第71話 後始末

「この度は本当にお世話になりました」


 ジョシュアさんのお辞儀をすると、後ろに控えた女性陣も続けて頭を下げる。


「本当であれば大々的にお礼をしたいのですが…」

「ご事情は理解しておりますので、お気になさらず」


 今回の一件、あくまでもネプチューン家が身内で処理をしたという筋書きになり俺の介入はなかったことになる。

 俺はあくまで王子に動向し研修者として呪文を伝授した、という役割。

 既に新聞では「レオンの手の者に負傷させられた嫡男ジョシュアが正々堂々レオンを成敗した」という話が散々喧伝され、劇も作られ本も出版されるとの事。


「僕としてはその…ジョシュア殿の父上の処遇さえなんとかしていただければ、ええ」

「はい…父はもう大丈夫です…二度と表舞台に立つ事はありません」


 少し暗い顔で吐き捨てるように言うジョシュアさん。

 これはまあ…そういう事なんだろうな。

 あんまりいい気分じゃないが、安心はできる。


「テンマ様、私からもお礼を言わせてくださいませ。離縁したとはいえ愚夫を負かしていただき真にありがとうございます」


 そう言い、前に出てきたのはジョシュアさんのお母さん。

 少しとうが立ってはいるが長身の美人で、こんな人いたのにレオンは浮気したのかよ、という感じの女性だ。


「本来であれば手ずから謝礼をする所なのですが…」

「私でも今ネプチューン家が何も出せないのはわかりますから」

「そこが非常に心苦しく…」


 何度も言うが、今回の一件は全てネプチューン家内で処理をした、という事になる。

 そういう訳なので俺になんらかの謝礼が来る事はない、というか出せない。

 今回の一件に俺が積極的に絡んだ事を知っているのはネプチューン家の所謂重臣のみで知らない人のほうが多いのだ。

 そんな中で俺への謝礼を例えばお金や物品で行った場合、その金の原資は当然、ネプチューン家の資産や金庫から出てくるわけで。

 この状況で俺に何かを渡せばそのお金や物の流れが事情を知らない誰かにバレた時に痛くない腹を探られ、他の領民に今回の一件がバレてしまう可能性もあるわけで。

 最悪家内のものにバレるのはいいとしても領民にバレるのは今後ジョシュアが統治するにおいて求心力の低下につながる為絶対に避けたい。

 なので報酬は出せない、という訳だ。


「先程も説明したがテンマには王宮から結納金に上乗せして謝礼を積む故、気にしないで頂きたい」


 カーネル王子が間に入り説明する。


 ネプチューン家から報酬を出せないとはいえ、俺がレオンを討伐した事は評価に値する訳で。

 俺が討伐に成功したことでネプチューン家が王室派に所属する事ができた、よってそれは王家が評価する事柄である、という事になった。

 その結果がカスミの結納金の上乗せである。

 結納金であればある程度大きな額となっても「期待しているのだな」とか「娘が可愛いのだな」と思われるだけだ。

 そもそも祝い金が少ないならまだしも多く出す事にケチを付けるなんてのは野暮が過ぎる。

 その為結納金に何かしらの謝礼を混ぜる事はよくあるらしい。


「明日の継承の儀には私もテンマも出席させて頂く、妻も連れて来ることができればよかったのだが…」

「また改めて訪れていただけると幸いです、勿論テンマ殿も」


 ジョシュアさんは苦笑しながら言う。

 ネプチューン領が王室派に転向する事が確定してからの王子の行動は早かった。

 ネプチューン家のまだ生まれてもない嫡子は王子の子供の中から結婚相手を決めるらしく、そうやって血縁を作って後戻りできないように外堀を固めるというのが常套手段なんだろうな、と。

 俺の時みたいに嫁さんを押し込んでこないだけマシなのかもしれない。

 いや、うちの嫁さんが嫌なわけではないですよ?決して。

 しかしジョシュアさんのまだ生まれもいない子供は生まれた時から伴侶が決まっているというのは羨ましいのかそうではないのか…


 あれ?これもしかして俺の子供もそうなるの…?

