第95話 炎のお家騒動

「…うん、前より良いと思う」

「ありがとうございます!」

「じゃあ次…バコタ君」


 ヘルオード領の地下室を暴いてから2ヶ月。

 俺は教師としての仕事に邁進している。


 この2ヶ月で変わった事。

 一番はクレア・トリッシュ・ナギが懐妊したこと。

 最後に判明したクレアなんて嬉しさのあまりずっと泣き腫らしていた。

 この世界は子供産めない女性は本当に立場が弱くなってしまうから、そういう不安とずっと闘ってきたのだろうと思う。


 そしてもう1つ、家名が決まった。

 メサイア、メサイア家だ。


 このメサイアという名前は、俺がこちらに来てから作ったデッキに入っているカードにちなんでいる。

 <ゴブリン爆破><魔術師><爆音>あたりは元の世界から持ち込んだデッキをほぼ改造せずに使っているが、この<メサイア>が入ったデッキはこちらのレギュレーション、禁止なしなんでもありのルールに合わせて俺が手持ちカードとこちらで手に入れたカードをかけ合わせて作ったデッキだ。

 回してみた感じ強さ的には<ゴブリン爆破>に匹敵する性能になっている…はずだ。


 とはいえ、このデッキは誰のレビューも調整も入っていないデッキだ、カードゲームにおいてデッキの洗練度合いはどれだけそのデッキが回されたかに綺麗に比例する。

 時間を見つけてひたすら一人回しをしなくては。


 そして教師生活だが、一通りの座学が終わり実践授業に入った。

 実践と言っても、俺は対戦を観戦して気付いた部分を言う、もしくは各人が各々フリーで対戦しつつ、俺にデッキ構成を聞きたい人は聞く…みたいな感じだ。


 俺の対戦は実は殆どやってない、何故ならば無理に俺に勝とうとしてデッキのバランスを崩してしまう可能性があるからだ。

 俺にだけ、<爆音>にだけ、<不死王アンデッド>にだけ勝とうと思えばデッキの中身を組み替えればはっきり言ってこの教室の中の1/3ぐらいの学生はいい線いける。

 そのぐらいには皆基礎的な能力はあるし、成長もしている。


 だがそれではダメだ。

 彼ら彼女らが勝たなきゃいけないのは俺ではないからだ。


 所謂「人読み」はこの世界でも普通にやられている事であり、なんら非難されることではない、だが対抗戦に出場しない俺を対策した所でそれは徒労、無駄でしかない。


 勝たなければならない相手を見ないような事は一番良くないのだ。


「先生、このカードなんですが…」

「はいはい」


 俺は生徒の持ってきたカードとデッキを確認し、どう助言をしようか思案する。


 最近は生徒の方もかなり従順になっていて、ギアゴールド家の彼以外はほぼ反抗もなくなった。

 個人的に意外だったのがここ1ヶ月スルト家のドライドくんがめっきり大人しくなった事だ。

 俺がヘルオード家に行く前は取り巻きを連れて俺の前以外ではイケイケだったのに今は取り巻きも付けず何かを思い悩んでいる様子。


 そして、共和国からの転入生3人組だが意外や意外、思ったより馴染んでいる。

 パフィは性質上女性陣と一緒に行動し報告を聞く限りは特に問題なく仲良くしているし、ニコライは見た目通りの要領の良さで上手くこちらの貴族の子息と馴染んでおり

 評判も上々。

 そしてエニシダ、彼は若すぎる事もあり孤立するかと危ぶんでいたが女性陣がキャッチアップして何かと一緒に過ごしているようだ。

 皮肉屋の彼も女性にはあまり強くは言えないし、何よりも気にかけてくれていることが分かっているので尚更素直な反応になる。

 男子生徒との仲は可もなく不可もなく、というよりはお互いに噛みつけば国際問題になることが分かっているのか無理に交流をしようとしない、という感じだ。


「これはおすすめできないね、理由は…」

「…なるほど、ありがとうございます」


 さて、これで質問の順番は終わりか、授業もそろそろ終了…


「…」


 そう思っていたら、目の前にドライド君が現れる。

 その顔はいつもの自信満々な不敵顔ではなく、今にも泣き出しそうな年相応の子供の顔だ。


「ドライト君、どうしたの?」

「…」


 彼は黙って俺を見つめたまま何も言わない。

 そうこうしているうちに終業の鐘が鳴り、生徒たちが席に戻り始める。

 ドライト君も諦めたのか翻って席に戻った。


「では今日は解散とする、次回の予定は改めて…」


 俺が終了の挨拶をしていると視界の端でファロンさんが小さくアピールしている。

 俺はそれに小さく頷きながら言葉を続けた。









「ドライト=ウルド君」

「…何だ」


 授業が終わり、1人で移動中のドライトにファロンが声を掛ける。


「放課後、テンマ先生がカードラプト教員室に来るように、だってさ」

「!?」


 なんでお前がそれを、という顔でファロンを見るドライト。


「大丈夫、誰にも言っていないから安心して。本来はこういうの生徒同士でやる話じゃあないんだけど、僕はもう王族関係者になっちゃったからね」


 ファロンは卒業後、この国の王であるカーネルの側室に輿入れすることが決まっており、既に王宮で同居生活が始まっている。

 彼女の家の立場からすると大出世とも言っていい。


 この事実からいろんな意味で彼女は学内で教師すらも一目置く、というよりは触れてはいけない存在になってしまった。


「では、たしかに伝えたよ」


 そう言い、手をひらひらさせながらファロンはその場を後にする。











「…」


 カードラプト教員室。

 基本的にその科目の長には個室が与えられ、その中で仕事をする。

 職員室が個人であるようなものだ。


 そこにドライトと天馬が2人、無言で佇んでいる。


 ドライトは来客用の椅子に座りずっと下を向いている、天馬は書類整理。

 天馬はドライトに「話したいタイミングで声をかけてくれれば良いよ」と声をかけて放置している。


 天馬の務めていた店はカードゲームを主に扱っており、当然子供の客も多い。

 そしてそれに比例して家庭環境が複雑だったり、メンタルが不安定な子が来ることもままある。

 天馬は店長から年が近い(いってもその時点で10歳差ぐらいあったが)上に一応社員だから、ということで良くそういった子供の相手をしていたのだ。

 天馬としては正直面倒くさかったが店内で問題起こされたり親からクレームを受けたり、万引きなんてされても厄介だから相手をしていた経緯もあってこのタイプの子供の扱いにはそこそこ自信があった。


 こういうタイプは付かず離れずの距離で、ひたすら相手が動くのを待つ。

 これが一番良い。

 そう天馬は思っている。


(素直にここに来てる時点で何か相談したことがあるのはわかってるしね)


