第93話 望郷
「『この文章を…読んでるのは…多分うちの子孫か…同郷の人間だと…思う…』」
俺は壁の文字を読み始める、全てひらがななので逆に読みづらいな。
「『箱にはあるカードが…入っている…』」
全員の視線が机の上の箱に集中する。
「『うちの子孫や…はたまた泥棒が…扉を破壊して…入ってきたのであれば…悪いことは言わないから…そのまま置いておくと良い…このカードは…君たちの手に余るものだ……同郷の者がこれを読んでいるのであれば…使い道は…任せる………ソウイチ=ヘルオード…』…だそうです」
「手に余るカードね…とりあえず箱を開けようかね」
そう言い、ヘンリエッタさんが箱を手に持ち開封する。
内部は厳重にパッキングされ、限界まで保存性を高めた作りになっているようだ。
何重にも成された包装を1枚ずつ剥ぎ取り、1枚のカードが出てくる。
ヘンリエッタさんにお前も見ろと言われた為横から失礼して確認。
悲嘆の天使バドライゲル 7/9000/10000
[合体]
コスト7以上の<天使>ユニット+コスト5以上のワースカード
このカードの[合体]に使用したワースカードが魔法カードだった場合、[魔法無効]を獲得する
このユニットがフィールドに登場した時、このユニットの[合体]に使用したワースカードをセメタリーから除外して良い
そのワースカードの登場時効果を発動する
[合体]に使用したワースカードが魔法だった場合、その魔法を発動する
まあ、正直そんな強くない、デッキに入れると弱くなるタイプのカードだ。
魔法のワースカードなんてそんな数ないし。
[合体]カードだしそういう意味で「手に余る」かな…?
…いや…これは…。
俺がカードを見ながら考えていると、ヘンリエッタさんが大きくため息を付く。
「一旦上に戻ろう」
そう促され、俺たちは地下室を後にした。
ここに来て最初に通された応接室にて、ヘンリエッタさんの話が始まった。
「…これを隠した理由は分からんでもない。始祖さんが生きてた時期は[合体]に関する迫害が結構酷かったからね」
そのままヘンリエッタさんは続ける。
「命を取られるほどじゃあないが、貴族が持っていると付き合いの線が細くなるぐらいの代物ではあったんだ、なにせこちらでは希少なパックやカートンが発掘されない限り殆ど出土しないからね」
「商人に売るのも共和国…その当時は帝国か、そちらへ流出のおそれがあるので基本王家に献上…という形を取っていたと聞いている」
ヘンリエッタさんの言にカーネル王子の補足が入る。
「しかし母上、正直な所あんな大仰な封印をする必要性はなかったのではないかと思うのですが…」
「私もそう思うがね、ただ始祖から受け継いだ品の扱いに関して死後に揉めるなんてことはよくあることだ…死人に口無しとも言うしね、あと汚れみたいなのがついてるし売るに売れなかったんじゃないか」
エストさんの言にヘンリエッタさんが答える。
「多分ですが、始祖…ソウイチさんは処分しなかったんじゃなくて、処分したくなかったんだと思います」
俺の発言に全員の視線がこちらを向く。
皆揉め事回避の為だという意見で一致しそうな雰囲気の中、俺だけはその言を否定したかった。
俺はテーブルの中央に鎮座している<悲嘆の天使バドライゲル>を指さしてこう言った。
「これは汚れではなく…誰かのサインです」
サインド。
イラストレーターや開発者、有名人などにサインをしてもらったカードの事である。
基本的にカード単体の価値としては大きく下がってしまうが、同じものは何一つ存在しない、世界に1枚のプレミア感が出る為価値が下がる事を承知でサインしてもらう人も大勢いた。
カードの表面に限りサインをしてもらっていても大会で使用可能であったのもポイント。
「僕も誰のサインかはわかりませんが、ここまでして隠したという事はかなり大事な、思い入れのあるものだったのでしょう。それにこのカードは正直弱いです、例えばヘンリエッタさんのデッキに入るかと言われると絶対にないです。そういった2つの意味で『手に余る』なんじゃないかなあ…と」
「では、あのような仕掛けを作ったのも…」
「同郷であり、カードラプトを知っている人間…自分のような存在であれば意図を汲んでくれるだろうという考えではないでしょうか」