 そんな事をぐるぐる考える間に会談も終わり、カーネルさんに促され別の部屋に、そこにはオズワルドさんが控えていた。

 第二ラウンド開始って所だな。






「結論から言うと、少なくともマグネトランザ家嫡男の立場からも、私個人の立場からも王室派に与する事は必要だと思っています」


 オズワルドさんはあっさりとこちらに手を貸す事に賛同した。


「それはありがたい話ではあるが、できれば理由を聞かせて頂きたい所だな」

「色々ありますが、大きな点としては2つありまずはジョシュアがそちら側になったこと。うちが旗色を示さずネプチューンと何かやろうとしたら王子は妨害するでしょう?」


 この世界に限った話ではないが2つの勢力の中立に立つ、という事が可能なシチュエーションは2つだけで、2つの勢力に中立であることを望まれている場合と、その2つとある程度能力が拮抗している場合だけだ…というのが王子からの受け売り。

 以前のマグネトランザ領は中立であったネプチューン領と貴族派であったスルト領の間にあり、北部からの流通の拠点ということもありあまり色に染まるのもまずい、という思惑がマグネトランザ・スルト・ネプチューンの3領に存在し中立を名乗ることが許されていたそうだ。

 貴族派王室派と言っても敵対関係にあるような家は極々わずかで、いたずらにいがみ合う要因を増やすような事はどの家もしたい訳ではないのだ。


 だがネプチューン領が王室派に転向した事で力関係が大きく変化し、シンプルに「スルトとネプチューンどちらに付くか」という話になってしまったのだ。


「ただ、現状のまま王室派を名乗るとスルト家がどう出るかわかりません、こちらとしても関税の引き下げ等の懐柔策は用意するつもりですが」

「それに関しては問題ない、スルト家には<炎神スルト>の呪文を伝授する予定だからな」

「なるほど…」


 何度も言われているが、別に王家と貴族派の貴族は別にいがみ合っている訳ではない。

 故にある程度の利益供与は行わなければならない訳だ。

 それはスルト家も一緒で、仮にマグネトランザ領が王室派になったら騒ぐには騒ぐだろうが家臣へのポーズのために演技で騒いでいる面もある…らしい。

 正直よくわからんという顔をしていたらカーネル王子に「お前に土地をやらなくて正解だった」と笑いながら言われた、悔しい。


「もう1つはそこにいらっしゃるテンマ殿ですね。本人の前で言うのは少し憚りますがその強さと知識、私の知らないカードの話など、今後を考えれば是非お近づきになっておきたいというところが本音です」

「正直なことだ」

「今更取り繕った所で、でしょう」

「違いない」


 カーネルさんとカスミからは王室派以外の貴族には基本あまりいい顔をしたりしないように、とは言われている。

 仲良くするのは構わないがそこまで、と言う事だ。

 これも結局は線引の問題である。


「そういう訳なので、義弟殿には多少協力を仰ぐ事もあろう、よろしく頼む」

「ええ、オズワルド殿も改めてよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そう言い、オズワルドさんとお互い握手をする。

 これで一応、明日の式典と帰りのマグネトランザでの会合が終われば晴れて開放だ。






 翌日の継承の儀の会場は大入りで、前領主レオン不在の元つつがなく進行し、一通りの儀式が終わった所で主役であるジョシュアがおもむろに喋り始めた。


「ここでお一人、今後の私の統治を強力に応援して頂ける後援者の方を紹介させていただきます、どうぞ」


 その発言と共に舞台の横からカーネル王子が現れ、会場は大きくどよめく。

 当然だ、このタイミングでの王族の登場は即ち王室派への加入を表す。

 ちなみに中立であれば誰も呼ばず、貴族派におもねる場合はスルト家の家長が呼ばれていたらしい。

 俺はそんな2人を舞台袖で見守っている。


「ミラエル王国第一王子であるカーネルだ、先程ジョシュア殿からご紹介頂いたように今後我が王家はこの新領主であるジョシュアを強力にバックアップし、以前のような事にならぬようサポートすることを誓おう」


