第97話 兄弟

「<炎神スルト>だと!?」


 ヴァイトはベリファストルから手紙を奪い取り、自分で読み込んでいく。


 書かれている内容は以下の通りだ。


 ・かねてから協議に上がっていた<炎神スルト>の呪文について、解析が完了した為テストも兼ねて伝授を行う


 ・提供自体は国内戦の前後に決定しておりそちらの後継者争いには直接的に関係がない


 ・だが、王家の調査チームには<炎神スルト>の呪文の正確性と戦闘能力の確認をする必要性がある


 ・そのため、後継者候補それぞれに<炎神スルト>を持たせ、互いに戦い合って勝利したほうが後継者とする事を提案する




「これは…」


 ヴァイトが真っ先に考えたのがドライトが王家のバックアップを受けたのか?という事だ。

 だがすぐにその可能性を頭から消し去る。

 それならばもっともっと良いやり方があるし、何より現状では実効支配を進めているだけでヴァイトが後継者になれる正当性は現状存在しないが、ドライトが後継者となれる正当性も現状存在しないのだ。

 こんなことに王族が乗っかってくるはずがない。


 次に考えたのが教師、すなわち天馬が肩入れしているのではないか、という事。

 というよりは王族とドライトを天馬が取り持っているのでは?という疑いだ。

 これはヴァイトから見ると現状では玉虫色といった感じで「やってそうだけど証拠がない」という状況。

 盗聴の報告でもドライトが天馬を訪ねた時に何か不自然なことをやっている様子はなかったと報告を受けている。

 むしろ授業ではドライト、もっといえばスルト家が不利になるような授業をしていたという点もこの天馬が関与しているのではないかという考え自体に疑問を抱く一因となっている。


(とはいえ<炎神スルト>の呪文は権威付けにはピッタリだ)


 そう、ヴァイトはこの権威付けに苦戦をしていた。

 確かに婚約者の家のおかげでカネはあるし、主計長はこっちに付いているから領内の掌握は問題ない。

 だがそれだけでは人民はついてこない。

 現当主であるベリファストルは極めてまっとうな政治を敷いていた為代表漏れした今でも支持が厚い。

 そしてこの今の状況は少なからず外に情報が漏れており、ヴァイトの評判が徐々に悪化しているのも把握している。

 この点は必要な損害として目をつぶる覚悟であったが<炎神スルト>を呼べるのであれば話が違ってくる。

 ネプチューン領がやったように継承式で<炎神スルト>を見せれば後継者としての箔は申し分がない。

 父親に呼ばせず自分だけが呼べれば尚更だ。


 そして何よりもこの提案を蹴れば<炎神スルト>の呪文の提供は何かしらの理由をつけて延期される可能性が高い。


 そうしてメリット・デメリットを考慮した結果、ヴァイトは一つの結論にたどり着く。


「…王家に決着後にカーネル王子が継承式に参加をしていただけるというのであればこの提案を飲む、と返事を」

「ヴァイト、勝手に…」

「後継者に戦わせよと言っているのです、父上が出張る必然性はないでしょう」

「しかしドライトにも話をせねば…」

「あれも後継者候補な以上戦う事に否とは言わないでしょう、逃げた兄とは違ってね」


 それに、とヴァイトは言い加えて続ける。


「この手紙が来た時点でドライトも知っているでしょう」


 このような手紙を送ってきたのだ、既に知っているか先に知らされているだろうとヴァイトは認識している。

 今の王家はそのあたり公平にしているのは皆が認めているところで、怪しいと思われていたファドラッサ家のお家騒動でも貴族派で調査を行っても怪しい点は見当たらなかったという点がヴァイトの認識を補強している。


