第92話 メリリス算
「なんだこの絵は…?女性…という所までは分かるが…」
カーネル王子の呟きの通り、その絵は決して子供の落書きのような思い切って書かれたものではなく、大人が頑張って模写…したかのような女性の絵の横に「+」の記号があり、更に別の絵が複数記入され、何枚かの後にまた同じ女性の絵が記載されている。
「これが長い間何かが皆目わからなくてね、この絵だけ精巧に模写して抱えている研究者や発掘者に見せたこともあったんだが結果は芳しくなかった」
「確かに落書き…と切り捨てるにはきっちりと書かれすぎてる気がするな…短剣を持った…これはリボンか?」
「そこはうちの家族内でも意見が一致したね、少なくとも<天使>カードではなさそうだと。そして両端にある絵は恐らく同じカードだというのもね」
(んん…?これなんか見たことあるような…?)
俺はその女性?らしき絵から目を離し横の絵に注目する。
逃げるカードの絵柄と書類を書く絵…に…パンチをする男の絵…?
あ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!メリリス算だこれ!!!!」
「うお!」
「ああ!?」
「ひゃん!」
「「「「「何事ですか!?」」」」」」
突然叫んだ俺に驚き2人とメイドさんが更に声を出してしまった結果、室内にわらわらと外で護衛をしていた人たちが突入してきてしまい、それをヘンリエッタさんが誤解だと説明し帰らせる。
いやぁ申し訳ない。
そして色々と落ち着いた頃合いも見計らい、俺は口を開いた。
「ヘンリエッタさん、紙とペンを貸してもらえますか?」
メリリス算、それは怪盗デッキのエースである<美少女怪盗メリリス・ファーティア>を使う時の計算式である。
美少女怪盗メリリス・ファーティア 3/2000/2000
ワースカード
[魔法無効]
このユニットはこのターン中に使用されたカード1枚につきアタックとタフネスを+2000する
使用したカードがワースカードの場合、+2000ではなく+4000する
5枚以上のカードを使用した時、このカードは[効果無効]を獲得する
シーズン5中期から6初期で大活躍した<怪盗>デッキにおけるエース。
とにかく1ターンの間にカードを使いまくって超スタッツ+魔法も効果も無効の<超怪盗メリリス・ファーティア>を降臨させて殴り飛ばす、というのがコンセプトである。
そしてメリリス算で使用するカードで代表的なのが、<美少女怪盗メリリス・ファーティア>の横に書かれている、恐らく<怪盗、逃げる><予告状作成><怪盗、殴られる><怪盗、目立つ>であろうと思われるカードである。
怪盗、逃げる 1
自分フィールド上の<怪盗>ユニット1体を手札に戻す
戻したカードのコストが-1される
予告状作成 0
次に使用する<怪盗>魔法カードのコストが-2される
怪盗、殴られる 2
手札の<怪盗>カードを1枚公開し、自分に2000ダメージを与える
その後、デッキから<怪盗>もしくは<予告状作成>カードをデッキから2枚まで手札に加えても良い
怪盗、目立つ 3
<怪盗>魔法カードをランダムに3枚生成し、2枚を手札に、1枚をデッキへ挿入する。
代表的なこれらのカードを使用し、グルグル手札を回してハイステータスの<美少女怪盗メリリス・ファーティア>を降臨させるというのがデッキコンセプトだ。
当然ながら基礎マナがある程度必要な為にそれなりにターンを経過させないと呼べないカードではあるが、処理困難なユニットが割と手軽に降臨する上に<美少女怪盗メリリス・ファーティア>がアニメで人気だったが為に組んでる人はかなり多かった。
そしてプレイする中限界までブン回して出せる最高のステータスを出したい場面は少なく、効果無効を受けられる12000/12000まで上げたいだとか、とりあえず大体殴り殺せる20000/20000まで上げたいとかのニーズが多い。
そして戦闘中にこれを何枚使って…などとその場その場で考えるのは正直な所一般的なプレイヤーには少し難易度が高いし、ミスをしてしまう可能性も高い。
そこで出てきたのがメリリス算である。
