄く頑張ってしまった。

 食堂で何かご飯でも貰おうかと廊下を歩いていると前からシオンが俺を探していたのか、小走りで駆け寄ってきた。


「旦那様、申し訳ないのですがすぐに着替えて客間に来ていただけますか?カーネル様がお見えになっておられます」

「王子が?とりあえず分かった、着替えてくるよ」


 やれやれ、また何か頼まれるなこれは。




「いきなりすまんな」

「先日はどうも」

「しばらくぶりだね、テンマ」


 急いで着替えて客間に入ると、カーネルさんに先日マグネトランザ領でお世話になったオズワルドさんになんか久々に見た気がするウィルがその場にいた。


「なんだか珍しい面子ですね、一体何が?」

「ああ、それなのだがな、多分知らないと思う故説明するが、もう少しで共和国とのカード交換会があるのだ」


 話としてはこうだ。

 基本的にこの世界のカードは遺構や遺跡から発掘される。

 基本はバラ、たまにパック、珍しいところでボックス ごくごく稀にカートン…という感じ。

 そしてそのカードの中ではこちらの国ではあまり使う事がないものも多く、特に[合体]カードやそれの補助カードはこちらの世界ではあまり需要がないが、ただ当然場所を変えて共和国では需要がある。

 逆も然り、だ。

 王国と共和国は現状仲が良くないとはいえ一触触発という訳でもないので商人なんかは普通に行き来しているし、向こうの情報も入っては来る。

 俺の話なんかもとっくに向こうでは広まっているであろう。


 そしてこの世界のカードは戦略資源でもある、そうであるからして国外への持ち出しは許可制であり、無断持ち出しはそれなりに厳しく取り締まられている。

 そして持ち出しの審査はかなり厳しい。

 だが商人からは当然、商売がやりにくいことこの上無いと苦情が入る。

 そんな苦情に対応するために数年に一度開催されているのが交換会だ。

 商人や個人、貴族より事前に申請されたカードを王家が一括で管理と会場への持ち込みを行い、他国や自国の人間にカード同士との交換や金品と交換する、というもの。


「で、義弟殿にはこちらから出す品目の事前チェックと、交換会に直接参加しカードの買付に協力してもらいたい」

「なるほど…それは僕に話が来るわけですね」


 この国で一番カードの知識あるの多分俺だからな。


「そういうことだ」

「わかりました、協力させていただきます」

「よし、ならばここからはウィルに話をしてもらう」


 ん?どういうことだ?


「テンマ、交換会に参加する時は便宜上こちらにいるオズワルド殿の部下という扱いになるから、髪染めと変装をお願いね」

「な、なんで…?」

「対抗戦まで情報はできるだけ隠しておきたくてな、なにせ義弟殿は世間では教職の傍ら王城で研究している若きホープ…という事になっているのでな」

「なるほど…」

「申し訳ないですが、頼みます」


 オズワルドさんが頭を下げてきた。


「いえ、僕も目立ちたいわけではないので、むしろありがたいですね」

「よし、では明日朝一で登城してくれ。何せ開催が既に1週間後に迫っているからな」

「思ったよりカツカツのスケジュールですね…」

「ネプチューン領の事があったのと、カードを一箇所に集めるのは何かとリスクが大きくてな。毎回チェックも移動も直前なのだよ」

「ちなみに、会場はどこなのですか?」

「両国持ち回りで交互に国境に一番近い街で行っておる、今回はうちの国で西部の端のゲインファング家、<天獣王ゲインファング>を掲げている領の国境近くの街パンスだ、ではな」