「いずれにせよ、僕は待てば良いだけです」




「アインドラ兄さん!」

「ドライト!」


 王都の邸宅でアインドラとドライトが互いに抱き合う。

 スルト家の関係として、アインドラとドライトは仲が良く、父であるベリファストルはドライト以外からは煩い親父として嫌われている、という形だ。

 そしてアインドラとヴァイトは学校をお互いに卒業したここ数年で急速に関係が悪化していた。


「すまんドライト、俺はもうダメだ」

「アインドラ兄さん…」


 アインドラは典型的なデリカシー皆無の俺が一番、俺に従うのが当然、だが身内には優しい、といった典型的なヤンキー気質の人間である。


「手勢はほぼ全部あいつに奪われた、こちらについてきてくれた部下もたった4人。デッキだけはなんとか渡さずに済んだが…」


 俺が追われなかったのはデッキを持っていたからだろうな、と乾いた笑みを浮かべながら疲れ切った表情でアインドラは肩を落とす。

 このアインドラの読みは当たっており、仮にアインドラのデッキをヴァイトが確保していた場合、間違いなくヴァイトの対応はもっと苛烈な物になっていた。


「ドライト頼む!あいつを倒してくれ!お前だけが頼りなんだ!俺はあいつが憎い!」


 アインドラはドライトの両肩を掴んで外聞もなく涙と鼻水を流しながらそう言った。

 こういう身内に対して素直に弱みを見せる面がドライトを筆頭に身内から支持を受けている点でもあるのだ。



「…先日王家から連絡がありました、僕とヴァイト兄上が<炎神スルト>をデッキに入れて戦うように、と…」

「<炎神スルト>だと!?」

「はい、担任のテンマ先生がどうやら解読したと…」

「テンマ…といえばあの…ううむ…」


 実際のところスルト家はテンマに対するアプローチに関して手出しし辛い状況であった。

 それは当然、伴侶であるところのクレア=ハルモニアとの関係が非常に悪い点が大きい。

 ドライトが初授業の際に苦情を入れるのを止めたのはこれ以上イメージを悪化させるのを避けたいというベリファストルの気持ちの表れでもあった。


「お前、そのテンマ=メサイアと仲は良いのか?」

「…多少は」


 明らかに知古があることを期待されている顔を見せられてはつい先日まで嫌っていたとはドライトは言い出せない。


「そうか…ならばやはり癪だが父の方針に従う他ないか」

「父の方針とは?」

「お前を後継者にすることだ、父も母もこれに同意はしている」

「母上もですか?」

「ああ、母は元よりあまり外を出歩かぬ人であったから発覚はしていないが現在軟禁状態だ、当然悪い待遇ではないがな」

「意外でした、母上はてっきり賛成しているものかと…」

「私も最初はそう思っていたのだがな、妹に良いようにされるのは御免被るという事らしい」


 今回、ヴァイトの裏で強力にプッシュしているのは母の妹、つまりヴァイトからみて叔母が嫁いだ貴族家である。


「とはいえ、話を聞く限り叔母は今回の一件に全く関係してないようだが…まあ母からすればそんな事知ったことではないだろう」

「その家がうちに干渉をしている事には代わりはないですからね」

「その通りだ…してドライトよ、テンマ=メサイア…殿をつけねばらぬか、テンマ殿と仲が良いのならばある程度便宜を図って貰えるのでは?」

「いえ…そういうことは決して…」

「そうか…まあそうだな…」


 当然ながらこの家にも盗聴器が仕掛けられている可能性がある、そのため今の状況ではドライトは天馬にアドバイスをされた、などとは言えない。

 ここでドライトは名案を思いついた。


「ドライト、このような頼りない兄ではあるが何かできることはないだろうか?」

「…兄上、長旅でお疲れでしょう、気分転換に少し買い物にでも行きませんか?」

「いや、そういう訳にはいかんだろう…」

「丁度ヴァイト兄と2人で話したいこともあったのです、ここまで着いてきた果報者の家臣も休ませねばならんでしょう」

「…!なるほど…そうだな」


 アインドラはデリカシーがなく不遜な振る舞いを他人に連発するが、決してアホではない。

 こう言えばドライトが「2人きりで話さねばならない事がある」という訴えをしている事ぐらいは察知する。


「その服もかなり汚れております、道中で一通り買い揃えましょう」

「…すまない、助かる」

「」


 2人が貴族向け洋服店で一通り服を買い揃え、そのままの足でカーンズ商会の門を叩く。

 そして一通りカードを見て回った後で受付でこっそりと紹介状を見せるとそのまま別室に案内された。


「大変お待たせしました、カーンズ商会頭取、ファイザー=カーンズでございます」

「ドライト=スルトです」

「…アインドラ=スルトだ」


 互いに座ったまま頭を下げ、中腰になり机を挟んで握手を交わす。


「話はある程度テンマ様より伺っております、ここには発信機等もありませんし、あっても効力を発揮しない特殊な仕様となっていますので存分にお喋りください」

「…ドライト、説明を頼む」


