第94話 知らぬは本人ばかりなり

「次は全員連れてきな」


 地下室を暴いた2日後、最後にヘンリエッタさんにそう言われ俺たちはヘルオード領を後にした。

 クロスモアさんは暫く自領に残るらしい。

 結局あの後はカーネル王子を交えてカードをいくつか譲渡。

 クロスモアさんの婚約に際しての謝礼の前渡しという扱いになる。

 いや俺と結婚する事になるとは限らないのでは、と言ったらそれはない、と一蹴された。

 同席していたカーネル王子やヘルオード家の関係者の面々も同じ意見らしい。

 どんだけだよ…。



 その後何事もなく旅程は進み、休憩でオズワルドさんの結局ついていくだけだったという愚痴に付き合いつつ何事もなく家に到着した。





「おかえりなさい」


 居残り組の3人が出迎えてくれる、がその後ろに2人ずつ6人のメイドが佇んでいる、なんか多くね?


「ああ、これ?」


 俺が怪訝な顔をしているとカスミが気付いたのか少し笑いながらそう言う。


「妊婦するとこうなるのよ」


 なんでも、妊婦中の貴族子女には転倒などを防止するために専属のメイドが2人ずつ常に付くらしい。

 この世界は医療技術が発展しているとは言いづらいので、とにかく妊婦は出歩くな、冷やすなが徹底される。

 とはいえ現実的に考えて移動しないわけにもいかないので、館内でも転倒防止の為に常時2名のメイドが張り付いて護衛する…という話らしい。


「出歩けないのは残念だけど、子供の為だからね」


 まだわからないけど触ってみる?と言いつつカスミは俺の手を取りそのままお腹に導く。


 …わからん。


 が、悪い気はしない。

 正直まだ実感はないが、皆のお腹が大きくなるぐらいには父親の自覚とか生えてくるんかな…。









 その後、天馬は妻たちと共に食事を楽しんだ後は恒例のイチャイチャタイムにもつれ込んだが、今回は少し事情が違った。


 理由は当然、ヘルオード領での事件である。

 この出来事は天馬たちが帰る前に一足早く王宮で伝えられ、居残り組の天馬の妻たちにも伝えられた。

 当の天馬自身は帰りたいなどとは既に欠片も思っていないのだが周りはそうはいかない。

 彼のメンタルと行動指針は今後の国の運営にも関わってくる。


「ヘルオード領はどうだった?」

「ああ、そうそう聞いてくれよ皆、着いていった3人は知ってるんだけどどうもヘルオード家の始祖が俺と同じ世界から来た人っぽくてさ」


 きたか、と各人の心臓が跳ねる。

 当然顔には出さない。

 部屋の雰囲気がかなり暗いものになっているが天馬はアホなので気付かない。


「それで…」


 そこから暫く天馬の1人舞台が続き5人は少し、焦る。

 天馬からネガティブな話が一切出てこないのだ。


 王国から見ても女性陣から見ても天馬は少なくとも三割、悪ければ五分五分ぐらいの割合で帰りたいのではないか?と想定している。

 これは罠にハメた自覚と負い目があるのが影響しており、誰も別に帰りたいなど既に思ってないなんて想定していない。

 普通に考えて、元の世界から飛ばされて帰りたくないと思っていないというのはあり得ないからだ。

 これは天馬がハルモニア家で言った言葉も影響が大きい。

 その点を総合して考えると、王国側としては天馬がどう思っているのか、というのは割と喫緊の問題ではあるのだ。

 今回の一件の話を聞けばどう思っているか多少なりともわかるだろう、と踏んでいたものの、一向に心の底が見えない(と、勝手に思っている)天馬に対し女性陣はついに行動に出た。


「…テンマ」

「ん?」

「そういえば聞いたことなかったのだけど、テンマのお父様とお母様はどんな人だったの?」


 カスミが行動に出た。

 この発言により女性陣はもちろん、お付きのメイドにも緊張が走る。

 当然ながら妊婦中の女性陣についてるメイドは厳重な審査により選抜されたメイドであり、天馬の事情も知っている。


「あー、父さん母さんは、うーん…そうだな…」


 天馬が上機嫌に喋り続けるのをカスミがうんうんを頷きながら聞きつつ、タイミングを見計らい更に踏み込む。


「…会いたいとか思ったりしない?」


 カスミの更に踏み込んだ発言に天馬以外全員の心臓が跳ねる。


「うーん…そりゃあまあ…久々に顔を見たいとは思うけど…帰れないからね」


 天馬がそう言って苦笑する。

 瞬間、カスミの顔は対象的に真っ青になる。


 失敗した。


「あ、大丈夫大丈夫、大丈夫だから…」


 カスミの顔色と強張った表情を見て慌てて天馬がフォローする。


「実を言うとね、俺もう元の世界に帰る気殆どないんだよね」

「え?」


 その場にいる全員が鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。


「いやだって俺正直元の世界に友達あんまいなかったし、深い付き合いの人間がいたわけでもないから…こんな可愛い嫁さんいてさ、赤ちゃんまで作って帰るっていうのも…ね…」


