第98話 立ち位置

 1週間後、スルト領の領都フレミッシアのスルト家本拠。

 カーネル王子に天馬、更に見届人としてオズワルドが屋敷内の応接室で待機していた。


「日程は?」

「今日この後すぐテンマ殿が呪文を伝授し召喚できるかを確認、中1日デッキの調整を行い翌日早朝にデュエルを行う運びになっております」

「分かった」

「…王子、妹は失礼をしていないでしょうか」

「いや、よくやってくれているよ、妻とも息子とも仲が良い。私には勿体ない女性だ」

「恐縮です」


 オズワルドはマグネトランザ領次期領主の座が内定しているが現当主がまだ若く健在であるため、"勉強"と称してカーネル王子の使いっぱしりをやっている。

 とはいえオズワルドにとって理が無いわけがない、というよりもオズワルドにとっては得しかない。

 カーネルとの親密さを内外に示せるし、聞けば嫁の斡旋までしてくれるそうで、跡継ぎとして盤石な状態になっているというわけだ。


 そうこうしているうちにヴァイトがベリファストルを伴って応接室にやってきた。

 カーネル王子への挨拶から始まり、流れで俺の前に来て握手を求めてきた。


「お初にお目にかかりますテンマ殿、私スルト家の次男、ヴァイト=スルトでございます」

「こちらこそ、はじめましてヴァイト殿」

「弟がお世話になっているようで、愚鈍な弟ではありますが今後ともよろしくお願いいたします」

「彼は良い生徒ですよ」

「そうですか、それは私としても喜ばしい事です」


 表面上、和やかに進んで入るが天馬の頭の中では色々な思考が巡っていた。

 現状思い出されるのがトリッシュの生家であるファドラッサ家のお家騒動。

 ただ、その時とはかなり毛色が違う。

 街の雰囲気もいたって平穏だし、聞き込みの報告にちらりと目を通したがヴァイトの評価もそこまで悪くないし、箝口令を敷いているふうでもない。

 何よりも父親も同席しているという点が決定的に違う。

 父親であるベリファストルがどう思っているかは分からない、肯定もできないがさりとて否定も難しい、といった感情だろうか。


 今回のお家騒動に王家は一切興味がない。

 悪いことはしてないし誰も傷つけているわけでもないし、スルト家の内部の事に首を突っ込むようなこともしたくないからだ。

 今回カーネル王子が呼び出しに答えてこちらに来たのはお家騒動だからという訳ではなくネプチューン領での騒動とのバランスをとる為というのが大きい。


 そういう意味で天馬も本来なら首を突っ込むべきではなかったが、アインドラが推察したようにクレアに良い格好をしたかったのと、何よりも天馬自身がドライトの事を存外気に入っていたことにある。

 <爆音>デッキでメタメタに潰した後は悪態をつきながらも彼なりに天馬を先生として接してくれているのを態度から感じ取っており、それを見て天馬は跳ねっ返りの弟のようだと思いながら相手をしていたのだ。

 周りに年下の同性が存在しなかったのも少し入れ込み気味な理由なのかもしれない。


 そんな彼が全てのプライドを投げ売って助力を求めてきてはお人好しの天馬にとっては非常に断りづらい。

 しかもその言が「助力が欲しい」ではなく「助言をして欲しい」という極力自分に迷惑をかけない言い方だった点も評価を上げた一因であった。


 これはクロスモアに対しても言えることで、天馬はクロスモアに嫌われていると思っているが天馬からクロスモアに対してはこちらは素直になれない姪のようだと割と好感を持っているのだ。


「本日は見届人としてテンマ殿にも試合を観戦していただきたく」

「よろしいのですか?」

「証人は多いほうが良いので」

「なるほど、分かりました」


 この言も天馬は想定済みだ。

 現状でできることは全てやったので現状では何をされても問題はない。

 ここから先はドライトがどれだけ頑張るかにかかっている。







「ではこれより継承権を賭けた戦いを行う、特別ルールとして王家からの提案により、<炎神スルト>を1度必ず召喚し、勝利することを条件とする…互いに最善を尽くすように」


