第96話 貴族らしさ
この世界にもカフェがある。
とはいっても天馬のいた世界のカフェとは少し違う。
貴族であれば1人から利用でき、内部は窓もない完全個室。
そして最大の特徴が「誰が利用したか」は入店の際に分かるが、「誰と誰が会話をしたか」がわからない、完全な密室を提供しているところである。
つまり、密談用の店なのだ。
「ここか…」
そんな店に足を運ぶのはドライト。
ファロンからすれ違いざまにメモを握らされ、学園とは反対側の地区にあるカフェに放課後に行くように指示された。
「…いらっしゃいませ」
中に入ると、眼の前のカウンターにいる燕尾服に身を包んだ女性が小さく頭を下げる。
「お一人でのご利用ですか?」
この店は1人のみで利用する場合、料金は8割引となる。
何故割引がされるかというと、密談している人間に対するカモフラージュになるからだ。
だから1人で暇つぶしをしたり、自習室として使っている貴族はそれなりに多い。
「いえ…猪を狩りに」
ファロンから握らされたメモに書いてあったとおりにドライトは受付嬢に符号を伝える。
先に入室した人間が受付に符号を伝え、後からくる人間が符号を宣言して合致すれば案内、という形になる。
「…承知いたしました、7号室へどうぞ」
受付嬢はそうドライトに伝え、右手側の通路を指差し案内した。
がちゃり、とドライトが7号室の扉を開ける。
扉は二重構造となっており、間違っても中にいる人間の顔が廊下から見える事はない。
2枚目の扉を開けたドライトの眼の前にいたのは、見知った人物であった。
「…お久しぶりです、ドライト殿」
「オズワルド殿!」
そう言い、頭を下げたのはマグネトランザ家嫡男のオズワルドである。
「お、オズワルド殿が何故…」
これにはドライトも流石に驚いた。
マグネトランザ家とスルト家は地理上付き合いも多い為顔見知りであるが、呼び出される理由がまるでわからないからだ。
「ファロンにねだられましてね、相手をしてやってくれと」
そう言い、懐からカードラプトのデッキを取り出す。
「卓上演習となりますが、ドライト殿にとってはいくらかの糧となりましょう」
ファロンにねだられた、この発言でドライトは全てを悟った。
これは天馬の差金であると。
後は任せてくれ、とはこういう意味だったのかと。
「…よろしくお願いします」
多少の憤りを感じるもドライトはすぐに切り替え、小さく息を吐いて頭を下げ、椅子に座りデッキを机の上に出す。
オズワルドは所謂まだ後継者という扱いの人間の中では有数の実力者である。
それと戦う事ができるというのは間違いなく自分を強くできる絶好の機会だ。
それを逃す手はない。
そう思いながらデッキをシャッフルする。
「…とまあ、こんな感じ」
「んっ…ぷぁ…なるほどね」
場面は変わってメサイア家の天馬の私室。
天馬は立ったまま、カスミは椅子に座りちょうど天馬の腰が顔に来る形で会話をしている。
何をしているかは察していただきたい。
「お兄様もその方向で良いがあまり干渉しないように、ってさ」
「ああ、僕ができるのはあとはカードの紹介とそれとなく入手方法を伝えるぐらいだよ」
「んん…貴族仕草が板についてきたじゃない」
「あんまり嬉しくないなあ、それ」
「…天馬、本当に大丈夫なの?愛人作らなくて…私達に気がねしなくていいのよ。それこそ内定してるクロスモアちゃんとか…」
天馬は妻、というよりは王国側、もっといえばだいたいの貴族から性欲魔神と思われているフシがある。
短期間での6人もの女性を全員懐妊させたのであるから当然ではあるのだが…。
自分の旦那に女が増えるのを今の妻たちは良く思わないわけではないが、自分達で選んだ人間ならばある程度納得はできる。
何よりも把握できない浮気が怖いのだ。
「だから言ってるだろ、大丈夫だって…」
「そう…?んん…」
「いざとなれば自分でだって処理できるんだしそこまでしなくても浮気なんて…」
「過去を見てもそうなってないからこういう考えが広まってるのよ…」
「わかったわかった、まず相談するから…」