 言ってる間に恥ずかしくなったのか少し声が小さくなる。

 店長に対する負い目もあるが流石に言わないでおいた。


「~~ッ!」


 紅色、という名の通り顔を真赤にして目を潤ませたカスミが天馬の腹に飛び込む。

 流れで皆集まって天馬に取り付きわちゃわちゃになってしまった。


「お、落ち着いて!帰る気ないって言ったでしょ!ねえ!」


 そんなわちゃわちゃしている所でカスミが顔はそのままで静かに片手をスッ…と後ろに回して、後ろに控えているメイドにハンドサインを送る。

 そのハンドサインを見たメイドの1人が静かに、静かに音を立てずに退室する。


 まるで最初から居なかったかのように。







「ご苦労」


 王城の執務室。

 カーネルが兵士からメモのような物を受け取り、中を確認する。

 それを見てカーネルはフッと小さく笑い、部屋を出て王の執務室へ向かう。




「テンマからそもそも帰る気がない、という言葉を引き出しました」

「おお」


 カスミは降嫁し、天馬の妻となったが、そうは言っても元王女であり、使用人も元王家の人間が多い事からして天馬の行動に関しては常に監視されている。

 本人には当然、知らせてない。

 そもそも気付いてもいないが。


 今回の件は王家にとっても大きな問題だった為にメイドを使いカスミは速報的に報告を上げた。


「リップサービスの可能性もあるがの…」

「とはいえ報告では何か苦悩をしている様子もありませんし、意外と本音なのかもしれません、単純な男ではありますから」


 天馬の行動は一挙手一投足が監視され、何かあれば逐一報告が上げられている。

 報告者はカスミを筆頭にグローディアやメイド、護衛する兵士など様々だ。


「先日送られてきたヘルオード家からの記録でも特に思い悩んだ感じではなかったようだし、当面は大丈夫そうじゃな」


 当然、他家での行動も可能な限り、見張られている。

 本人は一切気付いていないが。


 とはいえ、この行動は天馬の監視しているというよりは保護に近い。

 境遇的に言い出せないような事もあるかもしれないし、望郷にかられて突発的な行動を起こすかもしれない。

 そんな時に素早く対応するために必要な措置である。


「妹からの報告を見ると早期に妻をあてがったのは正解だったようですね」

「我らも奮発した甲斐があったというものよな」

「とはいえ、残り3人も遠からず孕む事となると思いますが、その間の世話は如何用にしましょう」

「ふむ…」


 この天馬の下の世話の問題、実は今王宮では結構な問題だったりするのだ。

 この世界は子供が第一の精神が根付いている。

 女性は妊婦が確認されれば当然直接的な性交渉は禁止で夜も事故防止の為に別室での就寝となる。

 そうなると口か手かとなるのだがそれでは満足しない男性もいるわけで。

 そして貴族の女性の妊婦は喜ばしいことであるがため、その話は特に箝口令など敷かれる事もなく市井に流れる。


「妻が複数いるなら順番に時期をずらす手もあるのですが、初産ですからね…」

「うむ…」


 この世界の女性、特に貴族子女において「子供を産めるかどうか」というのは人生で一番大事とも言っていい要素だ。

 二人目以降ならともかく、一人目はとにかくできる限り早く産まなければ実家にも夫にも示しがつかない為、順番がどうとかいう話にはならないのだ。

 なので第一子誕生までは複数妻がいたとしても空白期間がどうしても出てきてしまう。


 そこで出てくるのが他の貴族である、「うちの娘をどうですか」と。


 普段そんなものに流されるような男でなくとも、欲求の解消が満足にできなければ魔が差す事もあるわけで。

 そうやって勝手に親戚が増えるのはまずいので内々で処理をしよう、という訳だ。

 妻が直接愛人を紹介する事すらあるのもそのせいである。

 とはいえ、召喚貴族は愛人すら持たない事が多いのでこれまた難しい問題があるのだが。


「言っておいてなんですがあれは大丈夫と思いますがね…出不精ですし」

「とはいえ万が一に備えなければならん、今このタイミングで四家以外に介入されては非常にまずい」

「となれば、メイドですか」

「それが安牌だな」

「問題ない可能性も高いですが用意だけはしておきましょう」

「頼む」

「外出時の護衛も増やすべきですね」


 天馬の預かり知らぬ所で話は進む。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 少し短いですが切りが良いので。

 今日から暫くの間更新ペースが著しく乱れます、大変申し訳有りません

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