 現在の家長であるベリファストルが審判を務め、公式な見届人としてカーネル王子がその横に立つ。

 立ち位置というのは自分の立場を示す上で非常に重要な要素である。

 今ドライト側にはアインドラとその従者の女性1名と男性3名が立っており、

 ヴァイト側には主計長他家臣と婚約者と思われる女性が並ぶ。


 天馬は見届人であるからして、カーネル王子の横についでのように並んでいる。


 ドライトとヴァイト、2人の兄弟が前に進み出て握手を行う。


「お互い、悔いの残らぬよう戦おう」

「…はい」


 短く挨拶を交わし、色々な人間の運命を握る戦いが始まった。





 先攻はダイスロールの結果ヴァイトが取る。

 この世界では先攻後攻は公式な場においては審判によるダイスロールによって決定される。


 3ターン目終了時点でお互いカードを潰しあった為盤面は空、ライフはドライトが48000、ヴァイトは50000から変わらず。

 勝負が動いたのは4ターン目開始時、ヴァイトの手番である。


「コスト4を支払い、<ガルタ社製流体装甲兵ME-92>を召喚し、ターンを終わる」

 ガルタ社製流体装甲兵ME-92 4/2000/4000

 このユニットがアタック以外で受けるダメージは2000減少する


 <ガルタ社>はシーズン6で登場したテーマで、このテーマの特徴は<ガルタ社>のカードのみでデッキを組むと一切機能しない、傭兵採用特化のテーマであることである。

 そして全ての<ガルタ社>ユニットがなにかの効果に対するアンチユニットとなっており、<ガルタ社製流体装甲兵ME-92>は効果ダメージに対するアンチユニットである。


(あんなカードをヴァイト兄は持っていなかったはずだ)


 スルト家は貴族家としてかなり大きい、だがそれでも家長でもない人間が強力なカードを購入できるほどのお金は渡されていない、というよりも家長ですらそうポンポンとカードを買える訳では無い。

 そして家長がまだ父親である以上所蔵カードをヴァイトに渡しているという可能性は極めて低い。

 そうなれば当然、入手経路は限られてくる。

 ヴァイトの後ろに控えている切れ長の狐のような目をした青髪の女性、ヴァイトの婚約者であるメオール家の一人娘である。

 彼女はこの戦いをヴァイトに声援を掛けるわけでもなくつまらなさそうに見守っていた。


(毒婦め)


 そうドライトは心の中で吐き捨てる。


(だが、こちらもはいそうですかと終わるわけにはいかない)


「4コストを使用し、<コストラックマギステル>を召喚し、<ガルタ社製流体装甲兵ME-92>に対し効果を発動し、ターンを終える」

 コストラックマギステル 4/1000/3000

 このユニットがフィールドに出た時、フィールドのユニット1体に対し効果を発動できる。

 効果を[無効化]し、そのユニットのコストを[2]にする


 シーズン6で登場した強力なユニット。

 効果無効も非常に強力なのだが、最大の強みはコスト変化である。

 自分のユニットの調整や相手ユニットの妨害と用途は多岐に渡る。

 そしてこれは天馬がカーンズ商会経由でドライトに紹介したカードの1つである。


 ヴァイトは一瞬、怪訝な顔をするも一瞬天馬のほうを見て改めて目の前のドライトに視線を戻す。


「私は3コストで<大火山の燃える大熊>、1コストで<大火山のオオトカゲ>を召喚する、<大火山のオオトカゲ>の効果で<コストラックマギステル>に対し1000ダメージを与える」

 大火山の燃える大熊  3/2000/4000

 このユニットがアタックを受けて破壊されなかった時フィールド上のランダムな敵に1000ダメージを与える


 大火山のオオトカゲ 1/1000/1000

 フィールドに出現した時、対象を選び1000ダメージを与える。


(恐らく彼はこのターンで<炎神スルト>を召喚するつもりだったのだろうな)


 そう天馬は思案する。

 <炎神スルト>はダブルユニットでその召喚条件は4コストのユニット2体という条件であり、序盤で呼ぶには4コストのユニットを1ターン持たせる必要がある。

 実際、ヴァイトのプランでは場持ちの良い<ガルタ社製流体装甲兵ME-92>でターンを回してから次ターンに<炎神スルト>を呼ぶ算段であった。


 しかし<コストラックマギステル>のおかげでその目論見は崩れ、お茶を濁すしかなくなった。


(さてこうなると次のターンのドライトくんの動きだけど…授業をちゃんと聞いていたかな)