「よろしい…後で皆の部屋に見舞いにいってあげてね、特にクレアとリリはちゃんと時間をかけてケアしてあげて」
クレアは自分が一番妊婦が遅かった事、リリは年齢的な面(天馬の世界としては十分早い方なのだが)で思考が母体完全優先モードになってしまい、基本部屋から出ずこもりきりの生活になっている。
少なくとも安定期に入るまでこうしたい、と申し訳なさそうに言われては彼女たちが産む以上天馬も承諾しない訳にもいかない。
全員寝るのも完全別室となっている為寂しいという気持ちはなくもないからこそこういった事を言われているのだろうな、と天馬は思った。
「ああ、分かってる」
「じゃあとりあえず…私達をこんな体にしたいたずらっ子を鎮めないと…ね」
カスミが何かを手であやしながらそう言った。
「相手に直接ダメージを与える効果を持つユニットは本体のスペックが低い事が多いが…」
座学は一応全て終わったとは言ったが天馬の思い付きや教えたほうが良いと思ったものがあった場合は適時ねじ込んでいる。
今日は天馬は偶然にも教えたほうが良いと思ったので相手にダメージを与えるユニットへの対策の話だ。
「例えばこの<追い風のファラ>というカードが出たら要注意だ」
追い風のファラ 4/3000/2000
1ターンの間に4回、このカード以外のカードが相手にアタック以外の方法でダメージを与えると発動する
相手に対してランダムで2000ダメージを3回与える
「このカードが出た後に4回ダメージを与えられれば場はほぼ更地になる、そしてこれを防ぐのがこの<オーロラカーテン>だ」
オーロラカーテン 5
このカードを使用した時、アタック以外のダメージを2000軽減する
この効果は合計10000ダメージ軽減するまで継続する
「このカードさえあれば大抵のダメージはカットできて相手に対し有利が取れる、他にも…」
ドライトもこのタイミングでこの授業を行う理由が分かったのか必死でメモを取っている。
これらのカードは<炎神スルト>を使用するのに必須と言っていい。
そう、対<炎神スルト>ではなく使うのに必須なのだ。
その後も授業というていでカードを天馬は紹介し授業の時間は過ぎてゆく。
ドライトにとってはライバルである他の学生も強化する事になってしまい、今後少し不利な立場に追いやられるだろうが、知らないよりはマシだろうという判断だ。
「…では、今日の授業を終わる、それとドライト…ドライト=スルト君、親御さんから連絡が入ってるので放課後に教員室まで来るように」
放課後ドライトは教員室を訪れ、先日のようにノックし入室をする。
どうぞと言う声を聞きドアを開け入室すると天馬が入口側に向けて紙を掲げていた。
『盗聴されている、合わせてくれ』と書いた紙を。
この世界には盗聴器と発信機が存在し、監視カメラがない。
学校施設そのものの侵入はかなりガチガチの監視体制を組んでいるものの、結局中に入れる教師や生徒に対して容易に持ち物検査などはできないわけで。
その上で学校施設はノーガード(というよりガードしようがない)で教師も貴族、生徒も貴族で入手は容易く仕掛け放題なのだ。
当然ながら学校側もバカではなく、1日に2回はチェックが入り発見されれば都度回収されるシステムを構築している。
ただそれでも全てが防げる訳では無いわけで。
だからこそ天馬は授業でも念のため極端な話共和国の人間すら知っても問題ないことしか教えていない。
とはいえ、現代のもののように高性能なワケではなく近くでないと聞こえないし録音機能があるわけではない。
そして天馬は王家から汎用的な盗聴器を検出する機械を預かっており、設置してあるかどうかは大体分かるのである。
「…!」
ドライトは驚いた顔をしたものの、すぐに平常に戻り自分もメモを取り出す。
「…家族から連絡が来たと聞きましたが…」
そう言いつつ、メモに『恐らく元取り巻きのやつらだ』と記入し天馬に見せる
最近ドライトの周りに取り巻きがいないのは彼が突き放したわけではなく、彼の取り巻きの親の意向によるものだ。