 ここまではドライトの意図を汲んで行動をともにしたアインドラもいよいよ理解が難しくなっていた。


「…今回の一件、大きな声では言えませんがテンマ先生に多大な支援を頂いているのです」

「それはまずいだろう!ヴァイトとお前を盾にした代理戦争になる!」


 だん、と机を叩いて立ち上がるアインドラ。


「当然、表立った支援は受けるつもりはありませんし、するつもりもありません…あくまでも教師から生徒に対する授業・指導して支援をしてもらっています」

「しかし…」

「実際、先生がいなければ突破口を開けなかったのは確かです…<炎神スルト>の呪文を僕らスルト家に教える事を提案したのはテンマ先生なので」

「何!?…それは王家抜きの独断か?それほどの権力が彼にはあると…?」

「いえ、王家との相談の上ではあると思います…ですがある程度の自由な裁量はあるのではないかと」

「なるほどな…」

「ここの紹介状をくれたのも先生なのです、家では盗聴の可能性があり説明できず…」

「大丈夫だ、そこは理解はできる。あの4人も着いてきて貰っておいて言うのは申し訳ないが1人を除いて完全に信用できぬからな…」

「スパイが紛れている可能性は高いですね」


「おほん…申し訳ありません、よろしいでしょうか」


 むむむむ…と2人が唸っている所で会話が終わったと見たカーンズが口をはさむ


「ああ、申し訳ない」

「いえ……ご自宅ではお話できないこともあるでしょうから…それで、テンマ様よりこちらのカードをお見せするように、と」


 カーンズはそう言いながら手を上げるとカーンズと一緒に入ってきた男が懐から4枚のカードを取り出し、机に並べる


「そしてテンマ様より伝言です。『僕ができる教師としての助言はここまでだ』…と」

「それは…」

「…このカードを手に入れる方法は我々でなんとかしろ、という事だろう。お優しいことだ…今回に限ってはその優しさに甘えさせて貰うがな」


 カードは高い、強いカードであれば尚更だ。

 そこを天馬がフォローするのは流石に難しい。



「それで…この4枚、お値段はいかほどだろうか」

「…1枚ずつで、これぐらいかと」

「ぐ…」


 見せられた数字は現状王都にあるスルト家の備蓄の数倍の価格であった。

 思わず変な声が漏れる。


「…この価格が適正だという根拠は?」

「よろしければ他の店を回って問い合わせて頂いても結構ですよ」

「ううむ…」


 ドライトは顔を青くして唸っている。

 こんな金額動かしたことがないし、何よりこのカード類が本当に強いかどうかまだわかりかねる部分があるからだ。


「私はカードを扱っておりますが戦いには疎いものでテンマ様の意図は測りかねる部分がありますが、ことカードの事に関しては全幅の信頼を置くに足る人物であるということは我が商会が保証をさせていただきます」

「俺もテンマ殿の言うことは信じても良いと思う」

「兄上!?」

「勘違いするな、絆された訳では無い…仮に俺がテンマ殿の立場であればお前をスルト家の後継者にする為に動くからだ」

「僕を…?」

「そうだ、はっきり言ってテンマ殿にこのお家騒動に首を突っ込むメリットは一切ない。例え教え子だろうが、だ。というより教え子だからこそだ」

「それは、そうですが…」

「テンマ殿からすればスルト家の長兄次兄…俺とヴァイトだな、その2人がクレア婦人と在学中に揉めていたのを把握しているはずだ…そう考えれば答えは1つしかない」

「揉めていない僕が後継者となれば婦人の気も良くなると?」

「癪な話だが、そうだな。というよりはこれ以外首を突っ込む理由が思い当たらん」

「先生に利があるからこそ協力してくれると」

「そういう事だ…頭取よ、このカード在庫はあと何枚ある?」

「こちらの3種は4枚、こちらは2枚までとなりますね」

「仮に、このカードをレンタル…貸与という形を取る場合の値段はどうなる?やるからには万全を期したい」

「少々お待ちを…」


 カーンズが後ろに控えた人間と相談し、金額を再度紙に書いて提示し、アインドラがそれを奪い取るようにして確認し小さく舌打ちする。


「レンタルとはいえ数を増やせばこの値段か…」


 記載されていた数字は先程提示された金額を遥かに超える値段であった。


「貸与といっても帰ってこないことも考えられます、お金だけでしたら最低でもこのぐらいは…」

「ふむ…」


 アインドラが考え込む横でドライトが家の調度品などを記憶する限りリストアップいしている。


「家財のいくつかを売ればある程度は捻出できるかもしれないが時間が足りなさすぎる…」


 手詰まりか、と思われたその時、アインドラがカーンズに向かって口を開く。


「頭取、ものは相談なのだが…」


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 暫くの間更新ペースが著しく乱れます、大変申し訳有りません

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