 さながらこの戦いは卒業テストのようなものだな、と思いつつ天馬は思案する。


「僕は4コストを支払い<大火山の降霊術師>を召喚し、効果によって<大火山の採掘奴隷>を効果を無効化してセメタリーから召喚し、[盾持ち]を付与する」

 大火山の降霊術師 4/4000/4000

 このユニットがフィールドに出た時、セメタリーの4コスト以下の<大火山>ユニットをランダムにフィールドに召喚する

 この時、そのユニットの効果は無効化され、更に[盾持ち]を付与する。


 大火山の採掘奴隷 1/1000/1000

 このユニットが破壊された時、ランダムな敵に1000ダメージを与える


(よしよし)


 天馬はにっこりと微笑みながら頷く。

 <炎神スルト>の効果は相手にダメージを与えるスキルである、という事はつまり"先に召喚したら不利"なのだ。

 フィールドを空にされれば召喚できないではないか、と思われるかもしれないが、ダブル召喚は性質上2枚の4コストユニットが手札に揃ってさえいれば後半には1ターンで着地できる。

 <炎神スルト>がお互い1枚しかないのが分かっていて、デッキまでほぼミラー戦であれば尚更である。

 そんな仕様であれば当然、よっぽど不利にならない限りは後から出すのが有利。

 この話は対家族用のメタ戦術としてちょっと前に座学で教えた部分で、授業を良く聞いて理解している事の表れでもある。


(生徒の成長を実感できるっていいなあ)


 間違いなくこの場で一番軽い事を考えながら天馬は満足げに試合を眺めていた。



「<コストラックマギステル>で<大火山のオオトカゲ>を破壊し、ターンを終える」

「私はこのターン、3コストで<火山噴火>を使用し手札の<大火山の採掘奴隷>をセメタリーに送って<大火山の降霊術師>を破壊し、更に<大火山の怪鳥>を2コストで召喚する」

 火山噴火 3

 ユニット1体に2000ダメージを与える

 手札から<大火山>ユニットカードを1枚セメタリーに送ることによりユニット1体に3000ダメージを与える


 大火山の怪鳥 2/2000/2000

 このユニットが破壊された時、セメタリーに2コスト以下の<大火山>ユニットが存在した時、そのカードを手札に戻す


「<大火山の燃える大熊>で<大火山の採掘奴隷>を破壊しターンを終える」

「…僕はこのターンで<火山噴火>を使用し、<大火山の怪鳥>に対し2000ダメージを与える、追加効果を使用し<大火山の見張り台>をセメタリーに送って<大火山の燃える大熊>に3000ダメージを与えて破壊…更に3コストで<両断の氷雨>を召喚する!」

 両断の氷雨 3/0/3000

 このユニットは攻撃できない

 このユニットがフィールドに召喚された時、このユニット以下のコストの通常ユニットを1体選択し、破壊する。

 味方ターン開始時、このユニット以下のコストの通常ユニットを1体選択し、破壊する。

 このユニットの効果により破壊されたユニットの効果は発動しない。


 低コストユニットを軒並み封殺するユニット。

 だが発動タイミングは固定であり、どう頑張っても発動できるのは良くて2回な上に攻撃できず壁にもならない為、3コストの除去魔法として使用するのが一般的である。

 また、通常ユニットとは合体やジョイント、ダブルユニットではないユニットの総称である。

 <コストラックマギステル>とのコンボで7コスト使えばどんなユニットも破壊できるが、この世界では7コストの除去魔法が数が少ないながらも出回っている為そこまで値段が高いわけではない…が相当なお値段のカード。

 このカードも天馬がカーンズ商会経由でドライトに紹介したカードの1つ。


「<両断の氷雨>の効果でマナコストが2になった<ガルタ社製流体装甲兵ME-92>を破壊する!」


 これでヴァイトの場は空、ドライトの場には<両断の氷雨><コストラックマギステル>が残っている状況だ、そしてドライトを見てヴァイトが静かに手を上げ、


「審判…非常に残念ですがこの神聖な戦いに不正が罷り通ってるようです」


 自信満々にそう宣言した。


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