「筋は通るね」
俺の言葉を目を瞑って聞いていたヘンリエッタさんは静かにそう言った
「それなりに良いモノが出てくると踏んだんだがね…まあこういう事もあるか」
「あんな厳重な守りだった訳ですから、肩透かしなのはそうですね…ただ、僕はこれ作った気持ち、ちょっとわかりますね」
「へえ」
言ってみな、と言わんばかりの視線に俺は言葉を続ける。
「元の世界との繋がりを絶ちたくなかったんじゃないかな…と」
「望郷…というものでしょうか」
「そうかもしれません、実際にどう思っていたのかは分かりませんが」
死んだ方ですから、とエストさんの質問に対し補足する。
「…まあ、せっかくのご先祖サマゆかりの品だ、どっかに飾っておこうかね…テンマ、今日はもう良いよ、嫁さんのとこにいってやりな」
なんか雰囲気がしんみりしてんな、やっぱ先祖のコトだし思う所あるんかね。
そう思いつつ俺はその場から退散した。
「マズったかね…」
そう言い、ヘンリエッタは片手で頭を抱える。
「見かけ上そんなにショックを受けてるようには見えなかったが…」
ヘンリエッタが早々に天馬を追い返した理由。
それは天馬が元の世界への帰還、先の言葉を借りれば望郷の念にかられる、ホームシックになる、あるいはなったのではないかという懸念からであった。
「義弟は妹にもそのへんあまり話さないらしいからな、トリッシュが唯一報告を上げていたがポジティブな内容だった」
基本、天馬の妻達は秘匿すべき情報は漏らさないようにしている。
例えばジャッジ用のルールブックの存在は家中の人間にすら漏らしてない。
だが国と情報を共有すべきである、という事柄に関しては躊躇なく情報を上げているのだ。
王国の認識として天馬の価値は以前よりもかなり上がっており、現状では「帰ってもらっては困る」という所まで来ている。
最初にハニートラップを仕掛けたタイミングでは「最悪生まれた子にカードを置いていってもらえば良い」というスタンスだったが、学校教師としての予想以上の働きと対レオンでの功績など、要人処理にとても便利な事が判明したからだ。
七傑などの土地持ちの当主や次期当主をそういった案件で動かすのはスケジュールの調整が必要だし、何よりも動けばすぐバレる。
天馬であれば王城から歩いていける距離にいるし学校教師以外の労務がないので身軽に動ける、なんなら学校の教職だって授業延期という対応が取れる。
使う側からして便利な事この上ないのだ。
「クロスモアとの縁談を持ち出した時の反応見ても特に何もなかったから大丈夫と思うのだがね…」
「お母様!?」
ヘンリエッタの言にクロスモアが噛みつく。
「ああ、ついでだから言っておくよ、テンマはお前を娶る事に同意した」
「なななななな何を勝手に!私は一言も同意なんて…!」
「貴族の娘の嫁ぎ先なんて親が決めるもんさ、その中でも幸せになる確率が最も高い男を選んでやったんだ、感謝して欲しいぐらいだ」
「~ッ!私はあいつ…あの男の授業をまだ受けなければならないのですよ!どういう顔で受ければ良いのですか!」
「そう考えて5年ほど猶予を貰った、それに婚約関係を公表する事もない。あいつも言っていたが他に適格者がいればそいつに鞍替えも問題ないよ」
いるわけないし、家の調査と審査も当然入るがね、とヘンリエッタが付け加える。
「そんなのお母様の胸三寸ではないですか!」
「当たり前だろう、何度も言ってるがお前は貴族の娘なんだ、ともかく伝えたからね、5年の猶予と言っているがお前が良ければもっと早めても良いのだからね」
「私は!あの男とは!絶対に!結婚しません!必ずもっといい男性を見つけてみせます!」
「あいつより良い男がいるのであればそれで願ったり叶ったりだ、期待しているよクロスモア」
「部屋に戻ります!」
ニコニコと娘の癇癪を受け流すヘンリエッタ。
ブチギレたクロスモアは応接室の扉を強めに締めてその場を後にする。
「お母様は随分あの方の事を買ってらっしゃるのですね」
ベルジュが意外だ、という顔で母親を見る。
基本、ヘンリエッタは男に厳しい。
娘が狩って来た男にも一通り言葉と腕力で圧力をかけたし、長女が嫁いだ先にも定期的にプレッシャーをかけて丁重に扱うよう相手の家に要求したりもしている。