 ジョシュアさんの肩を抱きながら言い切ったカーネルさんに対し大きな拍手が上がる。

 前領主のせいで商売規模自体が小さくなり活気が失われていたネプチューン領に王室からの金や物が入るというのは領民であれば諸手を挙げて歓迎すべき事だからだ。


「そしてもうお二人…皆様に紹介したい方がいらっしゃいます…どうぞ」


 その言葉を待って壇上に出てきた人物に対し歓声が上がった。

 そこには昨日顔合わせをしたジョシュアさんのお母上ともう1人老紳士が入ってきたのだ。


「改めて紹介させていただきます、我が母にしてネプチューン家元正妻、ネーリス=ネプトティラノです」


 ジョシュアさんの母上、ネーリスさんは静かに頭を下げた。

 俺は当然知らなかったがこの方は商売に明るい上に庶民にも優しいこともあり非常に領民に人気があり、幾度となくレオンの悪政を食い止めた実績がある。

 彼女が疲れ果て正式に離縁した時に逃げ出した商売人も非常に多いのだ。


「そしてこちらがネプトティラノ家家長のファンギラ=ネプトティラノ様です、私の叔父にあたる方です」


 ジョシュアがそう言い、ファンギラと呼ばれた老紳士が一礼し口を開く。


「ご紹介頂いたファンギラでございます。本日はこのめでたき日に再度ネプチューン領の土を踏める事を嬉しく思います…今ここで宣言させていただきます、本日この時を持って我らネプトティラノ家はネプチューン家との交流を再開させていただきます」


 そう言った後でジョシュアさんとネーリスさんが抱き合い、更にファンギラさんとジョシュアさんが固く握手をする、この発言と行動に怒号に近い歓声が上がった。

 ネプトティラノ家は南部と東部の境にある商業の盛んな領で、ここと交流が制限されるのはネプチューン家にとって非常に厳しく、それが正常化するのは出ていった領民が戻ってくる理由に十分になるし、逆にネプトティラノを介しての人の流入も期待できる。


「更に、前領主レオンの行いにより交流の途絶えた貴族家との交友再開をカーネル王子の協力の元行える事となりました」


 ジョシュアのその発言にカーネルさんが小さく一礼をする。

 ネプチューン家が王家に頼る事になった一番の理由、それはレオンのやらかしで絶縁された家との交渉の仲介をしてもらうためなのだ。

 貴族家といえども人間の集まりであり、商売上や血縁、それこそ学生時代の怨恨から仲の悪い貴族家同士というのものはある。

 だが絶縁はそれを遥かに飛び越えた措置であり、ざっくり言えば「今すぐ殺してやりたいが戦争はしたくない」ぐらいのレベルらしい。


 普通、多少仲が悪くとも商売や人の交流にそれを持ち込む事は殆どないが、絶縁は明確な人の流入阻止とのセットで行われる事が多い。

 そしてレオンの所業で絶縁となった貴族家はネプトティラノ含め8家。

 しかも全てレオンが主要因ということでこれを王家を仲介してなんとか交流を復活させたい、というのがジョシュアさんの現段階での目標なんだそうだ。


「そして最後に、王家直下の研究所のご協力により、<水神ネプチューン>の召喚条件が判明し、本日それをお披露目できる運びとなりました」


 会場は重大発表の連続に既に暴動寸前であり、この言葉の後群衆を落ち着かせる為に客席に兵士が投入され、落ち着くまでやや時間がかかり更にテンションが上がりすぎて退場者が何人か出る事態となった。

 幾分落ち着いた会場で、ジョシュアさんとカーネルさんが互いに召喚する為に準備を始める。


「では…<水神ネプチューン>の召喚をもって、私がネプチューン領の領主であることの証明とさせていただきます…母なる青き海を束ねし偉大なる神よ!我が呼び声に答えただひとたび力をかしたまえ!<水神ネプチューン>!」

「その雄大な背に刻まれし緋色に輝く救世の紋様!その煌めきはこの世界を照らし全てを緋に染める!いでよ!<緋紋機竜ミラエル>!」


 水球が無数に現れ、それが一気に集合しウェーブのかかった水色のロングヘアに服はワンピース、そして全身に金色のアクセサリーを身につけた美女が降臨した。

 その横でミラエルも召喚され、2匹のユニットの下でカーネルさんとジョシュアさんが固く握手をし、継承の儀を締めくくった。






「息子がそう言うのであれば、良いでしょう」


 後日、回答を受け取るためマグネトランザ領尋ねると拍子抜けするほどあっさりと話が片付いた。


「今後の領の運営をするのはオズワルドですからね、誤解されているかもしれませんが私も別の反対していた訳ではないのですよ、息子に話を通さずには決めれない、というだけです」


 ペーターさんがしゃあしゃあと言い放つ。

 カーネルさんも流石にこの言い分少し怯んでいた。

 とはいえ、これでしばらく途絶えていた王家の南部へのツテが復活したことになる。

 完全に王家と一蓮托生の俺にとっては喜ばしい事であろう。


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