<美少女怪盗メリリス・ファーティア>と○○と××があれば12000まで上げれる、だとか<美少女怪盗メリリス・ファーティア>と○○が2枚と△△が2枚と××があれば20000、上振れすれば24000まで狙える…など、ある程度汎用性のあるステータスラインを基準にこの手順でやれば12000はOKなどというお手軽セットのようなものができたのが始まりで、その後は発展としてメリリス算の練習ができるアプリが開発されたり、メリリス算クイズなどが作られたりとそこそこに盛り上がりを見せた経緯があるのだ。
「なるほどね…」
俺はメリリス算の説明をしつつ手元でガシガシと計算をしている。
「そういえば<美少女怪盗メリリス・ファーティア>を使っている貴族家、いませんね」
「カード自体は確か何枚か出土していたはずだがな」
俺の疑問にカーネル王子が回答する。
「カードが集められなくて貴族家を維持できなかったりとかの理由で家が取り潰されちまう事も昔は良くあったそうだし、その<怪盗>デッキは専用カードが多数必要なんだろう?それならそもそも組まれることすらなかった可能性があるね」
「なるほど…計算終わりました、今更ですが…そこのメイドさんはこの話を聞いても良いのですか?」
「ああ、この子は私の妹の子で長男の嫁だからね、問題ないよ」
そう言われたメイドさんはぺこり、と頭を下げる。
「あまり血を濃くするのは良くはないんだが、息子がどうしてもと頭を下げるものでね…」
そう言いつつヘンリエッタさんはぽりぽりと頭をかく。
子供には甘いんだなあ。
「数値的にはアタックとタフネスが14000ですね…」
そう言った瞬間、メイドさんとヘンリエッタさんの表情が変わる。
「おばさま、これは…」
「そうみたいだね」
2人が何やら話をしている。
数字に何か意味があったみたいだな。
「…テンマ、王子サマ、少し付き合ってくれ」
別室に待機していたらしいイハンさんベルジュさんエストさんも加えて、屋敷の地下に案内される。
薄暗い廊下を暫く歩いたそこには、巨大なシリンダーのようなものがくっついた大きな扉があった。
「なんだこれ…」
そう言う俺をよそにヘンリエッタさんがシリンダーを操作する、
「1」「4」「0」「0」「0」
かちり、という音と共にシリンダーが開放され、扉が開く。
「数字を知っていたのですか?」
俺はそう口に出す。
この数字はメリリス算の数値だ。
「ああ、これはね…」
ヘンリエッタさんが言うにはこの部屋には何重かのロックがかかっており、現段階で誰が作ったのか目星はついているが確定はしていないのだそうだ。
「破壊するという手立ても考えたんだけどね、真上にうちの家があるから崩落しても困るし、何よりもこの部屋に関する言い伝え、遺言なんかが何もない。それに別にうちらが何かで困っていることもない。だから別に時間がかかっても良いから正攻法でやろうってことになったのさ…ちなみにこの14000という数字は領内の犯罪者の刑務作業の一貫としてひたすら数字合わせをやらせた結果解読したものだ」
おおう、なんという力技。
「それでさっきの数字とここの数字が一致したから…」
「ああ、薄々こちらも感づいてはいたがうちの始祖…あんたの同郷が作ったのが確定した」
その言葉にヘルオード家関係者の表情が固まるがそのままヘンリエッタさんは言葉を続ける。
「問題は、次だ」
扉を開け、中に入ると俺の身長ぐらいの大きさの巨大な絵と、今度は数字ではなくローマ字が印字された巨大なシリンダーのついた扉が現れた。
二重ロックかよ。
「これの文字数は20文字、しかも空白ありだ。どう頑張っても答えが分からなきゃ解けねえ」
「この絵…石の壁に直接掘ってるせいで更に訳わかんないですね…」
「始祖サマの絵心のなさには私らも苦労させられたからね」
見る限りだと手には棍棒を持ってた女の子で…頭には頭巾…かな?うーん…。
「一応、ツテを使って調べて<レッドフード・アスター>ではないか…というあたりは付けたんだが、名前を入れても反応なしだ」
ああ、それっぽい。
でも反応ないってことは違うのか…?