 やや30分、ひたすらに作業をしながら待っているとついにドライトが口を開いた。


「…先生」

「ん?なんだい?」

「…これまでの非礼は詫びる…だから…相談に乗って欲しい…頼む…お願いします…」







 ドライトが言うにはこうだ。


 ドライトの家、スルト家は今回代表から漏れた事で当主であるベリファストル=スルトは内部からの突き上げで当主の座から退く事が決まった。


 ここまでは、良い、良くある話だ。

 それによって発生する跡目争いも良くある話。

 だが次男のヴァイト=スルトが貴族家をバックにつけていることが問題をややこしくしているのだ。


「僕は貴族間の機微には疎いが、それはまずいのかな?」

「相当にまずい、貴族家としての独立性が著しく薄れてしまう」


 寄り子が寄り親の支援を受けるというのは良くある話だが、寄り親自身が別の貴族家と組むというのは後継者争いであればほぼないし、やったとしても家内に遺恨を残す。


「…君の父親と、長男の…お兄さんはなんと?」

「父は反対している、だが…」

「求心力が落ちて誰も話を聞かない、と…兄さんはどうだい?」

「当然兄…長男のアインドラ兄は激昂はしている、だが同時に諦め気味でもあるんだ。はっきり言って金回りが段違い過ぎる」

「家臣も次男に着いているのか」

「当然ながら反発している家臣もいる、だが会計を担当する家臣が部下ごと次男のヴァイト兄に付いているんだ、それにバックの貴族から出ている金もある」

「排除されてしまう可能性が高い、か…」


 ドライトは天馬の言葉に小さく頷いた。


「…他家との結びつきを強めるのは悪いことじゃあないんだ、おま…先生だって結婚をしている訳だし、だが後継者選びにまで介入されるとそれは違う」

「傀儡にされる可能性もあるし、最悪乗っ取りの懸念もあるね…更に後継者選びに関しては王宮も違法行為をしていなければ手がだせないと…」

「そうだ…地域ごとヴァイト兄に掌握されつつあるのもあって領内にいる兄と父は身動きが取れずにいる。父にはお前が勝て、と言われている、だが…」

「その貴族家からのカード貸与などをされてしまうと難しいか」

「ああ、兄弟のデッキは競争に平等性を担保するために全て同一でサイドデッキは自分で用意する形だ、公平性を鑑みても父からの援助も期待できない」

「…その言い分だと結局のところその後継者争いの決着はカードラプトで付けるんだろう?」

「無論、そうだ」

「ふーむ…」


 天馬は少し考える。


「…先生のカードを借りたい、なんて言うつもりはない、それをやってしまえば兄たちと同じことになる」

「そうだね、その通りだ」


 天馬はドライドに対する評価を心のなかで改めた。

 偉ぶるには偉ぶるなりの理由がちゃんとあり、割と根性も座っているなと。


「一つ聞いておきたいのだけど、スルト家に<炎神スルト>は何枚あるの?」

「2枚、と聞いている。後継者にならねばカード自体を手にとって見ることもできないから確証は取れないが」

「なるほど…よし、ならばこうしよう」


 天馬は立ち上がって背中を丸めたドライトの前に行き、肩に両手を置く。


「<炎神スルト>の召喚呪文を教えよう」

「!?」


 がたん!と天馬に肩を抑えられているのにも関わらずドライドは立ち上がり、恐れと驚愕を写した目で天馬の顔を瞳に映す。

 その顔は良く言えば笑顔、悪く言えばいたずらを思いついたクソガキのような笑い顔だった。