「ああ、お父上付きの執事の方からだ、中身は見てないから安心してくれ」
そう言いつつ、蜜蝋で封じられた封筒の下にもう1枚封筒を忍ばせドライトに渡す。
もう1枚の封筒の表面には『帰ってから読むこと、読み終わったら燃やすこと』と
記載されている。
「ありがとうございます、では失礼します」
そう言い、ドライトは教員室から足早に立ち去った。
天馬が盗聴器を検知できているので排除せず、あえてこういった対応を取ったのは理由がある。
今の天馬は明らかにドライトに肩入れをしている。
そしてその状況で盗聴器を外してから今回の対応をした場合、後々スルト家の問題に決着がついた時にいらないツッコミを受ける可能性があるからだ。
少なくとも外から見て平等であった、と言えるアリバイを作る努力はしなければならない。
基本的に貴族は法の境界線を常に探って行動している。
この盗聴器だってどうせ設置者を突き止めたところで本丸にはたどり着けないだろうし、ドライトの言う元取り巻きの仕業であればそれらだけを切り捨てて終わるだろうというのは目に見えている。
それならばあえてそのままにして「ドライトに何の優遇もしていない証拠」を取らせるのに使おう、という事になったのだ。
ドライトはすぐに王都にある自宅に戻り、まず親からの手紙を開封する。
中身は結局のところ次兄になんの対抗もできないのでお前がなんとか勝ってくれ、という泣き言のような内容であった。
王都で管理している資金を自由に使っても良いという言質が取れたのが一番の収穫だ。
そしてもう1枚、天馬から預かった手紙の中にはカーンズ商会への紹介状が入っていた。
1週間後、スルト家執務室。
そこではヴァイト=スルトが父親の横で領内業務の引き継ぎを行っていた。
父親がそれを望んでいるかは関係なく、現状最早そうするしかない、という状況だ。
「お館様、兄君様が側近を連れ立って王都へ出発しました、いかがいたしましょう」
「放っておいて良いよ、どうせ何もできないから」
「はっ」
赤い髪に天然パーマのかかったショートヘア、体格もそう大きくない一見してどこにでもいそうな学生のような風貌の男性がヴァイト=スルトである。
「では父上、引き継ぎの続きを…」
「…まだお前は跡継ぎではないぞ」
「ええ、分かっておりますよ父上」
「…」
ヴァイトはあくまでも自然体で、ニコニコと笑顔で父親に話しかける。
彼は見かけ上フレンドリーな好青年ではあるが、裏表が激しく嗜虐的な性格をしている。
長男とクレアがモメていたのは長男側がストレートに暴言を吐いていたせいだが、次男とクレアが衝突していたのはクレアが本能でこの性格を見抜いていたからというのもある。
「失礼いたします!お館様!」
作業を再開しようとしていたところ、兵士の1人が息を切らして飛び込んできた。
「どうしたんだい?騒々しい」
「お、王家からの封書がつい先程届きました」
「王家?」
まさかうちの家の代替わりの件か?とヴァイトは思ったがすぐに考えを改めた。
この良く言えば代替わり、悪く言えばお家騒動は完全な合法でありこれまでも王家はノータッチを貫いてきた。
父が泣き言のような手紙を王家に送っていたのも把握済みだ。
「当主のみならず近しい家人にも必ずこの封書は見せる事、と…」
そう言いミラエルの翼を模した紋章が記された蜜蝋で封をされた手紙を兵士はヴァイトに渡す。
「…父上、現当主である父上が封を開けるべきものです、家人に伝えよとの事ですから、ゆっくりと・大きな声で・間違える事なく読み上げください」
ヴァイトからそう小馬鹿にするように伝えられた現当主ベリファストル=スルトは疲れたような、観念したような顔でため息を一つ吐き、半ばヤケクソで少し声を貼って読み上げ始める。
しかしその内容はその場にいる者全てを驚かせる衝撃的なものであった。
「…後継者選定に当たって<炎神スルト>の呪文をスルト家に伝授するだと!?」
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