この世界のローマ字・漢字・ひらがな・カタカナの関係は不気味なほど元の世界と似通っている。
恐らくカードの名前の傾向のせいだろうが漢字があまり使われないところが特徴といえば特徴だろうか。
「あと、ここの絵の横に補足みたいなのがありまして…」
ベルジュさんがそう言い、絵の右下を指差す。
「『本名ではない』と」
それを聞いた瞬間、俺はピンと来た。
ずいっと前に進み出て俺はシリンダーを操作する。
「K」「U」「S」「O」「Z」「U」「K」「I」「N」 残りはすべて空白。
シリンダーを設定し終えた瞬間。
がちゃり、と大きな音を立てロックが外れる。
その様子に後ろで待機していたヘルオード家の面々と王子が声を上げる。
「分かったのか!?」
ヘンリエッタさんが慌てて近寄ってきてシリンダーを確認する
「KUSOZUKIN?なんだこれは」
「これはですね…」
カードゲームにおいて本名ではない、つまり…スラングだ。
この風体でシーズン6までのカードでスラングあり、となるとヘンリエッタさんの見立て通り恐らくは<レッドフード・アスター>の事だろう。
レッドフード・アスター 2/0/1000
このユニットがフィールドに出た時、自分の手札の一番マナコストの高いカードのマナコストを3ターンの間3上昇させる。
相手の手札の一番マナコストの小さいカードのマナコストを3ターンの間2上昇させる。
基本的にカードゲーマーというのは総じてあまり上品な人間ではない。
外部の人が聞いたらうわっとなるようなあだ名、略称を普通に使ってしまう事もままある。
このカードもその1枚だ。
とにかく出せば相手のテンポを一方的に阻害できるのに対し自分のデメリットは微々たるものであるという所から使われたらムカつくカードをかなりの期間独走したカードだ。
そしてついたあだ名が「クソ頭巾」または「クソ頭巾ちゃん」である。
ただシーズン5ぐらいから「2マナの時間帯に0/2000出すの弱くない?」と言われるようになり、それ以降たまに見るぐらいのカードにとどまっている。
「なるほど、あだ名ねえ…」
「この先に何があるのかはわかりませんが、作った人間はヘルオード家の方々ではなく同じ世界の人間が開けることを想定していたみたいですね」
こんなの、知らなきゃ突破は無理だもの。
「待て、一応うちの家の人間に扉を開けさせる…王子様もいるしな」
そう言うとヘンリエッタさんが一旦廊下を戻り鎧を着込んだ兵士を2人連れて戻ってきた。
「大丈夫だとは思うが、念のため開放を頼む」
「「はっ」」
ヘンリエッタさんの号令でシリンダーの付いた扉が開かれる。
色々なものが付属しているせいか扉は重く、見ている限り1人で開けるのはそこそこ難儀する重さのようだ。
扉の中は何百年もそのままだった為か薄暗く埃っぽい匂いが辺りに漂っており、前室と同じ石造りとなっていて、長期間の保管を前提として作りを感じられた。
ヘンリエッタさんと兵士さんがランタンで部屋を照らすと、石で作られた腰ぐらいのまでの高さの台とその上にある箱のようなもの、更にその後ろの壁に掘られた文字のようなものが目に入る。
「…ここの事は他言無用だ、職務に戻るように」
そうヘンリエッタさんが兵士に伝え、俺とカーネル王子に対し顎をしゃくると、手持ちのランタンを俺とカーネル王子に渡し、そそくさと元来た通路に戻ってしまった。
「テンマ、お前が読め」
「良いのですか?」
「お前がさっき言ったように、ここの扉は間違いなくお前みたいな人間が開けることを想定して作られたものだ、読む権利はお前にあるよ」
「では…」
固唾を飲んで周囲の人間が見守る中、俺は文章を少しずつ、少しずつ音読し始めた。
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