 そう言い、カーネルさんは帰っていった、相変わらず忙しい人だ。


「ウィル、赤ちゃんが生まれたそうじゃないか」


 俺は残されたウィルに対して話しかけた、そういえばお見舞いいかないとなんだよね。


「ああ、ありがとう。今回の交換会が終わった後にでも家に来てよ、歓迎するから」

「ちなみに男の子?女の子?」

「女の子だよ、とにかく無事に生まれてくれて良かった」

「まったくだ」


 恐らく男の子を望まれていたんだろうなあ、嫡男だし…。

 そのへんには触れないのがマナーだ。


「ウィル殿、遅れますがうちからもお祝いを出させていただきます」


 オズワルドさんはそう言い、少し頭を下げる。


「ありがとうございます、あと同年代だし口調はもっと砕けたものでいいよ。テンマもそうでしょ?」

「あー…まあ、うん」

「しかし…」

「特にテンマに対しては演技とはいえ部下になるわけだから、堅苦しいのは王子がいる時だけで良いでしょ。名前も呼び捨てでさ」

「そういうことでしたら…ウィル、テンマ。よろしく頼む」

「「よろしく」」


 その後、少し遅い昼飯を食べながら夕方まで同じ年頃の野郎と騒いでしまった、会話するの自体がかなり久しぶりでめっちゃ楽しかった。

 オズワルドとも良い付き合いができそうだ。





「テンマ様ですね、お話は聞いております。どうぞ」


 翌日早朝、門番の人に誘導され城の横にある大きな倉庫のような建物へ誘導される。

 移動中も建物の周辺も凄まじい数の兵士が警備しており、物珍しくキョロキョロと見わたす俺。


「このぐらいのカードの枚数と値段になると、城勤めでも魔が差す者がいるのですよ」


 平民であれば1枚で3代暮らせるような値段のものもありますから、と先導の兵士さんが言う。

 一際警備の厳しい入り口前で本人確認が行われ、内部に案内された。


「カーネル第一王子様より先に見ておいてくれとの言伝を賜っております、とかく共和国に渡してはまずいものを選別してくれと」

「わかりました、早速始めましょう」


 恐らく責任者であろう人が言うには、どう考えても向こうに渡してはまずいカードは王家で買い取って塩漬けにしているらしい。

 それを確認するのが俺の仕事、という訳だ。


「<グーチョキパンチ>…<魔撃の毒瓶>…このあたりは良いか」


 俺は人を伴って1枚ずつ確認する。

 保管方法は建物内に一定間隔でショーケースのようなものが配置され、その中に何枚かのカードが鎮座している、という形になっている。

 大袈裟な、とも思うがこちらの世界では1枚1枚のカードの値段が高い上に貴族や商人が絡んでいるのでこうせざるを得ない。

 お付きの人はまあ、監視役だろう。


「これは…やめといた方が良いな」

 変形機構バル 4/1000/2000

 このユニットがフィールドに出た時、3コスト以下の<機構>カード名を宣言しても良い。

 このカードの名称を宣言したカード名に変更する。


 合体テーマである<機構>デッキの要。

 合体は少なくとも合体するユニットの一方は名称指定されているものが多く、マナコストこそ高くなるがそれの代わりと成りうるカード。


 共和国に<機構>を使う人がいるかは知らないが、明らかに強いのでこういうのは排除しておくに限る。

 俺が兵士にカードを指さして伝えると、その兵士が何かの用紙を取り出しショーケースに貼る。



 結局、40枚ほどのカードの中から引っ込めたほうが良いものは5枚、残りは大丈夫であろう、との結論に達した。


「思ったより少ないな…」

「カードなんて何枚も見つかるものではありませんから」


 一仕事終えて建物内の休憩スペースで俺が漏らしたつぶやきをお付きの人が拾う。


「普通、埋まった遺構や遺跡が見つかるとしてもカードが出てくる事はそうそうないですし、1つの遺跡の発見、調査にはかなりの時間のお金がかかります、それを考えればむしろ今年は多いほうですね、向こうから出してくるカードが10枚を切るという年もありましたから」

「なるほど…」


 まあ考えればそれはそうである。

 元の世界でもいくらカードラプトが流行っていたといっても街中どこでも売っていたという訳でもないし、それを考えれば期間を置いて開催するぐらいの物量になるのであろう。


「それに…余り言いたくはないですが、密輸もありますからね。お互いに」


 いくら出入りを厳格にしたとして向こうに王国の預かり知らぬカードが無断で流れる事はあるし、こちらから流れてくるカードもある。

 当然、そういったカードは基本返却となるのだが…。


「危ないカードは返却しないですね、知らぬ存ぜぬを通します…向こうも同じ事をやっているでしょうしね」


 実際、共和国側で怪しいカードを使っている人間は多いらしい。

 共和国から王国を見ても同じでしょうけどとお付きの人は付け加える。


「あと、扱いに困るのが亡命者ですね。普通の人ならそう面倒くさいことはないのですがたまーにデッキを抱えたまま亡命してくる人がいるんです」

「処理がめんどくさそうですねそれ…」

「本当ですよ…私も10年ほど前に一度対応したことがありますが、基本的に亡命する人って大体終わってる人なんですよね、立場も人格も」

「そうなのですか?」

「基本的に政治闘争に負けたとして、その人の器量や才覚があるのであれば他の知古に引き取られるものなんです、それもなしに国外に出るとなると…」

「人格に問題がある可能性が高い、と」

「そういうことです、勿論全員そうという訳ではないですけどね」


 亡命者を祖先とする貴族家もありますので、とフォローが入る。


「基本的にデッキは相手側に返却して身の安全を保証するのが一般的ですね、カードさえなければどうでもいい人が大多数ですから」

「返却するんですね」

「共和国とは仲は決して良くないですが、現段階では戦争をするほど事態が切迫しているわけではありません、であれば国対国の約束は誠実に守らねばいらぬ隙を作ることなりますので…信用はしてませんが信頼はしなければならないのです」

「それは、そうですね」


 いくら嫌いな相手としても仕事はちゃんとやらねばならない、そこに感情を入れてしまうと面倒くさい事になってしまうからなあ。


「ただ、亡命した人の立場は正直良くはないですよ…残念ですが」

「それはそうですよね、スパイかもしれませんし」

「その通りです、現代ではよっぽどのことがない限りは役人や貴族にはなれませんし、死ぬまで一定の監視が付きますし移動も制限されます。それでも差別をしているわけではないのですが…」


 ですが、と間を開けてお付きの人が続ける。


「亡命者に対して悪趣味な事をする人もいるにはいます、そしてそういう悪趣味な振る舞いができる人は相応の権力があったりするのです…誰とは言いませんけどね」

「ああ…」



 お付きの人のしばらく雑談をしていると、カーネルさんが入ってきた。


「すまぬ遅れた。チェックは終了したか?」

「おはようございます、完了していますよ」

「おお、そうか…今度で良いので王城で保管している輸出禁止カードの確認もしてもらいたい」

「わかりました、そちらの都合の良いタイミングで伺いますよ」

「助かる、それとだ」


 カーネルさんが思いついたように続ける。


「今日の午前中は少し時間がある故、義弟殿には私の妻と引き合わせようと思うのだが、どうだろうか?」



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