「あれは男としては現状この王国で一番の優良物件だからね、カードは強い女には優しい頭も良い、娘を嫁がせるには最高の男じゃないか。貴族としては落第だがね」
ヘンリエッタの言葉にうんうんと頷き同意するカーネル王子。
「何よりも頭が良くて性格も良いと言うところがいいね、これは今の貴族の男にはないものだ」
「基本聡明な男性って大体性格悪いんですのよね」
そこまで名が通っていないとはいえ一応大卒の天馬は、教育機構が未成熟なこちらの世界で言えばトップレベルの頭脳を持つ人間だ。
それこそ数学などの教師もできるほどに。
「腕っぷしが弱いのはマイナスだけどね、まあここは追々鍛えれる部分だから良いよ…つくづくあいつに土地を持たせなかった判断が大きいね、あの王様もたまには良い事するじゃないか」
「領地経営という点では義弟にそういったセンスが皆無なのも大きいがな、領民を管理させるにはあいつは優しすぎる」
「まあその優しさで子供の教育もちゃんとするだろうし、うちの家からも押し込めそうなのを何人か見繕っておくかねえしておくかねえ、5歳ぐらいの年の差ならまあ許容範囲だろう」
「義弟の子には需要があるからな、生まれた子が女児なら嫁ぎ先、男児なら嫁入り希望の人間が無数にいる現状がある。義弟にには悪いが…」
「断る理由がないからねえ、普通の土地持ちならお家騒動の種となるからで断れるんだが、あいつはそうでもなく金もあるし」
「法服貴族の場合事前にデッキの継承先を決めておけば良いだけだからな、今の義弟であればカード抜きで縁を繋ぎたい人間はたくさんいる」
法服貴族の場合、勝敗による転封等の心配がないので後継者にそこまでカードの強さを要求されない。
というよりは強い人間は基本土地持ちになるので強い法服貴族というのがそもそもイレギュラーなのだ。
「ともあれ、今後のためにも今回の一件はちゃんとケアをしないといかんな」
「そうだね、今風呂に入れているからその間にあの子らに話通しておこうか」
カーネル王子とヘンリエッタが悪どい顔を浮かべながら将来図を勝手に描いている。
基本彼らは天馬の事を心配はしているが、根っこは貴族なのだ。
自分の家の理と後年まで続く繁栄が第一である。
「ふー…」
ヘルオード家のメイドさん達から「先にお風呂へ」と促されたので現在堪能中だ。
「望郷、かあ…」
俺はエストさんの言葉を頭で反芻する。
皆の前では平静を装っていたが、俺は今自分自身にびっくりしている。
元の世界の事に欠片に未練がない自分にだ。
そりゃあ、父親と母親は心配しているかな、という気持ちはあるし友達はどうなったかな、という気持ちもある。職場の店長には死ぬほど申し訳ないとも思うけど、だからといって今のこの立場を投げ捨てて帰るか?と言われるとNOだ。
恐ろしいほど未練がない。
カスミ達に二重の意味でハメられた時点でほぼ帰る気は失せていたが今はもうゼロだ。
ここに居させてくれと土下座で頼む自信がある。
「まあ、今の立場がなければ帰りたいって思ってたかもしれないけどね…」
安全な家に引きこもるには不自由のない生活、食うに困らない金、美人で気立ての良いお嫁さん達。
こんだけ揃えばそりゃあ…ねえ。
「望郷…ねえ…」
エストさんはあの文章を見て望郷、と言っていたが俺は違うんじゃないかなあと思う。
ソウイチさんは帰りたかったのか、ケジメを付けたのか本人に聞かなきゃ分からないし、死んだ人間の考えに思いを馳せるのは失礼かもだけど、多分これはケジメなんじゃないかなと個人的には思う。
帰りたかったのであれば荷物をあんな所に置かないんじゃないかなと。
ただまあ、帰りたかったが諦めたからそうやった、という事もありそうだけど。
まあ誰かも言っていたが、今を生きる人間がそのへん考えても意味ないし、気楽にやっていこう。
そんな事を考えているとのぼせそうになったので慌てて風呂から上がり、しばらく風に当たってから客室に戻る。
部屋に戻った時にその場にいた嫁さん達にものすごく気遣われたがヘンリエッタさんとの戦いが不安に見えたからだろうか?
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