「ああ、誤解しないで欲しい、君にだけ教えるわけじゃあない…国の方針としてスルト家に教えるんだ」

「な…お前…!」


 下手に出ていた事も忘れて口をぱくぱくさせながら言葉を紡ぐドライド。


「<炎神スルト>のカードはほとんど見たことはなくとも効果ぐらいは知っているよね?」

「それはもちろん。<炎神スルト>の召喚は我が家の悲願でもある」

「<炎神スルト>が2枚あるのであれば1枚ずつ後継者に持たせてバトルができる、どちらが上手く<炎神スルト>を使えるかどうかで決めるのは後継者選択において非常に重要な要素となる、漬け込むとすればここしかない」


 天馬はドライトの肩から手を放し演説するように続ける。


「…僕は<炎神スルト>の効果を知っている。そのうえで相性の良いカードも把握している」

「!?」


 これほどの驚き顔はないだろうという顔で天馬を見るドライドに対し更に言葉を続ける天馬。


「入れ替え用のカードは自分の好きにできるんだろう?それを君に教えれば勝率が上がるのではないかな?」

「しかしそれは明らかなテンマ…いやメサイア家からの利益供与になってしまう!次兄と同じだ!」


 ドライトは立ち上がり激昂する。


「…ドライト君、例え話をしよう」

「何?」

「僕が数学の教師として、君が数学の質問をしてそれを教師の僕が答えた。これは利益供与かい?」

「いや…それは…」

「僕が教師で君が生徒な以上、カードラプト…<炎神スルト>のカードと相性の良いカードを教えるのは利益供与とはならない、立派な『教育』だ」


 当然だけどアリバイ作りに授業中に教えるけどね、と笑顔で答える。


「とりあえず話は分かった、良く教えてくれたね。後は先生に任せて今日はもう帰りなさい」


 そう言い、ドライトを部屋から返す。

 ドライトが退室して気配が消えたのを確認すると横の部屋のドアがガチャリ、と開いた。

 出てきたのは疲れ切った顔をしたファロン。


「聞いていたよね?」

「聞きたくありませんでしたけどね」

「ごめんごめん、カーネル王子によろしく伝えておいてよ」

「わかりました」


 彼女は学園生徒兼王族関係者という立場をフルに使い、こういった事をカーネル王子に直接チクる役目を与えられているのだ。


「しかし意外ですね」

「ん?」

「テンマ先生、ドライトの事あまり好きではなかったでしょう?」

「まああの態度だからね」

「外から聞き耳立ててる限りだと思ったより積極的に協力するなと」

「…うちの奥さんにクレアいるでしょ?」

「ええ」

「在学中に上2人と揉めてるんだよね」

「ああ…そうですね。私も在学中何度か衝突している場面を見ました」

「んでまあ、今日の態度見る限りは少なくとも頭は下げれる人間だと分かったからさ、頭に据えるなら上2人よりマシかなって」

「なるほど」

「多分王子も同じことを思うんじゃないかな」


 レオンみたいになっても困るし、と少し笑いながら天馬は言う。


「それはその通りですね、王子には言い添えておきます」

「お願いするね…あともう1つお願いがあるんだ」

「なんでしょう?」

「オズワルドさんに連絡取れないかな?」


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 6月中は更新ペースが著しく乱れます、大変申し訳有りません

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